製薬業界を知る

2019/07/30

製薬業界の「業界研究」でもおなじみの長尾剛司さんに、前回に引き続き、製薬業界への率直な疑問、質問を長尾さんにご回答いただきました。薬学部から製薬会社、そして今はITと、医薬品業界を冷静に見つめながら活躍し続けてきた、その道のプロの普段聞くことの出来ない話は必見です。

<長尾さんの記事はこちらから>

前回までの記事はこちらから
シリーズ「長尾剛司さんに聞く 製薬業界への就職・キャリアを考えるためのQ&A」Vol.1

 

Q.ベンチャー企業に行くか、名の知れた製薬会社にするか迷っています。長尾さんならどちらを選びますか?

長尾さん回答:
今となっては笑い話ですが、私が就活していた25年前、父親に忠告されたことがあります。
「カタカナの名前の会社はやめておけ」
父親の忠告に従い、「第一製薬」を選んだわけではありませんが、確かにこの時代はカタカナの名前の会社は少なかったことを覚えています。薬学部出身なので、医薬品業界しか見ていなかったこともありますが、当時は外資系企業も少なかったですし、業界売上高上位には、漢字名の会社が並んでいた記憶もあります。

この25年の間、業界内では外資系企業の買収・合併をはじめ、内資系企業の買収・合併など、多くのことが起こりました。私が入社した第一製薬も、三共と合併し、第一三共になりました。入社したときには、考えられないことが起こったことになります。

他の業界を見渡すと、25年前にはGoogle、Amazon、Facebook、Appleなど、今では大きな企業となり、GAFAとして影響力が強大になっている企業が、存在さえしなかったのです。楽天でさえベンチャーとして名乗りをあげた1997年当時、世の中ではインターネットで商品を購入するという習慣がなかったため、酷評されていたことを覚えています。今ではどうでしょう。旧来からある企業を買収し、大きく存在感のある企業になりました。

私自身も第一製薬という製薬企業をキャリアのスタートとしましたが、日本調剤という薬局チェーンに転職し、IMSジャパン(現IQVIAソリューションズ ジャパン)という医薬情報コンサルティング企業、日本IBMというIT企業を経由して、現在は伊藤忠テクノソリューションズというIT企業にいます。社会人経験25年の間に転職を重ね、企業数では5社目です。25年前には、想像できなかった自分がここにいます。

社会人キャリアの最初は、ベンチャーであろうと、名の知れた企業だろうと、どちらでもいいと思います。企業環境にとっても、自分にとっても、未来は予測不能です。重要なのは、業界の変化を感じ取り、自分自身も成長させ、タイミングを逃さず、波に乗ることかと考えています。

 

Q.自分は特に優秀でも意識高くもない、ごくごく平凡な学生です。製薬業界もいろいろ大変そうですが、この業界に就職して、やっていけるでしょうか?

長尾さん回答:
私より優秀な学生さんのようですね。
恥ずかしい話ですが、私は卒業試験の再試験でようやく合格でき、卒業できた学生でした。平凡どころか底辺に位置していたことになります。そんな学生時代でしたので、現役合格が80%以上の薬剤師国家試験は3回も受験し、ようやく合格したぐらいのひどさです。

こんなくすぶっていた学生を採用してくれた第一製薬には、多くの成長の機会を与えてくれたので感謝しかありません。もちろん、この成長の裏側には苦労もありましたし、逃げ出したくなることもありました。いろいろと経験を積むと、自分のやりたいことと、会社が自分に求めていることにギャップが生じるものです。そのギャップが生じたとき、希望して社内異動することも可能でしょう。

私の場合、MRを経験してみて、もっと広く高い視点でマーケティング業務をしたいと思い始め、異動希望を出して3年ぐらいが経ったとき、企画系業務への異動がかないました。ここで3年間の経験を積むわけですが、成長にともない再びギャップを感じ始め、自分のやりたいことが社内では実現不可能であったため転職することにしました。せっかく合格した薬剤師の資格を使って仕事がしたいと思いはじめたのです。当時、転職するなら35歳上限説がありましたので、残された時間の少ない32歳でした。

