製薬業界を知る

2017/04/14

大型合併、同業他社の買収といった業界再編の動きや、国内製薬会社の海外進出、国が数値目標を掲げてのジェネリック医薬品の使用促進など、製薬業界を取り巻く環境は日々変化しています。
業界全体を取り巻く大きな動きに対して、働く個人個人はどのように対応していけばいいのでしょうか。

今回、SCIENCE SHIFTで連載記事を執筆いただいた、長尾剛司さんにインタビューさせていただきました。長尾さんは、薬学部卒業後、新卒で製薬会社へ入社し、以降薬剤師や、マーケターなど、さまざまな立場から20年以上製薬業界に携わっています。長尾さんのキャリアを通して、製薬業界で築くことのできるキャリア、さらに、これからの製薬業界で求められる人材や、新卒で製薬会社に就職するメリットについてもうかがいました。

長尾剛司さん

取材協力:長尾剛司氏
アイ・エム・エス・ジャパン株式会社 新規事業開発本部 保険薬局事業開発部所属。
1972年生まれ、薬剤師、北里大学薬友会理事。
北里大学薬学部卒業後、第一製薬(現第一三共)にてMRを経て、マーケティング企画業務部門にて市場分析、販売促進、施策管理に従事。日本調剤株式会社へ転じ、処方せんデータ分析による医薬品の効果的な薬物療法推進やQOL向上など調査・研究事業にかかわる。現在、医療情報、テクノロジー、サービスを提供するグローバル企業にて、医療関連データの新規事業開発を担当している。学生向けの就職活動の業界研究講演や、業界エキスパートとしてアドバイスも行い、医薬品業界への橋渡しをしている。著書:「よくわかる医薬品業界」(日本実業出版社)

 

新卒で選んだ進路は、“薬をつくる側”・製薬会社のMR

━━はじめに、長尾さんが新卒でMRの仕事を選んだ理由を聞かせていただけますか?

今日は若い方、特に学生さんに向けて本音でお話したいと思っていますので、正直に告白すると、MR(医薬情報担当者)を選んだのは消去法での選択でした。薬学部からの就職先を考えたとき、研究開発は院卒の優秀な学生の進む道で自分にとって縁遠く、病院での調剤は人と会って仕事のしたかった私には魅力的に感じられなかったんですね。
また、当時は全国展開しているような調剤薬局は少なく、ドラッグストアのような業態もありませんでした。となったとき、人と関わりながら社会に役立てる可能性のある仕事として残ったのが、製薬会社のMRでした。

それから7年間、MRを続ける中で、徐々に製薬業界というものを知り、自分のその先のキャリアについても考えるようになっていきました。ですから、明確な目標や最初から高い理想を持っていたわけではありません。

━━MRの仕事を通じて学ばれたこと、やりがいを感じられた点は?

やりがいに関して言うと、医師の皆さんに求められ、喜ばれるということが1つのモチベーションになっていました。そして、学んだことという意味では、最初のキャリアを製薬会社から始められたのが非常によかったと思っています。

SCIENCE SHIFTの連載でもモノ作りの視点、医療サービスの視点の両方の記事を書かせてもらいましたが、私は製薬会社でMRとして働いたことで、まず、薬をつくる現場、モノ作りの上流を知ることができました。これは医療サービスの側から業界に入っていると、なかなかわからない世界です。

━━長尾さんは、薬剤師、医療コンサルティングとキャリアを積まれています。MRの仕事を長年続けられる方も多い中で、異色のキャリアにも思えますが?

先ほど、お話した通り、私は働き始めてから製薬業界について深く知っていったタイプです。20代の後半にさしかかり、MRの仕事にも慣れ、やりがいを感じてきた一方で、より視野を広げて製薬業界に貢献したい、と思うようになりました。
そこで私は、会社に医薬品にまつわるマーケティングの仕事がしたいと希望を出し、一部の業務の中で叶えてもらいました。しかし、一端に触れたことで“もっと本格的に取り組みたい”と感じ、次のキャリアを考えるようになったんです。

 

薬剤師として初の職場、ジェネリック医薬品市場の可能性にも興味

━━次のキャリアとして薬剤師を選んだのは、なぜですか?

