製薬業界を知る

2017/06/20

さまざまな疾病に効果を発揮する医薬品の多くは、何十年もの研究開発を経て製品化されたものであり、それらの薬には「特許」が存在します。佐藤健太郎氏の連載、今回のテーマは、「医薬品と特許」について。製薬業界において極めて重要な存在である「特許」について、2回にわたりお届けします。

特許は何のためにあるか

大学の研究と製薬会社での研究で、最も大きな違いは何か――と問われたら、筆者であれば「特許に対する意識」だと答えます。近年、大学の研究でも特許の取得が推奨されるようになりましたが、やはり製薬会社の特許に対する意識とは大きな差があります。今回は、製薬業界で働き始めるまでにざっと知っておいたほうがよい、特許の話を書いてみましょう。

そもそも特許とは、何のためにあるのでしょうか。ひとことでいえば、発明を奨励し、産業の成立と発達を促すためにあります。ある個人が優れた発明をしても、それがすぐ大企業にまねされ、大々的に商品化されて利益を持っていかれてしまうなら、ばかばかしくて誰も新発明などしようとしなくなるでしょう。他者に勝手にまねされないよう発明者の権利を保護し、次の発明をおこなう利益を確保してもらうため、特許という制度は生まれたわけです。

ただし、発明品の権利がいつまでも発明者のものであり続けたのでは、知識が独占されてしまい、新たな進歩の妨げともなります。このため、特許は一定期間を経ると「満了」となり、自由にあらゆる人が利用できるようになります。日本では、この期間を特許出願の日から20年間と定めています。

 

医薬品特許の特例とは

医薬品の特許戦略 佐藤健太郎

ただし、医薬品業界は特殊な事情のため、この例外となっています。医薬品の特許は、研究が進められている途中で出願されることが普通です。この後、候補となる化合物の選定、臨床試験による有効性・安全性の確認、医薬品としての承認申請、審査という手順を踏んで、初めて医薬は世に出ます。この過程には、すべて合わせて10年以上の歳月がかかることが普通です。

となれば、せっかく新薬を創り出しても、独占販売可能な期間はわずか数年でおしまいということになります。これでは、臨床試験にかかる莫大な費用をまかないきれず、新薬を発売できないことにもなりかねません。

というわけで、医薬品のみは特例として、特許を認められる途上、安全性の確保などを理由に手続きが長きにわたった場合、申請をおこなって認められれば、独占販売期間を5年間延長できることになっています。今年2017年に特許出願された医薬は、最長で2042年までその権利を保護されるわけです。ずいぶん長いようにも思えますが、医薬という製品が世に出るために必要な期間は他と桁違いですので、こうした規定があるのです。

この特許が切れてしまえば、他社も同じものを医薬として発売できることになります。これがいわゆるジェネリック医薬品です。ジェネリック医薬品は臨床試験にかかる費用の負担がないため、新薬の2割~5割の価格で提供されています。これによって安価かつ安全な医薬が供給され、患者の利益と医療費の負担減に貢献しています。

 

製薬会社は特許戦略が命

特許はあらゆる産業の要諦ですが、特に医薬品業界での特許の重要性は、他業種と比べ物になりません。

たとえば、自動車産業での特許は、燃費や安全性の向上といった形で、多少製品に魅力を付け加える程度です。しかし、医薬品業界では、有効成分の特許(以下、物質特許)が切れるまでは、年間数百億から数千億円を売り上げる医薬を、実質上、そのたった一本の特許が支えていると言っても過言ではありません。

また、物質特許が切れた後も、その医薬品の製法や製剤化に関わる特許などが残存している場合、他社はそれらを回避して製品化するための異なる手法を開発したり、裁判で無効審決を勝ち取るなどしなければ、製品を世に出すことは困難です。これらは一般にはあまり知られていません。

しかも製薬会社は、少ない品目数で巨大な売上を稼いでいるという特殊性があります。大手といわれる会社でも、上位3~4品目だけで全売上の半分以上をまかなっているケースが少なくありません。すなわち、特許戦略をひとつ誤るだけで、巨大企業の経営が傾くということが現実に起こりうるのです。特許に関して製薬会社が神経質になるのも、当然といえるでしょう。

ジェネリック医薬品のメーカーにとっても、当然特許は生命線です。次回詳しく述べますが、実は、ある医薬の特許がいつ切れるのかは、そう簡単には判断できません。しかし、ライバル企業を制して市場を確保するためには、一刻も早くジェネリック医薬品を投入すべきなのは当然です。

