イノベーターに学ぶ

2018/02/26

サイエンスシフトの読者なら、「腸内細菌叢」「腸内フローラ」といった言葉を聞いたことがあるでしょう。近年、特に注目され、そのはたらきやメカニズムの解明が進んでいる、人体のシステムのひとつです。そしてその研究に取り組み、人びとが病気になることなく健康に長生きする「健康長寿社会」を目指しているのが、株式会社メタジェンです。これからの社会を動かす企業やプロジェクトに注目し、そこで働く人たちが成果を生むまでのプロセスを探る当企画。Vol.4は、山形から世界中の人々の健康を考えるイノベーターを訪ねました。

【これまでの記事はこちら】
Vol.1 株式会社ユーグレナ
Vol.2 WHILL株式会社
Vol.3 株式会社マンダム

取材協力:株式会社メタジェン
(左)主任研究員/慶應義塾大学先端生命科学研究所 特任助教/博士(政策・メディア) 村上 慎之介(むらかみ しんのすけ)さん
(中)研究員/博士(理学) 伊藤 正樹(いとう まさき)さん
(右)研究員/博士(農学) 森 友花(もり ゆか)さん

 

「病気ゼロ社会」を目指す「便チャー企業」

山形県鶴岡市に、「株式会社メタジェン(以下、メタジェン)」という名のバイオベンチャー企業がある。設立は2015年3月、慶應義塾大学と東京工業大学の研究者・大学院生らの手で産まれた大学発ベンチャーである。

代表取締役社長CEOの福田真嗣さんは、慶應義塾大学が2001年に開設した「先端生命科学研究所(IAB)」で特任准教授を務めている。このIABが鶴岡にあり、メタジェンもこの地で産声を上げた。以来、取締役副社長CTO・東工大准教授の山田拓司さんが率いる東京チームとともに、2拠点体制で事業を推進している。

メタジェンが扱うのは、同社が「茶色い宝石」と呼ぶ「便」だ。同社で主任研究員を務める村上慎之介さんは、次のように語る。

「人の腸管の中には、ひとりあたりおよそ数百~千種にもおよぶ腸内細菌が、100兆個も存在していると見積もられており、この腸内細菌の集団を腸内細菌叢と呼びます。人体を構成する細胞は37兆個とされていますから、その3倍近い数の細菌が人の腸内に棲み着いていることになります」

研究員を務める村上慎之介さん

この腸内細菌叢の存在が、人体に大きな影響を与えていることが近年の研究で次々と明らかになっている。腸内細菌叢の存在が病原体から人体を守る免疫系の発達に欠かせないこと、腸内環境の乱れが肥満や糖尿病、肝臓がんや動脈硬化などの疾患に関与していること……。

「“便”の70%程度は水分ですが、残った30%のうちの半分から3分の1は腸内細菌だと言われています。つまり、“便”には腸内細菌の情報がふんだんに詰まっていて、“便”を調べればその人の健康状態や疾患のリスクを推測することができます。便は通常捨てられてしまうものですが、我々が健康を維持する上で非常に価値があるものだとわかってきました。だからこそ“茶色い宝石”なのです」

メタジェンは、この「便」を用いて「健康長寿社会」の実現を目指している。

「最先端のバイオテクノロジーによって多くの人の“便”を分析し、腸内細菌叢の状態から健康情報をフィードバックする。そうした情報を健康維持や疾患予防に役立ててもらう。同時に、腸内環境の乱れと病気の発症との関わりについて、未知のメカニズムを紐解いていく。それにより、病気のない社会を目指しています。さらにその先には、人生の最期まで健やかに生きられる“長寿ハピネス”の実現も見据えています」

メタジェンは、「便」で健康な社会づくりを目指す「“便”チャー企業」なのである。将来的に「便」を活用した様々な事業の展開を計画しているが、現在は共同研究開発事業「MGPack™」により、他企業と連携して共同研究を推進しているところだ。

 

