製薬業界を知る

2020/05/25

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の話題が尽きることのない昨今。編集部では、この状況をきちんと理解するためにはどうしたら良いかを考えました。そこで、過去に起きた世界的な感染症の流行はどのようにして拡大していったのか、感染症の歴史に着目してみることにしました。
 ご執筆いただいたのは、サイエンスシフトでもお馴染みのサイエンスライター、佐藤健太郎さん。正しい知識を身につけ、理解しましょう。

佐藤健太郎さんの記事はこちらから。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威を振るっている。多くの人命が失われていることはもちろん、社会的、経済的な損失も甚大で、世界にとって今世紀最大の災厄となることは間違いのない状況だ。

 だが歴史を紐解いてみれば、今回の流行さえ決して未曾有のパンデミックではないことがわかる。人類は新型コロナウイルスをはるかに上回る規模の、恐るべきパンデミックを幾度も経験し、乗り越えてきているのだ。それらについて知っておくことは、COVID-19による災禍を考える上で、決して無駄にはならないことだろう。

 

感染症という宿命

 なぜ人類は、感染症などという厄介なものにかかってしまうのだろうか。その理由はごく単純で、この世は細菌やウイルスに満ち溢れているからだ。手のひらには1平方センチメートルあたり数万から数十万個、土には1グラムあたり10億個ほどの細菌が生息しているし、海水は1ミリリットルあたり1000万個ほどのウイルスを含んでいる。もちろん病原性を持つのはこのうちごく一部ではあるが、我々が実は目に見えぬ微生物の海に浸って生きているということは、忘れてはなるまい。

 温度が一定で、水分や栄養分が豊富な人間の体内が、細菌やウイルスのよき棲家であることはいうまでもない。実のところ、人間ほど多くの生物を寄生させている種は他にないとも言われる。人間は多くの動植物を口にするから、それらに棲み着いている細菌やウイルスを一緒に取り込んでしまうのだ。ヒトに対する病原体の約60パーセントが動物由来と考えられており、今回の新型コロナウイルスも、コウモリやヘビ、センザンコウなどの動物を起源候補とする説が有力だ。

 また、人類には好奇心というものがある。一ヶ所にじっと住んでいれば危険はないとわかっていても、人は常に新たな出会いを求めて旅をしてしまう。五大陸の隅々まであまねく広がった大型動物は、ヒトの他に一種もない。この過程でヒトは多くの富と知識を獲得してきたが、一方で多くの病原体とも出合ってしまったのだ。

 人類が農耕を開始し、一ヶ所に定住して集団生活を開始したことも、感染症に対するリスクを増加させた。農耕のために大河の近くに住んだ人類は、巻き貝から感染する住血吸虫症や、蚊が媒介するマラリアに悩まされることになった。上水道・下水道の区別もなく、ただ生活排水を川に流すだけであれば、病原体や寄生虫があっという間にコミュニティ全体に広がってしまうのは当然だ。また各種の家畜も、新たな病原体の供給源になった。たとえば天然痘や麻疹(はしか)などは牛から、百日咳は豚からもたらされたものだ。

 都市化が進み、人々が密集して住むようになると、この傾向はさらに深刻になった。旧約聖書に描かれた最古の都市・エリコの住民は、ほとんど住血吸虫という寄生虫に冒されていたとの推測もある。また産業革命以降の急速な都市化は、結核の爆発的な感染拡大をもたらし、1830年ごろのロンドンでは5人に1人がこの病気で落命したとされる。日本でも、空気の悪い製糸場で、密集して働いていた女工たちの間で結核が蔓延し、国民病ともなった。「3密」が感染症の拡大をもたらすのは、今も昔も同じことなのだ。

 人口密度の低いエリアでは、病原体が次の患者へと効率的に移動することができず、いずれ拡大は止まる。はしかやインフルエンザなどの感染症が安定して広がり続けるためには、数十万の人口が必要とされる。近代以降の人類は、都市に密集して住むことで様々なメリットを享受してきたが、これは感染症の温床を作り出すことでもあったのだ。

 

歴史の中のパンデミック

 

・アテナイの疫病

 歴史の中に、確実な記録として残されている最初の感染症流行は、紀元前430年にギリシャの都市国家・アテナイで発生した。この「アテナイの疫病」は、かつてはペストと考えられていたが、我々が知るどの病気ともあまり症状が一致しないため、すでに現存しない感染症という可能性も高い(これに限らず、歴史上の感染症は記録が十分でなく、疾患名・感染者数・死者数の特定が難しいことが多い。以下に挙げる病名や数字は、諸説あるうちの一つと捉えていただきたい)。

 全盛を迎えつつあった都市国家アテナイは、スパルタをはじめとしたペロポネソス同盟との決戦のさなかにあったが、突如発生したこの感染症に大きなダメージを受けた。籠城中のアテナイ市民は次々に斃(たお)れ、陸軍兵士の4分の1が死亡したと記録されている。古代ギリシャ最大の政治家ともいわれるペリクレスもこの病気で落命し、ペロポネソス戦争の勝敗もこれで決した。

 

・天然痘

 ローマ帝国もまた、度重なる疫病に悩まされた。西暦165年から180年にかけて流行した感染症(天然痘と推定される)は、メソポタミアから帰還した軍人たちが持ち帰ったもので、人口の3分の1から4分の1が失われた都市さえあった。

 このように、その地で初めて流行した疾患では、免疫を持つ者がいないために極めて被害が大きくなる。たとえばインカ帝国は、旧世界から持ち込まれた天然痘のために、わずか数年で1600万以上の人口のうち、6割から9割を失ったとされる。インカは、スペイン人ではなくウイルスに滅ぼされたといっていい。

