未来を考える

2020/03/20

「博士課程のころは、将来自分がどんな仕事に就きたいかよく分かっていなかったんですよ」

難病ALSの克服を目指してベンチャーを立ち上げた川田治良(じろう)氏は、かつての自分をそう振り返る。転機は、研究での米国訪問中に訪れた。ALSの研究の現状や患者の苦しみを知り、自身の研究をALS克服のために活かそうと決める。

「そのためには起業しかありませんでした」

そうして2017年2月に立ち上げたのが、株式会社ジックサック・バイオエンジニアリングである。2020年2月に4期目に突入したばかりの若きバイオベンチャーは、「ALSで苦しむ人がいない未来」をつくり出そうとしている。

*本記事はシリーズ「新時代を生きる」の一記事です。このほかのサイエンスシフトなりの未来への取り組みは、タグ「新時代を生きる」からご覧ください。

 

川田治良

取材協力:
株式会社ジックサック・バイオエンジニアリング
川田治良さん
2008年上智大学理工学部物理学科卒業、14年東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻博士課程修了。博士(工学)。東京大学生産技術研究所特別研究員を経て、17年に株式会社Jiksak Bioengineering設立。

 

「体の中に閉じ込められる」難病、ALS

ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは、脊髄と筋肉を結ぶ運動神経が徐々に死滅し、脳からの伝達が途絶えて筋肉を動かせなくなる病気だ。発症メカニズムは不明で、治療法のない難病である。このとき、患者の中枢神経や感覚神経は正常なままだ。つまり、感覚や思考ははっきりしているのに、運動機能だけが徐々に失われ、体を動かせなくなっていく。

寝返りを打てずに眠りが浅い。汗をかいても自分で体を拭けない。言葉は聞こえるけれども口が動かないから喋れない、など……。ALSの患者は、こうした症状を「体の中に閉じ込められる」と表現をする。

ジックサック・バイオエンジニアリングの川田氏は、「ALSを治療可能に」することを目指して事業を展開している。その核となるのが、社名の由来にもなっている、神経細胞の一部である「軸索」をつくる技術だ。

「神経細胞は、細胞核のある細胞体と、その周りにある樹状突起、しっぽのように長く伸びた軸索からできています(図参照)。神経細胞は、シナプスと呼ばれる結合部位で信号をやりとりしていて、樹状突起は信号を受け取るところ、軸索は信号を送り出す部位です。軸索組織は、体の中で数千~数万本が集まり、束になって立体的な形状をしています。当社は、体内環境に近い形状の軸索を持つ『ナーブ・オルガノイド(神経細胞組織)』と呼ばれる人工神経組織を作製しています」

ALSが発症するメカニズムは未解明だが、運動神経細胞の軸索の先端が骨格筋からはがれて、徐々に死んでいくことが研究論文などで報告されている。人工培養したヒト神経組織を試験管内で扱えるようになることで、観察や実験など、メカニズムを解明する研究が大きく進むことが期待される。

 

5年にわたる技術開発の末に

ナーブ・オルガノイドをつくるのは、長さ3 cmほどのマイクロ流体デバイスだ(写真参照、ピンク色の液体は培養液)。このデバイスの中で、数万個のiPS由来の神経細胞を凝集させて培養し、ナーブ・オルガノイドをつくる。

「同一ロットのiPS細胞由来の神経細胞を使っても、そのすべてが同じ形状・性質のオルガノイドに成長するわけではありません。細胞は一つひとつ生きていて個体差があるからです。そのため、同じ品質のナーブ・オルガノイドを効率よく量産できるように、デバイスの形状や培養液の成分、培養条件などを細かく検討しました。iPS細胞から、軸索の束が目で見て分かる、ピンセットでも触れる軸索組織をつくるのがうちの技術の最大の売りです」

この培養技術の難しさは、川田氏がかけた開発期間の長さが物語る。オルガノイドを培養するマイクロ流体デバイスの開発を始めたのは、東京大学で博士課程3年時の2012年のこと。その後、東京大学生産技術研究所でポスドク(博士研究員)を務めた3年間も合わせると、5年の歳月をかけてようやく技術を確立することができたのだ。

ジックサック・バイオエンジニアリングは、ナーブ・オルガノイドを培養したチップ(デバイス)を、企業や大学などに販売している。製薬企業や化粧品メーカー、食品メーカーなどでは、動物試験を減らす動きが加速している。そこで、動物試験の代わりに、ヒト培養細胞組織を用いた試験に置き換えるニーズが高まっているのだそうだ。
また、大学などの研究機関と、共同研究・共同開発する動きも増えている。ナーブ・オルガノイドを単体で提供するだけでなく、それを他の臓器とつなげて、顧客のニーズに合わせてカスタマイズするプロジェクトが動き始めているのだ。
さらに、オルガノイドを活用し、自社で薬をつくる事業も進行中だ。ALSの治療薬だけでなく、神経が関わる病気の薬の候補化合物を探索している。

 

「それなら自分で起業するしかない」

川田氏が会社を立ち上げたのは、自ら確立したナーブ・オルガノイドの培養技術を事業化するためだ。「ALSを治療可能に」という一心で、今も事業に取り組んでいる。

川田氏のALSとの出会いは、博士課程3年だった2012年に遡る。iPS細胞やES細胞、マイクロ流体デバイスを使った細胞培養の研究に取り組んでいた川田氏は、共同研究先のハーバード大学を訪ね、ALSの研究に携わる機会があった。

「米国に何度か訪問している時に、ALSの認知度向上のために氷水を頭からかぶる『アイス・バケツ・チャレンジ』が突如盛り上がり、さらにALSに関心を持ちました。ALSが非常に辛い病気であることや、治療法が存在しないことを知って驚きました。iPS細胞やES細胞を培養して組織をつくる研究をしていたので、運動神経をつくれるようになれば、ALSの治療につながると考えました」

