未来を考える

2020/03/25

体に障害をもつ人でも、子育てなどで移動がままならない人でも、パイロットとして「分身ロボット」を操縦することで、行きたい場所に行け、会いたい人に会え、仕事ができる。

そんな“未来”を実現する開発企業、オリィ研究所。その共同創設者であり、世界を変える30歳未満の才能として「30 UNDER 30 JAPAN 2019」にも選出された結城明姫さんに、同研究所が“どのようにして未来を生み出しているのか”を聞きました。

その核にあるのは、技術だけではない、「人間のもうひとつの力」でした。

*本記事はシリーズ「新時代を生きる」の一記事です。このほかのサイエンスシフトなりの未来への取り組みは、タグ「新時代を生きる」からご覧ください。

 

結城明姫

取材協力:
株式会社オリィ研究所
共同創設者COO 結城明姫さん
高校時代に「流体力学」の研究に取り組み、その研究成果を発表した「高校生科学技術チャンレジ(JSEC2006)」で文部科学大臣賞、YKK特別賞のW受賞を果たす。大学卒業後の2012年 、仲間とともに「オリィ研究所」を創設。分身ロボット「OriHime」を開発し、コミュニケーションテクノロジーの新たな形を実現している。

 

「人の孤独を解決する」というビジョンに共感

 
──OriHimeなどの先進的な分身ロボットが既に実用化されているオリィ研究所ですが、活動に至るまでの経緯を教えてください。

もともと私は科学が好きな子どもで、高校時代に流体力学に類する研究をしていました。その流れでJSECという朝日新聞社主催の科学コンテストに出場し、そこで賞をいただきました。その時に、現在の当研究所のCEOである吉藤が同コンテストの歴代受賞者として祝辞をしたのをきっかけに、彼と知り合いました。

受賞後、アメリカの科学技術フェアに出場することが決まっていたのですが、私はその前に結核を患ってしまったのです。もちろん、出場は叶いませんでした。

入院と自宅療養で、治療期間は約半年に及びました。翌年私は再度JSECに出場し、もう一度賞をいただいてアメリカ行きを叶えます。その時に吉藤たちと話す機会が増え、その中で彼が分身ロボットの開発をしていることを知りました。

彼は子供の頃から入退院を繰り返した経験があり、そこから人間の“孤独”という問題を解決したいと考えるようになった。私自身も入院した時に孤独を感じたり、もう一つ体があったらアメリカや学校に行けたのにという悔しさを感じた経験があったので、彼のコンセプトやアイデアにとても共感しました。それで一緒にいろいろやっていこうという話になったんです。

とはいえ私は高校生でしたし、当時はまだ会社のカの字もなく、現在のメインプロダクトであるOriHimeも全くできていませんでした。

 
──OriHimeの原型ができたのはいつ頃でしたか?

そこから数年経った2009年に、最初のプロトタイプができました。当初は体が大きくて関節も多かったのですが、徐々にブラッシュアップされていき、2010年に机の上に乗る大きさのOriHime1号機が完成しました。

ロボットというと人工知能を搭載し、音声認識をして自動で返答するといったイメージが強いと思いますが、OriHimeはそれとは完全に逆行し、人工知能を持たず、人間が操作するタイプのロボットでした。あくまでも人間の“もう一つの体”になるもの。そんな想いで作られたロボットだったのです。

 

分身ロボットを“パイロット”が操作する

「OriHime」

その後2012年に法人化し、投資や助成金を受けながら研究開発を続け、2016年にOriHimeのレンタル提供を開始して現在に至ります。そんな今もOriHimeの根幹は全く変わっていません。カメラ・マイク・スピーカーを搭載し、モーターによって手を動かせる。これらの機能を使い、人間の代わりに様々なことを行うことができる。そして人間は、まるでその場にいるような感覚になれる。

つまりOriHimeはあくまでハードウェア、ツールであって、人間が操作する「分身ロボット」なんです。私たちは、分身ロボットを操作する人を「パイロット」と呼んでいます。

 
──分身ロボットによって、どんなことが実現するのでしょう。

OriHimeは、移動の制約を克服し、遠隔地でのコミュニケーションを実現するロボットです。パイロットはスマホやタブレットを通して分身ロボットを遠隔操作でき、その場の会話にリアクションしたり、周囲を見回したりできます。そうして、まるでその人がその場にいるような感覚を双方向で共有できるんです。

たとえば入院や体の障害などで外出できなくても、OriHimeによって友達と一緒に授業を受けたり、通勤が難しい人がテレワークをしたり、遠方にいながら友人の結婚式に参加したりすることができます。

 
──他にはどんなプロダクトがありますか。

「OriHime eye」は、目や指先しか動かせない重度肢体不自由者のための意思伝達装置で、デジタル化した文字盤を通して目の動きだけで文字を入力できます。

OriHime eyeを使うことで、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの難病で会話や手話ができない方でも、人と会話することができます。またOriHime eyeを通してパソコンを操作すれば、寝たきり状態の方でも仕事ができますし、前述のOriHimeにOriHime eyeを繋いで操作を行えば、遠隔地にいる人とのコミュニケーションもとれます。

 

OriHime-Dを使えば身体的な労働も可能に

他にもOriHimeの大型版といえる「OriHime-D」というものがあります。これは全長120cmで、前進・後退・旋回機能を持つ分身ロボットです。

OriHimeの大型版「OriHime-D」

もともとは、弊社の寝たきりのメンバーが「OriHimeを使ってのデスクワークもいいけど、もしロボットがもっと動き回れれば、掃除や受付業務とかもできるのにな」と話したのがきっかけでした。他にも同じように「分身ロボットを使ったテレワークで、本当はウェイトレスが一番やりたいんです」という方もいらっしゃいました。

