仕事を知る

2017/12/09

前回の記事はこちら

東京大学修士課程復学中に出会った一杯のラーメンをきっかけに、ユーグレナ社に入社。すぐにミドリムシの育種プロジェクトをスタートさせた岩田さん。研究成果をあげるまでには、小さなものから大きなものまで数え切れないほどの課題があったという。それらを乗り越えるために、岩田さんたちが日々行ったこととは。

日々一つ一つ、課題解決を

次に岩田さんのチームの前に立ちはだかったのは、「どうやってミドリムシの変異体を作るか」という問題だった。

油のもとになる成分、パラミロンを多く含むミドリムシを作るには、ふつうのミドリムシのDNAに変異を起こし、変異体を作る必要があった。

そのための方法をいくつか検討する中で、採用を決めたのが、「重イオンビームの照射」によるDNA改変の手法である。重イオンビームは、ガンの治療において、ガン細胞を殺すためによく使われることが知られている。その重イオンビームを、うまく調整して適正量を細胞に当てると、核内のDNA配列が組み変わり、変異を起こすことができる。岩田さんたちはその仕組みを利用して、ミドリムシの変異体を作ることにしたのだが、いったいどれくらいの照射量で重イオンビームをミドリシムに当てればうまく変異体が作れるのか。その条件はまったく未知数だった。

「照射量が低すぎると期待する変異が起こらず、高すぎると今度はミドリムシが全滅してしまいます。生存率に気をつけながら、重イオンビームの照射量や頻度を何度も検証していきました」

課題はほかにもあった。ミドリムシの変異体作成のために使用できる重イオンビームの照射装置は、埼玉県の和光市にある理化学研究所にしかなかったのだ。装置は理化学研究所内部の研究者や、他の研究機関の研究者も使用する。岩田さんたちが装置を使える時間は、非常に限られていた。

「その装置は本来、ミドリムシなどの微生物の品種改良用ではなく、主に新しい元素を見つけるために使われていました。そのためわれわれのチームが借りることができるのは数ヶ月に一度、わずか一日しかなかったのです。重イオンビームを当てたミドリムシはすぐに増殖させて、どういう変異が起こったか検証しなければならないのですが、照射に失敗すれば、その株はすべて無駄になってしまいます。一度失敗すれば、数ヵ月先にならないと新たな実験ができない。そのことは大きなプレッシャーでした」

 

常にシンプルに考え、実行していくこと

常にシンプルに考え、実行していくこと

岩田さんたちは限られた時間のなかで、できる限りミスを防ぐために、実験の作業手順をできるだけシンプルにした。

「実験の工程が複雑になればなるほど、予想し得なかったトラブルの発生確率が上がり、作業ミスも必ず増えます。そのため、できるだけ簡単な実験系を構築することを心がけました。実験の手順を組み立てる際も、自分だけで考えるとどうしても得意なやり方などのバイアスがかかります。メンバー全員にどうすればうまくいくかヒアリングして、出てきた一番良い手法を採用するようにしました

増やしたミドリムシ株の観察においても、油を蛍光染色する試薬を投与し、その蛍光の強さだけで判断するというシンプルな手法をとることにした。実験結果が誰の目にもすぐわかるように、『見える化』を行うことで、研究の客観的な評価を速やかに実施し、研究全体のスピードを上げていこうと考えたのだ。

そうして2015年5月、ついに従来の個体より、圧倒的に多くの油がとれるミドリムシ「スーパーミドリムシ」が見つかった。岩田さんらが2013年後半から重イオンビームによる実験を開始し、効率化のためにセルソーターを導入したのが2014年10月。実験を始めてから、1年半が経過していた。

「ところがまた問題がありました。燃料の由来成分であるパラミロンは、水に溶けない物質なので、蛍光物質で染めようとしても従来の試薬が使えなかったのです。この大きな発見をよりわかりやすく伝えるために、どうすればミドリムシ中のパラミロンを可視化することができるか、頭を悩ませていたとき、ユーグレナが参加する国家的研究プロジェクト『ImPACT』の集まりの懇親会で、思いがけない大きな出会いがありました」

 

新たな気づきを導いた、ラマン顕微鏡との出会い

「ImPACT」とは、実現すれば産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす、革新的な科学技術イノベーションを生み出すことを目的として、2014年にスタートした国家的な重要科学政策プログラムだ。ライフサイエンスや新素材の開発、人工知能やロボットの開発など、さまざまな分野でハイリスク・ハイイノベーティブな研究が、国内の第一線の研究者によって行われている。

ユーグレナはその中で、東京大学の合田圭介教授が主導する「セレンディピティの計画的創出による新しい価値創造」プログラムに参加していた。セレンディピティとは、「砂浜で一粒の砂金」を見つけ出すような、幸運な発見のこと。これまでのライフサイエンスでは、長期間にわたる実験を繰り返し、試行錯誤によって偶発的に見つかった発見が、発展を支えてきた。

合田教授の研究チームでは、そうした「偶然」を「必然」に変えることを目標に、先端光技術を中心にさまざまな異分野の技術を融合することで、「夢の細胞検索エンジン・セレンディピター」を作り出そうとしている。セレンディピターが実現すれば、1兆個以上の細胞のなかから、圧倒的な性能を持つ希少細胞を、超高速・超正確に見つけ出すことができるようになる。岩田さんたちは同プログラムに、セレンディピターを用いて、圧倒的な燃料を生み出す「スーパーミドリムシ」の発見を目指すチームとして加わっていた。

「ImPACTの懇親会の席で、たまたま私の隣に座ったのが、東京大学大学院の工学研究科で、最新のレーザー技術を使って生体組織を見る研究を行っている、小関康之准教授でした。小関先生に、『ミドリムシの内部にあるパラミロンを見たいのですが、試薬がうまく染まらなくて困ってるんです……』と話したところ、『それならば、うちの研究室にある、ラマン顕微鏡を使ってみたら?』とアドバイスをいただいたことが、きっかけになったのです」

ラマン顕微鏡とは、光を分子に照射することで生じる「ラマン散乱」と呼ばれる現象を検出することで、細胞を蛍光物質で染色せずに、生きたまま観察することができる顕微鏡だ。ラマン散乱光は極めて微弱なため、従来のラマン顕微鏡は対象を見るのに数10分~数時間程度の時間がかかっていたが、小関教授らの顕微鏡は改良を重ねることで、数秒程度の短い時間で細胞を見ることを実現していた。

新たな気づきを導いた、ラマン顕微鏡との出会い
出典:科学技術振興機構(JST) 内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT) 共同発表(http://www.jst.go.jp/pr/announce/20160802/index.html)

東大にあるラマン顕微鏡でミドリムシを観察すると、生きて動いた状態で、ひとつひとつの細胞に含まれるパラミロンと脂質、葉緑体と特定のタンパク質、4種類の物質をはっきりと見ることができるようになりました。それまで、自分の研究してきた領域では、ラマン顕微鏡のようなフォトイメージングの最先端技術のことを知る機会がありませんでした。あの飲み会の席での小関先生との雑談がなければ、ラマン顕微鏡を使ってミドリムシを観察しようとは絶対に思いつかなかったはずです」

(後編へ続く)

 

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
製薬業界をもっと知りたい!製薬業界・入門編
タグ一覧 インタビュー バイオ 研究職
記事一覧へ
SCIENCE SHIFT編集部

当メディアの編集部員です。学生の皆さんに今お届けすべき話題は何か?を日々考え、より良い情報を発信していきたいと思います。

関連記事