それをきっかけに、川田氏は自身の研究テーマとして、運動神経のオルガノイドをつくるマイクロ流体デバイスの開発に取り組み始めた。博士課程修了後もポスドクとして研究所に残り、開発を続けた。

その技術が形になり始めたポスドク3年目の2016年秋、起業に直結する出来事が起こる。NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究開発型ベンチャー支援事業に「起業家候補(スタートアップイノベーター:SUI)」として採択され、ほぼ同時期にベンチャーキャピタル(VC)からの出資を受けることができたのだ。

「デバイスの目処が立ち始めてから、『この技術を事業化するために起業しよう』とベンチャーのピッチイベントに出たり、起業支援の公募に応募したりしていました。でもなかなか評価されず、ことごとく落ちて辛い時期でした。そんなときにNEDOのSUIの公募に受かり、VCから出資も得られました。ポスドクは有期契約で翌年には契約が切れてしまうこと、『事業を自分で自由に進めていくなら起業するしかない』という思いが重なって、2017年2月に会社を立ち上げました」

 

「患者さんの苦労と比べれば、僕の苦労なんて知れている」

このとき川田氏は、ビジネス経験がないなかで、いきなり起業に踏み切っている。恐怖や葛藤はなかったのだろうか。

「もちろん怖いですよ。会社を立ち上げたはいいものの、すぐに資金がつきてしまうのではと思っていました。怖いですが、恐怖を押し殺すしかありません(笑)。開発した技術を事業化してALSの克服につなげるには、大学に残るのではなく、自分で主体的にビジネスを展開するべきだと思いました。そうなると起業するしかない。活動期間1年で、公募に採択されたり投資を得られたりした僕はラッキーです。そう思って、今も恐怖を押し殺して事業に取り組んでいます(笑)」

本人は「ラッキー」と語るが、資金を得るまでに至る苦労は大きかったようだ。

「今でこそ、役員4名・研究員4名の仲間が会社にいますが、当時会社を立ち上げてからしばらくは、僕一人だけで活動していました。起業前にビジネスコンテストの面接に一人で行ったときは、面接官から『よくのこのこ一人で来たね』と言われたこともあります。投資する側からすれば、研究者出身の創業者一人だけ、しかも会社を立ち上げてすらいない若造に投資するなんてリスクが大きすぎるということなのでしょうが、そんなことを面と向かって言われて悔しさでいっぱいでした。ビジネスプランを発表するピッチイベントでも、僕がプレゼンし始めたら、お客さんのほとんどにトイレで席を立たれてしまったこともあります。まともに相手にされていなかったんですね」

そういう苦しいときには、ALSで苦しむ患者のことをよく考えたと川田氏は振り返る。

「当時はよく、ALS患者さんの本をカバンの中に入れていました。自分が『お金集まらなくて大変だな』と思っても、患者さんの辛さと比べれば、たかが知れています。自由に体を動かせないし、ご飯も食べられなくなる。次第に呼吸もままならなくなって、喉に管を通さなければいけなくなる。口が動かないから、意思を伝えるために視線を使う。症状がさらに進行すると、瞼を開くのも大変になってくる。そんな苦しみや恐怖を思い出すと、患者さんのためにも頑張ろうと気持ちが前向きになりました」

 

ベンチャーこそ、研究力を磨くべし

ALSに飽くなき挑戦をしている川田氏だが、話を聞いていくと、意外な過去を語り始めた。

「今の僕はALSをなんとしても克服したいと思っていますが、そこまで強いモチベーションを持てるのは、ほかにやりたいことがなかったという理由もあります。ALSのことを知るまでは、自分が将来何をやりたいかよく分かっていませんでした。博士課程のころは、ライブハウスで音楽をやって鬱憤を晴らしたりしていました。博士課程って、人によってストレスや将来への不安がけっこう大きいんです(笑)。なので、ALSと出会えたことは僕にとっても救いになっています。自分が研究してきたことを活かせるし、社会的な意義も大きいので、明確な目標を持ってチャレンジしたい気持ちになりました」

そしていま、ジックサック・バイオエンジニアリングは、共同研究開発事業や創薬事業を拡大・推進するべく、研究者を採用して研究開発に力を入れて取り組んでいる。

「僕一人で動いているときは、日々の業務や資金集めに時間をとられ、研究開発がスローダウンしてしまっていました。僕は大学在籍中に技術を確立してベンチャーを立ち上げましたが、ベンチャーが大学の技術を商用化するだけの存在だとは思っていません。ベンチャー自身が研究力を高めていく必要があります。そうしなければ、世界を舞台にしたときに、米国のベンチャーと勝負することができません。そのために研究者にメンバーに加わってもらい、基礎的な神経科学の研究から、製品生産や創薬のための応用的な研究まで、さまざまな研究に力を入れて取り組んでいます」

2019年から取り組んでいる研究力強化の甲斐もあって、2020年には、大手企業との複数の共同研究開発プロジェクトが具体的に動き始めている。また、事業をさらに拡大するため、海外展開も視野に入れている。

そこまでギアを入れるのは、川田氏が、「ALSを治療可能に」することを目指し、「ALSで苦しむ人がいない未来」をつくり出そうとしているからだ。

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

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萱原正嗣

編集者・ライター。神奈川県立湘南高等学校、京都大学法学部卒業。NTT西日本、日本ヒューレット・パッカードでの勤務を経て、コンテンツ制作の世界に。自然科学・理工系の制作物を中心に、人文・歴史・社会科学や人物ルポまで幅広いテーマを手掛ける。

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