製薬業界を知る

2019/08/30

製薬業界で自身のキャリアをスタートさせ、今はIT業界でご活躍中の長尾剛司さん。
今回サイエンスシフトでは、そんな長尾さんのキャリアに注目し、学生の皆さん、また製薬業界に身を置く皆さんへの『働き方』のヒントをお伺いしました。
時代やキャリアに合わせた働き方、ニーズの見極め方や、キャリアアップの上で重要視していることなど、包み隠さずお話くださいました。

<長尾さんの記事はこちらから>

 

「さて、困りました。こんな私のキャリアが参考になるのでしょうか。」
サイエンスシフト編集部より依頼を受けたとき、つい本音が出てしまいました。

今まで、自分自身のキャリアについて語る機会などありませんでしたので、戸惑っているというのが正直な気持ちです。いろいろ考えながら転職を繰り返し5社目ですので、良い機会としてとらえ振り返ってみようと思います。

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【略歴】
1994年~2001年(7年間) 第一製薬(現第一三共) 札幌支店MR
2001年~2004年(3年間) 同 札幌支店 営業推進部
2004年~2005年(6か月) 日本調剤 札幌支店 薬局薬剤師
2005年~2013年(8年間) 同  薬剤本部 インテリジェンス部(現日本医薬総合研究所)
2013年~2017年(4年間) IMSジャパン(現IQVIAソリューションズ ジャパン)
2017年~2018年(1年間) 日本IBM ヘルスケア&ライフサイエンス事業部
2018年8月~現在 伊藤忠テクノソリューションズ(CTC) ライフサイエンス事業部
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■まずは25年をふりかえる

私は大学を卒業後、第一製薬(現第一三共)のMRとしてキャリアをスタートさせました。第一製薬では最初の7年間はMRを経験しましたが、4年目ぐらいにもっと広く高い視点でマーケティング業務をしたいと思い始め、異動希望を出して3年ぐらいが経ったとき、営業推進部への異動がかないました。営業推進部での3年間は、製品の市場戦略検討や、MRの施策管理と合わせて営業支援システムの活用企画担当になりました。

いろいろと経験を積むと、自分のやりたいことと、会社が自分に求めていることにギャップが生じるものです。自分のやりたいことが、社内では実現不可能であったため転職することにしました。せっかく取得した薬剤師の資格を使って仕事がしたいと思いはじめたのです。当時、転職するなら35歳上限説がありましたので、残された時間の少ない32歳でした。

薬剤師としての店舗管理の経験を積み、いずれは薬局を開局したいと考えつつも、ジェネリック医薬品を製造販売する部門の立ち上げや、処方データを提供していた日本調剤に興味を持って転職しました。3年ぐらいは薬剤師を経験し、管理薬剤師として店舗管理を行いたかったのですが、たった6か月で新規事業部門へ異動となってしまいました。

この異動となったインテリジェンス部(現日本医薬総合研究所)では、医薬情報サービスを事業として展開しており、私が加入することで3名という小さな組織でしたので、社内ベンチャーのようなものです。第一製薬の営業推進部在籍時に、日本調剤の処方データを扱っていたことから、想定内の異動でもありました。

このインテリジェンス部での仕事は、処方データの面白さを感じるだけでなく、広告媒体サービスや調査・研究サービスの立ち上げにも関わり、ビジネスの面白さも味わうことができました。また創業社長との距離も近く、薬局チェーン本部機能や業界の全体像も見え、経営者の思考や判断も学ぶことができました。スピンオフによって、日本医薬総合研究所の設立も関わりましたが、この日本調剤での経験が、医薬品業界の私を作り上げたといっても過言ではありません。

やはり、いろいろ経験を積むとギャップが生じるものです。日本調剤だけのデータでは、限定された環境下でのデータであって、もっと広くデータを知りたいという衝動にかられ、2013年に医薬データ市場ではガリバーであったIMSジャパン(現IQVIAソリューションズ ジャパン)という医薬情報コンサルティング企業に転職します。ここには日本全国の処方データがあり、さらに拡大させるというミッションがありました。そのために、薬局向けにデータを分析し価値を提供することになり、薬局経営分析や店舗比較が可能となるデータソリューションを企画立案し、2017年にローンチするまでを担当しました。これまでの経験では、処方データ(≒調剤レセプトデータ)を製薬企業向けにデータを分析することしか知らなかったのですが、薬局向けに分析するという過去に事例のないことに取り組みましたし、RWD(Real World Data)のデータベースを構築するという、まったく未経験の領域に飛び込んだことになります。

