仕事を知る

2016/12/12

学生の立場である皆さんにとっては、企業の実態とはなかなかイメージしにくいものです。

“実際どのような仕事をすることになるのか?”、

“どのように仕事を進めるのか?”、

“どんな人たちと一緒に仕事をすることになるのか?”。

当企画は、そんな「現場のリアル」についてお届けするための企画です。

国内新薬メーカー研究職として13年ほど勤めた後、現在はサイエンスライターとして活躍されている佐藤健太郎氏による連載第1回をお届けします。

読者の皆様初めまして、サイエンスライターの佐藤と申します。私はかつて国内製薬企業に13年近く在籍し、有機合成の立場から創薬研究に携わっていました。2008年より現在の仕事に転身し、主に医薬や化学に関する本や記事を書いております。こちらの連載では、企業の研究所での経験をもとに、これから製薬企業を目指そうとするみなさんの参考になる情報を発信していきたいと思っています。

製薬企業といっても、新しい医療用医薬品を開発・発売する会社、ジェネリック医薬品を中心に製造・販売する会社、一般用医薬品(処方箋なしにドラッグストアなどで買える薬)を中心に取り扱う会社など、業態はいろいろです。筆者が籍を置いていたのは、最初に挙げたタイプの企業(いわゆる先発品メーカー)ですので、こちらの情報が多くなりますが、業態による働き方の違いなども今後広く取り上げていきたいと思います。

現在、大学の研究室で研究を行ない、将来製薬企業の研究所で活躍したいと思っているみなさんにとって、一番知りたいのは「企業の研究所とはどのようなところか」であると思います。連載第1回の今回は、このテーマについて書いてみましょう。

 

企業の研究所ってどのようなところ?

企業の研究者という仕事の大きな特徴は、入社してすぐに文字通りの即戦力として働ける点ではないかと思います。営業や経理などの部署に配属された人は、大学で学んだこととは全く違った仕事になりますから、一人前になるには最低でも数ヶ月、場合によっては数年を要します。しかし筆者の場合は、部署へ配属された当日に特許書類を手渡され、「この化合物を作ってくれ」といきなり実験開始となりました。

もちろんジャンルによっては、学生時代には遺伝子しか扱ったことがなかったのに、会社では動物実験をせねばならないといったことも出てきます。また、学生時代は有機合成をやっていたのに、会社では分析を担当することになったというようなケースももちろんあるでしょう。とはいえ基本的には、大学の研究室で学んだことをそのまま活かすことができる仕事です。本当の意味で「即戦力ルーキー」というものが存在できるのは、プロスポーツ選手と企業研究者くらいのものではないでしょうか。

もちろん、企業に入ってから学ぶことは山ほどあり、すぐさま先輩社員と同じペースで働けるわけではありません。筆者も、かなり厳しい研究室を経験してきたと自負していたので、まずまず先輩に劣らず働けるのではないかと思っていたのですが、すぐに考えが甘かったと思い知らされました。10年20年と、最前線で自分の手を動かして研究に取り組んでいる研究員たちには、創薬の知識にも細かい実験の手技にも、恐ろしいばかりに長けている人がいます。

企業の研究所には、技術的な面ばかりでなく、知識の面でも凄い人がいるものです。筆者は企業を退職後に大学にも勤務し、今も大学教授に知り合いが多くいますが、企業の研究所には彼らに劣らないレベルの人材が何人もいたように思います。

 

スピードが命の研究開発

特に企業の研究所は、スピード感という点で大学とは大きく異なります。特に先発品メーカーは特許が命であり、どんな素晴らしい薬を創り出しても、他社に1分でも先に特許を出されてしまえば、全ては水泡に帰します。じっくり検討してきれいなデータを出すといったことより、さっさと結果を出すことを求められるケースが多くなります。有機合成分野の場合で言えば、収率(原料が目的物に変換された割合)が10%の反応を、あれこれ検討して80%、90%に上げるよりも、10倍の量の試薬を使って目的物だけを分離し、速く必要量を確保することが優先されたりもします。先輩諸氏は、このあたりの考え方も腕前もやはり違いました。