先発品の特許がいつ切れるか、関係する特許文書を整理分析し、正確な情報をつかんでおくことが必須となります。そして特許が切れる日を読みきる知財力に基づき、①残存する物質特許「以外」の特許を回避しながら②特許満了後、最短で上市(医薬品の発売開始)できるよう、③承認申請およびPMDAからの照会対応を完了して承認を獲得するという、一連の研究開発力がなければ、利益をうむことはできません。

これらが全て有機的に機能し、他社が追随出来ない場合、一社単独での販売期間を得ることも可能なのです。

 

特許成立のために必要な条件とは

医薬品の特許戦略 佐藤健太郎

特許を出願しさえすれば、どんなものでも認められるというわけではありません。特許成立のためには、審査を受けて以下の条件を満たしていると認められる必要があります。

【1】産業上の利用可能性があること

産業、すなわち農工業や商業、医療などに利用できる発明でなければ、特許は認められません。個人の趣味で特に役に立たない機械などを作っても、特許は認められないことになります。もちろん医薬の場合は、この条件を問題なくクリアします。

【2】新規性があること

特許が認められるには、それまで発明者以外の人が知らなかった発明でなければなりません。医薬の場合、今まで作られたことのなかった構造の分子であれば、問題なくこれに該当します。また、すでに知られていた化合物であっても、ある病気の症状を改善するといった新たな効果を発見したのなら、これも特許が認められます。

また、論文などの形で発表され、公になった情報にも特許は下りません。当然、製薬会社の研究者は、特許が成立してからでないと論文を書くことはできません。

【3】進歩性があること

特許が認められるためには、既存のものより何かの点で進歩していることを示す必要があります。医薬でいうなら、既知のものより副作用が少ないとか、服用回数が減らせるといった新しいメリットを示せない限り、発明は認められません。

また、すでにあるものから容易に類推可能なもの、その分野の専門家なら簡単に思いつけるような発明も認可されません。ある酵素の阻害剤Aに血圧降下作用があることが知られている場合、同じ酵素の阻害剤Bにも同様の作用があるであろうことは、医薬の専門家なら容易に類推可能ですから、特許が認められない可能性が大です。ただし、何をもって「進歩」と認めるかは難しく、しばしば裁判の争点ともなります。

【4】最先の出願であること

よく知られている通り、同じ内容の特許であれば、先に出願された方に特許が付与されます。このため、競争が激しい分野では一刻も早く出願することが重要になります。

筆者自身も、これで痛い目を見たことがあります。チームで2年間かけて多数の化合物を作り、満を持して特許出願をしたのですが、わずか2週間の差で他社から全く同じ化合物が出願されていたのです。これがわかった時には、チーム一同がショックのあまり電灯をつけることさえ忘れ、丸一日ぐったりと座り込んで動けなかったことを覚えています。医薬研究者として、最もつらく情けない瞬間でした。

ただし、あまりに急げばデータを揃え損ねることにつながり、後述する企業間の駆け引きにおいて不利に働く可能性が出てきます。また、出願が早くなればその分独占販売できる期間が短くなることにもなりますので、このあたり難しいところではあります。

医薬品特許の具体的な部分に関しては、次回にまた述べていくこととします。

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 
次の記事はこちら:
特許を制する者が医薬品を制する 『医薬品クライシス』著者・佐藤健太郎氏が語る、医薬研究職の世界 Vol.7

前の記事はこちら:
研究職としての適性、キャリアを知る 『医薬品クライシス』著者・佐藤健太郎氏が語る、医薬研究職の世界 Vol.5

製薬業界をもっと知りたい!製薬業界・入門編
タグ一覧 新薬 研究職 製薬業界
記事一覧へ
佐藤 健太郎

1970(昭和45)年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院卒業後、国内製薬メーカー研究職として勤める傍ら、有機化学について広く世間に興味を持ってもらいたいとの思いから1998年にウェブサイト『有機化学美術館』を開設。2007年末、ライターとしての活動に専念するため勤めていた企業を退職。2009年から2012年4月まで東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教。現在、化学・医薬を専門分野とするフリーサイエンスライターとして活動中。著書に『医薬品クライシス 78兆円市場の激震』 新潮社(2010年)、『世界史を変えた薬』 講談社(2015年)、『医薬品とノーベル賞 がん治療薬は受賞できるのか?』 角川新書(2016年)、他多数。

関連記事