製薬業界を知る

2017/03/07

佐藤健太郎氏による連載3回目のテーマは、「創薬研究の過程」についてです。さっそく、創薬の長い道のりについて、“自分の仕事だったら”というイメージを膨らませてみましょう。

段階を追って進む創薬

新薬メーカーにとって、優れた新薬の創出は至上命題です。痛みや症状を鎮め、あるいは病原菌を撃退してくれる優れた医薬は、いったいどのように創られているのでしょうか?

かつて医薬は、自然界の動植物を手当たり次第に試し、効くものを探すという行き当たりばったりのやり方で見つけ出すものでした。しかし、このやり方では当然ながら効率が悪い上、毒などに行き当たる可能性の方が高いのが現実です。というわけで現代の創薬は、ずっとシステマティックになっています。

創薬にもいろいろな手法がありますが、現在主流となっている「合成創薬」の大まかな流れを述べれば、

(1)標的タンパク質の決定

(2)シード化合物の発見

(3)スクリーニングによる改良

(4)最終的候補化合物の選定

━━ということになります。

こうして選び出された化合物が、人体での臨床試験というステージへ駒を進めます。

よく「研究開発」と一口に言いますが、新薬メーカーでは「研究」と「開発」ははっきり区別されます。細胞や動物実験によって、医薬の候補となる化合物を探す段階が「研究」、見つかった有力な候補化合物を実際に人体に投与し、効果や安全性を確かめる臨床試験の段階が「開発」と呼ばれます。研究と開発は、いずれも新薬創出に向かう過程の一部ではありますが、おこなうことはまったく異なるため、両者は別部門に分かれていることが普通です。

 

標的を決める

創薬研究の過程1

では(1)の標的タンパク質の決定から、順を追って見ていきましょう。医薬の多くは、体内のタンパク質に結合し、そのはたらきを調整する化合物です。たとえば高血圧の治療薬を作るなら、体内で血圧を上げるホルモンが標的となります。このホルモンを作り出すはたらきのある酵素に結びつき、その作用をブロックしてしまう化合物(酵素阻害剤)は、降圧剤になりえます。

ただし、病気に関連するタンパク質は数多くとも、そのすべてが医薬の標的として成立するわけではありません。さまざまな事情から、予想したような薬効が見られなかったり、副作用が強かったりで、医薬としては成り立たないケースも少なくない――というより、ほとんどが不適格になるといっていいでしょう。

生体のしくみには未解明の部分も多く、本物の標的タンパク質を見つけ出してくるのは実に難しいことです。しかも、この段階で使える材料は細胞や実験動物でしかなく、実際の人体とは多くの面で異なります。このため、有効かつ安全な医薬の標的となるタンパク質を、この段階で確実に見抜くのは実質的に不可能です。

しかし、標的タンパク質の選定が間違っていれば、後の段階でどれだけ優れた研究をしようとすべては無駄になります。この段階こそは、創薬の最初にして最大の難関といっていいでしょう。

実際のところ、まったく新規のタンパク質や、タンパク質の新たな機能の発見は、大学などの研究機関でなされるケースがほとんどです。論文として発表されるこれらの情報をいち早くキャッチし、実際の創薬に活かせるかどうか評価するのが、新薬メーカーの研究所の仕事となります。

 

後追い戦略

標的タンパク質の選定という難しい段階を、スキップしてしまう手もあります。新薬メーカーでは、ある程度研究が進んだ段階で、データをまとめて特許申請をおこないます。この申請内容は、出願から1年半後に公開されることになっています。この他社特許の内容を見て、有望そうなターゲットと見たら、その後を追いかけて研究をおこなうというものです。

この場合、先行するライバル企業からは1年半以上の遅れをとる上、特許で指定された範囲の化合物は作ることができません。ずいぶん不利なスタートとなるわけですが、やり方次第で挽回も可能です。より短期間、より低コストでの新薬創出が可能であるため、実際にはこの後追い戦略は数多くおこなわれています。

先行する企業からすると、特許書類の書き方や出願のタイミングを誤れば、ライバルにただで情報提供をするだけになりかねず、このあたりの駆け引きは重要になります。医薬品の特許制度は複雑なので、いずれ詳しく解説したいと思います。