 

・ペスト

 歴史に大きな影響を与えた感染症として、ペストは最も有名なものだろう。遺伝子解析の結果、ペスト菌は約2600年前に中国雲南省で発生したとする説が唱えられている。後述する14世紀の大流行も、雲南省に攻め込んだモンゴル軍がヨーロッパに運んだとする説がある。

 知られている最初の大流行は、西暦541年に発生した「ユスティニアヌスのペスト」だ。当時の東ローマ帝国の皇帝ユスティニアヌス1世は、かつての地中海帝国を回復すべく征服事業に乗り出している最中であったが、ペストによって軍隊が大きな損害を受けた上に自身までも罹患したため、撤退を余儀なくされた。ペストの発生がなければ、その後のヨーロッパは全く違った姿になっていたことだろう。

 ペストはその後も何度か感染爆発を繰り返すが、最も悲惨だったのは14世紀の世界的流行だ。その流行は1331年に中国で始まり、当時の河北省の人口の9割が亡くなるという恐るべき惨禍となった。そしてこのペスト菌は、モンゴル軍や隊商によって西へと広がる。

 1347年、モンゴル軍は黒海沿岸のカッファという町を包囲する。だが陣中でペストの感染が広がったため、モンゴル軍は撤退を余儀なくされた。彼らはその際、病死した兵士の死体を、投石機で城壁の中へ投げ込んだのだ。カッファの市民は慌てて死体を城外に放り出すが時すでに遅く、ヨーロッパ世界へのペスト菌侵入の第一歩になった。これが、史上初の細菌兵器とされている。

 ペストの広がりは、ほぼヨーロッパ全域を飲み込んだ。死者数は、ヨーロッパだけで2500万~3000万(総人口の3~4割)、世界では7500万~2億人が死亡したとされる。この著しい人命の損失は、元王朝崩壊の一因ともなったし、ヨーロッパに中世社会の終焉をもたらしたともいわれている。

 

・インフルエンザ

 病原菌やウイルスには、足もなければ翼もない。それらを運び、広げるのは多くの場合人間だ。だがインフルエンザの場合は、カモ・ガン・カモメなど、多くの鳥も運び手となる。また、豚などの家畜にも感染しやすい点も厄介だ。

 インフルエンザは紀元前から存在していたと考えられているが、世界的流行を起こすようになったのはルネサンス期以降のことだ。中でも最大の被害を出したのが、1918年に発生したスペイン風邪だ。発生源は諸説あるが、1918年3月に始まった流行はいったん収まりかけたかに見えたものの、8月にアメリカ・フランス・シエラレオネの3ヶ所で感染爆発が発生、ここから再度世界に流行の波が広がった。この第二波は、第一波よりはるかに死亡率が高く、凄まじい被害をもたらした。

 進行中であった第一次世界大戦の戦場では、塹壕にこもる兵士たちの間で感染が広がり、戦争の続行が不可能となるほどだった。さらに終戦後、故国に引き上げた兵士たちがインフルエンザを持ち帰ったため、感染爆発はもはや手のつけられない有様となった。

 結局スペイン風邪は、当時の世界総人口約18億人の4分の1から半数が感染し、3~5%が亡くなるという、史上最大の被害をもたらした。イベントを中止しなかったための感染拡大、軍艦内での感染爆発なども、この時の日本で起きている。我々はこの一世紀前のパンデミックに、もっと多くを学ぶべきだろう。

 

アフター・パンデミック

 今回は深く触れることができなかったが、感染症の流行は思想・宗教・文化などの面にも大きな影響を与えている。たとえば、日本人の精神に深く根を下ろす怨霊信仰は、長屋王を無実の罪で自殺に追い込んだ藤原四兄弟が、天然痘で次々に斃(たお)れたことが始まりとする説がある。ヨーロッパでも、度重なった流行病に対して教会が全く無力であったことが、宗教改革につながっていった。生死について否応なく深く考えさせられる環境は、人々の心に大いなる変容をもたらす。

 今回の新型コロナウイルスの流行でも、それはすでに起こっている。たとえば精神科医の斎藤環氏は、「コロナ・ピューリタニズムの懸念」と題した論考で、新たな倫理観と相互監視意識が発生しつつあることを指摘している。音楽やスポーツなどの文化も、大きな変容は避けられそうにない。こうした変化のうちいくつかは、定着して不可逆のものになるだろう。

 今後、どの国がいつどのような形で新型コロナウイルスの流行を抑制し、再流行を避けるためにどのような仕組みを構築するかが、21世紀の流れを決定づけてゆくことだろう。明らかに我々は今、歴史の巨大な分岐点に立たされている。これから世界に何が起こるか、自分にはいったい何ができるか、若い読者諸氏にもぜひ考えていただきたいと思う。

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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佐藤 健太郎

1970(昭和45)年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院卒業後、国内製薬メーカー研究職として勤める傍ら、有機化学について広く世間に興味を持ってもらいたいとの思いから1998年にウェブサイト『有機化学美術館』を開設。2007年末、ライターとしての活動に専念するため勤めていた企業を退職。2009年から2012年4月まで東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教。現在、化学・医薬を専門分野とするフリーサイエンスライターとして活動中。著書に『医薬品クライシス 78兆円市場の激震』 新潮社(2010年)、『世界史を変えた薬』 講談社(2015年)、『医薬品とノーベル賞 がん治療薬は受賞できるのか?』 角川新書(2016年)、他多数。

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