スキルを磨く

2019/03/12

現代のビジネスに不可欠なエンジニアリング的視点。効率的に学び、整理し、アウトプットする「知的生産術」を身につけるために必要なことは何なのか。この疑問について解説してくださったのが『エンジニアの知的生産術』の著者・西尾泰和さん。西尾さんが語る「学ぶ」とは。プログラマー的思考を身に付けるヒントをご教示いただきました。

 

「学ぶ」とはなんだろう?


「学ぶことが大事」というメッセージは、耳にタコができるくらい聞いていることだろう。では、その「学ぶ」とはなんだろうか。

福沢諭吉の「学問のすすめ」はタイトルの通り、学ぶことを多くの人にすすめる文章だ。この文章の冒頭の「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり。」というフレーズが有名だ。このフレーズは「人は生まれた直後には差がないが、学問をして物事をよく知る者は貴人・富人となり、無学な者は貧人・下人となる」という話の導入部だ。彼がすすめたかった「学問」とは、どのようなものだろうか。彼は「もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり」と言った。つまり、日々の暮らしに使えて(日用で)、有益である学問(実学)に注力すべきだ、という考えだ。

社会生態学者のピーター・F・ドラッカーは著書「ポスト資本主義社会」で知識についてこう言った。「いまや知識とされるものは、それが知識であることを行為によって証明されなければいけない。今日我々が知識とするものは行動のための情報、成果に焦点を合わせた情報である。」つまり、知識とは行動やその成果と密に結びついているものだ、という考えだ。知識と行動を切り離して考えてはいけない。知識を用いて実際に行動し、行動の成果を見ることで、その知識が有益かどうかを確認していかなければいけない。知識や学問を「机上の空論」にしてはいけない。

何を学問だと考えるのかには人によって色々な意見があるだろう。私は福沢諭吉やドラッカーに共感している。この記事で私が「学びが大事」という時、その学びの対象はみなさんが日々の暮らしに使える知識だ。そして、使うことでみなさんの日々の暮らしに有益な効果が発生する知識だ。この知識が有益かどうかは、実際にみなさんが日々の暮らしに使い、成果を観察することで確認しなければならない。そう考えている。

ソフトウェアエンジニアの学び方

ソフトウェアエンジニアがプログラミング言語を学ぶ過程を具体的にみてみよう。プログラミング言語を学ぶ過程では、実際にプログラムを書いて動かしてみることがよく行われる。「こう書けば、こういう挙動をするかな」と考え、実際にそうプログラムを書き、そのプログラムを実行した結果が、期待した挙動と同じかどうかを観察する。

これは科学の研究でよく使われる「仮説を立てて実験し、検証する」と同じだ。「こういうプログラムを書いたらこう動くだろう」という気持ちがまずある。これが仮説。その仮説を検証するために、実際にプログラムを書いてみて、それを実行する。これが実験。プログラムの実行結果が期待した通りかどうかを観察する。これが検証。

プログラミング言語を学ぶプロセスは、実験科学のプロセスと似ている。もっと一般化して、「学び」というものの中に、実験科学と同じプロセスがあるのではないだろうか。例えば本を読んだり、実験データを眺めたりして、あなたが何かをわかったような気になったとしよう。その「わかった」は事実だろうか?

 

理解は仮説

あなたが「わかった」という気持ちになったとしても、それはあなたが本当にわかっていることを意味しない。「わかった」は仮説に過ぎない。あなたが本当にわかっているのかどうかは、検証しなければならない。実験科学と同じ、仮説検証のプロセスが必要だ。

「わかった」の例を一つ紹介しよう。ダニエル・カーネマンは「ファスト&スロー」で、面白い例を紹介している。全米にある3,141の地域で、ある腎臓の病気の発症率を調べたところ、発症率が低い地域の大半は、中西部・南部・西部の農村部にあり、人口密度が低かった。ここから何が言えるだろうか?あなたは「ああ、なるほど、この腎臓病は農村部で低く、都市部で高いんだな」と考えたとしよう。これが仮説だ。

この仮説はどうすれば検証できるだろうか。この仮説が正しいかどうかを検証するためには何を観察する必要があるか、を考える。「この腎臓病の発症率が都市部で高い」という仮説が正しいなら、都市部での発症率は高いはずだ。ならば実際に発症率が高いかどうかを確認しよう。この事例では、都市部の発症率は高くない。発症率が低い地域の大部分が農村部だが、発症率が高い地域の大部分も農村部だった。つまり、仮説は正しくなかったことがわかる。

