イノベーターに学ぶ

2018/02/28

(前回の記事はこちら)

これからの社会を動かす企業やプロジェクトに注目し、そこで働く人たちが成果を生むまでのプロセスを探る当企画。第4弾となる今回、編集部が訪ねたのは、山形県鶴岡市。後編では、株式会社メタジェン(以下、メタジェン)の、よりディープな部分に迫ります。

【これまでの記事はこちら】
Vol.1 株式会社ユーグレナ
Vol.2 WHILL株式会社
Vol.3 株式会社マンダム

間近で見てきたベンチャー誕生劇

メタジェンは、山形県鶴岡市に拠点を置く地方発のバイオベンチャーだ。目指すは、便を活用して「健康長寿社会」を実現すること。

同社は研究開発に力を入れ、社員7名のうち3名が博士号を持つ研究員だ。そのうちの一人、伊藤正樹さんは化学の世界から、森友花さんは植物学の世界からメタジェンに飛び込んだ(前回記事参照)。もう一人は、ここ鶴岡で10年以上にわたり分子生物学の研究を続ける村上慎之介さん。本シリーズの初回記事では、メタジェンの紹介をしてくれた。

村上さんは2016年4月、メタジェン初の社員となった。村上さんが鶴岡と関わり始めたのは、高校3年生だった2006年にさかのぼる。過去2回の記事でも触れたように、鶴岡には慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)がある。

「小さいころから自然科学が好きで、プラネタリウムに通ったり、植物を育てたりしていました。僕は高校から慶應で、漠然と理工学部に進学するものだと思い込んでいましたが、高3の夏、一貫教育校向けのIAB見学イベントに参加して、運命が変わりました。何としてもIABで研究したいという強い気持ちが止まらなくなったのです」

タジェン初の社員となった。村上さん

当時すでに、IABは生物の代謝物質を網羅的に調べるメタボロミクス研究のメッカだった。何より、IABを率いる冨田所長のビジョンや研究への思いに感激したのだという。

学部生の間は、学期中は首都圏のキャンパスで学び、夏休みと春休みは鶴岡で過ごす生活を繰り返し、大学院に進学した2011年、鶴岡に移住した。メタジェン社長の福田さんがIABに赴任してきたのはその翌2012年、その後は福田さんから研究指導を受けた。

「最初の2~3年はバイオインフォマティクスに興味があり、次第に、環境中の微生物を網羅的に調べるメタゲノミクスにも関心が広がりました。博士課程では、温泉水を飲む『飲泉』が腸内環境にどのような影響を及ぼすかを、メタゲノミクスとメタボロミクスを組み合わせて調べました。飲泉によって、肥満防止効果があると考えられている腸内細菌が増加し、糖尿病の予防や改善につながる可能性があることを突き止めました」

卒業後の進路選択について、村上さんは当時の思いを次のように語る。

「大学で教員になることも考えていましたが、どこまでやれるか不安もありました。IABでは好きな研究に自由に取り組ませてもらいましたが、ポスドク(博士研究員)として武者修行に出たら、同じような環境で研究ができるとは限りません。自分のやりたい研究を自分の手で切り拓けるような環境に身を置きたいと思っていました」

そのとき、鶴岡では大学発のバイオベンチャーが複数生まれていた。

村上さんが鶴岡に来た2007年時点で、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社(前編参照)はすでに事業を展開しており、その年の9月にはスパイバー株式会社が誕生した。くもの糸に代表される高機能タンパク質を活用し、バイオ素材の開発を目指す企業である。2013年12月には唾液を用いた疾患検査技術の研究開発に取り組む株式会社サリバテックが、2015年3月にはメタジェンが、2016年1月には線維芽細胞を用いた再生医療で心不全の治療法の開発に挑む株式会社メトセラが誕生した。また、2013年のクリスマス・イブには、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズのマザーズ上場という華やかな場面も、横目で見てきたのだ。

「間近でバイオベンチャーが立ち上がっていく様子を見るのは刺激的でした。しかも、そのうちのひとつは、自分の指導教官が立ち上げた会社で、自分の研究を活かすこともできます。それならこのチャレンジに加わろうと、ここで働くことを決めました。ありがたいことに、IABで特任助教も務めさせてもらっています」

