製薬業界を知る

2018/09/26

病気や介護など高齢化が進む上で避けられない課題に対して、社会保障システムの再構築は国の最優先課題です。しかし、「できるかぎり病気にならず、健康で長生きしたい」という思いは私たちの共通の願いでしょう。これからの時代に、そうした健康寿命を実現する社会のシステムをけん引する重要なプレーヤーこそ製薬業界だといいます。Monthlyミクス編集長・沼田佳之氏に語っていただきます。

21世紀はインターネットの普及やスマホの登場が、我々の日常生活を大きく変えた。多くのヒトがスマホやタブレット端末の画面に四六時中クギ付けとなり、若者は自撮りした写真や動画を友人や家族にSNSを通じて配信する。もはやマスメディアをパーソナルメディアが凌駕する時代となったのだ。

こうしたテクノロジーの進化は、個人の嗜好や興味をより深層化し、ネット社会における新たなビジネスの起爆剤として発展している。では、ネットビジネスが次に触手を伸ばすマーケットとはどこだろうか?

デジタル×ヘルスケアという変化

デジタル×ヘルスケアという変化

その答えが、「健康、予防、医療、生活(介護)」を軸とするヘルスケア分野だ。近年になり腕時計型のウェアラブル端末を装着する人が急増している。実は私もその1人だが、1日の歩数、睡眠時間、消費カロリーなどを計測し、同期したスマホの画面を通じ、自分自身の健康データに触れる。前日より運動量が増えたことに満足し、逆に下回ることで自分の努力不足を悔いる。冒頭の自撮り写真や動画のアクセス数を若者が競うのと同じで、昨日より今日、今日より明日、といった具合に自分の体内データをより良く見せたい欲求に駆られだす。健康嗜好はこうして高まるのだ―。そう思うと、いかに人間は単純な生き物なのかと思う。その一方で、個人の健康データがクラウド上に蓄積され、その集積されたビッグデータの解析結果をまた別のヒトが受け取り、私と同じ嗜好で思い悩むヒトの心を揺さぶる。ネット社会の奥深さを感じずにはいられない。

すでに個々人の健康情報はさまざまなビジネスに活かされようとしている。患者個々の診療データや健診データを統合し、地域住民のデータベースを構築することで、医療資源の最適化を目指す。まさに健康長寿を実現する社会システムへの期待感は今後ますます高まると見られる。

 

製薬企業が社会システムをリードするべき

健康長寿を実現する社会システムをリードする産業こそ、製薬企業でなければならないと筆者は考えている。日本は高齢化が急速に進展する一方で、人口減少社会を迎え、首都圏を除くすべての自治体で労働生産人口の確保が喫緊の課題となってきた。地方都市では働き手の若者が減り、シャッター商店街が目立つ状況にある。地域経済を浮揚させる健康社会システムの構築は、もはや国家的プロジェクトの最優先事項なのだ。

こうした社会ニーズに応えるため、日本を代表する社会基盤系企業、IT・通信事業者、バイオベンチャー、地銀、投資家、自治体がコンソーシアムを組み、ヘルスケア分野への新たな産業創造と育成に関する国家プロジェクトに取り組み始めた。

最近は、こうしたことを背景に、自治体が中心となり、製薬企業やバイオベンチャーが、IT・デジタル業界、大学研究機関とコラボレーションする「イノベーションパーク構想」が湘南(神奈川)や神戸(兵庫)で立ち上がっている。

 

IoT、AIの活用と実用化━━先行する欧米企業

IoT、AIの活用と実用化━━先行する欧米企業

こうした動きは高齢先進国の欧米が先行している。米国のボストンやシリコンバレーでは、IoTや人工知能(AI)を活用し、地域住民の健康増進や疾病予防に役立つツールやアプリを開発し、実用化している。欧米系のグローバルファーマもここへの投資を年々増やしている。一例だが、ICチップを埋め込んだ医薬品のタブレットにより、患者の服薬順守に貢献するツールを生み出した。さらに、病理検査の結果やMRIなどの画像データをAIで解析し、診断能力や精度の向上に役立てるツールも日常診療で実装されている。

これまでの製薬産業は革新的な医薬品開発を軸に発展してきたが、これからの時代はデジタル技術やAIを活用し、ビッグデータ解析を伴う新しいソリューションの創出が新たなビジネスを生み出す。それは自社製品の価値をさらに高めるサービスを創造し、例えば患者サービスをさらに向上させるソリューションとして、はたまた治療に関わる医療者の業務を省力化するツールとして提供されることになる。

そう考えると製薬企業のMRの役割も今後大きく変わるだろう。これまでのMR活動は、自社医薬品の処方に関する情報提供が主軸だった。次世代MRは、医薬品情報の提供はもちろんのこと、デジタル技術を応用した地域医療情報や医療従事者の業務省力化に資する情報をソリューション化し、自社医薬品の価値を最大化する。その結果、個々人に見合った医療ソリューションを提供できる時代となろう。

 

「破壊的イノベーション」の担い手として

最近のビジネス用語に「破壊的イノベーション(Disruptive Innovation)」がある。冒頭に書いたスマホの登場が、写真機やフィルムの製造販売会社を飲み込み、映像業界を変貌させた。最近では、自動車の自動運転が日米欧の大手自動車メーカーを揺さぶっている。まさに破壊的イノベーションが進み、GoogleやApple、Yahoo、Amazonなどがそれぞれの産業のゲームチェンジャーの地位を築く時代となった。

社会のニーズが健康や予防、医療、生活へと注がれるなかで、既存の製薬ビジネスそのものも、革新的医薬品の開発・製造・販売を通じた医療サービスの提供に止まらず、健康寿命の延伸に寄与するサービス提供も求められる時代に変わろうとしている。第4次産業革命の到来であり、製薬産業こそがヘルスケア業界のけん引役として役割を発揮する時代が目前に迫っているのだ。

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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沼田 佳之(ぬまた よしゆき)

株式会社ミクス代表取締役 Monthlyミクス編集長。 北里大学を1987 年に卒業後、外資系製薬企業に入社。営業本部に所属し、医薬情報担当者(MR)として活動。この経験を踏まえ、1992年から製薬業界向け日刊紙の記者として、厚生労働省、製薬業界、医学・医療界の取材に従事。キャップ、デスク、編集長を経て、2008年12月にエルゼビア・ジャパン株式会社に移籍。Monthlyミクスの編集長に就任。2017年7月にエルゼビア・ジャパンから株式会社ミクスに事業が承継され、同社の代表取締役兼ミクス編集長として現在に至る。

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