製薬業界を知る

2018/03/13

外資製薬会社研究職、バイオベンチャーの立ち上げを経て、現在は京都学園大学バイオ環境学部で教壇に立つ松原守教授。今回は、バイオテクノロジーやその関連領域が医療・ヘルスケア分野を今後どう変えていくかについて、現在松原先生が行っている研究内容も含めて語っていただきます。

常に新しい薬を開発できなければ市場の競争から脱落してしまう医薬品業界。新薬開発が難しくなっている中で、各製薬会社は大学やバイオベンチャーとの連携を強め、バイオテクノロジーによる新たなイノベーションを生み出そうと努力しています。連載第4回では、大学と製薬会社との連携について、また私自身の研究にもひもづく医療・ヘルスケアにおける新潮流についてお伝えします。

 

クローズド・イノベーションからオープン・イノベーションへ

クローズド・イノベーションからオープン・イノベーションへ

新薬の開発は成功確率が低く、長期にわたる投資が必要です。特に最近では、これまで創薬の中心であった低分子化合物は開発され尽くした感があり、新薬の創出は困難になってきました。そんな中で、各製薬会社は新たな創薬シーズの宝庫として、それを大学やバイオベンチャーに求めています。

私がバイオベンチャーに勤めていた2003年頃、「いずれ製薬会社は、新薬創出のための基礎研究や初期開発を自前ですることはやめて、後半の臨床開発試験と薬を販売するだけになるかもしれないですね」と大手製薬会社の方と議論していました。

まさにこの頃から現在までの間に、多くの大手製薬会社は有望なパイプラインをもつバイオベンチャーの買収を行い(武田薬品が2008年にアメリカのバイオベンチャーであるミレニアム・ファーマスーティカルズを88億ドル買収したのは特に有名です)、将来の売り上げに寄与する確実な新薬候補を手に入れる戦略をとっています。

このように、従来までの「クローズド・イノベーション(最初から最後までを自前で行う)」に対して、外部の有望な組織や研究者と協力して研究開発を進める「オープン・イノベーション」へと、製薬会社の潮流は変わりつつあります。

 

さらなる活性化が期待される、大学・企業間の連携

オープン・イノベーションの中には、製薬会社と大学との産学連携によるものもあります(塩野義製薬FINDS, 第一三共TaNeDS, アステラス製薬a3など)。
多くの大学の研究者にとって、自分が行っている基礎研究が創薬シーズに結びつくのか、あるいは製薬会社のニーズに合っているのかが分からないということがあります。また、ニーズに合っていたとしても上市させるまでのプロセスは大学ではできません。その際に製薬会社からのアドバイスや資金援助は有益なものとなります。製薬会社側も初期の創薬シーズに効率よくアクセスできるというメリットがあります。

大学の研究者らの成果が「将来は薬の開発につながり病気を治すのに役立つ研究です」とプレス発表されるケースは多々ありますが、最終的に患者さんのところまで薬や医療技術としてたどり着くケースは非常に少ないです。研究内容が最初から創薬シーズに程遠いものもありますが、中には有望なものもあり、それを上市まで育てていくまでのスキームや人材、資金、設備などが必要となってきます。しかし多くの場合、それらが無いために途中で断念してしまうケースもあるわけです。

アメリカのシリコンバレーでは、大学、企業、起業家、金融機関などが結びつき、新しいベンチャーを次々と生み出し、それによってさらに人材、技術、資金を呼び込んで発展を続ける「ベンチャー・エコシステム」が形成されています。ライフサイエンス分野でうまく機能しているものとしては、スタンフォード大学支援による「SPARK」という創薬支援のためのプログラムがあります。日本でも、このスタンフォードSPARKに関わった人材を中心に、昨年京都大学においてKYOTO-SPARKをスタートさせ、日本における最初のベンチャー・エコシステムの形成が期待されています。こういった仕組みによって、大学における有望な研究成果が社会に還元されやすくなるのです。

 

バイオ医薬品に次いで期待される「中分子医薬品」

連載第1回で述べたように、バイオテクノロジーによる新たなイノベーションは、医療・ヘルスケア分野において病気の根本治療や、健康長寿社会の実現へつながる重要なファクターです。ここでは私が現在行っている研究を紹介しつつ、今後期待される関連領域として「中分子医薬品」を取り上げることにします。

私が行っている研究領域の一つに「タンパク質間相互作用を利用した医薬品開発」というものがあります。

まずわれわれの体の仕組みとして、細胞内シグナル伝達機構というものがあります。これは外からの情報を正確に細胞の中にまで伝える、いわば伝言ゲームのような仕組みです。細胞中に存在するさまざまなタンパク質が正確に相互作用して情報を伝えていきます。これががんなどの病気になってしまうと、ある特定のタンパク質が異常な相互作用をして間違った情報を伝えてしまいます。そのためこの間違った情報を正すための中分子(分子量1000~1万以下のペプチドや核酸などの分子)を導入することで、正しいタンパク質間相互作用が伝わるようにします。

実際に、あるタンパク質間相互作用に基づいて構築した特殊なペプチドが種々のがん細胞を抑えることを確かめています。このようなものを「中分子医薬品」といい、バイオ医薬品に次ぐものとして期待されています。