私たちはそれまで、体が不自由な方や職場まで行くのが難しい方がOriHimeを通してデスクワークをするというストーリーまでは描けていましたが、体を使って働くストーリーまでは描けていませんでした。そこで子供ほどの背丈があり、体を動かせない人の代わりに身体的な労働ができるロボットを開発したのです。

このOriHime-Dを使えば、遠隔操作でカフェの接客や受付業務ができますし、OriHime eyeとあわせることで寝たきり状態の方でも遠隔で身体労働を行えます。現在、既に分身ロボットカフェという場所で実証実験に入っていて、好評をいただいています。近いうちに一般の方々にも使っていただけるようになりそうです。

 
──そうしたプロダクトを実際に使った人から、どんなフィードバックがありますか。

特に心に残っているのが、ALSの治療を受ける方から聞いたお話でした。その方はALSで体を自由に動かせず、病院で退屈な毎日を送っていました。1日中テレビを観るだけで、とても1日が長く感じたそうです。そんな中でOriHime eyeと出会い、その方はパソコンで絵を描けるようになりました。それからは1日がすごく短く感じられるようになり、「時間が足りなくて困っている」とおっしゃっていたのがとても印象的でした。

体に障害があって今まで働いたことがなかったけど、OriHime-Dを使って初めて働くことができたという方もいらっしゃいました。その方は「働いて得たお金で、家族にプレゼントを買ってあげたいんだ。これで家族に恩返しができるぞ」と喜んでらっしゃいました。

今ではOriHime-Dのパイロットの方々によるコミュニティもできていて、それぞれの病院や自宅にいながらOriHime-Dで集い、まさにバイト仲間のように親密なコミュニケーションを取られています。「それがとても楽しく、新しい世界が広がりました」とおっしゃっていました。

 

大手企業がパイロットを受付担当に採用

 
──パイロットの方々は現在、何人くらいいますか。

今は30人くらいで、近いうちに100人くらいまで増やしたいと考えています。ただ、私たちの目標はそこではありません。このような「働きたくても働けない人が、ツールを使って働くことができる」という事例を広く知っていただくことで、企業さまがそうした方々を積極的に雇用する社会にすることが目標です。

既にそうした事例もいくつか挙がっていて、先日はNTTさまがOriHime-Dのパイロットを受付として雇用すると発表しました。私たちがパイロットを人材紹介する形ですね。また、チーズケーキの販売員としてパイロットを雇用してくださった企業さまもありました。
こうした事例を100、1000とどんどん増やしていきたいです。

 
──10年後、20年後は、そうしたことがあたりまえになっていると思いますか?

そうですね、10年経てば、本当に普通になっていると思います。特にこうした分身ロボットは使い方が難しいわけではないので、社会がそれを普通だと思うかどうかがカギになってきます。そう考えると、スマホが普及した時と同じように、最初は少しずつでも広まり出したら加速度的に広まっていくというような曲線を描くのではないかと考えています。10年後には分身ロボットを操縦してデスクワークをしたり、食べ物や飲み物をサーブするといった光景が、本当に街中で見られるようになっているのではないでしょうか。

さらに20年後にはもう一歩進み、自分が操作するロボットで自分の体を介護できたり、自分の車椅子を押せたり、というところまでいっていてほしいですね。

 

「寄り添って、生み出す力」が大きな強み

 
──オリィ研究所は、こうした“未来”といえるような先進的ビジョンを、なぜ実現できているのでしょう。オリィの強みとはなんですか?

言葉にするのは難しいですが、一つは本当に使ってもらえるようなものを見据えながらプロトタイプをどんどん出していき、使えるものだけをどんどん発展させていけること。そのサイクルの速さが私たちの強みだと思います。正直、技術面だけでいうと、資金力のある大企業であれば似たようなことができると思うんです。

だからこそ私たちは技術を突き詰めるというより、もっとパイロットさんや私たちの友人に寄り添い、すごい技術じゃなくてもいいから「これが欲しかった」とか「まさにこういう機能をプラスしてもらいたかった」と言われるものを生み出していきたい。彼らの欲しいものをどんどん見つけて開発・改良していく。そのサイクルのスピード感と、ニーズを吸い上げられる環境は、他社さんには負けないと思っています。

もう一つは、吉藤や会社のチームとしての提案力です。ユーザーさんに「何が欲しいですか?」と聞いても、これが欲しいと言える方は多くありません。もし言ってくださっても、既にあったり、作れなかったり、実際はそこまで欲しくなかったりすることが多いのです。

でも彼らと間近で接し、会話をし、時に「何に困っているのですか?」と聞くことで、困りごとを吸い上げることができます。そこから「こうしたらかっこよく、楽しく解決できるのでは?」というビジョンやアイデアを提案できることが、弊社の強みだと思います。

 
──社内メンバーの役割はどんなバランスですか。

CEOの吉藤はものづくりの天才で、“いけいけゴーゴー”な直感型の人だと思います。CTOの椎葉は三度の飯よりプログラミングが好きという人で、非常に論理的な志向の持ち主です。だから二人が議論すると、平行線のままのことが少なくありません(笑)。私はその中間地点にいるような存在だと、自分では思っています。3人とも違うベクトルを向いているために、チームとして釣り合いが取れているのかなと。本当にいいチームだなと思います。

後編では、より結城さんのパーソナルな部分にフォーカスし、彼女がこれまで自分の未来をどう築いてきたかに迫ります。

未来は「エモーション」が切り拓く ~オリィ研究所・結城明姫氏に聞く未来の作り方(後編)

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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SCIENCE SHIFT編集部

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