製薬業界を知る

2019/01/29

2025年問題を控え様々な問題が噴出している日本の医療業界。少子高齢化、医療費の高騰、人材不足などネガティブな言葉がメディアを飛び交うなか、逆にそれは課題解決力が求められ、やりがいにあふれたチャレンジングな業界ともとらえられます。今回は現役医師で医療ジャーナリストでもある松村むつみ氏に、医療業界の現状と課題、そして未来像について教えていただきます。

わたしが医師を目指したのは、「医学を修めれば、多少なりとも世界の真実がわかるのではないだろうか」と、中学や高校の頃に思ったからです。もともと哲学書などを読むのが好きだったので、この世界に「ほんとうのこと」があるのだとしたら、是非知りたい。そのような知的好奇心がありました。しかし、なってみて思うのは、良くも悪くも、医師というのはあまり知的な職業ではないかもしれない、ということです。知力よりも体力のほうが必要とされる場面も多々あります。

 

医療業界とは

医療業界は、これまではやや特殊な業界だったといっても過言ではありません。他の業界の常識は医療業界の非常識のようなところがありましたし、医師のキャリアと深くかかわってくる「医局講座制」(※1)のような制度は他の業界にはありません。わたしは、親や親戚に医師がひとりもいないので、医療業界に足を踏み入れてみてその特殊な文化に驚きました。しかし最近は、医師の「労働」に対する考え方の変化や、研修医が自由に研修先を選べるようになったこと(2004年新臨床研修制度施行)により、だんだん特殊な文化が薄れ、今後もその傾向は続くように思います。

こうした医療業界が働く場所としてどのような業界なのか、市場動向や傾向から見ていきましょう。

※1:医局講座制
大学病院には診療科ごとに「医局」と呼ばれる組織、そして教育研究を行う大学医学部には「講座」という組織がそれぞれあり、国内の大学のほとんどは講座のトップである教授が診療科のトップも兼ねることが多いため、権力が集中しやすいといわれています。

近い将来、医療が日本経済を左右する重要産業に

(単位:万人)
出典:「平成27年 労働力需給の推計」独立行政法人労働政策研究・研修機構

このグラフは産業別就業者数の推移を表したグラフです。高齢化の進展で医療者は増え続け、2030年には、製造業、卸売・小売業を抜いて、医療・介護の就業者数がトップ。医療が、日本経済を左右する重要な産業になることが見込まれています。4大産業の中で唯一安定した右肩上がりの成長を見せていますが、景気の影響を受けにくい安定した業界と安穏としてはいられません。今後少子高齢化が進むことで起こる2025年問題に代表されるように日本の医療業界は過渡期に来ています。そのなかでこれから社会に出る皆さんに何ができるのか、なにがしたいのか、しっかりと見極めてみてください。

 

医療業界で働く人々

医療業界では、医師以外にもさまざまな人が関わっています。また医師にもいろいろな種類があり、一般によく知られている内科医、外科医、眼科医、整形外科医などのほかに、普段は患者さんに会うことなく裏方のように病院内で診断に携わる医師もいます。病理医や放射線科診断医がそれにあたり、わたしも放射線診断に日々携わりCTやMRI、PETなどで病気の診断を日々行っています。また、医師以外の、看護師、薬剤師、放射線技師、検査技師、理学療法士、作業療法士といった人々は「コメディカル」とよばれ、医師とこれら各々の職種が協力・連携して患者さんの診療に当たっています。

また病院関係者だけでなく医療業界に関連する職種まで視野を広げると、その活躍フィールドは広がります。

代表的なもののひとつが医療機器業界です。医療機器は大きく二つのカテゴリーに分類され、病気やケガの治療に使用される「治療系医療機器」。カテーテルやペースメーカー、人工関節などがそれにあたります。もうひとつは治療を行う前のさまざまな診断や測定を行うための「診断系医療機器」。CTやMRI、超音波画像診断装置や内視鏡などがそれにあたります。経済産業省によると市場規模は2015年度で約2.7兆円(※2)。特別大きな市場ではありませんが、常に安定した成長が見込める優良業界です。

次に製薬・医薬品業界。富士経済によると日本の医薬品市場規模/メーカー出荷ベース(※3)は2018年以降、毎年0%台後半から1%台の低成長で推移し、2024年に9兆5528億円になるとの市場予測をまとめました。医薬品は新薬とジェネリックと2つの種類に分かれ、日本ジェネリック製薬協会によるとその割合は数量ベースで、新薬:約31%、ジェネリック:約69%(※4)。国は現在、「2020年度9月末までに、後発医薬品の使用割合を80%とし、できる限り早期に達成できるよう、更なる使用促進策を検討する」(経済財政運営と改革の基本方針2017)と掲げており、ジェネリック医薬品のシェアが拡大していくことが予想されています。

