製薬業界を知る

2017/12/05

医薬品に関するニュースのなかでも、ほぼ毎日目にする「バイオ」のキーワード。
バイオ医薬品はどのような状況にあるのか、また就職先として考えたとき、バイオ関連産業やバイオベンチャーとはどのような環境なのか。この分野で研究成果をあげるにはどのような知識が必要なのか。

これらの疑問について、アカデミックな視点と、業界や仕事の“リアル”双方の視点から役立つアイデアを語っていただこう、という今回の連載企画。
寄稿いただくのは、現在京都学園大学バイオ環境学部教授を務める松原守先生。博士課程修了後、大学研究所や理化学研究所、外資系製薬会社、そこからスピンオフしバイオベンチャー立ち上げを経て教授になられた少々変わった経歴の持ち主です。
さっそく、第1回をお届けします。

読者の皆さん、はじめまして。生命科学系の学部で教員をしている松原守といいます。医薬品分野に関心の高い皆さんのように、私も学生の頃から「医薬系の分野で何か新しい発見をして、人々の健康に役立ちたい」という思いがあり、バイオ関連業界でさまざまな仕事をしてきました。今は大学教員ですが、これまで理化学研究所、外資系製薬企業、バイオベンチャーでも働いてきた少し変わり種でもあります。

皆さんが目指す医薬品業界は、多数の最先端テクノロジーが集結する場所です。その中でもバイオテクノロジーは、迅速な技術の取り込みが企業の命運を左右する産業となっています。
第1回では、

  • バイオテクノロジーとはどんな技術なのか
  • 医薬品業界においてバイオテクノロジーがどのように利用されているのか

について、私の経歴と関連づけて書いていきます。

 

バイオテクノロジー(生命工学、生物工学)とは何か?

バイオテクノロジー(生命工学、生物工学)とは何か?

「バイオテクノロジー」という言葉は、1919年に、ハンガリーの農業技師であったカール・エレキ―(Karl Ereky)が「バイオロジー(生物学)」と「テクノロジー(技術)」を合わせて作った造語です。彼はこの言葉を作るとともに、“バイオロジーとテクノロジーの融合によって社会に役立つ製品が生まれる時代が到来する”ことを予言しました。彼の予言どおり、まさにバイオテクノロジーは、医療、健康、食品、農業、環境、エネルギーなどさまざまな分野で多くの製品を生み出し、社会に役立っています。

われわれ人類は、実はバイオテクノロジーを昔から利用していました。酒、味噌、ヨーグルトなどの発酵食品の利用や、作物や家畜の品種改良は、オールドバイオテクノロジーと呼ばれています。それに対して、近年の遺伝子組み換え技術や細胞融合技術などは、ニューバイオテクノロジーと言われています。
最近では、バイオテクノロジーの領域を色でイメージすることもあります。例えば、「グリーンバイオ」といえば農業、環境の分野を表し、組み換え植物生産や有用微生物による環境浄化などの技術が含まれます。「レッドバイオ」は血液のイメージから医療、健康の分野で、医薬品開発はまさにこの領域に含まれます。他にも「ホワイトバイオ」(工業、エネルギー分野)、「ブルーバイオ」(海洋、水産物の利用)などもあります。

どんな色のバイオテクノロジーであれ、人のために役立つ技術であることに変わりありません。私がかつて、あるバイオテクノロジーの国際会議に参加したとき、女優のブルック・シールズさんが特別講演で「私が体外受精で子供を授かり、こうして幸せでいられるのはバイオテクノロジーで作られた薬のおかげです」と話していたのを思い出します。サッカー界のスーパースターであるリオネル・メッシ選手もまた、小さい頃にバイオテクノロジーで作られたヒト成長ホルモンで病気を克服しました。まさにバイオテクノロジーは、すべての人の未来に可能性を与えてくれる技術です。

 

バイオテクノロジー関連企業と新たな産業形成

皆さんの中には、「就職先としてどのような企業があるのか?」と疑問を持つ人がいるかと思います。バイオ関連企業は少ないと思われがちですが、今はその選択肢は非常に多いのではと感じています。
製薬企業はもちろんのこと、これまでバイオテクノロジーとは無縁と思われていた企業がバイオテクノロジー分野に参入しています。
例えば、富士フイルムのイメージは写真関連会社でしたが、今は医薬品や化粧品開発に力をいれています。自動車会社であるトヨタでは、バイオ緑化事業を本格的に行っています。更に、YahooやDeNAの情報関連企業では遺伝子検査を基にした健康管理事業が進められ、シャープやソニーのような代表的な電機関連企業では、電気機器で培った独自技術をバイオ関連分析装置に応用しています。

このように、知らない間に多くの企業がバイオテクノロジーを利用しているのです。バイオテクノロジーによって既存産業に変革が起き、今後も新たな産業が形成される予感があります。そういう意味では、皆さんが選択できるバイオ関連企業は確実に広がっていると言えます。どんな企業がどのような新しいバイオ技術を持って社会に貢献しようとしているのかを知ることは、皆さんが将来の進路を考える上でも、とても参考になると思います。