このように仮説が実験によって否定された時が、学びのチャンスだ。「わかったつもり」で誤った解釈を持っている状態から抜け出し、一歩前進するチャンスだ。この記事ではこの事例について詳細には説明しない。この事例については「ファスト&スロー」の「第10章 少数の法則−−統計に関する直感を疑え」に詳しく書いてある。ごく簡潔に言えば、農村部は人口が少ないためサンプルサイズが小さく、その結果、発症率の分散が大きくなったのだ。

 

実験科学を日々の暮らしに使う


この例は、この記事の中で話を完結させるために、コンパクトにまとまったものを選んだ。読者のみなさんの中には実験科学系の大学で教育を受けた人も多いだろう。そのような大学では、仮説を検証するための実験を計画し、実験を行なって、その結果を観察する、という体験をしたことだろう。しかしこの仮説・実験・観察・検証のプロセスは大学や研究室の中だけで行われるのではない。

この記事の冒頭で解説したように、「学びが大事」の、その「学び」の対象は、みなさんが日々の暮らしに使える知識だ。みなさんの日々の暮らしの中にも、仮説と検証によって改善していける知識がある。それを自分で発見し、実験し、理解を改善していくことが大事だ。その知識は、みなさん日々の暮らしに有益な効果を発生させる。そして、知識が有益かどうかは、実際にみなさんが日々の暮らしに使い、成果を観察することで確認していく。そういうプロセスが日常の中にある。

今回、実験によって仮説を検証していく学び方について解説した。もしあなたが「学びとは教科書を読んでその内容を飲み込むことだ」と考えていたなら、「実験によって仮説を検証していく学び方がある」という知識を得たことになる。私はこの知識があなたの今後の暮らしに有益だと思っている。実際にそうなのかは、あなた自身が使うことによって検証していく必要がある。

 

例えば就職活動にも

この記事を書くにあたって、読者の中に就職活動中の学生さんがいるという話を聞いた。私は今みなさんがやっているような就職活動をしていない。学生当時、技術系のイベントで発表をいくつかしていて、そのイベントの懇親会で「新しくこういう会社ができるのだが、受けてみないか」と誘われ、成果や発表の一覧をテキストファイルに書いてメールで送り、面接を受けて採用された。なので今時の就職活動というものに関しては、私よりみなさんの方が詳しいだろう。

そんな私ができることは、一つだけ。就活マニュアルだとか、就活支援サイトなどに「これが正しいです」と書かれている知識は、本当に正しいのか?それも仮説なのでは?という指摘だ。採用の形や、何を評価するのかは、会社によってまちまちだ。マニュアルに従うことが、本当に正しいのだろうか。大勢の人が読んでいるマニュアルに従うことは、他の大勢の応募者と似た振る舞いをすることになり「採用されない大多数」の仲間入りをするだけではないだろうか。滅びにいたる門は大きく、その路は広く、これより入る者は多い。

今、マニュアルに従って行動している人は「マニュアルが正しい」という仮説に基づいて、自分の行動で実験している状態だ。私は最近の就活事情に詳しくもないのに、無責任に「マニュアルが正しくない」という仮説を提示した状態だ。みなさんが今後どうしていくのかは、みなさん自身の実験計画であり、みなさん自身が自分で考えて決めていく必要がある。そしてみなさん自身が今後の自分の行動で実験し、理解を深めていくのだ。

「学ぶ」とは何か。エンジニア的思考と原理原則(後編)に続きます。

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
「考えるプロ」による、アタマの使い方・いちばんたいせつなトコロ
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西尾泰和

1981年生まれ。24歳で博士(理学)を取得。2007年よりチームワーク・組織の生産性を向上させるソフトウェアを製造販売するサイボウズにて研究に従事。2014年技術経営修士取得。2015年より一般社団法人未踏の理事を兼任。2018年より東京工業大学の特定准教授を兼任している。 2018年8月に書籍『エンジニアの知的生産術』を出版。技術書でありながら一般書ランキングで10位に入るなど、幅広い層から支持を得ている。

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