世界最大規模のロボットコンテスト「FRC」─STEM教育の最前線に挑む3つの高校生チーム(前編)

あなたは、15歳で世界最高峰の戦いに挑む自分をイメージしたことがありますか?

今回、紹介するFIRST (For Inspiration and Recognition of Science and Technology)というコミュニティのエピソードは非常に刺激の強い内容です。きっと、読んでくれたあなたの心に2つの感情を巻き起こすことになるでしょう。

彼らはスゴいな、自分たちはこのままでいいのかな、と。

ストーリーの中核を成すのは、国際ロボット競技会FRC(FIRST Robotics Competition)。全世界の15歳から18歳の学生たちがチームを作り、スポンサーを探し、資金を集め、短期間でロボットを作り上げ、予選大会に参戦。その先に続く世界大会への出場を目指します。

日本からは、3つの高校生チームが参戦。一連のプロジェクトは、まるでベンチャー企業を1つ立ち上げるような経験を学生たちにもたらします。彼らの目線の先にあるのは、世界。そして、大会を主催するFIRSTは明確な来るべき未来像を描きながら、学生たちをサポートしています。

最先端の学びの場とも言えるFIRSTのコミュニティでは何が行われ、学生たちはどんな刺激を受け、それぞれの未来に活かそうとしているのでしょうか。

取材協力:

NPO法人青少年科学技術振興会(FIRST Japan)

統括ディレクター 鈴木健太郎さん

取材協力:SAKURA Tempesta

https://sakura-tempesta.org/

中村綾さん

取材協力:BWW

https://bww8231.fuji3.info/

金原明生さん

小田匠馬さん

取材協力:RAIJINbotics

https://raijin-botics.org/

濱鍜創太朗さん

取材協力:大学生メンター(東京工業大学大学院)

大西祐輝さん

取材・撮影協力:チームラボ

全世界34カ国約10万人が参加する「FRC」とは? そして、「STEM教育」とは?

 
──この記事を開いてくれた人の多くは、「FRCってなに?」「FIRSTってなに?」という疑問を持っていると思います。最初にFIRST Japan の鈴木さんから、FRCとFIRSTについてレクチャーしていただけますか?

鈴木:わかりました。FIRSTはアメリカにあるNPOで、6歳から18歳までが参加できる世界最大規模の4つのロボットコンテストを開催しています。FRCの参加対象は15歳から18歳で、4つの大会のうちの最高峰。20年以上の歴史を持ち、北米をはじめ、ヨーロッパ、トルコやイスラエルなどの中東地域、オーストラリアなどを中心に34カ国から10万人近くが参加しています。日本を含むアジア地域では中国からの参加が急増しており、まさに世界最大規模の大会です。

※上図のさらに上のグレードがFRC。全グレードを合わせると、毎年189カ国、約60万人が参加している。

 
──世界最強のロボットを決める! 的なイメージで捉えていいのでしょうか?

鈴木:もちろん、優勝チームは決まります。ただ、FRCは単なる最強ロボット決定戦ではなく、ロボットコンテストのプロセスを通じて、STEM教育(※)を提供していく世界最大規模のコミュニティとして機能しているのが特徴です。

※「STEM教育」とは Science(科学)、 Technology(技術)、 Engineering(工学)、Mathematics(数学)を統合的に扱う教育方法。

FRCの競技内容は毎年、その時々の社会課題や今後10年、20年かけて科学技術による革新が求められる問題(海洋汚染の解決、宇宙への移住など)をテーマに決められていきます。つまり、ロボコンではあるんですが、単に技術を競い、勝敗を決めるのではなく、世界的な問題をFIRSTのコミュニティで共有し、解決のアプローチを探る教育プログラムになっているわけです。

 
──なるほど。

鈴木:また、FRCのキャッチフレーズは“More Than Robots”で、直訳するなら「ロボットだけじゃない」となっています。参加チームは競技ルールの発表を受けてからロボットを作るためのプランを立て、スポンサーを探し、プレゼンを行い、資金を集めていきます。しかも、テーマの発表は毎年1月の第1週と決まっていて、FIRSTのサイト上でテーマと競技ルールが公開されると、そこからヨーイドン! で、全世界のチームがロボットの制作に取りかる仕組みです。発表から予選大会までの期間は約6週間ですから、技術面、運営面の両輪がうまく機能しなければ、出場まで漕ぎ着けることができません。

今日集まってくれた日本からFRCに参加している3つのチームで言うと、まず英語で発表されたレギュレーションを読み解くところからのスタートです。その後、FIRSTから送られてくるロボットのコアユニットを受け取り、制作を開始。ただし、コアユニットが届くまでに設計を固めておかなければ、6週間での完成は難しくなります。このスケジュール感は、3ヶ月以上の準備期間がある高専ロボコンやNHKロボコンと比較してもわかると思いますが、かなりハードです。

 
──しかも、日本のチームが参加する最も近い予選大会の会場はハワイだと聞きました。渡航費や滞在費は主催者負担なのですか?