人の腸内環境はかくも多様

ひとくちに「腸内細菌」と言っても、どのような細菌が腸内にいるかは、人によって千差万別だと村上さんは言う。

「同じ遺伝子を持つ一卵性双生児でも、食習慣などの生活環境が違えば、腸内環境は異なることが分かっています。また、私が2015年に大分県竹田市で行った調査では、健康な人たちの間でも腸内細菌叢のパターンに大きな違いがありました。腸内細菌叢のバランスにばらつきがあるだけでなく、特定の菌がまったくいない人がいたり、ごく一部の人だけが特定の菌を持っていたり……。同じ地域に住んでいて、食生活が極端に異なるわけではないはずなのに、それでもこうした違いがあったのです」

腸内細菌は人によってパターンが異なる

「健康な」人の腸内細菌叢のパターンにこれだけのばらつきがあるということは、いったい何を意味するのだろうか。

「腸内細菌叢のバランスが健康維持と密接に関わることが明らかになり、腸内環境改善を目的とした食品やサプリメントなどがすでに世に多く出回っています。ただ、腸内環境は個人差が大きいので、単一の商品で万人が効果を得られるとは考えにくいと言えます。たとえば、ヨーグルトひとつとっても数多くの商品があり、腸内環境に及ぼす影響にもそれぞれ違いがあるはずです。ある人が腸内環境を改善するために、何を食べるとよいのか。個人の腸内環境のパターンに応じて、どういう食品やサプリメントを取るのが効果的か、パターンとソリューションをセットで情報提供できるようにすることを私たちは目指しています」

腸内細菌のパターンに応じて、腸内環境を適切にコントロールすること

腸内細菌のパターンに応じて、腸内環境を適切にコントロールすること。それをメタジェンは「腸内デザイン」と呼び、食品企業や製薬企業などと共同して、研究開発を推進する「腸内デザイン応援プロジェクト」を展開している。このプロジェクトには2018年1月時点で22社が参画し、メタジェンは7社と具体的な共同研究を進めている。

 

最先端研究を支える最先端技術

メタジェンが活用する最先端バイオテクノロジーは、同社が掲げる「メタボロゲノミクス®」という技術だ。「メタゲノミクス」と「メタボロミクス」を組み合わせた同社独自の新規概念である。

メタボロゲノミクス®

「メタゲノミクス」とは、環境中に存在する生物(主に微生物)の遺伝子情報(ゲノム)を、網羅的に解析する技術だ。

「それを可能にしたのが、2000年代に登場した『次世代シーケンサー』と呼ばれる高速DNA解析装置です。この技術によって、便にどのような微生物が含まれているかについて、微生物のDNAをもとに調べることができるようになり、腸内細菌研究が一気に加速しました」と村上さん。メタジェン社長の福田さんは、それ以前から腸内細菌研究を続けるフロントランナーの一人だ。

一方の「メタボロミクス」とは、生物が産生する代謝物質の種類や濃度を網羅的に解析する技術だ。

「当社は主に『CE-TOFMS』と呼ばれる分析装置を使って、便に含まれる代謝物質を調べています。細胞内に含まれる代謝物質の多くが水溶性のイオン性化合物であることに注目して開発された装置で、一度に1000種類以上の代謝物質を網羅的に解析することができます」

なお、この技術は、慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)の曽我朋義教授が2000年代前半に開発した技術であり、2003年7月にやはり鶴岡で設立されたバイオベンチャー「ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社」のコア技術にもなっている。鶴岡は、まさにメタボロミクスのメッカといえる。

そして、「メタゲノミクス」と「メタボロミクス」をつなぐのが、「バイオインフォマティクス(生命情報科学)」の技術である。

「私たちは、どの腸内細菌がどのような代謝物質を産生し、人にどのような影響をもたらすのかを調べています。ただ、腸内細菌は数百~千種類も存在し、代謝物質も私たちが調べているだけでも何百種類もあり、しかもそれらは個人ごとにばらつきがあります。これだけ複雑な情報を人の頭だけで整理するのは非常に困難です。最先端のバイオテクノロジーとITを組み合わせ、腸内細菌の働きと人体への影響の統合理解を目指しています」

こうしたコンピューターの解析基盤をつくるのが、取締役副社長CTOの山田拓司さん率いる東京チーム。東京チームとは対照的に、鶴岡チームは便とじかに向き合い、便に含まれる細菌や代謝物質を調べるラボワークに取り組んでいる。それを主に担うのが、伊藤正樹さんと森友花さん、博士号を持つ研究員の二人である。

(次の記事へ続く)

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

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SCIENCE SHIFT編集部

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