ここまで来ると、こんな変わった経験を積んでいる人も少ないようで、いわゆるヘッドハンティングのエージェントから声がかかりました。次に転職するならIT業界に深く入りたいと決めていたので、製薬企業や製薬企業周辺のソリューションベンダーからのお誘いはお断りし、日本IBMからのお誘いは即決でした。日本IBMでは、ライフサイエンス&ヘルスケア領域でWatsonを含むAIの構想策定など行いました。医療周辺データベースを把握していますので、周囲にいるデータサイエンティストたちと、多くの医療データで特徴量を出す議論したり、新規ビジネス開発を模索したりする日々でした。とても面白く、まだこれからというときに、別のエージェントから声をかけられます。今度は、コンサルタントとしてではなく、マネジメントできる人材を探しているとのことでした。

当初はお断りしましたが、他に人材はいないとおだてられ、今にいたります。実際に、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)ライフサイエンス事業部は、製薬企業の研究所周辺の情報システムには30年以上の歴史がありますが、デジタルも含めたヘルスケア領域にはこれから着手するところでした。現在、CTCのポテンシャルを最大限に活かし、製薬企業だけでなく医薬品卸、保険薬局、ドラッグストアなどヘルスケア業界でITによる価値を提供できるようビジネス開発を進めながら、事業部の統括的なマネジメントも行っています。

 

■そもそもキャリアアップなのか

このように振り返ってみると、必ずしもキャリアアップではないと気づかされました。第一製薬から日本調剤への転職では、年収がダウンしたこともありましたし、日本調剤社内の異動でメンバーが3名しかいない小さな社内ベンチャー組織でしたし、当時33歳にもかかわらず大ベテラン2名がいる中の一番下の若手でした。

ただ、面白いことを仕事にしていたということは言えます。日本調剤は、多くの保険薬局を管理/運営するのが主な事業領域です。その事業の中で、日次で蓄積されていくデータに着目し、調剤報酬請求が主目的であるレセプトデータを加工し、医療安全や医療経済的な観点での処方分析などを行っていました。医療業界の中で唯一、株式会社として認められた保険薬局でしたので、一般的な企業と同様に株主を含めたステークホルダーに貢献しなければなりませんし、創業社長ならではのフロンティアスピリットにあふれていた環境が良かったのかもしれません。

日本調剤の次のキャリアであるIMSジャパンでは、「広さ」を求めたことになりますし、日本IBMでは「深さ」を求めたことになります。ですから、つねにキャリアアップを目指していたわけではありません。わかりやすくいえば、「面白いことがしたい」それだけです。コンサルタント業界であれば、「UP or OUT」(昇進できなければ退職する)という厳しい言葉も存在します。しかし、OUTに込められた意味はネガティブなものではなく、今まで積み上げた経験で、面白いことをやるから外に出るというポジティブな意味であるとも感じます。

社会人として30年以上の人生を面白く過ごすには、まず一歩を踏み出すことの重要性を感じます。できるかどうかはわからないけど、「なんとなくやってみたい」とか、「なんとかなるさ」という気持ちで取り組む姿勢です。これが一般的に「適応する」ということかもしれません。また入社したあとも、自己研鑽を積む必要があると思います。自らを成長させ、どのような事業環境になっても、そのまま残る人材になるか、いつでも転職できる態勢づくりです。私の場合、転職を繰り返し5社目にして統括的なマネジメントも行うことになり、ようやくキャリアアップなのかもしれません。このように考えると、キャリアは「前進させる」という考え方が良いと思います。表現するならば、キャリアフロントや、キャリアフォワードとでもなるのでしょうか。

企業環境にとっても、自分にとっても、未来は予測不可能です。重要なのは、1.変化を感じ取り、2.自分自身も成長させ、3.タイミングを逃さず波に乗ることかと考えています。

