製薬業界を知る

2017/05/16

第5回となる佐藤健太郎氏の連載、今回は、製薬会社へ研究職として入社後、長きにわたり、どのような社会人人生を送ることができるかについて、お送りします。 入社直後にチーム内で与えられる役割に邁進し、チームをけん引するリーダーとなり、その後のキャリアを選んでいく━━。そんな自分自身の将来のイメージがつかめるかもしれません。

以前にも書いた通り筆者は、企業の研究所というところはなかなか魅力的な職場だと思っています。筆者の周辺にいた多くの研究者諸氏もこれは同じで、できるかぎり長いこと研究の現場に残りたい、と思っている人が多かったように思います。新薬創出という、世界の人々に貢献できる大きな目標に向けて、優れた能力の持ち主たちと協力し合いながら日々邁進するというのは、なかなか他でできる経験ではありません。

とはいえ、働いていく上ではやはり思い悩むこと、行き詰まる日もありますし、挫折を経験する時もあります。そしてどんな人にもいつかは、何らかの形で研究の現場を去らねばならない日がやってきます。今回はこのあたりの話を書いてみましょう。

 

製薬研究職として入社し、成長する

研究者 就活

企業に入社し研究所に配属されると、まずは特定のチームに入ってリーダーの下で、一研究員として実験に取り組む日々が始まります。最初のうちは、このような実験をせよ、というリーダーからの指示で動くことが多いのですが、やがて自分自身の考えに基づいて、「このようなやり方で研究を進めたい」というアイディアを出すことが、強く求められるようになります。リーダーや同僚とのディスカッションを経て、磨かれたアイディアは実行に移されます。こうした過程を踏み、将来リーダーになるための知識や経験が身についていきます。

会社によっては、新入社員に仕事のやり方を教えてくれる「メンター」あるいは「チューター」と呼ばれる先輩社員がつけられるようなところもあります。メンターとよい関係を築くことは、企業研究者としてよりよいスタートを切るためにとても重要です。

筆者が勧めたいのは、他部門の研究者とのディスカッションです。以前も述べたとおり、医薬研究は多くの分野の知識を結集した総力戦です。入社当初は、自分の専門分野を磨くことが重要ですが、やがて関連する他分野の知識も必要になってきます。とはいえ有機合成の研究者が薬物動態を、遺伝子工学の研究者が病理学を一から学ぶのは、やはり大変なことです。ここは医薬研究者としての第一関門であり、筆者自身も最後までこの問題に悩まされました。

しかし製薬会社には、その分野を極めた一騎当千の強者たちが多数在籍しています。彼らを捕まえて話を聞き、教えを請わない手はありません。熱心に学ぶ姿を見れば、他部署からのあなたに対する評価も当然上がることでしょう。 忙しそうな他部署の先輩に話を聞くのが畏れ多ければ、昼休みなどに同期の友人に尋ねてみるのもよいでしょう。

多くの経験を積んだベテランの話も重要ですが、何でも気軽に話せて、相談にも乗ってくれる同期の友人は、生涯の宝ともなります。

ただし、入社から数年もすれば、その人の研究に対する向き不向きは明らかになってきます。高い志を持って入ってきたものの、研究に対する適性は自分にはないと思い知る人もやはり出てきます。十分な研究能力があるのに、動物アレルギーが出てしまって実験を続けられなくなるようなケースもあります。

会社によっては転属希望を出せるところもありますので、こうした場合、早めに他部署への異動を図るのも一つの手でしょう。一種の挫折ともいえますが、語学やデータ解析などの能力を活かし、他部門で活躍する人もたくさん見てきました。せっかく大学で何年も学んだのだから、研究の道で生きていきたいと思うのは当然ですが、研究所の外にも豊かな世界は広がっています。どこが自分にとって最適な職場かは、試してみなければわからないものです。

 

秀でたリーダーとして活躍できる人

チーム 就活研究員として経験を積んで行くうち、やがてチームを率いるリーダーを任されるようになります。リーダーになる時期は会社や部署によって違うので一概にはいえませんが、修士卒なら入社7~8年目、博士課程卒なら5~6年目あたりからでしょうか。同期の誰それがリーダーになった、誰々がこういう成果を出したと、出世競争が気になり出すのもこの頃からです。

