未来を考える

2021/06/17

人類はその発祥のときから長い時をかけて、自然の中から自分たちの役に立つものを探し出し、利用してきた。植物や動物、微生物などの生き物から作られる「薬」もその一つである。
北海道大学の脇本教授は、進化を続ける分子生物学や有機化学の知見をもとに、「海の生き物」から新しい薬品資源を見つけ出す努力を続けている。その研究の先にある、人類がこれから手にする薬とは、いったいどのようなものなのか。SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」にも密接につながる、脇本教授の研究の話を伺った。

 

取材協力:
北海道大学 大学院薬学研究院 教授
脇本 敏幸さん
東京大学大学院農学生命科学研究科出身。海洋生物活性天然物の探索に関する研究を専門としている。

 

医薬品の「もと」を自然界から見つけ出す

「私がいる北海道大学の天然物化学研究室のミッションは、自然界の生き物の中から、薬の材料になりうる物質を探し出すことです。一言でいえば『宝探し』のような研究と言えます」

 世界のいつの時代においても、「医薬品」は人々の病気を治し、健康を守っていく上で、なくてはならない存在であり続けてきた。同時に古今東西の国々で、医薬品を作るために、その原料となる「物質」の探索も行われてきた。現在では医薬品の原料となる物質の入手方法は、大きく分けて2つある。人工的に設計・合成する方法と、自然界の生物から取り出す方法だ。北海道大学の脇本敏幸教授は、自然界の中でも「海」に注目し、海洋の生物から新たな医薬品の開発につながる物質を見つけ出す研究を続けている。

「自然界から薬を探す研究は、何百年もの昔から行われている手法です。代表的な薬品には、1928年に青カビから見つかった世界初の抗生物質であるペニシリンがあります。また近年では、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智先生の偉大な発見も、自然界の探索から生まれています。大村先生が静岡県の土壌から発見した放線菌が生み出す成分から作られた薬は、熱帯で流行っていた寄生虫がもたらす感染症にきわめて高い薬効を発揮し、何億人もの人々を失明から救いました」

 イベルメクチンというその薬は、2021年の研究論文で、いま世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスの治療にも効果を発揮する可能性があることが指摘されている。イベルメクチンやペニシリンのように、自然界から発見された物質をもとに作り出された薬品が、人類全体に多大な貢献をもたらした事例はこれまでに少なくない。
 脇本教授によれば、現在、世界中で流通しているすべての薬のうち、何らかの形で生物資源を利用しているものの割合は、半分ほどを占めるという。

「天然の生き物が作り出す物質そのものを材料としているものに限れば数パーセントですが、天然物の骨格構造を用いたり、それを利用して設計した人工化合物の薬を合わせたりすると、市販の薬の半分ぐらいは何かしらの天然物を利用しています。

しかし過去と同じことをやっていては、新しいものは決して見つかりません。いま青カビから抗生物質を見つけようとしても、発見できるのはペニシリンだけです。だからこそ新しい医薬資源を発見するためには、今までに研究されていない、自然界の手つかずの領域にチャレンジすることが重要なのです。」

 

研究を飛躍的に進化させたDNA解析の手法

 化学者が「海」を研究対象にしたのは、すでに陸上の植物や動物、微生物から医薬資源を探す研究は進んでいたのに対し、海洋の生物はほとんど探索されていなかったことが理由だ。その頃からスキューバダイビングの機材が普及し、研究者自身が海に潜って海洋生物をとってくることができるようになったことも、研究を後押しした。

「最近はあらゆる研究分野の進展が早く、海洋生物からの天然物探索も、世界中の研究者が取り組んだ結果、30年ほどでだいたいやり尽くされた感じとなりました。ところが2000年代に入ってから生物学に大きなブレイクスルーが起こったことで、さらに海洋生物の研究が前進することになります。それまで恐ろしく時間がかかっていた生物のゲノム情報の分析を、DNAシーケンサーという機械を用いることで、圧倒的に効率化できるようになったのです。」

 生物は細胞の中にある遺伝子の遺伝情報にもとづいて、生きるために必要な物質を自ら作り出している。青カビが作るペニシリンも、青カビの細胞内にその設計図があることから生み出せる。つまりゲノム情報をDNAシーケンサーで解析することで、目的とする物質を作り出す遺伝子を、特定できるようになったのだ。

