製薬業界を知る

2018/02/08

現在、京都学園大学バイオ環境学部で教壇に立つ松原守教授。その経歴には、バイオベンチャーの立ち上げに携わり、研究者でありながら製薬会社への営業活動で走り回ったこともあるという。なぜそのような経歴を歩むこととなったのか、そこで得られたものとはどのようなものだったのか━━。バイオベンチャーの成功に必要な“4つのモノ”や、当時の思いについても語っていただきました。

国内において順調に成長を続けるバイオベンチャーも現れており、読者の皆さんの中にはバイオベンチャーで働きたい、あるいはバイオベンチャーを起業したいと考えている方もおられるかと思います。連載第3回では、私がバイオベンチャーの立ち上げに参画し、そこで体験した話を中心にお伝えします。

 

製薬研究所のリストラ、のちバイオベンチャー立ち上げへ

製薬研究所のリストラ、のちバイオベンチャー立ち上げへ

前回紹介したように、勤務していた外資系製薬会社の主力製品がアメリカで特許切れになり、業績が悪化したため全世界的なリストラが始まりました。その流れで日本の研究所も閉鎖されることが決まりました。

通常なら研究所で働いている研究員らは、同じ会社の開発や学術など別の部署で働くか、転職して他の製薬会社などで研究を続けるといった選択をすることになり、実際にそういう方向に進む人も何人かいました。一方で私は当時30代後半になっており、転職の年齢的な壁や自分のスキルが生かせるような場所が他にあるのかどうかについて大いに悩んでいました。そんな中、研究所長を中心とするマネジメントメンバーは、私たちが研究開発していた医薬品ターゲットであるプロテインキナーゼに関するビジネスに大きなチャンスがあるのではと判断し、会社からスピンオフをして新たなバイオベンチャーを設立することにしました。

その頃(2003年)日本ではバイオベンチャーの興隆期で、上場する会社も出てきていました。私としては一生の中でバイオベンチャーの立ち上げを経験する機会はないだろうし、一緒にやっているメンバーと引き続き同じ仕事ができるのだという思いでバイオベンチャーの立ち上げに参画することを決意しました。不安要素もたくさんありましたが、それ以上に何か新しいことができるというワクワク感のほうが強かったです。まさに勇気を持って果敢に挑戦しようというベンチャー精神が湧いてきました。

今振り返っても、私たちがバイオベンチャーを立ち上げた時期はタイミング的にはとても良かったのではと思っています。2001年に「大学発ベンチャー1000社計画」が経済産業省から発表され、特にIT系やバイオ系のベンチャー創業ブームが起こり、ベンチャーキャピタルの投資機運も高まっていました。また、バイオベンチャーが起業するうえで重要なインキュベーション施設も充実してきました。私たちは研究所のあった大阪を離れ、神戸ポートアイランドにできたインキュベーション施設で創業しました。当時の神戸は、阪神淡路大震災からの復興を目指して「神戸医療都市構想」を始めていました。大震災で「命の大切さ」を知った神戸の思いは、「人々の命を守り、健康に貢献することを目指す」を理念とする私たちの会社の思いと通じるところもあり、神戸で創業する決め手となりました。

 

バイオベンチャーにおける「ヒト」「モノ」「カネ」「チエ」

バイオベンチャーを立ち上げて軌道にのせるのはそう簡単な話ではありません。
よくバイオベンチャーの成功には「ヒト」「モノ」「カネ」「チエ」が必要であるといいます。創業時期からこれらを満たすのはなかなか難しいことです。私たちが立ち上げたバイオベンチャーで最初に苦労したものは「カネ」(資金)でした。バイオベンチャーといえば少人数で始めて成長とともにメンバーが増えていくというものですが、私たちの場合はバイオベンチャーとしてはかなり大人数である19名でスタートしました。そのため、投資をしていただくベンチャーキャピタリストの方々からは、人が多すぎて給料が払えないのではという不安がありました。一方で、一番大切である「ヒト」(人材)については強みがありました。参画した19名のメンバーそれぞれが高い能力をもっており、またチームとしてこれまでやってきた経験があり組織としても安定感がありました。研究者のみならず経営や特許戦略が分かるメンバーも入っていました。このことがベンチャーキャピタリストに評価された一つであったと思います。

「モノ」や「チエ」に関しては、ビジネスモデルが重要になってきます。バイオベンチャーの場合、ビジネスの相手は製薬関連企業です。そのため製薬関連企業が喉から手が出るほど欲しくなるような技術や開発品を持っていなければなりません。また、特許戦略も重要です。私たちの場合は元々製薬会社の一員であったので、医薬品となるシーズを持っていたのはもちろんのこと、製薬会社のニーズを理解できたことが大きかったです。製薬会社が創薬のターゲットとして重要視していたプロテインキナーゼについて、質の高いタンパク質を多種類作って提供し、会社の運転資金にするという戦略がとれました。