こうして出てくる医薬を、業界用語で「ゾロ新」(ぞろぞろ出てくる新薬)あるいは「ミートゥードラッグ」などと呼びます。オリジナリティに欠ける面はありますが、先行品から改良を受けてより使いやすい医薬となり、ベストセラーとなるケースも少なくありません。

 

シード・リード化合物を探す

創薬研究の過程2

医薬の標的になりうるタンパク質が決まったら、今度はこれに結合し、そのはたらきを調整する化合物を探す段階に入ります。

多くの製薬企業では、これまでに作った化合物が大量にストックされており、構造などの情報と共に管理されています。これを図書館になぞらえ、「ライブラリ」と呼びます。

このライブラリに納まった化合物群を、ひとつひとつ標的タンパク質と混ぜ合わせてテストし、強く結合するものを選び出します。この作業を、スクリーニング(ふるい分け)と呼びます。ライブラリには、数万から数十万という化合物が含まれているため大変な作業ですが、近年ではロボットによる自動化も進んでいます。

多くの場合、こうしたスクリーニングによって、ある程度の強さでタンパク質に結合する化合物がいくつか見つかってきます。これを、薬の種という意味を込めて「シード化合物」と呼びます。これをもとに、少しずつ構造を変えた化合物を作り、結合力を高めてゆきます。ある程度タンパク質への結合力が強く、その後の展開が見込めそうなものを「リード化合物」と呼びます。

近年では、タンパク質の詳しい構造解析もおこないやすくなりました。このデータをもとに、コンピュータ上でよりタンパク質にフィットしやすい化合物をデザインするようなことも、広くおこなわれています。こうした専門の担当者も、企業には在籍しています。創薬が、広い範囲の研究者の協力による総合戦といわれるのは、このような背景があるからです。

リード化合物からさらに構造変換を重ね、優れた化合物が見つかってきたら、さらに次のスクリーニングへと進みます。細胞内に入り込めるか、安定性はどうかといったことも検証されますし、実験動物を用いて薬効を調べたり、体内での代謝や排泄の様子(薬物動態)を確認したりもします。

薬効が確認されたら、動物を用いて毒性試験もおこなわれます。長期間投与した場合の毒性、発がん性、各臓器への影響など、さまざまな事柄を検証しなければなりません。これらをクリアして初めて医薬候補化合物が誕生し、人体での臨床試験に進むことになります。

ひとつの標的タンパク質に対して、数百から数千の化合物が合成されることが普通ですが、こうして医薬候補化合物という一応のゴールにたどり着くのは、せいぜい一つか二つです。さらに臨床試験において、95%の化合物は脱落する運命にあり、医薬として世に出るのはほんの一握りということになります。いかに新薬創出が狭き門か、わかっていただけると思います。

研究者の評価も、いかに優れた化合物を創出したかによって決まります。現在では多くの企業が成果主義のシステムを採用しており、半年あるいは一年に一度、各研究者の成果評価を行ないます。スクリーニングで上の段階に進んだ化合物を創った者は当然高い評価を受けますし、新規骨格を見つけ出した、新たな効率的スクリーニング法を開発したなど、プロジェクトを前進させる成果があればこれも評価の対象になりえます。

こうした評価は直接その期の賞与(ボーナス)額に結びつきますし、それが蓄積されていけば将来の昇進にももちろんつながります。研究所長以上に出世する人は、多くの場合有力な新薬を自ら作り出したか、それに近い功績を挙げているケースがほとんどです。このあたりシビアともいえますし、堂々と実力で勝負できる世界だともいえるでしょう。

新薬創出への長い道のり、臨床試験以降の話は、また次回にご紹介しましょう。

 

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

第1回 製薬会社の研究所ってどんなところ?
第2回 大学と企業の研究の差とは?

製薬業界・超入門
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佐藤 健太郎

1970(昭和45)年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院卒業後、国内製薬メーカー研究職として勤める傍ら、有機化学について広く世間に興味を持ってもらいたいとの思いから1998年にウェブサイト『有機化学美術館』を開設。2007年末、ライターとしての活動に専念するため勤めていた企業を退職。2009年から2012年4月まで東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教。現在、化学・医薬を専門分野とするフリーサイエンスライターとして活動中。著書に『医薬品クライシス 78兆円市場の激震』 新潮社(2010年)、『世界史を変えた薬』 講談社(2015年)、『医薬品とノーベル賞 がん治療薬は受賞できるのか?』 角川新書(2016年)、他多数。

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