バイオ医薬品では主に細胞膜表面の膜タンパク質が標的であり、細胞内のタンパク質を標的にすることはできませんが、中分子医薬品ではそれが可能になります。またバイオ医薬品では難しいとされている経口投与が、ドラッグデリバリーシステム(DDS)を発展させることで可能となります。さらに中分子医薬品では、低分子医薬品ではほとんど不可能であったタンパク質間相互作用を制御することができます。

医療経済学的に問題になっているバイオ医薬品より低コストで開発できるというのも、中分子医薬品の大きなメリットとなり得ます。現在、プロテオーム研究の発展で、細胞内におけるタンパク質間相互作用の網羅的解析、タンパク質間相互作用の構造的な知見が蓄積されており、ここで紹介した中分子医薬品の開発スピードも速くなっていくと予想されます。

 

健康寿命を延ばす━「予防医学」と機能性食品開発

健康寿命を延ばす━「予防医学」と機能性食品開発

私がもう一つ力を入れている分野として機能性食品の開発があります。
日本のみならず世界的にみても平均寿命と健康寿命の差は大きく、死を迎えるまでの残り何年かは(日本では10年以上差があります)、要介護状態になっています。主な原因には、脳血管疾患、認知症、骨折・転倒、関節疾患などがあります。

特にアルツハイマー病などの認知症や、ロコモティブシンドロームと呼ばれる骨や筋肉の運動器の障害(骨粗しょう症、サルコペニアなど)が要介護レベルの病と深くかかわっていることから、高齢化社会に打ち勝つための戦略として、これらの病気になる前に予防することが重要になってきます。

現在、私が行っている研究の中には、加齢、疾患にともなう骨格筋の筋萎縮(サルコペニア)を予防する機能性食品の開発があります。運動時には細胞内でさまざまなタンパク質が働き、その結果として骨格筋の筋肥大を引き起こします。従って運動時に働くタンパク質を活性化するような機能性食品を発見すれば、食べるだけで運動と同じ効果を示すことになります。このようなものを最近では「運動機能性食品」「エクササイズピル」ともいいます。これらを開発することで、高齢者のQOL向上、介護者の負担軽減、健康寿命の延長、医療費の削減に寄与するものと思われます。

アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患においても根本的な治療薬の開発も重要ですが、予防医学的なアプローチも必要です。これらの疾患に関連する原因タンパク質の、脳内の異常な蓄積を抑えるような機能性食品開発も進めています。

 

予防医学と製薬会社

予防医学に関していうと、今後は製薬会社においても病気の診断技術や検査技術(超高感度の血液検査法として「リキッドバイオプシー」は注目されています)といった領域における製品開発や、近年のAI技術を取り込んだ病気や薬などの情報管理サービスも求められるでしょう。

また、ヒトのゲノム解析のコストが安くなり、さまざまな疾患と遺伝子情報との関連性も明らかとなっています。現在よく行われている遺伝子検査はまだ曖昧なものが多いですが(私もある会社の遺伝子検査を行い、300種類ほどの遺伝子を調べてもらいましたが、お酒に強い遺伝を持っていることが分かったくらいで、全体的には占いのようなものでした)、近いうちに質の高い遺伝子検査が提供され、個人個人に応じた薬への副作用情報など多くの健康管理に関する情報がビジネスとして成り立つでしょう。海外のビッグファーマの中には、既にこうした動きを取り始めている例もあります。医薬品開発だけに傾注するのは製薬会社にとっても大きなリスクになります。

以上、医療・ヘルスケア分野における新しい流れについて述べてきましたが、話題にできなかった内容はまだまだたくさんあります。今回は医療費の抑制につながるものとして予防医学へのシフトを書きましたが、医薬品に関していうならばジェネリック医薬品の議論は避けられないでしょう。バイオ医薬品のジェネリック医薬品としてバイオシミラーやバイオベター(従来品を改良したバイオ医薬品)への展開があり、これには各製薬会社の高度な技術力が試されることとなります。また最近では、既存のジェネリック医薬品にセンサー技術を導入して、患者さんの服薬状況を記録して残薬問題による医療費を削減しようとする試みもあります。今後ますますジェネリック医薬品の使用率が引き上がるにつれて、有効性と安全性が担保されたジェネリック医薬品開発の重要性は高まってきます。

次回の連載最終回は、本気で医薬品業界を目指す皆さんに、この業界に入るために、また入った後に何が必要なのかをお伝えしたいと思います。

 

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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松原 守

京都学園大学バイオ環境学部バイオサイエンス学科分子生命科学コース分子生物学研究室教授。 1965年 名古屋市生まれ。博士(薬学) 名古屋市立大学大学院薬学研究科後期課程修了。薬剤師、上級健康食品管理士の資格を持つ。専門は「分子生物学」「細胞生物学」「構造生物学」「蛋白質科学」。 理化学研究所、外資系製薬会社、バイオベンチャー(上場企業)などでがんや神経変性疾患に関連する遺伝子、タンパク質の基礎研究ならびに創薬研究に従事する。現在は、さまざまな病気に関わるタンパク質の機能構造研究のほかに超高齢化社会で問題となる病気を予防するための機能性食品開発に携わっている。 Twitter:@matsubara_m

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