製薬業界について言うと、私が大学生の頃は、バイオ関連企業の選択があまり無かったように記憶しています。日本では有機化学、薬理学、製剤学、薬剤学をベースにした仕事がメインで(もちろん現在もメインですが)、バイオテクノロジー関連技術を利用して創薬をしているというイメージはあまりありませんでした。しかし、私が薬学部を卒業してからの約30年間で劇的に変化し、いまでは医薬品を創るうえでバイオテクノロジーは欠かせない技術となっています。

 

製薬業界におけるバイオテクノロジー
―遺伝子組み換え技術からゲノム創薬、プロテオミクスへ

製薬業界におけるバイオテクノロジー ―遺伝子組み換え技術からゲノム創薬、プロテオミクスへ

私が中学生から高校生の頃に分子生物学という学問が勃興し、遺伝子組み換え技術が完成しました。その技術を用いて、1982年、ジェネンテック社(Genentech)による遺伝子組み換えヒトインスリン製剤が、世界で最初のバイオ医薬品として米国FDAから認可されました。そのとき、私は「大腸菌がヒトの重要なタンパク質を生産してくれる」という事実を知って本当に驚き、こういう分野に進みたいと思いました。

その後、この技術によって多くの有用なタンパク質が生産され、今やバイオ医薬品は、世界の医薬品売り上げ上位の大半を占めるものとなっています。私の博士論文は、バイオ医薬品となり得る有用なタンパク質をいかに効率よく生産するかという方法論に関する研究であったので、今のバイオ医薬品の隆盛をみると少し感慨深いものがあります。

更に、必要なDNAを大量に増幅する技術である「ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法」や、遺伝子配列を高速に読む技術が発展し、バイオビジネスに結びつくような有用な遺伝子を発見することが必要となってきました。このような状況下、1990年にアメリカの研究機関を中心とする「国際ヒトゲノム計画*1」が提唱され、途中にクレイグ・ベンター博士が率いるバイオベンチャー企業セレラ・ジェノミックス社が参入し、当初より2年早い2003年4月にヒトゲノム塩基配列解読完全終了宣言がなされました。

*1 国際ヒトゲノム計画:ヒトのゲノムの全塩基配列を解析するプロジェクト。1990年に、米国のエネルギー省と厚生省によって30億ドルの予算が組まれて発足し、15年間での完了が計画されていた。発足後、プロジェクトは国際的協力の拡大と、ゲノム科学の進歩(特に配列解析技術)、およびコンピューター関連技術の大幅な進歩により、ゲノムの下書き版(ドラフトとも呼ばれる)を2000年に完成、2003年4月に完成版が公開された。

こうした中で世界の製薬企業は、病気の原因となる遺伝子や、薬の標的となる遺伝子をゲノム情報に基づいて探索する「ゲノム創薬」という技術で、より創薬を加速させています。
また、遺伝子から作られるすべてのタンパク質(ゲノムに対してプロテオームという)の機能や構造解析によって、副作用のない薬をいかに効率よく設計するかという「プロテオミクス」と呼ばれる研究も進展しています。私が理化学研究所や外資系製薬企業で行っていた研究は、まさにプロテオミクスを中心とする研究でした。当時まだ立ち上がったばかりの「SPring-8*2」という放射光施設で、タンパク質の立体構造解析をするとともに、最新鋭の質量分析装置を用いて、薬の標的となるタンパク質の機能解析を行っていました。

*2 SPring-8:1997年に共用が開始された、兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設。太陽の100億倍もの明るさに達する放射光を使い、物質の原子・分子レベルでの形や機能を調べることが可能。(詳しくはこちら)

2002年のノーベル化学賞の一人、島津製作所の田中耕一博士は、質量分析装置を用いて初めてタンパク質の解析を可能にした人物です。このことによってプロテオミクス研究が加速し、創薬研究においても重要な分野の一つになっています。
余談ですが、サラリーマンであった田中博士がノーベル化学賞を受賞したとき、日本中でノーベル賞フィーバーが起こりました。多数のマスコミと研究者らが集まった中で、田中博士の受賞後最初の講演で座長をさせていただいたのはとても良い思い出です。

この10年の間にもiPS細胞やゲノム編集技術などの発見があり、新たな技術が医薬品開発に取り込まれています。こうした技術の変革は、医薬品開発などの先端分野では常にあるので、それに対応できるマインドは必須といえるでしょう。

次回からは、私が働いた外資系製薬企業やバイオベンチャーでの経験について具体的に書いていきたいと思います。こんなことが知りたいということがありましたら遠慮なしにリクエストしてください。

 

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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松原 守

京都学園大学バイオ環境学部バイオサイエンス学科分子生命科学コース分子生物学研究室教授。 1965年 名古屋市生まれ。博士(薬学) 名古屋市立大学大学院薬学研究科後期課程修了。薬剤師、上級健康食品管理士の資格を持つ。専門は「分子生物学」「細胞生物学」「構造生物学」「蛋白質科学」。 理化学研究所、外資系製薬企業、バイオベンチャー(上場企業)などでがんや神経変性疾患に関連する遺伝子、タンパク質の基礎研究ならびに創薬研究に従事する。現在は、さまざまな病気に関わるタンパク質の機能構造研究のほかに超高齢化社会で問題となる病気を予防するための機能性食品開発に携わっている。 Twitter:@matsubara_m

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