長尾剛司

今でこそ、製薬会社が患者会¹をサポートするような活動をおこなっていますが、当時のMRは患者さんと直接の接点がありませんでした。薬の使用実態は、医師や薬剤師から経由して聞こえてくる2次情報です。
その点、薬剤師は勤務先が病院であれ、薬局であれ、患者さんたちと直接、接点を持っています。医療サービスの側から患者さんたちと接しながら医療業界や医薬品にまつわるマーケティングを学びたいと思ったわけです。

1 患者団体。当事者が、自助・共助のために集まった団体のこと。

それも薬局ならばどこでもいいというわけではなく、日本調剤株式会社という大手に移りました。日本調剤株式会社は医薬品のデータを提供・分析することで製薬会社を支える一方、グループ内にジェネリック医薬品を扱う会社を創業しようとしていたことも魅力でした。この先、拡大するジェネリック医薬品の市場にも関心があったからです。

━━その時点で、長尾さんは薬剤師+マーケティングを組み合わせたキャリアを描かれていたのですね。

転職当初は、3年ほど店舗勤務を経験したいと思っていたのですが、前職でデータ分析に携わっていた経験が評価されたのか、半年で本社に異動になりました。ちょうど32歳の頃です。
そこで、本格的にデータ分析の仕事に取り組んで見えてきたのは、意外にも患者さん個々人の姿でした。

━━と言いますと?

例えば、ある患者さんが血圧の薬、高脂血症の薬、胃薬、睡眠薬を処方されているとします。併用薬を並べると、1日2回服用の薬と1日3回服用の薬、就寝時などが入り混じっている。これは患者さん側からすると、飲み忘れや服用ミスの原因になります。

ところが、MRの視点では薬単体を重要視するんですね。血圧の薬で1日1回の服用で済む商品ができたとなれば、これは患者さんにとっていいはずだからと勧めます。でも、患者さんの併用薬が1日2回の薬中心ならば、高血圧の薬も1日2回の服用薬の方が服用ミスを防げるはずなのです。

医薬品のデータと向き合いながら、そういった発見をするうち、私の仕事は薬剤師と連携しながら、製薬会社へ患者さんの服用形態の変化などを提案するような分野にまで広がっていきました。
結局、30代のキャリアのほとんどを日本調剤株式会社で過ごしましたが、非常に充実していました。

 

薬局、製薬会社、より広く製薬業界全体に携わりたい

━━現在のアイ・エム・エス・ジャパンに移られたのはどうしてですか?

1つの企業のデータから、もっと広い母集団のデータに触れていきたいと思ったのが、大きな理由です。広く偏りのないデータを分析することで、他の薬局、製薬会社、製薬業界、ひいては社会全体に役立てるのではないかと考えました。

━━今後の目標をお聞かせください。

未解決の問題の解消、緩和に取り組んでいきたいですね。例えば、日本国内でも都市部では調剤薬局の不足などの不便を感じない一方で、人口の少ない地域や寒冷地では医薬品の供給に関するさまざまな問題があります。
薬剤師が不在の地域や、豪雪地帯では、冬場の通院が難しくなるため、高齢者ほど一度に処方される薬の量が増え、服用ミスや残薬などにつながっています。
そんなさまざまな医療サービスの問題に対して、自分のこれまでのキャリアを役立てていきたいという思いがあります。

 

これからの製薬業界で求められる力は、コミュニケーション能力と変化への対応力

━━長尾さんのキャリアを通じて、製薬業界で活躍するために必要なスキルやマインドは、どのようなものだと思われますか?
長尾剛司

大切なのは、コミュニケーション能力だと思います。医療に関する課題は、医師、薬剤師ともにそれぞれの考え、患者さんとのやりとりの中で受け取った情報を持っています。ただ、現場は忙しく、それが製薬会社にフィードバックされることは少ないのです。
しかし、MRが信頼関係を築き、質問を投げかければ医師も薬剤師も話してくれます。こうしたフィードバックを自然に受けられる関係性を支えるのが、コミュニケーション能力だと思います。

また、在宅医療の現場では多職種連携が欠かせず、医師、薬剤師だけでなく、ケアマネージャー、ソーシャルワーカー、ヘルパーの人たちとの情報共有が重要になってきます。
結局、患者さんが飲みづらい薬、介護者が使いづらい商品は選ばれません。そういった現場の課題を見つけるのも、ある種のコミュニケーション能力です。これはMR以外の仕事においても、重要なスキルであると思います。

━━長尾さんのように、社会人になってから広い視野を持ち、課題発見力を高める方法はありますか?

