製薬業界を知る

2018/05/17

外資製薬会社研究職、バイオベンチャーの立ち上げを経て、現在は京都学園大学バイオ環境学部で教壇に立つ松原守教授。連載最終回となる今回は、これから製薬会社に就職し、働いていきたいと思っている読者に向けてのメッセージです。より一層難易度が上がっている新薬研究への道はもちろん、グローバルに変革していく製薬業界で活躍するために必要な、努力や覚悟について、語っていただきました。

医薬品業界を取り巻く環境は年々厳しくなり、それと同時にこの業界を目指す人々にとって他の業界よりも一段と就職しにくくなっています。医薬品業界に入るためにはどのようなアクションを起こしていけばいいのでしょうか。連載最終回では、医薬品業界を目指すためには何が必要で、どのようなキャリアを積んでいけばいいのかをお伝えします。

 

医薬品業界を目指すには何が必要か

医薬品業界を目指すには何が必要か
就職活動の時期になると、医薬品業界を目指している学生から「どうしたら製薬会社に就職できるでしょうか? どんなことをアピールすれば良いでしょうか?」と質問されることがあります。その時には「なぜ製薬会社に入りたいのか?そのためにどんなことを一生懸命してきたのか?」と問い返しますが、これが物足りないと感じる時が多々あります。

研究に求められる高い専門性

例えば、研究職を目指す学生がいたとします。研究職と言っても化学合成部門、薬理部門、製剤部門、バイオ医薬品部門など製薬企業によってはさまざまな部署がありますが、いずれの部門で働くにしろ今は幅広い専門性を求められます。バイオテクノロジーの発展によって医薬品開発の現場では新しい技術が日々取り入れられているので、それに対応するフレキシビリティーも必要です。

現状をみていると、製薬企業が求める高い専門性を就職時に獲得している学生は少ないように感じます。この連載の中でも述べてきましたが、新薬の開発は難しくなってきており、各製薬企業間の開発競争が激化している中で、新しい価値を創造できる人材を企業は欲しがっています。特に研究者を目指す人にとっては、学生時代の専門分野の勉強のみならず、日々の研究を通じて積極的に多くの実験スキルを身に付け、同時に具体的な成果を出し学会や論文で発表するということが重要です。特に採用枠が少ない研究職では、他者より一つでもアピールできる経験が必要です。実際に会社に入って研究内容が違ったとしても、こういった経験をしてきた人はどんな新しい課題にも対応できるでしょう。

ある有名製薬企業の化学合成部門のトップになっている、私の大学時代の同期がいます。彼は、大学時代に有機化学合成をとことん勉強し、在学中に難しい天然化合物の全合成を何種類も成し遂げるほど高いスキルをもって入社しました。彼によると「会社のほうも昔のように育てる時間がないので、即戦力として働くことのできる高い専門性を身に付けている人材が欲しい。こちらが求める資質や経験を持って応募している人はまれである。採用後のミスマッチもたまにある」と毎年の採用の中で感じているとのことです。製薬会社側が求めている人材のレベルは予想以上に高いという印象です。

必須といっても過言ではない、英語力

専門性以外にも英語力は必要です。連載第2回でお伝えしたように、今は外資系製薬会社のみならず、製薬業界のグローバル化が加速しているため、内資系製薬企業においてもさまざまな業務を行う上で英語での高いコミュニケーション能力は必須です。学生時代に海外留学を体験したり、日常の場面で英語を積極的に使うことで飛躍的に英語力は伸びるでしょう。

私自身は大学院に在籍中、地元のテレビ局が募集していた海外派遣奨学生に選ばれ、アメリカの大学で学ぶ機会がありました。留学中にアメリカの学生と議論することがありましたが、思いが伝わらなく英語をもっと勉強しておけば良かったと後悔しました。その時の悔しさは、帰国後に英語を一生懸命に勉強しようというモチベーションになりました。

現在、製薬会社では採用時に一定のTOEICスコアを義務付けるところがあります(例えば、武田薬品工業ではTOEIC730点以上)。それだけが英語力の判断になるとは言えませんが、学生時代に英語力を高めることによって目指す企業へ就職するチャンスは確実に増すことになります。

 

履修履歴(学習歴)を高めてキャリアを積む

履修履歴(学習歴)を高めてキャリアを積む
最近、文部科学省の指導もあって、企業の中には採用の際に大学での履修履歴(学習歴)を参考にするケースが増えてきました。つまり学業へ取り組む姿勢を問うことによって人材を評価するようになっています。それでは、学生側は大学でどのような学びをすればいいのでしょうか。

大学教員としての思いが入りますが、大学での真の学びというのは、次のようなものではないかと思います。

自発的に学びの質を高め、量を増やすこと

ある授業があったとしたならば、単に授業時間内で学ぶものではなく、授業時間以外でも質的にも量的にも十分なくらいに学びを深めていく行動を取ることです。そして、単に教科書などによる予習復習というものでだけでなく、その授業に関連する事について外部への見学や調査、場合によっては関係する人へのインタビューといった活動も含むのではないかと思います。そうすることによって自発的な学びになり、高いレベルで学問を理解し、専門性も飛躍的に伸びていくと考えます。