このように医療機器メーカーで機器の開発に携わる。また、製薬・医薬品メーカーでの研究・開発、そしてMRになるなど、医療業界は理系・文系学生の両方に広く扉を開いています。

※2:経済産業省/我が国医療機器産業の現状より
※3:富士経済HP/医療用医薬品 国内市場調査より
※4:日本ジェネリック協会HPより

 

医療が国内の一大産業に

少子高齢化の進む日本。医療費も、近年上昇する傾向にあります。高騰する医療費を今後どのように抑制していくかは喫緊の課題となっていますが、一方で国際的にはヘルスケア市場が拡大を続けており、世界での一大産業となっています。また、日本でも、2016年に日本経済再生本部で定められた「日本再興戦略」において、2013年に国内市場規模が16兆円であったのが、2020年には26兆円に達するであろうとし、また2030年には37兆円に拡大するとされています。国民の健康寿命の延長を目的とするヘルスケア産業は、わが国における成長戦略の柱になると予想され、日本のヘルスケア事業は海外でも市場を拡大していくことが予測されています。

拡大する日本のヘルスケア産業

 

質の高い日本の医療を海外へ売る時代へ

日本の質の高い医療。国内のみではなく海外でも「売る」時代が近い将来やってきます。外国における日本の免許の取り扱いが今後どうなるかにもよりますが、医師や看護師、介護士といった日本の医療、介護職の人々が、アジアを中心とする国外で今よりももっと活躍する時代になっていくかもしれません。現に筆者も、遠隔画像診断を通じて、微力ではありますがアジアの医療に貢献しています。日本の医療を海外に「売る」動きは、日本の病院グループや医療機関経営者においても活発になってきています。

また、ヘルスケア事業の海外市場規模は、医療機器、製薬会社をはじめとした日本企業の海外進出によってもたらされますが、欧米の企業と比較して、日本企業の世界におけるシェアは現在のところ決して高いとはいえないので、それは今後の課題と言えそうです。

 

2025年問題と医療業界をとりまく現状

2025年問題とは、2025年までに団塊の世代が後期高齢者に突入することにより、医療や介護において起こってくるであろう諸問題を指す言葉です。2025年というと、そう遠い未来ではありません。では、具体的に何が起こってくるのでしょうか。

2025年には、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上になると言われています。それに伴い、医療費の高騰が起き、国家財政を逼迫するようになると予測されています。また、高齢者の増加に伴い、入院のベッドや介護施設が足りなくなることが予想され、特にこの傾向は都市部で顕著になります。

高齢者1人を支える国民(生産人口)の割合

また、高齢者の増加、生産年齢人口の減少により、年金が破綻するのではとの恐れもあり、年金の受給年齢は引き上げられ、貧しい高齢者が増加するかもしれません。

国は、医療の提供を、大病院ではなく地域主体で提供するように、「地域包括ケアシステム」の構築を提唱し、現在体制作りが進められています。地域の開業医や介護事業者、市町村が連携しつつ医療、介護を提供する仕組みで、在宅医療も推進されています。しかし、地域や在宅主体で高齢者をケアする仕組みになると、家族の誰かが介護離職するリスクも大きくなっており、現在、介護離職は増えつつあります。現に、わたしの周辺でも、介護離職や、介護による勤務調整をしなければならない人がいます。医療や介護の問題のみではなく、働き方改革ともリンクする包括的な問題といえるでしょう。

また、労働人口の減少もあり、癌になった人や、介護や子育てなどのケア責任のある人々が働き続けられる働き方の構築が急務です。労働で言えば、最近の移民法の改正により、単純労働は移民の方々で置き換えられているかもしれません。現在でも、コンビニでは外国人店員が大半を占めています。

このように書くと、日本の未来は暗いようですが、IT化、自動化を進めることや、教育に力を注ぐことで、やり方によっては今後も成長が見込めると思われます。

 

2025年問題の先にある2040年問題

2025年問題が高齢化にともない起きてくる諸問題であると書きましたが、その先にある2040年問題は、少子化に伴う人口減少が日本を直撃することにより起きる諸問題とされています。2040年には、日本の人口は一億人を割り込み8000万人台になるといわれています。自治体の消滅可能性やインフラや国防が整備できるのかという問題、生産年齢人口の減少による国内産業の衰退などが予測されています。まさに「静かなる有事」「内なる黒船」であり、国家の根幹を脅かしかねない問題となっています。