例えば、患者さんの集まる会、NPO主催の会合などインターネットで検索すると多く見つかります。患者さんたちの顔が見え、声が聞ける場所に参加することを勧めたいですね。最初はハードルが高いかもしれませんので、まずは身近にいる治療中の親戚と疾患について話してみるでもいいでしょう。すでに製薬会社でMRをされている若い方なら、仕事の中で病院や薬局に行ったとき、医師や看護師、薬剤師と患者さんのやりとりを観察するのもいいと思います。治療に対する悩みや苦労は、薬は一部に過ぎないことを知ることになると思います。

というのも、製薬会社にいると薬の最終消費者である患者さんよりも、医師の声に意識が向きがちです。病院の医局で、患者さんのいない中で医師と話すのとは違った視点から製薬業界のことが見え、提案営業の仕方も変わってくるかもしれません。

━━今後の製薬業界に起きる重要な変化や予測している未来についてお聞かせください。

これから日本が迎えようとしている超高齢化社会は、世界的に見ても例を見ない状況です。厚生労働省が地域包括ケアシステムや、認知症に対する取り組みなども始めていますが、社会全体として正解のないままの模索が続きます。

しかし、これはチャレンジしがいのある状況とも言えます。日本でうまくいった事例は、世界でも応用することができ、多くの人の助けになるでしょう。
製薬業界で働くことで、事の大小にかかわらず、そうした新たなチャレンジに関わることができます。

例えば、目薬。特に疑問もなく使ってきましたが、高齢者や介護者にとっては非常に点眼しづらいデバイスです。ボタンを押せばフタが外れ、漏れることなく目に入るような仕組みが開発できれば、それは大きな社会貢献になります。
あるいは、高齢者が飲みにくいと感じている大型錠剤やカプセル剤。ジェネリック医薬品メーカーが先発医薬品の課題を分析し、溶けやすく飲みやすい形に改良していくといった取り組みもあるべき姿でしょう。

こうした課題はたくさんあります。その1つ1つをどうやって解消していくか。製薬業界全体で考えていく姿勢が求められています。そして、働く個々人にとって重要になってくるのは、こうした変化に対応し、耐えうる力だと思います。

 

医療の道を開くのは、「人や、社会の役に立ちたい」という思い

━━最後に、製薬業界で働きたいと考えている若い人にメッセージをいただけますか?

長尾剛司さん

先ほど、私の今後の目標のお話をしましたが、ああいった思いが強くなったのは40代になってからです。20代のうちは、私も自分の身の回りのことで精一杯でした。それは当然のことで、まずは与えられた環境の中で結果を出し、知識や経験を積むこと。その先の30代で自分の進むべきキャリアがおぼろげに見え始め、方向性が定まっていくのではないでしょうか。

製薬会社での仕事には、モノ作りの上流を学ぶことができるという大きなメリットがあります。
薬がどのように作られ、どのような流通経路を経て患者さんに届けられるのか。若いうちにその流れを知ることで、その後のキャリアの選択肢が増えていきます。例えば、今現在の業界を見回したとき、盛り上がっているのは医療ITの世界です。ITの業界から医療、製薬業界へのアプローチがあり、技術革新が進んでいます。ただ、IT側の人たちに向けて医療、製薬業界の情報を提供できる人材は不足しています。
このように、どう業界が変化しても、必ず役立てる新たなポジションが生まれます。年齢にかかわらず、医療医薬品の世界を志す人の根っこには、「人の役に立ちたい、社会の役に立ちたい」という思いがあるもの。その気持ちを忘れずにいれば、自ずと道は開けていくはずです。

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。





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SCIENCE SHIFT編集部

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