製薬業界を知る

2019/05/30

大人気のサイエンスライター、佐藤健太郎さんに、知的能力、研究能力を高めるのに役立つ本を紹介してもらうシリーズ3回目は、かわいい見た目の、でもハードな1冊。

「カリカリベーコンはどうして美味しいにおいなの? 食べ物・飲み物にまつわるカガクのギモン」をご紹介いただきます。

 

書籍紹介

カリカリベーコンはどうして美味しいにおいなの?

「カリカリベーコンはどうして美味しいにおいなの? 食べ物・飲み物にまつわるカガクのギモン」

著:ANDY BRUNNING

訳:高橋秀依+夏苅英昭

出版社:化学同人

 
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研究者にインスピレーションを与えるのは、何も論文や専門書ばかりではありません。専門とする分野以外の書籍から、何かを得ることは少なくないと思います。かといって、さすがに全く無関係のジャンルの本にヒントが眠っていることはそうめったにないでしょうから、隣接分野の本に目を通してみることが、筆者のおすすめです。ただし、いきなり他分野の専門書は難しいので、まずは一般向けの本から入ってみる方がとっつきやすいのではと思います。

 

絵本のような装丁、内容は多岐に渡っていて奥深い書籍

ここで紹介する「カリカリベーコンはどうして美味しいにおいなの?」は、毎日飲食している各種の食品に含まれる成分を構造式入りで取り上げ、その作用を紹介する本です。正方形に近い形の本でフルカラー印刷という、誰でも手に取りやすい作りになっています。こうしたデザインとタイトルなので、一見子供向けの本なのかと思ってしまいそうですが、開いてみると内容は意外にハードです。

見開き2ページの左側に、食品の写真とそこに含まれる化合物の構造式、右側にコンパクトな解説文という構成になっています。酒やお菓子の香り成分、キノコに含まれる毒、ゼリーやジャムが固まる理由など、話題は多岐にわたります。

医薬研究者に、味やにおいの話が何の役に立つのかといわれそうですが、人体の受容体タンパク質に化合物が結合することで、生理作用が引き起こされるという意味では、医薬と味覚・嗅覚は全く同じことです。化合物の構造と、その作用に関するセンスを磨いておくことは、メディシナルケミストのみならず、多くの医薬研究者にとって役立つものと思います。

また、アミノ酸のチロシンから作られるドーパミンやアドレナリン、トリプトファンから作られるセロトニンなどのホルモンのように、医薬品に深い関わりのある成分も数多く登場します。グレープフルーツジュースは、医薬の代謝分解を妨げるため、医薬といっしょに飲んではいけないというような話にも、詳しい解説があります(一度グレープフルーツを摂取すると、代謝酵素阻害効果が完全に消えるまで、約72時間もかかるそうです)。薬学部出身でない方には、こうした生体分子になじみのない方も多いと思いますので、参考になることが多くあるのではと思います。

もちろん、研究の役に立つという視点を離れて、単純に科学読み物として読んでも面白い本です。わさびに含まれる辛味成分のイソシアナート類は、炭素鎖の長さが6のものは新鮮な辛味を、7のものは甘みを、8のものは弱い辛味を感じさせるとか、ある種の化合物は、7割の人は味を感じないのに、3割は強い苦味を感じるといった話が満載です。筆者は商売柄、この手の話をよく知っている方と思っていたのですが、この本はまさに知らぬことだらけでした。一読すれば、仕入れたネタを誰かに話してみたくなること請け合いです。

 

論文発表の参考にも

この本のもとになったのは、著者Andy Brunningの運営する化学系ブログ「Compound interest」です(https://www.compoundchem.com/)。内容をシンプルな配色の画像にまとめたインフォグラフィックと、短い解説文から成っています。こうした技法も、論文や学会発表の参考になるのではと思います。

「カリカリベーコン~」の本には食品に関する化合物がまとめられていますが、ウェブサイトの方には環境化学や犯罪捜査に関する化学、スポーツや周期表、ノーベル賞に関する話題など、極めて幅広い化合物が取り上げられています。医薬化学に関する解説ももちろんあり、いずれも一見の価値ありです。

著者のBrunningはツイッターやフェイスブックでも情報を発信しており、フォローしておけば日々新しい化合物の情報が入ってきます。研究者としての成長のため、論文誌のチェックなどはもちろん必要ですが、こうした情報に接することもまた、自分の幅を広げる一助になるのではと思います。

リンク

・シリーズ:「新薬の狩人たち 成功率0.1%の探求」|佐藤健太郎さんお勧め!製薬/化学の読んでおきたい本
・シリーズ:「化学者たちの感動の瞬間」「企業研究者たちの感動の瞬間」|佐藤健太郎さんお勧め!製薬/化学の読んでおきたい本

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佐藤 健太郎

1970(昭和45)年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院卒業後、国内製薬メーカー研究職として勤める傍ら、有機化学について広く世間に興味を持ってもらいたいとの思いから1998年にウェブサイト『有機化学美術館』を開設。2007年末、ライターとしての活動に専念するため勤めていた企業を退職。2009年から2012年4月まで東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教。現在、化学・医薬を専門分野とするフリーサイエンスライターとして活動中。著書に『医薬品クライシス 78兆円市場の激震』 新潮社(2010年)、『世界史を変えた薬』 講談社(2015年)、『医薬品とノーベル賞 がん治療薬は受賞できるのか?』 角川新書(2016年)、他多数。

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