未来を考える

2020/03/04

未来を切り拓くために、哲学も必要。……そう聞くと、疑問に思うかたもいるかもしれません。

しかし、哲学者・倫理学者の岡本裕一朗教授が本文中で述べているように、今の時代にこそ必要な「技術」だと、サイエンスシフト編集部は考えています。正解が見つからず、今までの常識や考え方が変化しつつある現代のひとつの突破口として、哲学は有効です。岡本教授のナビゲートで、ぜひその扉をたたいてください。

 

 

はじめに

「哲学」という言葉を聞いて、皆さんはどのようなイメージをおもちでしょうか。もしかしたら、大学で一般教養や教職の科目として、「哲学」を受講されたかもしれません。そのときの印象は、いかがでしたか?

ひと昔前まで、「哲学」といえば、「人生をいかに生きるべきか」という人生論や、過去の偉大な哲学者の説だと思われてきました。そのため、哲学を学んだところで、社会ではまったく役に立たず、よほどの物好きでなければわざわざ知る必要などない、と考えられたのです。

しかし、そうした「哲学」のイメージは世界標準で見ると、もはや時代遅れになっています。むしろ、哲学は今日、時代が突きつけてくる課題に立ち向かい、現代世界をトータルに捉える活動だと受け止められています。

実際に最近は、経済界やビジネスパーソンに向けて、「哲学」の話をする機会が多くなりました。これは私の経験だけでなく、日本の、そして世界の傾向とも言えるでしょう。とすれば、今後若い人々が、グローバルな仕事をしていくとき、「哲学」はぜひとも身に着けておくべき教養になっているのではないでしょうか。

 

どうして哲学は必要になるのか?

しかし、科学技術が発達した現代において、はたして哲学など何の役に立つのか、と疑問をもたれるかもしれません。そこで、そもそも哲学がどうして必要となるのか、あらかじめ考えておきましょう。

歴史を振り返ってみれば、時代が大きく転換するとき、哲学が活発に展開されているのが分かります。しかも、こうした時代の転換には、科学技術の状況が密接に関連しています。たとえば、中世から近代へと移行する時期、近代科学が形成されるとともに、羅針盤や活版印刷技術が普及しました。それによって、グローバルな経済活動が引き起こされたり、宗教改革が進展したり、近代国家が組織されたりしました。こうした社会的変化に呼応するように、哲学として大陸合理論やイギリス経験論(※)が勃興しています。

※いずれも、17−18世紀に形成された哲学の二大潮流。哲学史において非常に大きな転換点となり、またその後の哲学の土台になった。

こうした時代転換に匹敵する出来事が、まさに現代において進行しているのではないでしょうか。たとえば、20世紀後半に起こったIT(情報通信テクノロジー)革命やBT(生命テクノロジー)革命は、今までの社会関係や人間のあり方を根本的に変えていくように見えます。また数百年続いてきた近代の資本主義や、宗教からの離脱過程が、近年大きく転換しています。さらには、近代社会が必然的に生み出した環境問題も、現代においてのっぴきならない解決を迫っています。こうした状況をトータルに捉えるには、どうしても哲学が必要になってきます。

物事を考えるとき、哲学は広い視野と長いスパンでアプローチします。日々進行している出来事に対して、一歩身を引いたうえで、「これはそもそもどのような意味なのか?」「これは最終的に何をもたらすのか?」という形で問い直すのです。一見したところ、悠長な問いかけのように感じますが、時代がドラスチックに変化するときには、こうした哲学の姿勢が欠かせません。こうした観点から、私は哲学の研究を行ってきました。

こう考えたとき、現代に生きる人々(同時代人)にとって、哲学は必須のアイテムである、と言えるのではないでしょうか。というのも、学生であれ、社会人であれ、中高年であれ、すべての人にとって、現代がどのような時代なのか、どこへ向かって進んでいるのかは、コモンセンス(共有知)として知っておく必要があるからです。

とりわけ、現代のように歴史的に大きな転換点を迎え、従来の常識にとらわれず、新たな発想が求められている状況では、いま何が起こっているのか、根本から考え直さなくてはならないのです。そして、この作業に取り組んでいるのが、哲学にほかなりません。具体的な状況に没頭しているときはなかなか気づきませんが、哲学のように、一時そこから離れて全体をあらためて捉え直すとき、物事の本質が見えてくるのではないでしょうか。

 

そもそも哲学とはどのようなものか?