「このことは、海洋生物から薬物資源を見つける研究にとって、極めて大きな意味がありました。なぜならそれまで、海洋中に生きる微生物から有用な物質を見つけても、ほとんどの微生物を培養することができなかったからです。微生物から薬の材料を作るためには、工業生産に必要な量を作り出すために、大量に培養する必要があります。ところが、地球上の微生物の99%以上は、培養する方法が見つかっていないのです。その理由は、実験室のシャーレや培養タンクの中に、自然界と同じ環境を作り出すことが困難だからです。」

 微生物の中には、環境に存在するごく微量のレアメタルが生存にとって不可欠であるものが存在するが、何が必要な金属なのかを突き止め、それを適量含む環境を再現するのは非常に難しい。また自然環境中ではバランス良く多様な微生物が生存できるが、人工的に作った環境では、ある一種類の微生物だけが増えて、他の微生物を駆逐してしまうといったこともよく起こるという。

「しかし次世代DNAシーケンサーによって、目的の物質を作り出す遺伝子を微生物の細胞から見つけることができれば、まったく違う生産手法が検討可能になります。その遺伝子を培養技術が確立している大腸菌や酵母などに入れることによって、大量に目的物質を作らせることができる可能性があります。99%が未利用だった膨大な微生物の中から、有用な薬用資源を探索し、その設計図を遺伝子から明らかにすることによって、とてつもない薬が生まれる可能性があるわけです。」

 

なぜ海綿動物なのか?

 海洋生物の探求のなかでも、脇本教授が力を入れて取り組むのが、「海綿動物」の研究だ。海綿動物は5億年前から地球に生息する原始的な多細胞生物で、熱帯の海を中心に世界中の海洋に存在する。「海綿」という名前のとおり、スポンジのような中空の穴が無数に空いた構造をしており、実際に過去には物を拭くためのスポンジとして収穫されていた。脇本教授は、「海の生物は陸の生物に比べて、ほとんど人間に馴染みがない」と語る。

「海綿動物を研究対象としている理由は、他の海の生物に比べて、抗菌活性や細胞毒性を示す物質を持っている確率が有意に高いからです。その理由はおそらく、海綿動物の生態にあると考えられています。海綿動物のほとんどは岩にへばりつきながら、大量の海水を濾過することで、そこに含まれるプランクトンを食べて生きています。海水には自分に害を与えるバクテリアやウイルスも大量に含まれ、動けない海綿の上にはチリが積もったりカビが生えたりもします。そこで彼らは自分たちの体内に、他の生き物にとって毒となる成分を作り出す微生物を住ませることで、身を守るようになったのではないか、と考えられるのです。

食用の魚介類は海の生き物のほんの一部で、岩の間に生息する無脊椎動物などには山のように種類があり、その多くの生態がよくわかっていません。陸上のほとんどの動物や植物は、人類がこれまでの歴史で触ったり見たり食べたりした経験によって、『これは触るとかぶれる』とか『毒がある』といった知識を持っています。しかし残念ながら、海の生き物のほとんどは接触経験がないのです。」

そのため、海洋生物から薬を探る研究が始まった1970年代、研究者たちは海の生き物のどれを調べたら良いか、最初のころは検討がつかなかった。最初に海にもぐったパイオニア的な研究者たちは、虱(しらみ)潰しに生物を採取し、どれが抗菌活性や細胞毒性を示す物質を持っていそうか、手当り次第に探していった。ウミウシなど軟体動物、イソギンチャクなどの棘皮動物、サンゴなどを調べた結果、海綿動物にどうやら有意に抗菌活性を示すものが多いことがわかったことが、脇本氏の研究につながっていったと言う。
脇本教授が所属する北海道大学は現在、全学を挙げて「持続可能な開発目標(SDGs)」の推進に力を入れている。2020年には、イギリスの教育専門誌が発表した世界の大学のSDGsに関する取り組みランキングで、国内1位の評価を得た。インタビュー後編では、脇本教授の研究が新たな薬品資源の発見だけでなく、SDGsの推進にもつながることについて紹介する。

後編に続きます。
海の中から新しい薬品資源を見つけ出す。|SDGsに取り組む北海道大学大学院 薬学研究院の挑戦【後編】

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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大越裕

1974年生まれ、神戸市在住。理系ライター集団「チーム・パスカル」所属。 大学卒業後、広告・マーケティングの専門出版社で編集・ライター養成講座の立ち上げと運営を担当。 4年間単行本の編集に従事した後、2011年独立。 現在は主にビジネス・サイエンス領域の記事をさまざまな媒体に執筆する。

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