チームは3~4人のこともありますし、他部署も合わせて数十人の大所帯になることもあります。リーダーの任務は、研究の方向性の決定、関連部署とのやりとりや調整、上層部への報告、若手の育成など多岐にわたります。つまりリーダーには、ただの一研究者とは全く異なる、人間としての幅広い能力を求められることになります。

というわけで、リーダーに向いている人と向いていない人の差はかなり大きく表れます。医薬品研究は極めて難しい仕事であり、一生研究に携わってもひとつの新薬も創り出すことができずに終わる人が大半です。しかしその一方で、リーダーとして一人で2つも3つもの新薬を世に送り出している人も実際に存在しているのです。

そうしたリーダーは、仕事に関しては鬼気迫るというべきか、ちょっと狂気さえ感じさせるほどのパワーで周囲を引っ張り、巻き込んでいく人が多いようです。新薬を創出するという難事業を実現させるには、多少優秀だとか運がいいとかでは足りず、仕事に首までどころか頭まで浸かり、人生ごとぶつけていくくらいの気迫が必要なのかもしれません。

 

適性を知る━専門職という道

研究者としてはまったくダメだが、研究チームのリーダーとしては優れている、というケースはあまりありません。というのは、リーダーは次の段階に進めるべき化合物の選定や、部下の研究能力に応じた仕事の割り振りなどを行なう必要があります。こうした判断を的確に下すには、リーダー自身に研究者として一定以上の能力が不可欠だからです。

しかし、研究者として抜群であるのに、リーダーとしてはさっぱりという人はやはりいます。野球で例えるなら、選手としては超一流だったのに、監督としては全く結果を残せない人がいるのと同じです。

少人数のチームリーダーとして結果を出せば、その後さらに昇進して部門を統括する立場への道も開けてきます。逆に、リーダーとして適性がないとみなされれば他部門への異動といったことも行なわれます。

ただしこれでは、研究者としてずば抜けた資質をもちながら、リーダーとしての適性はないという人材を、みすみす研究所から失わせてしまうことにもなりかねません。そこで近年では、「高度専門職」「フェロー」などの肩書を用意し、一芸に秀でた研究者に現場でずっと働いてもらえるような仕組みを整える会社も出てきています。

こうした資格を得るには、多数の論文を執筆し、そのジャンルで日本を代表するような実績を挙げる必要があります。ハードルは高いですが、生涯研究者でやっていきたいと考える人は、こうしたポジションを目指すのも一つの道でしょう。

 

研究の現場を離れるとき

研究者

どんな人もいつか、研究の現場を去る日がやってきます。会社によってはかなり長く研究所にいられるところもありますが、40歳くらいまでに他部門への移籍を打診あるいは指示されるところが多いと思います。研究者人生にとって、これが最大の転機となります。

現場の第一線を退くのは、やはりつらいことです。筆者の場合、37歳の時に自分の研究者としての能力に見切りをつけ、今の仕事に移りました。研究しかしたことのない人間が、自ら研究者として失格と断を下すのは、悔しくもあり情けなくもありました。数年悩み続けたあの日々は、いまだに忘れられません。

とはいえ多くの場合、研究者として過ごす時間よりも、その後の社会人人生のほうが長いのもまた現実です。自分には研究以外に何ができるか、どのようなスキルを磨いておくべきか常に考え、ある日突然にやってくる異動の指令に備えておくことも、企業研究者には必要なことでしょう。

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 
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佐藤 健太郎

1970(昭和45)年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院卒業後、国内製薬メーカー研究職として勤める傍ら、有機化学について広く世間に興味を持ってもらいたいとの思いから1998年にウェブサイト『有機化学美術館』を開設。2007年末、ライターとしての活動に専念するため勤めていた企業を退職。2009年から2012年4月まで東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教。現在、化学・医薬を専門分野とするフリーサイエンスライターとして活動中。著書に『医薬品クライシス 78兆円市場の激震』 新潮社(2010年)、『世界史を変えた薬』 講談社(2015年)、『医薬品とノーベル賞 がん治療薬は受賞できるのか?』 角川新書(2016年)、他多数。

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