製薬業界を知る

2017/09/07

第6・7回と、「医薬品の特許」という業界の本質に迫るテーマでお届けしました。今回は少し肩の力を抜いて、「企業の研究者って、どんな1日を過ごしているの?」という素朴な疑問がテーマです。元創薬研究者である佐藤健太郎氏に、「研究者の働き方のリアル」を語ってもらいました。

学生のみなさんにとって、企業の研究所の雰囲気はなかなか想像しにくいものと思います。どのような形で実験を進め、どのような行事や会議があるのか――。これはもちろん、会社によっても部署によっても違ってきます。リーダーの考え方次第で、同じ部署でもまるっきり運営方針が異なることも珍しくありません。今回は、筆者の見聞きした範囲で、企業研究者がどのように働き、どのように1日を過ごすものか、お伝えしたいと思います。

 

研究者の勤務システムー研究成果を出すための働きかた

研究者の勤務システムー研究成果を出すための働きかた

医薬研究者は、学会出張や特別な会議出席といった場合を除き、ほぼ毎日、朝から晩まで研究所で過ごします。この点、外回りの多い営業職や開発部門(臨床試験を担当する部署)などとは対照的です。

研究者の勤務時間は、今は多くの企業でフレックスタイム制や裁量労働制を採用していると思います。フレックスタイム制は、1日8時間と勤務時間は決まっているものの、いつ出勤していつ退勤するかは、自由に決めてよいとする制度です。朝7時に出勤して16時に帰ることも可能なら、朝11時から20時まで働くのでもよいということになります(昼休み1時間を除外)。ただし、さすがに全くフリーとはいかないので、この時間だけは全員出勤という「コアタイム」を設けているところが多いと思います。

裁量労働制というのは、勤務時間の使い方を労働者の自由裁量に委ね、給与は労働時間ではなく、成果評価に基づいて決定するというものです。このため、いわゆる残業手当のようなものはありません。極端な話、毎日1時間しか働かなくても、成果さえ出ていればそれに応じた給与が支払われるということです。

とはいえ、研究を進めるにはやはりそれなりの実験量が必要ですので、毎日短時間で帰ってしまうような人は実際にはいません。筆者の場合でいうと、朝8時半に出勤、昼休み1時間をはさんで、夜は20時ころまで働いて帰宅というパターンが一般的でした。

 

医薬研究者の1日の過ごし方

医薬研究者の1日の過ごし方

研究所に配属されてから数年は、実験の繰り返しがメインの業務となります。となれば、限られた時間でどれだけ効率よく実験を進められるかがあなたの成果につながり、評価に直結します。

  • プランニング

ということで、出勤して一番にやることは、1日の実験計画立案ということになります。まずあの実験を仕込み、その進行中に精製の準備、測定機器の予約をして……と、イメージをしておくだけでも、ずいぶんと差がつきます。

もちろんすべてが計画通りに進むわけではありません。特に、それまで経験のない実験は、どのくらい時間がかかるか読めませんので、何通りかすべきことを考えておく必要もあります。早く終わった場合は次の段階を仕込み、時間がかかりそうな場合にはデータの整理を進めよう――などと、二段構え、三段構えでプランを組んでおくのです。

以前も少し書きましたが、筆者がいた研究所はずいぶん広い施設であったため、実験に必要な試薬や器具をあちこちから集めてくるだけでも、結構な時間を要しました。まして、実験を始めてから「あっ、あれがなかった」となったら目も当てられません。朝一番に実験計画をしっかり立てておくのは、研究の成功率や速度の向上はもちろん、安全面からもとても重要なことです

経験を積んでゆくに従い、実験時間は相対的に減り、報告資料や特許書類の作成、部下の指導や評価に費やす時間が増えていきます。たくさん実験をこなせるのは若いうちだけですし、その経験はリーダーになっても必ず役立ちます。

  • 昼休み

昼休みは、会社の周囲をジョギングする人、公園を散歩する人、サッカーやバレーボールを楽しむ人など、過ごし方は人によっていろいろです。英会話のリスニングをしたり、論文に目を通したりなど、休み時間にも自己鍛錬を怠らない人もいました。

 

筆者の場合、昼休みは社員食堂で同期の友人と一緒に昼食を取り、その後雑談などして過ごしていました。気の置けない友人たちとの会話は貴重なリフレッシュの機会であり、これはこれで重要なことだったと思います。