医薬品業界を希望する人の場合は、このような学び方をしていれば、医薬品関連で仕事をしていくためにはどのような知識が必要で、どのようなことが実際の現場で生かせるのかがより鮮明になります。
その延長上で、具体的な職種や企業などを意識していくといいのではと思います。

職業選択も意識し、学びを深めること

例えば、MR(医薬品情報担当者)になりたいと思うのであれば、教科書で薬の知識を得るのみならず、現場で使われている医薬品をすべて知る。そして実際に働いているMRの方から仕事の内容を聞いたり、専門の学会や製薬会社が主催しているセミナーに参加する。お医者さんや患者さんと接することで医療現場を体験する。そういうさまざまな経験を通じてMRという仕事の本質が見えてきます。それが、就職活動の際に自らの学習歴として企業にアピールできる内容となります。

現実に上記のようなことをしている就活生は、ほんのごく一部なのではないかと思います。企業側が求めているのは、学歴ではなくてまさに学習歴を高めてキャリアを積んできた人材です。

 

健康・医療従事者としての使命

健康・医療従事者としての使命
最後に、医薬品業界を目指す人々にとって最も大切な資質があります。
それは言うまでもなく、人の命に関わる医薬品を取り扱うということから、製薬会社の社員には、他のどの企業よりも高い倫理観が求められます。

医師、看護師、薬剤師などと同様に、健康・医療に関わる一員として品質や安全性に問題がない医薬品を供給するとともに、医薬品の開発段階でさまざまな法令の遵守をしなければなりません。毎年、医薬品会社に勤めている友人が私の大学の学生に特別講義をする機会がありますが、その中で必ず、「医薬品業界を目指す人は、学生の頃から社会の一員としての責任や意識をもち、常に自らの良心と社会の規範やルールに従って行動できるようにしましょう。倫理観のない社員が一人でもいれば、その製薬会社の社会的信用が無くなってしまいます。」と話しています。

製薬会社の社会的信用が無くなった例として、2013年にノバルティスファーマ社の高血圧治療薬ディオバンの臨床試験データ改ざん、捏造(ねつぞう)問題があります。この事件では、製薬会社の都合のいいように臨床試験のデータが操作されていました。また、製薬会社の社員であることを隠して、統計解析研究者として参加していたことも明らかになり、製薬会社の信頼が失墜しました。このような倫理的欠如は医薬品業界では絶対にあってはならないことです。これ以降、各製薬会社では企業倫理の推進を徹底しており、それを実行するためのさまざまなコンプライアンスプログラムを用意していますが、最終的には社員一人一人の高い倫理観に裏打ちされた行動が求められ、「すべては患者さんのために」という気持ちが大事になります。ただ成果を上げることだけに腐心するのではなく、事実をごまかしたり偽ったりせずに、日頃から高い倫理観を持って行動することが大切です。

 

製薬業界で働いていきたい学生さんへ

以上、製薬会社への就職の道についてかなり私見で述べてきましたが、ぜひ、多くの読者の方が目標とする製薬会社に入って、自分の力を精一杯に試してもらいたいと思います。
苦労して作った薬が、病に苦しんでいる患者さんの命を助け、その方々の人生を豊かにする。人々の健康な生活に貢献できる仕事は本当にやりがいがあります。こういった仕事へのやりがいを通じて自らの人生も豊かにしてほしいと切に願います。

この連載も今回が最後になりました。5回に亘って書かせていただいた中で、自らも新たに刺激を受けたことが多かったです。そして再度、自らが目標にしている「医薬系の分野で何か新しい発見をして、人々の健康に役立ちたい」という思いを強くしました。同じ方向を向いている皆さんと、またどこかでお会いできることを楽しみにしています。
最初から最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
製薬業界をもっと知りたい!製薬業界・入門編
タグ一覧 就活 研究職 製薬業界
記事一覧へ
松原 守

京都学園大学バイオ環境学部バイオサイエンス学科分子生命科学コース分子生物学研究室教授。 1965年 名古屋市生まれ。博士(薬学) 名古屋市立大学大学院薬学研究科後期課程修了。薬剤師、上級健康食品管理士の資格を持つ。専門は「分子生物学」「細胞生物学」「構造生物学」「蛋白質科学」。 理化学研究所、外資系製薬会社、バイオベンチャー(上場企業)などでがんや神経変性疾患に関連する遺伝子、タンパク質の基礎研究ならびに創薬研究に従事する。現在は、さまざまな病気に関わるタンパク質の機能構造研究のほかに超高齢化社会で問題となる病気を予防するための機能性食品開発に携わっている。 Twitter:@matsubara_m

関連記事