日本調剤を選んだ理由も、ジェネリック医薬品を製造販売する部門を立ち上げると知ったからです。薬局チェーンが製薬企業を持つなんて、世界を見渡しても日本調剤ぐらいではないでしょうか。とても興味深い戦略に魅了され、まずは薬剤師として店舗勤務を希望しました。しかし、薬剤師としての店舗勤務もたった6か月で、本社の新規事業部門に異動となります。この新規事業部門での経験が、今の私を作り上げたといっても過言ではありません。

このように自分を振り返ってみると、まず一歩を踏み出すことの重要性を感じます。できるかどうかはわからないけど、「なんとなくやってみたい」とか、「なんとかなるさ」という気持ちで取り組み、成長に苦労はともなうかもしれませんが、なんとかなるものです。

 

Q.自分は、何か新しいことをして、今までにない形で世の中の役立ちたいと考えています。漠然としていますが……。製薬業界でそんなことをできるでしょうか。そういうのが難しい、お堅い業界でしょうか?

長尾さん回答:
実は、私自身も近いことを考えています。
現在は、IT業界に身を置く立場ですが、製薬企業の業務を理解しているIT企業は少ないですし、製薬企業側もITで何ができるか模索しているように見えます。その間を取り持つのが私の役割です。

現在の医薬品は、化学物質を起源とした薬で成り立っています。体内に投与し、なんらかの変化を起こさせ作用を発揮し、疾患の治療や症状の改善につなげています。治療効果を高める目的や、患者さんの罹患する疾患も複数になると併用薬も増えます。しかし、併用薬が増えることで新たなリスクも増えることから、最近では「ポリファーマシー」として多剤併用を抑制する方向にあります。

医薬品の使用量が減るということは、企業として売上が減少していくこと、つまり業界的に医薬品市場が縮小する可能性も考えられます。一方で、製薬企業として企業価値を高めなければならないため、戦略的に新しい何かをやらなければならないはずです。

ここであらためて、医薬品が持つ価値を考える必要があると考えています。右の図のように製薬企業が生み出す医薬品は、化学工業として医療サービスにかかわるモノづくりです。モノとしての医薬品が、医療サービスの中で届けている価値とは「疾患の治療、症状の改善」です。医療サービスの中では医療機器も、最近増えてきているデジタル/ITも、医薬品と同列に「疾患の治療、症状の改善」ソリューションの一つにすぎません。

医薬品市場が縮小する可能性がある中、製薬企業にとって医療サービスの中で強みを発揮するためには、医療機器やデジタル/ITを含むヘルスケア業界を取り込むことも視野に入ってくると思われます。となると、会社名から「製薬」がなくなる日も来るかもしれないと考えています。他の業界事例には、アサヒシューズ(旧:日本足袋株式会社)や富士フイルム(旧:富士写真フイルム)のように、足袋も写真も社名から外れています。

もし、何か新しいことをして、今までにない形で取り組んでも、努力が報われなかったら、その会社には見切りをつけ、必要とされるところへ転職すればいいと考えています。

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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長尾 剛司

伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)ライフサイエンス事業部所属。 1972年生まれ、薬剤師、北里大学薬友会理事。 北里大学薬学部卒業後、第一製薬(現第一三共)入社。 MRを経て、マーケティング企画業務部門にて市場分析、販売促進、施策管理に従事。日本調剤へ転じ、処方せんデータ分析による医薬品の効果的な薬物療法推進や、QOL向上など調査・研究事業にかかわった。 その後、医薬情報コンサルティング企業であるIMSジャパン(現IQVIAソリューションズ ジャパン)にて、医療関連データの新規事業開発を担当し、薬局管理支援システムをローンチさせた。日本IBMへ転じ、ヘルスケア&ライフサイエンス事業部のシニア・マネージング・コンサルタントとしてデータアナリティクスや、AI構想策定支援などにかかわった。2018年8月より、現在のCTC ライフサイエンス事業部において、新規事業開発を含めた統括的なマネジメントを行っている。 また、学生向けの就職活動の業界研究講演や、業界エキスパートとしてアドバイスも行い、医薬品業界への橋渡しをしている。 著書:「よくわかる医薬品業界」(日本実業出版社)

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