教員になる夢もかなえた村上さんは、共同研究先との連携をはじめ、伊藤さんと森さんがラボワークに取り組む大枠を整える役割を担っている。

 

多様なバックグラウンドと自由な議論がアイデアを生む

村上さんと伊藤さん

前回の記事で紹介した伊藤さんと森さん、そして今回紹介した村上さんの3人は、同じ博士号を持つ研究員だが、専門分野も歩んできた道のりも、メタジェンに加わった経緯も実に多様だ。それだけに、この3人に福田さんも加わって行うディスカッションは、さまざまな方向にアイデアが広がっていくと森さんは語る。

「全員がそれぞれのバックグラウンドにもとづいて自由に意見を言い、誰かが出したアイデアに自分のアイデアを掛け合わせる。すると、もとのアイデアが何倍にもおもしろくなります。自由闊達(かったつ)な議論から、自分ひとりでは決して思いつかないアイデアが生まれてきます」

それができるのは、「役員と社員などという堅苦しい上下関係がなく、言いたいことを言いたい放題言い合えるフラットな関係があるから」だと村上さんは言う。メタジェンは、アイデアを出せる環境づくりを大切にしている。

3人の研究員のなかでも、化学のバックグラウンドを持つ伊藤さんの視点は、やはり“バイオ”ベンチャーにおいては独特だ。生物学を学んできた福田さんと村上さん、森さんとは明らかに異なる視点や知識を持っている。さながら、メタジェンにおけるトリックスターのようだ。村上さんは、「便を“材料”として扱う視点や姿勢がおもしろい」と評価する。

「化学の実験では、扱う材料の形状や物性なども重要な要素です。便を扱うときは、どのような物質が含まれていると便の形状や物性がどう変わるのかということにも関心を持って調べています。データの形になかなか置き換えにくいこのような情報も腸内環境を調べる上で重要な情報ととらえ、福田さんが驚くような報告ができないかといつも考えています。生物学や腸内細菌の知識や技術ではかないませんが、便を材料として扱うことについては誰にも負けません!」と伊藤さん。

聞けば、学生時代にブタの脳みそを研究材料として扱っていたことがあるようで、ぐちゃぐちゃしたものの扱いにもまったく抵抗がないそうだ。

 

便は疾患治療の切り札になりうるか

便は腸疾患治療の切り札になるか

最後に、メタジェンの今後の事業展開について尋ねた。

村上さんいわく、いま特に力を入れて取り組んでいるのは医療分野への参入だという。腸内環境をターゲットにした治療のトピックとしては、便細菌叢移植療法(通称、便移植)が挙げられる。

「偽膜性大腸炎の患者に便移植を行うと、8割強の人が治るという論文が2013年に報告されました。この病気は、クロストリジウム・ディフィシルという細菌が引き起こす腸管感染症です。抗生物質での治療効果は3割ほどなので、便移植による治療効果の大きさが際立ちます。また、指定難病である潰瘍性大腸炎に対しても便移植の有効性が報告されているほか、糖尿病や動脈硬化の治療にも便移植の治療効果が期待されています。これらの疾患には腸内環境の乱れが関係していると考えられていますので、健康な人の便の懸濁液を患者の腸内に移植することで腸内環境が改善され、治療効果があると考えられています」

ただ、医療現場で便移植を展開するには、解決しなければならないことが多く残っている。

「まず、“健康な人の便”の定義がなされていません。それは、便の中の何が治療効果をもたらしているか未解明なためです。特定の細菌の存在が重要なのか、もしくは何らかの代謝物質があればいいのか。それを明らかにすることができれば、“健康な人の便”ではなく“治療効果がある便”を見分けられるでしょう。また、便移植という心理的負担の大きな方法によらずとも、特定の細菌や代謝物質だけを腸内に届けることもできるようになると考えられます」

こうした研究を推進するため、2017年6月、メタジェンは消化器内科医師であり潰瘍性⼤腸炎に対する便移植療法の第⼀⼈者である順天堂大学医学部の石川大医師(准教授)を取締役CMO(チーフ・メディカル・オフィサー)として迎えた。

 

「茶色い宝石」が世界を変える。

決して夢物語ではなく、現実となる日も近いかもしれない。その先にある「長寿ハピネス」の実現を目指して、メタジェンの取り組みは日々進行中だ。

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

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SCIENCE SHIFT編集部

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