昼寝をする人もいます。午後の業務に向けて、作業効率が上がるという研究結果が多く出ていますので、これもおすすめです。静かなところで15分ほど目を閉じて座っているだけでも、効果があるといいます。

  • 会議・報告会・セミナー

企業では、チーム単位、部署単位、研究所全体など、さまざまなレベルで報告会やミーティングが行われます。チーム単位では週1回程度、部署単位で月1度~3ヶ月に1度程度の頻度でしょうか。

チームミーティングでは、現在の実験でどのような結果が出ているか、うまくいっていないところはどこか、今後の展開をどうすべきか――などなど、報告すべき事柄をうまくまとめ、伝えなければなりません。適切なアドバイスをもらい、新たなアイデアを出し合い、今後の方向性を固めるために、ミーティングは重要な役目を果たします。

また、最新の論文紹介や、専門書の輪読会などのセミナーも行われます。医薬の研究では幅広い知識が求められますので、自分の部署でのセミナーのみならず、他部門のセミナーに顔を出してみるのもよいでしょう。

ひとつおすすめしたいのは、疑問に思ったことは恥ずかしがらずきちんと質問することです。これはできそうでいて、なかなかできません。とはいえ素朴な疑問は若い人の特権ですので、どしどし先輩方にぶつけてみてください。

筆者も「こんなことを聞くと呆れられるかも」と思いつつ、思い切って素朴な疑問を投げかけてみたら、上司も先輩も「そういえばそれは考えたことがなかった」と言い出し、みなで調べてみた結果、ちょっとした発見につながったことがあります。ぜひ、疑問に思ったことは積極的に問いかけてみてください。

 

研究者の残業はどれぐらいかー勤務時間と健康管理

研究者の残業はどれぐらいかー勤務時間と健康管理

遅くまで熱心に実験に取り組みたがる人はおり、これはもちろん悪いことではありません。ただし、人数が少なくなった部屋で、疲れた人が居残り実験をすることは(意に染まぬ残業である場合は特に)、思わぬ事故の確率を高めます。研究所での事故は、本人や周囲の人を危険にさらすことはもちろん、研究の進展、会社のイメージや株価にさえ影響を与えますので、何としても避けねばなりません。筆者もやむを得ない場合を除き、20時には退勤するようにしていました。

それでも、居残り実験や休日出勤を日常的に行う人は一定数います。これに関し、産業医の先生が印象的なことを言っていました。「月に100時間以上残業している人は意外に元気だが、80時間程度の人は精神的に疲弊している人が多い」というのです。

100時間以上の人は研究が好きで、自発的に仕事をしているので問題が起きにくいが、80時間あたりの人は残業せざるを得ない状態に追い込まれ、心も体も疲れている人が多いのでは、というのが氏の見解でした。無理をした状態での長時間労働が、より心身へのダメージが大きいというのは、感覚的にも理解できる気がします(もちろん、本人が望んでいるならいくら長時間労働してもよい、ということにはなりません)。

研究生活は10年、20年と続くマラソンのようなものです。苦しい場面やスパートをかけねばならない場面ももちろんありますが、常に全力疾走では長続きしません。家庭を持ったり昇進したりすれば、研究以外にも責任を持つべきことは増えていきます。

よい成果を出すためには、精神的にも肉体的にも健康を保つことは不可欠です。無理のないよう時間を管理し、自分のペースやスタイルを構築して仕事に取り組むことは、優れた研究者の重要な条件だと思います。

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 
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特許を制する者が医薬品を制する 『医薬品クライシス』著者・佐藤健太郎氏が語る、医薬研究職の世界 Vol.7

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佐藤 健太郎

1970(昭和45)年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院卒業後、国内製薬メーカー研究職として勤める傍ら、有機化学について広く世間に興味を持ってもらいたいとの思いから1998年にウェブサイト『有機化学美術館』を開設。2007年末、ライターとしての活動に専念するため勤めていた企業を退職。2009年から2012年4月まで東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教。現在、化学・医薬を専門分野とするフリーサイエンスライターとして活動中。著書に『医薬品クライシス 78兆円市場の激震』 新潮社(2010年)、『世界史を変えた薬』 講談社(2015年)、『医薬品とノーベル賞 がん治療薬は受賞できるのか?』 角川新書(2016年)、他多数。

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