 

■変化を感じ取るには

新入社員で北海道帯広地区のMRとして最初の3年間ぐらいは、会社から与えられる情報のまま、一直線にMR活動を楽しんでいました。ちょうど第一製薬では、クラビットという抗菌薬が新発売された時期とも重なり、新規採用と処方実績の拡大で好調でもあった時期に、私も好調の波に乗っていました。しかし1998年ごろ、参加予定であった入社3年次の人事研修が中止になったり、会社全体の業績悪化で非常事態宣言が社内で発出されたり、よくわからない変化が訪れました。そのころ、新聞さえも読まない若者でしたので、最低限の情報収集はしたほうが良いと思い、新聞だけでなく業界紙も読むようになりました。

1998年ごろ何が起きたかといいますと、消費税率引き上げ、患者の自己負担割合の増加、3年連続の薬価改定(引き下げ)があったのです。社会全体の変化に加えて、医療制度の変化、医薬品業界の変化も起きていたことに危機感を持ち、もっと広い視野が必要と感じ異動を希望します。異動希望してから3年経過し、ようやく営業推進部への異動がかないました。営業推進部では、本社の情報が集まる部門でしたし、MRが報告する情報も集まる部門でした。また、電車通勤も始まりましたので、通勤時間を無駄にしないために読書習慣も始めました。

今でも反省していますが、若いころは視野が狭いことに加え、組織内でも最下位に位置していることも多く、待っているだけでは与えられる情報はとても限定的になってしまいます。自ら能動的に情報を取りにいかなければならないと痛感していますし、社内情報だけでなく、外部環境の情報もどんどん過ぎ去っていきますので、つねに情報を更新し続ける必要性を感じます。

外部環境の情報を収集していると、2004年ごろから本格的なジェネリック医薬品の時代が到来したのだと実感し、転職を決意しました。薬局薬剤師は、処方せんどおりに調剤する時代から、医薬品を選択する時代になると考え、処方データを分析している日本調剤に興味を持ちました。日本調剤では、まさに情報を扱うインテリジェンス部でしたし、創業社長との距離も近かったことから業界内のあらゆる情報が入るようになりました。

「よくわかる医薬品業界」を執筆する機会をいただけたのも、製薬企業在籍時の業界視点と、保険薬局での業界視点では、大きなギャップがあったことからブログで情報発信していたからです。モノとしての医薬品では、製薬企業は川上に位置しますが、保険薬局は川下かもしれません。しかし、医薬品の消費者の情報となると、保険薬局が川上に位置し、製薬企業は川下に位置します。この大きなギャップに気づいたとき、視野が広がりました。

2013年ごろには、人が扱う情報量が増え「ビッグデータ」と呼ばれる時代になりました。日本調剤のデータだけでは、バイアスがかかっている状態であるし、もっと広く、大きな情報を扱いたくなり、IMSジャパンに転職します。さらに、ビッグデータを扱うことで、そのデータをどのように活用するか、どのような価値を出すかに興味を持つようになり、2016年ごろにはヘルスケア領域での人工知能(AI)ブームが到来していたこともあり、IBM Watsonに憧れも抱くようになっていました。

このように、つねに情報を収集しつづけることで、変化に敏感に反応できるようになるのではないでしょうか。

 

■自分自身を成長させるには

過ぎ去っていく情報に敏感に反応するためには、その情報に興味を持ち、深く考える必要があります。そのためには、まずはその情報を謙虚に受け止めることがスタートラインかもしれません。固定観念や先入観があると、その情報の価値がわからずに見過ごしてしまいますし、人は慣れが生じると「慣性の法則」が働き、そのまま維持するのが安泰だと思いますので、とても楽に過ごしたくなるものです。新しいことを拒絶したり、新しいことに不安を感じたりしますが、そこで止まってしまうとせっかくのチャンスを失ってしまうものです。これがいわゆる「ゆでガエル」状態です。

周囲の変化に気づかないことほど、怖いものはありません。短期的には問題なくても、時間の経過とともに状況は悪化しているかもしれませんし、自分の価値の旬も過ぎ去ってしまうかもしれません。「勝って兜の緒を締めよ」ということわざもあるように、好調の波に乗っているときでも、外部の環境変化の情報を収集し、周囲の声に耳を傾けたいものです。