この時代を生き延びるには、国の形を根本的に変えることが求められるでしょう。右肩上がりの時代に完成された古びたモデルはとっくの昔に賞味期限切れになっています。住む場所も含めたライフスタイルや、いかに最期を迎えるか、といった価値観にいたるまで、大きな転換をしていく必要に迫られ、また、自然に変わっていくことが予想されます。多くの人が、複数の仕事を持ち、生涯働くような働き方が主流になっていくかもしれません。そこには、「老後」という概念は既にないかもしれません。

 

医療業界を志望する人に求められること

AIに「仕事を奪われる」ということもよく話題になる医療業界。手術はロボット化が進み、診断はAIが最適解を提示してくれる。そんな時代になるかも知れません。それを踏まえて、患者さんやコメディカルとのコミュニケーション能力や、諸問題に臨機応変に対応できる柔軟さが必要といわれています。それは医師や看護師だけでなく、医療機器関係者、製薬・医薬品関係者、介護関係者など医療業界に携わるすべての人に求められるスキルです。

また私自身の職種である医師について語ると、これまで一般的な医師は「スペシャリスト」だと思われていましたが、実際は「ジェネラリスト」的な働き方をしていました。医局に命じられて転勤し、人材の足りない病院の穴埋めをし、専門家とはいえないような雑多な仕事をする。専門知識が生かせるのは、ごく一部の病院か、大学病院に戻ったときだけというわけです。

しかしこれからの時代、わたしは医療に関わる人は誰もが本当の「スペシャリスト」であるべきだと思っています。自分の舵取りは自分でやり、人に負けない、専門的な強みを生かしていく必要があります。また、高齢化のすすむ日本では、今までよりも総合診療は重要になっていくと思われ、総合医療の「スペシャリスト」の活躍が求められるようになるかもしれません。柔軟性や先見性を持ちつつも、「誰にも負けない専門性」を兼ね備えた人材が、今後、医療だけに限らず日本の社会で活躍できるのではないかと思っています。

 

医療業界研究、おすすめ書籍

WEBサイトやブログによる業界研究もいいですが、書籍による研究もおすすめです。

若い健康な方々にとって医療業界は普段から慣れ親しんだ業界とは言えないでしょう。また、臨床現場や在宅医療、介護や福祉など、守備範囲が広いだけでなく、難解単語や専門用語が飛び交う少しとっつきにくい業界です。インターネットで流し読みするよりも、書籍をじっくり読み込むことで業界の仕組みやトレンドを把握することが可能です。最近ではマンガを使って分かりやすく解説してくれている書籍もあるので、まずは試しに読んでみてください。それでは医療業界研究におすすめの書籍をご紹介します。

世界一わかりやすい病院・医療業界のしくみとながれ
著者:イノウ
定価:1,404円

病院・医療業界に関する基礎情報を分かりやすく解説。病院・医療業界に携わる人、就職したい人、ビジネスをしたい人必読の書籍。マンガとキャラで難しい医療業界のことを分かりやすく解説してくれます。

最新業界の常識 よくわかる医療業界
著者:川越満・布施泰男
価格:1,512円

業界のしくみやトレンド、就職状況まですべて網羅。不況により各業種の就業者が減るなか医療従事者は年々増加傾向で、関連の製造・卸売・小売業を含めると膨大な数の人がこの業界に従事しています。各職種の仕事内容から就職状況まで就職やビジネスに役立つ情報をお届けします。

 

さいごに

少子高齢化の真っただ中にある日本の中で、今後ますますニーズと関与者が拡大する医療業界。専門性が高く、網羅する分野も広いため決して楽な業界ではありませんが、その分、やりがいと達成感、そしてチャレンジ精神にあふれた業界です。業界の動向や情報を集め、よく調べ、よく知ったうえで、ぜひ志望してみてください。あなたの力を発揮する場所がきっとあります。

医療業界・超入門
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松村むつみ

放射線診断医、医療ジャーナリスト 1977年 愛知県生まれ。2003年名古屋大学医学部医学科卒。国立国際医療研究センターにて初期研修。外科医を経て、2009年 より横浜市立大学にて乳房画像診断、PETを中心に画像診断を習得。大学病院にて助教授を勤め、放射線診断専門医、医学博士を取得。2017年に39歳でフリーランスの画像診断医となり、医師としての診断/研究などの仕事は、旧姓の「則武睦未」の名で行っている。現在は神奈川県内の大学病院や、複数の病院で、乳腺や分子イメージングを中心に画像診断、専門分野の遠隔画像診断を自宅でも行い、国内の遠隔地や海外の画像も読影。企業の研究開発への協力もしている。医師業の傍ら、医療ジャーナリストとして、医療制度やがん、日本の医療の未来を中心とした記事の執筆も行う。プライベートでは、非医療職の夫、2人の子どもがいるワーキングマザー。

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