鈴木:いえ、各チームが負担します。ちなみに、FRCへのエントリー費が全世界一律で6,000ドル。これを支払うとロボットのベースとなるコアユニットが届きます。でも、コアユニットはクルマで言うとエンジンのようなもので、それだけでロボットは完成しません。大会のレギュレーションを満たし、競技で活躍できるレベルのロボットを作ろうとした場合、平均200万円ほどかかります。

当然、高校生たちが自費で200万円出すのは無理ですから、いかに資金調達を行うかがプロジェクトの鍵になってくるわけです。各チームとも、クラウドファンディングを行ったり、スポンサー企業の候補を探してプレゼンをしたり、材料費削減のために部品を提供してくれるサプライヤーを探したりと知恵を絞っていきます。

ですからFRCに参加するには、ロボット制作の技術面に長けたメンバーだけではなく、運営や交渉、翻訳などで力を発揮する異なった能力を持つメンバーが必要になってきます。チーム内での密なディスカッションは欠かせませんし、意見の衝突も度々起こるでしょう。

そうしたすべてがプロジェクトの一環であり、STEM教育の実践そのものです。まさに「ロボットだけじゃない」ロボット競技会なんです。

 

自分たちのロボットが強いだけは勝てない大会─創設者ディーン・ケーメンの狙いと願いは?

鈴木:大会本番にも特徴的なルールがあります。それは競技自体が3対3のチーム戦になっていること。各チームは自分たちの作ったロボットだけで戦うのではなく、当日その場で発表された2チームと組み、連合軍を作ります。どの国のどのチームと組むかはその瞬間までわかりません。作ってきたロボットの特徴もわかりません。世界大会ではイスラエル、アメリカ、日本のチームが、カナダ、台湾、ウクライナのチームと対戦するなんて光景が当たり前に繰り広げられます。

相手に勝つためには、いかにコミュニケーションを取り、協力体制を作るかにかかっています。私たちのロボットはオフェンスに力を発揮するから、守りはあなたたちに任せた、と。そんなふうに英語で作戦会議を重ねていくわけです。

 
──高性能のロボットを作って終わりではないのですね。

鈴木:自分たちのロボットが強いだけでは勝てない。チームワークが求められる。運の要素もある。ほぼ実社会でのビジネスに近い環境です。エンジニアリングだけを競うものではないところが、FRCを筆頭にしたFIRSTのロボットコンテンストの特徴です。

 
──学生それぞれの特性やチームの個性が大事になってくるんですね。

鈴木:これは30年前にFIRSTを創設した発明家ディーン・ケーメンの考えがベースにあります。

一般的にはセグウェイを発明した人として知られていますが、アメリカではスティーブ・ジョブズ、スティーブ・ウォズニアック、ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグらと並ぶ医療機器分野の大発明家で、技術分野でアメリカ最高の賞である国家技術賞も受賞しています。

そんなディーン・ケーメンが子どもたちの科学技術への関心を高めたいと願いスタートさせたのが、FRCを頂点とする4つのロボットコンテンストです。そしてディーン・ケーメンはこう言ってるんです。

「私の人生最大の発明はFIRSTというコミュニティを作ったことだ。確実にこのコミュニティの中から世界を変える発明家が出てくる」

そのため、競技で最も好成績を残したチームへの表彰だけでなく「チェアマンズ・アワード」といった賞が用意されています。

 
──どんな基準の賞なのですか?