新聞や業界紙、書籍やインターネットなどの公開情報だけでなく、周囲の人からも情報を得ることを心がけています。公開情報では、ある情報とある情報の間が埋まらないこともあります。その時、その道の専門家や、まったく別の業界の人からの情報で、その行間が埋まることも多いからです。そのためには、自らも仮説を持ち、人にぶつけてみることが必要で、仮説を持つためには、日ごろからの読書や情報収集など、自らの研鑽が欠かせないでしょう。
これらのサイクルがいい循環を生み、自らの成長につながると考えています。そんな私も、まだまだ人生道半ばですし、「ゆでガエル」にならないよう、つねに謙虚に学び続けたいと考えています。

※「ゆでガエル」:ゆでガエル理論のこと。ゆっくりと進行する危機や環境変化に対応することの大切さ、難しさを戒めるたとえ話の一種。

 

■タイミングを逃さず波に乗るには

実は、これが一番難しいと感じます。その時の状況が好調ですと安泰と思いますし、何かおかしいと思った時には、「時すでに遅し」ということもあります。そのためには、何らかの兆候を感じたら、立ち止まり、方向転換する必要があると考えています。兆候を感じるためには、自分のキャリアを公開することをお勧めします。社内への公開場所は人事部などがあるとしても、社外へはLinkedInなどで、自らのキャリアを公開すると、必要に応じて社外からの市場価値をはかることができます。

自分の価値は、意外に自分ではわからないものです。たいてい、自己評価と市場価値はマッチせず、自己評価は高いけど市場価値が低かったり、自己評価は低いけど市場価値が高かったりするケースも多くあります。

自己評価と市場価値がバランスしてピッタリ合っているなら、最適な選択肢は現状維持と考えます。自己評価が高いけど、市場価値が低い場合、たいてい社内の価値基準になっているので、社外価値基準で自分をはかること、すなわち転職するという選択肢になると思います。

一方、謙遜していることも含み自己評価は低いけど、市場価値が高い場合、社内の価値基準であれば必要とされる部門への異動や、上位職への昇格があります。このようなケースでは、この良い波に乗っていくことが最適な選択だと思います。また、社内価値に比べさらに社外価値が高い場合もあります。この場合、自分では気づかないですが、いわゆるヘッドハンティングを受けることにつながるかもしれません。

その社外からのオファーを受けるか、断るかは選択です。社外に出てチャレンジするという選択をするなら、社内に残るという選択は捨てることになりますし、社内に残るという選択をするなら、転職するという選択は捨てることになります。いずれにせよ、一歩を踏み出し、変化に適応し、取捨選択の連続であると考えています。

自らの判断で、同じ会社で長年勤めるか、勢いのある企業を渡り歩くか、自ら起業するなどして、振り返ってみて「いい人生だったな」と思えるようになれば、幸せではないでしょうか。

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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長尾 剛司

伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)ライフサイエンス事業部所属。 1972年生まれ、薬剤師、北里大学薬友会理事。 北里大学薬学部卒業後、第一製薬(現第一三共)入社。 MRを経て、マーケティング企画業務部門にて市場分析、販売促進、施策管理に従事。日本調剤へ転じ、処方せんデータ分析による医薬品の効果的な薬物療法推進や、QOL向上など調査・研究事業にかかわった。 その後、医薬情報コンサルティング企業であるIMSジャパン(現IQVIAソリューションズ ジャパン)にて、医療関連データの新規事業開発を担当し、薬局管理支援システムをローンチさせた。日本IBMへ転じ、ヘルスケア&ライフサイエンス事業部のシニア・マネージング・コンサルタントとしてデータアナリティクスや、AI構想策定支援などにかかわった。2018年8月より、現在のCTC ライフサイエンス事業部において、新規事業開発を含めた統括的なマネジメントを行っている。 また、学生向けの就職活動の業界研究講演や、業界エキスパートとしてアドバイスも行い、医薬品業界への橋渡しをしている。 著書:「よくわかる医薬品業界」(日本実業出版社)

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