イノベーターに学ぶ

2017/12/19

これからの社会を動かす企業やプロジェクトに注目し、そこで働く人たちが成果を生むまでのプロセスを探る当企画。第2弾となる今回は、次世代パーソナルモビリティを開発するWHILL株式会社に迫ります。

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Vol.1 ユーグレナ株式会社

目指すのは、「暮らしを楽しくする新しい“クルマ”」。

従来の電動車いすとは、デザインも性能もまったく違うものを開発するベンチャー企業WHILL株式会社。同社では大手自動車メーカーや大手電機メーカーの出身者が多数働き、世の中にインパクトを与える新たな自社製品の開発とそのブラッシュアップを続けている。WHILLで働く2人の若きエンジニアに、人々の役に立つ製品を作ることのやりがい、そして彼らの目指す未来についてお話を伺った。

日野原錦さん上月豊隆さん

取材協力:WHILL株式会社
写真左:電気・ソフト技術部 エレクトリカルエンジニア
日野原錦(ひのはら・にしき)さん

写真右:機械技術部 シャシー開発グループ メカニカルエンジニア
上月豊隆(こうづき・とよたか)さん

 

大手のキャリアを経て、ベンチャーで働く理由

大手のキャリアを経て、ベンチャーで働く理由

「以前はソニーで働いていました。学生の頃から身の回りにソニー製のMDコンポやウォークマンがあり、自分もソニーで人の役に立つ製品を作りたいと思って就職しました」
そう語るのは、現在WHILLで電動車いすの電装基板関連の設計責任者を務める日野原錦さんだ。日野原さんは今、同社の2代目製品である「WHILL Model C」の改良をメインの仕事として取り組む。

「前職では入社後8年間、デジカメとスマホの電子基板のレイアウト設計を担当してきました。別のエンジニアが設計した回路図をもとに、製品の大きさや機能に合わせ、最適な基盤のレイアウトを設計する役割です。ベンチャーのWHILLに転職を決めたのは、『携わることのできる仕事をもっと増やしたい』という思いからです。どうしても大企業のモノづくりでは、1人のエンジニアが関われる領域は限られるため、製品づくりの上流から下流まで、トータルに関わりたいという思いが強くなってきたんです。

また、『より人の人生に、深く関わる製品を作りたい』という思いがあり、転職を決断しました」

 

人の人生に関わるモノづくりをする

そもそもWHILLが創業されたのは、2010年に創業者の杉江理氏が、ある車いすユーザーから聞いたこんな一言がきっかけだった。

「100メートル先のコンビニに行くのも、あきらめるんです」

外出をあきらめる理由は、大きく分けて二つあった。一つ目は、従来の「車いす」に付随するイメージだ。車いすユーザーの多くは、車いすに乗っていることで、道を行く人から注目を集めることに気苦労を感じていた。そのため外出することが、億劫になりがちだったのだ。

二つ目は、従来の車いすの性能の問題である。車輪を自分で回す手動の車いすは、道路にちょっとした溝や段差があったとき、介助者がいなければ1人で乗り越えることができない。モーターで動く電動車いすでも少し大きな段差になると乗り越えられず、砂利道などの悪路や芝生のような場所も、走ることが難しかった。

この二つの問題を解決するためにWHILLは2011年、従来の電動車いすとはまったく異なるコンセプトの乗り物を開発した。ふつうの電動車いすは、車輪とそれを動かすモーターを積んだ機構の上に、人が座るいすを載せた構造をとっている。それに対してWHILLのコンセプトカーは、大きな丸と四角、斜めの線によって構成されたデザインで、機構部といすをシームレスに統合し、スタイリッシュな家電のようなイメージを作り上げた。

また走行性能を向上させるために4WDとするとともに、前輪には「オムニホイール」と呼ばれる独自のタイヤを採用した。このオムニホイールでは、横向きの24個の小さなタイヤが連なって一つの大きなタイヤを構成する。これにより7.5センチまでの段差を乗り越えることが可能となり、従来の車いすよりも圧倒的に小回りが利く走行性能を実現した。2011年に東京モーターショーで発表されたプロトタイプは大きな話題となった。そのとき杉江氏らは、ある車いすメーカーの社長からこう言葉をかけられる。

WHILL モデルA
「WHILL Model A」。2015年度グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)受賞。

「試作品を見せるだけで製品化しないのは罪なことだ。車いすユーザーに期待させるだけなら、やめたほうがいい」
社長の言葉と期待にきちんと応えるため、杉江氏らは2012年にWHILLを創業。アメリカでの数百人の市場調査を経て、東京モーターショーのモデルをベースに「WHILL Model A」を開発、2014年7月には、日本国内の工場で50台生産するところまでこぎつけた。

「私が入社してすぐ任されたのが、台湾の工場における『WHILL Model A』の本格的な量産体制の構築でした。入社したのは2014年12月20日ですが、その翌日にはすでに台湾に飛んでいましたね(笑)。国内工場で50台量産していたModel Aですが、海外の工場で何百台、何千台と生産するには、現地の工場責任者たちとの細かい部分の調整と、多くのすりあわせが必要となります。『発売できるレベルのプロトタイプが完成するまでは、日本に帰らない』ぐらいの気持ちで台湾へと旅立ったことをよく覚えています」

 

インターンを経て、「即戦力」として入社

インターンを経て、「即戦力」として入社

日野原さんとともに、WHILLでエンジニアとして働く上月豊隆さんは、電動車いすの「シャシー部分」の構造設計を他のメンバー2人とともに担当している。慶應義塾大学の理工学部を出て、東京大学大学院の情報システム工学研究室に学び、2015年10月からWHILLでインターンを始めた。

「子どもの頃から動くものを手で作るのが好きで、在学していた東京大学の大学院博士課程では、ヒューマノイドロボットの研究をしていました。研究室の先輩たちには、『SCHAFT(シャフト)』というグーグルに買収されたことで話題になったロボットベンチャーを立ち上げた人々もいます(2017年4月にソフトバンクによって買収)」

上月さんは大学院の卒業が近づき、就職先を考え始めたときに、ロボットの研究者の道を行くか、それ以外の研究の道に進むか迷っていたという。「そのとき、たまたまフェイスブックで、WHILLがインターンを募集しているのを見て、『面白そうだな』と感じてとりあえずインターンに応募してみたんです」

「ロボットの研究はすごく楽しかったのですが、実際にロボットを販売するところまで持っていくのは、しばらく時間がかかるだろう、と考えました。しかしWHILLならば、自分のロボットに関する知識を生かして作った製品を、人々の役に立つ商品として実際に売るところまで、エンジニアとして関われる。それが就職を決めた理由でした」

インターンを経て入社した上月さんだが、エンジニアとして「即戦力」の実力を持っていたことから、重要な任務を与えられることになる。それは「WHILL Model A」に続く普及価格帯モデルであり、多くの追加機能を持たせた「WHILL Model C」のゼロからの開発だった。

(中編へ続く)

 

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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SCIENCE SHIFT編集部

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