大学での研究は、どうしても狭い範囲の実験をくり返し行なうことになりますから、広い範囲の実験と実務を長年手がけている諸先輩に、敵わないことが数多くあるのは当然です。逆に言えば、企業の研究所は、素晴らしい知識と技術を持った目標とすべき存在がたくさんいる、素晴らしい環境だということでもあります。

 

現在の創薬は多様な知見が求められる総力戦

現代の医薬研究は、化学、生理学、薬理学、遺伝子工学、機器分析技術など、広い範囲の学問分野を横断した総力戦です。研究者は、一人で全てとはいわぬまでも、かなり広い範囲の知識をカバーすることが求められます。筆者の場合は理学部出身で、薬理学や生物学の知識をほとんど持ち合わせなかったため、会社に入ってからずいぶん苦労するはめになりました。

その意味で、製薬企業の研究者になるには、薬学部出身者に有利な面があるのは事実です。しかし、研究所には理学部や工学部出身者も多く在籍し、それぞれのバックグラウンドを活かして活躍していました。薬学部を出ないと医薬品研究者になれない、などということは決してありません。

現代の医薬品科学の進歩は急速であり、新しいパラダイムが次々と訪れます。たとえば筆者が会社に入った1995年ごろには、有機合成による創薬が主流を占めていた時代でした。しかしそこからわずか20年で、バイオ医薬(抗体医薬など、バイオテクノロジーを使って生産される医薬)が台頭し、今では医薬売り上げランキングの上位はほとんどバイオ医薬によって占められています。スマートフォンの出現によって、いわゆるガラケーが市場から追いやられたような変化が、医薬品業界にも起きたのです。

現在隆盛を極めるスマートフォンも、10年、15年先には消えてなくなっているか、少なくとも今の姿のままではないでしょう。これと同様に、いま売上ランキング上位を席巻しているバイオ医薬も、やはり新たなタイプの医薬に取って代わられる日が来ます。どんな人であれ、最先端の知識を学び続けることは必要であり、それができない人は何学部を出ていようとすぐ通用しなくなることだけは、間違いないでしょう。

現状を見ていると、製薬企業の研究者は、一生同じ会社に勤め続けられるとは思わないほうがよいと思います。会社合併や企業状況の変化などによって、リストラは常にあるものと思わねばなりません。新しい医薬分野が台頭してくれば、古い分野しか知らない研究者は席を譲らねばならない運命にあります。

筆者は37歳で退職しましたが、その後も多くの同僚が会社を去っています。その後、どのような道を歩めるかは、在籍中の勉強と覚悟によって決まってくると思います。同業他社や他の業種に転身し、成功した人もたくさん見てきました。

 

これからの時代の企業人に求められることは

厳しい現状ではありますが、これは他の業界でも同様であると思います。変化の激しい現代では、身につけておけば一生安泰というスキルなど、そうあるものではないでしょう。いつ何があってもいいようにという心がけは、これからの時代を生きる企業人には必要であると思います。

いろいろと偉そうなことを書いてしまいましたが、創薬研究はやりがいのある世界でもあり、楽しいことも多い仕事でした。次回から、具体的な仕事の中身について書いていきたいと思います。製薬業界について、こんなことを知りたいというリクエストもお待ちしています。

※本記事は筆者個人の経験を基にしたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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佐藤 健太郎

1970(昭和45)年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院卒業後、国内製薬メーカー研究職として勤める傍ら、有機化学について広く世間に興味を持ってもらいたいとの思いから1998年にウェブサイト『有機化学美術館』を開設。2007年末、ライターとしての活動に専念するため勤めていた企業を退職。2009年から2012年4月まで東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教。現在、化学・医薬を専門分野とするフリーサイエンスライターとして活動中。著書に『医薬品クライシス 78兆円市場の激震』 新潮社(2010年)、『世界史を変えた薬』 講談社(2015年)、『医薬品とノーベル賞 がん治療薬は受賞できるのか?』 角川新書(2016年)、他多数。

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