優れた技術が優れたビジネスになるとは限らず、開発した製品が最終的に売り上げにならなければ会社は潰れてしまいます。特にバイオベンチャーでは製品が市場に出ていくまでの「魔の川」「死の谷」が長く、途中で資金難になって廃業する会社も多いです。だからこそ「ヒト」「モノ」「カネ」「チエ」の視点で考えて、持続的に発展することが重要です。リスクはかなりありますが、成功した時のゲインが大きいのもバイオベンチャーの魅力的なところです。

 

バイオベンチャーでなければ経験できなかったこと

バイオベンチャーでなければ経験できなかったこと

バイオベンチャーを立ち上げ軌道にのせるまでに、製薬会社ではできないようなさまざまな経験ができました。バイオベンチャーを創業することが決まり最初に大変だったのは、ラボの移転でした。外資系製薬研究所の閉鎖に伴い、まずはその研究所の片付けから始まりました。使用しない実験装置類の廃棄や試薬の整理などをすると同時に、神戸のインキュベーション施設に持っていく実験装置のリストアップをしました。神戸のインキュベーション施設への移転で勉強になったのは、各装置の電圧や電流を調べてラボの配線計画を立案したり、実験装置を効率よく配置するための図面を作ったりしたことでした。全く何もない状況から仲間と一つ一つ作っていき会社が形になっていくのはとても楽しいものでした。

他にもスタートアップでしか経験できないようなことが数多くあり、そういう知識は今でも役立っています。バイオベンチャーでは各メンバーが会社に貢献できる度合いが高く、やりがいも出ます。そして何といっても会社の成長と自分の成長を肌で感じとれるのがいいところだと思います。

次に大変だったのは売り上げを立てることの難しさでした。創薬事業は年月がかかるために創薬支援業で営業利益を出すことが私たちの会社では必要でした。物を売るためには売れるものを作り、また営業活動でその製品を知ってもらい買ってもらわなければなりません。顧客に会社の名前から知ってもらわなければなりませんでした。研究だけするのではなく時々営業担当の方と製薬会社をまわって技術営業をしたことはとてもいい経験になりました。それによって顧客である製薬会社の求めているものが明確になり製品開発に反映できました。製薬会社で研究だけをやっていた頃は、顧客との直接な対話はなかったので、バイオベンチャーならではの経験といってもよいでしょう。年間売り上げが1億円を超えたときに社員全員で喜んだ時の光景は今でも目に浮かびます。

 

新たな刺激、出会い、志を分かち合う仲間

新たな刺激、出会い、志を分かち合う仲間

バイオベンチャーの興隆期になった頃からバイオベンチャーのビジネスに関することにも興味が湧きました。ちょうどその頃に創刊された「日経バイオビジネス」や「バイオベンチャー」という月刊誌を毎月読んでバイオビジネスに関する情報のアンテナを張っていました。また、大阪商工会議所が2002年から主催していたバイオビジネス・スクールの第3期生として、バイオ技術と経営の両面を学びました。特に経営関連の知識は全くなかったので、ビジネススクールで学ぶケーススタディーや経理関連の講義はとても役に立ちました。それに加えて多方面の分野(バイオ系のみならず異分野の方々、銀行員、投資家、学生など)の人材が参加しており、とてもよい刺激を受けました。その中には今や日本や世界のバイオビジネスをリードする方々も大勢おり、彼らとの交流は今でも続いています。当時、関西の大学で経済学を学んでいた学生も参加しており、これがきっかけで彼はベンチャーキャピタルに就職しました。読者の皆さんも学生の間に多様な人材が集まる会に参加するといいでしょう。

私たちが立ち上げたバイオベンチャーは、創業5年後の2008年に株式上場(IPO)を果たしました。これによって創薬事業を加速させるための資金調達ができ、がんなどのさまざまな疾患に対しての画期的な新薬を世の中に出すために頑張っています。現在、私自身は会社から離れましたが、今でも交流のあるメンバーらが開発した薬が、いずれは多くの患者さんの病気を治すことを願っています。

最近は、バイオベンチャー再興期といわれ、政府によるバイオベンチャー振興策も充実してきています。また、株式市場においても力のあるバイオベンチャーが複数社でてきていますので、読者の皆さんの中にもバイオベンチャーへの関心が高まっていることでしょう。バイオベンチャーで果敢にチャレンジするのも将来の選択の一つかもしれません。

次回は、医薬・ヘルスケア分野におけるバイオテクノロジーの新しい潮流についてお伝えしたいと思います。

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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松原 守

京都学園大学バイオ環境学部バイオサイエンス学科分子生命科学コース分子生物学研究室教授。 1965年 名古屋市生まれ。博士(薬学) 名古屋市立大学大学院薬学研究科後期課程修了。薬剤師、上級健康食品管理士の資格を持つ。専門は「分子生物学」「細胞生物学」「構造生物学」「蛋白質科学」。 理化学研究所、外資系製薬会社、バイオベンチャー(上場企業)などでがんや神経変性疾患に関連する遺伝子、タンパク質の基礎研究ならびに創薬研究に従事する。現在は、さまざまな病気に関わるタンパク質の機能構造研究のほかに超高齢化社会で問題となる病気を予防するための機能性食品開発に携わっている。 Twitter:@matsubara_m

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