製薬業界を知る

2019/05/28

「世界史を変えた新素材」や「すごい分子~世界は六角形でできている」など、最新の著書も大人気のサイエンスライター、佐藤健太郎さんが、サイエンスシフトに戻ってきてくれました!

みなさん、サイエンスシフトで過去に連載されていた佐藤健太郎さんの記事はすでにチェック済みでしょうか。製薬企業の研究職という困難な仕事の「リアル」がわかる、貴重な連載記事です。製薬業界を目指す方にとって、とても参考になる内容になっています。まだ読んでいないという方は、下記のリンクから読んで、製薬業界の知見を増やしていただければと思います。以前読んだ方もこの機会にぜひ二度三度読み直してみてはいかがでしょうか。

<佐藤健太郎さんの記事はこちらから>

さて、今回の連載は、前回とは少し違う角度で。テーマは、知的能力、研究能力を高めるための「土台作り」と言える、読書。研究や化学の仕事で成果を出すのに役立つ本をピックアップ&解説していただきました。

初回となる今回は、「新薬の狩人たち 成功率0.1%の探求」をご紹介いただきます。

 

書籍紹介

新薬の狩人たち 成功率0.1%の探求

「新薬の狩人たち 成功率0.1%の探求」

著:ドナルド・R・キルシュ / オギ・オーガス

訳:寺町朋子

出版社:早川書房

 
<詳細はこちら>

 

製薬業界を目指すみなさんは、当然この業界についてできる限りのことを知りたいと思っていることでしょう。しかし書店を見ても、製薬業界に関する書籍はあまり見かけないのが実情です。もちろん就職対策の業界研究本などはありますが、たとえば研究部門はどのような仕事をしていて、どうすれば結果が出るものなのか、研究所の内情はどうなのか、なかなか想像がつきにくいのではと思います。

医薬自体についても、週刊誌の記事や書籍はたくさん出ているものの、そもそも医薬は体のどこにどう作用するのか、なぜ副作用はあるのか、どうやって医薬は創り出されているのか、医薬にはどのような規制がかけられているのか、その規制はなぜどのようにできたのか――こうした疑問に答えてくれる本には、なかなか巡り会えません。

今回紹介する「新薬の狩人たち」(ドナルド・R・キルシュ、オギ・オーガス著、早川書房)は、新薬を探し求める人々、すなわち「ドラッグハンター」たちの歩んできた歴史を描いた本です。新薬求める人々の事績を追うことで、現代の医薬とそれを取り巻くシステムがどのように形作られてきたかを、解き明かしていく構成になっています。

著者の一人であるキルシュは、米国の有名製薬企業を35年以上も渡り歩いてきた生化学の研究者であり、彼自身がまさに筋金入りのドラッグハンターです。その彼が、腕利きのサイエンスライターであるオーガスと組み、豊富な資料をもとに書き進めるのですから、これが面白くならないわけがありません。歴史的なことばかりではなく、著者が体験した製薬企業の研究所での裏話も豊富に盛り込まれており、こちらも大いに参考になることでしょう。

 

新薬を探し求める人々の歴史を描き、医薬の誕生秘話を紐解く

本書冒頭に登場するのは、アルプスの氷河に約5300年間眠っていたミイラ「エッツィ」です。新石器時代に生きた彼が、虫下しの薬として乾燥キノコを持ち歩いていたという事実は、医薬がいかに古くから用いられていたか、古代の人々にとっていかに重要なものであったかを、雄弁に物語っています。

吸入麻酔薬エーテル、梅毒治療薬サルバルサン、合成抗菌剤プロントジルなど、ランドマークとなった医薬の誕生秘話が次々と語られてゆきますが、本書の白眉といえるのはアスピリンの章でしょう。19世紀末にバイエル社から発売されて以来、現代でも売れ続けるベストセラー薬ですが、その誕生はドラマに満ちています。

アスピリンは、植物から得られる化合物(サリチル酸)に、化学合成の手法でアセチル基を取り付けることで合成されますが、このときに全く同じ方法で生み出された「医薬」がありました。モルヒネをアセチル化して合成された「医薬」――すなわちヘロインです。バイエル社は両者を天秤にかけ、なんとヘロインを「バイエルの未来を支える新薬」と見て先に発売しようとします。しかしアスピリンの開発に携わった研究者アルトゥル・アイヒェングリュンは、こちらこそが真に有望な新薬という信念のもと、上層部に無断で臨床試験を行なうという恐ろしく思い切った決断を下したのです。現在、年間3万トン以上が生産される「医薬の王様」は、こうして誕生しました。

しかしアイヒェングリュンの名は、現在ほとんど医薬の歴史の本にも登場しません。ユダヤ人であった彼の功績は、後にナチスによって隠蔽され、リウマチに悩む父のためにアスピリンを開発したという、フェリックス・ホフマンの孝行物語が宣伝されてしまったのだ、といいます。この事実を発掘しただけでも、著者の功績は大きいといえるでしょう。

その他、第6章では史上初の大規模な薬害事件が取り上げられています。100人以上の犠牲者を出したのは、医薬そのものではなく添加剤として加えられた物質(ジエチレングリコール)でした。医薬品に対する厳しい規制のきっかけとなった本件から学ぶところは多く、一読に値します。

 

医薬を創るのに必要な4つの「G」

本書で著者が一貫して訴えるのは、「医薬を創る」という事業に立ちはだかる、途方もない困難です。近代的創薬の始祖といえるパウル・エールリッヒは、新薬創出には「4つのG」が必要だとして、「Geld(金)、Geduld(忍耐)、Geschick(創意工夫)、そしてGlück(幸運)」を挙げています。これは100年以上を経た今も、全く変わりありません。

創薬という営みに立ちはだかる困難、画期的新薬のもたらす大きな影響などなど、多くを学ぶことができる好著です。医薬研究者を目指すみなさんに、ぜひ手にとっていただきたい一冊です。

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

リンク

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佐藤 健太郎

1970(昭和45)年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院卒業後、国内製薬メーカー研究職として勤める傍ら、有機化学について広く世間に興味を持ってもらいたいとの思いから1998年にウェブサイト『有機化学美術館』を開設。2007年末、ライターとしての活動に専念するため勤めていた企業を退職。2009年から2012年4月まで東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教。現在、化学・医薬を専門分野とするフリーサイエンスライターとして活動中。著書に『医薬品クライシス 78兆円市場の激震』 新潮社(2010年)、『世界史を変えた薬』 講談社(2015年)、『医薬品とノーベル賞 がん治療薬は受賞できるのか?』 角川新書(2016年)、他多数。

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