しかし、「哲学が時代の歴史的な転換を捉えようとする」と言われても、いったいどんなことをするのか分からない、と問い直されるかもしれません。そもそも「哲学」とは、何をするのでしょうか。

実を言えば、この問いには「哲学者の数だけその答えがある」と昔から揶揄されてきました。そのため、どれか一つだけの「哲学」の定義があるわけではありませんが、ここでは現代的な「哲学」の定義を見ておくことにしましょう。

20世紀末に亡くなった、フランスを代表する哲学者ジル・ドゥルーズは、『哲学とは何か』の中で、「哲学は概念(コンセプト)の創造である」と述べています。(お気づきだと思いますが、「コンセプト」という言葉は、現代のビジネスの世界でよく使われていますね。)しかし、この表現は少し硬いので、私は「概念」を「思考のメガネ」と言い換えるようにしています。そうすると、ドゥルーズが語っているのは、次のように表現できます。

「このメガネをかけて、世界を見てごらん。そうすると、今まで見えなかったことがはっきり見えるようになったり、以前とは違った見え方ができたりするかもしれない。哲学は、そうした世界を見るときの、思考のメガネだ!こうした思考のメガネを創り出すのが、哲学者なのだ。」

たとえば、古代ギリシアのプラトンは、「イデア」という概念を創って、世界をどう理解するか説明しています。この概念は、現代では英語のideaにもなっていて、彼が着想した概念が今でも人々の思考のなかに生きているのが分かります。あるいは、近代哲学のデカルトだと、「コギト(われ思う)」という概念を提唱して、その不可疑性を主張しました。この概念は、現代では、「自分の思っていることは、自分がいちばん確実に知っている」という感覚の基本になっています。

これはほんの一例ですが、哲学者たちが、それぞれ自分が創造した概念を通して、世界の見方を提唱していることは、理解できるのではないでしょうか。ですから、「哲学」というと、いくぶん身構えてしまいますが、むしろ「どんなメガネが自分に合っているか、どのメガネをかけると、世界がよく見えるようになるのか」という観点から接すると、気軽に「哲学する」ことができるかもしれません。いろいろな思考のメガネを試してみて、自分に合ったものを見つけてみてはどうでしょうか?

ここで「哲学する」という言葉を使いましたので説明しておきますと、カントという18世紀のドイツの哲学者が、さまざまな理論や知識としての「哲学」と具体的な問題を自分の頭で考える「哲学する」とを区別し、「哲学」よりも「哲学する」ことの重要性を強調しました。こうした「哲学する」ことのツールとして、哲学者たちが創造した概念(コンセプト)を使って世界を見ることをおススメします。

 

著作『哲学の世界へようこそ』、『世界を知るための哲学的思考実験』に込めた思い

こうした観点から、私は昨年末に、2冊の本を出版いたしました。一つは『哲学の世界へようこそ』(ポプラ社)、もう一つは『世界を知るための哲学的思考実験』(朝日新聞出版社)です。これらはいずれも、具体的な問題を通して「哲学する」ことの楽しさを、多くの人々に知っていただきたいという願いから執筆したものです。ただ、両者は少しずつ目的が違っています。

『哲学の世界へようこそ』は、哲学的に考える具体的な方法に焦点を当てています。現代では、入学試験や入社試験でも「考える力」・「議論する力」が求められていますが、実際にどうしたらいいのか、あまり説明されていません。そこで、誰もがよく知っている8つのテーマに即して、どう考えればいいのか、実際どのように議論するのか、4つのステップに分けて示しています。テーマとなっているのは、「コピペ」・「個性」・「サイコパス」・「同性愛」・「友だち」・「AI」・「転売」・「仕事」ですので、おそらく身近な問題だと思います。こうした問題に対して、どう考えるか、いかに議論するかを具体的に説明していますので、読者自身が哲学の世界に参加できるのではないでしょうか。

これに対して、『世界を知るための哲学的思考実験』は、現時点では予兆が感じられるとしても、まだ明確な形になっていない「来たるべき世界」をテーマとしています。ですから、ある意味では未来世界の問題ですが、私は思考実験を使ってアプローチすることにしました。というのも、未来について考えるには、想像的な方法で問いを立てる思考実験が適しているからです。具体的には、バイオサイエンス・情報管理・格差・フェイク・民主主義・人口減少などの問題を取り扱っています。こうした問題を、哲学の概念によって分析すると、どんな展望が拓かれるのか、多くの方が議論できるように書いています。

いずれの著作も、表現は平易なので、あまり苦労せずに読んでいけると思います。しかし、表面上のやさしさとは違って、どの問題も答えが簡単に出てくるわけではありません。さりとて、今後生きていくうえで、まったく無視することもできません。何ともやっかいな問題ですが、それぞれ、自分なりの考えが必要になってくるのではないでしょうか。

後編に続きます。

未来を切り拓くために “哲学” を知る〜岡本裕一朗氏に聞く哲学入門(後編)

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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岡本裕一朗

玉川大学名誉教授。1954年生まれ。九州大学大学院文学研究科終了。博士(文学)。西洋の近現代哲学を専門とするが、興味関心は幅広く、哲学とテクノロジーの領域横断的な研究をしている。著書『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)は、21世紀にいたる現代の哲学者の思考をまとめベストセラーとなった。他の著書に、『フランス現代思想史』(中公新書)、『哲学の世界へようこそ』(ポプラ社)、『世界を知るための哲学的思考実験』(朝日新聞出版)、『ヘーゲルと現代思想の臨界』(ナカニシヤ出版)等がある。

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