鈴木:明確な審査基準は明らかにされていませんが、ポイントとなるのはFIRSTのコミュニティへの貢献やチームスピリット、提出するエッセイやプレゼンテーションから見える人間性です。

たとえば、下の世代へSTEM教育を広めることへの協力ですね。小学生や中学生がFIRSTのロボコンに参加するに当たって、メンター、アドバイザーとして指導する。ロボットのワークショップを開催する。FRCでの経験を学校の授業で発表して伝えていく。スポンサー企業と共同で社会問題を解決するための地域貢献活動をする。

ともかくロボットを作るだけではなく、FIRSTのコミュティに寄与する活動をしたことが評価の対象になってきます。ミネソタのあるチームは障害があって歩けない幼いお子さんに電動車いすを自作してプレゼントするといった活動を行い、SNSでバズっていましたね(※)。

CNN.co.jp:歩けない2歳児に専用電動車いす、高校のロボット部がプレゼント 米 – (1/2)

そして、各チームは世界大会に出場時に“自分たちはこんな活動を行ってきたました”と英語のレポートにまとめ、審査員の前でプレゼン。その中からチェアマンズ・アワードといった賞にノミネートされるチームや個人が選ばれていきます。

 
──なるほど。

鈴木:他にも、今日来てくれたFRC参加チームの1つ「SAKURA Tempesta」を立ち上げた中嶋花音さんは、個人で「FIRST Dean’s List Finalist Award」を受賞。これはディーン・ケーメンの指名リストで、ここに名前が載ると世界中でさまざまなチャンスがもらえます。とってもアメリカっぽい仕組みで、たとえば、FIRSTは900万ドル近い額の教育基金を持っていてそこから奨学金を得て留学することができます。ちなみに、中嶋さんは去年からアメリカの大学に留学中で、賞を取ることは栄誉が得られるだけでなく、個々人の未来を開くきっかけにもなるわけです。

 
──まさに世界への登竜門ですね。

鈴木:もっと言ってしまうと、FRCは世界のトップクラスの企業、団体によるリクルーティングの場にもなっています。

わかりやすい例で言えば、NASA、Google、GM、フォード、Amazon、NvidiaなどはFRCで活躍したチームにコンタクトを取り、大学院卒までの学費分の奨学金を出す、留学中の滞在費を援助するなどの申し出をして、卒業後の就職先に選んでもらおうと働きかけています。

 
──すごい世界ですね。

鈴木:言ってみれば、世界のトップオブトップのリクルーティングの場ですよね。この話をすると、日本の企業やメディアの人は「そんなところに日本の高校生が行っているの!?」と驚かれるんですけど、「行っているんです」と。

ただ、海外に比べると圧倒的に参加チームの数が少ないのが現状です。日本からFRCに挑戦したチームはトータル6チーム。今年チャレンジするのは、今日来てくれた「SAKURA Tempesta」「RAIJINbotics」「BWW」の3チームです。でも、アメリカには約3000チームありますから。

 
──大きな差がありますね。

鈴木:ですから、私たちFIRST Japanの直近のミッションはFRCの知名度を上げ、挑戦しようと思う学生を増やすこと。FIRSTのコミュニティに加わり、最新のSTEM教育に接してもらうことです。

また、参加チームが増えれば、国内で予選大会を開くができるようになります。そのメリットは、なにより各チームの金銭的な負担が減ることです。

現時点ではFRCへのエントリー、ロボットの制作、ハワイでの予選大会への渡航費や滞在費などを合わせて、リージョン予選までで500~600万円、世界大会に進出となると年間800万円近い費用がかかります。これはFRCに挑戦するための高いハードルなっています。特に日本では子どもたちがお金を集めること、それ自体にネガティブな反応を見せる大人たちが多いですから。そうした常識を変えていく一方で、金銭的なハードルを下げることでチャレンジしやすい環境を作っていきたいと考えています。

 
──FRCでの経験は学生を大きく変えますか?

鈴木:間違いないですね。そして、日本と海外の高校生を比べたとき、どちらが優秀でどちらが劣っているということはありません。

実際、日本から初めてFRCに挑戦したチームのメンバーは高校卒業後、MITに進学し、現在、MITの大学院生になっています。日本と海外で差があるとしたら、それはチャレンジした経験の差です。

日本の子どもたちの持っている可能性は世界と何も変わりません。グローバル基準のチャレンジをどれだけしているか。それだけの差だと思っています。

そのためには、子どもたちの可能性を潰さない、挑戦を妨げない、いつでも世界に羽ばたける、そのための経験を積める環境を大人たちがつくらないといけないと思っています。

後編に続きます。

世界最大規模のロボットコンテスト「FRC」─STEM教育の最前線に挑む3つの高校生チーム(後編)

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
Photo Credit: Argenis Apolinario(MV)

 

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