研究の道を決めた「ユーグレナ」との出会い━━社会を動かすイノベーターたちのプロジェクト Vol.1 株式会社ユーグレナ(前編)
これからの社会では何が求められているのか。どのような知識、スキル、考えかたが必要なのか━━。SCIENCE SHIFTでは、学生の皆さんとともにより良い未来を描くために、考え続けてきました。
もちろん、答えは一つではなく、そのための方法も無限にあるかもしれません。
しかし、答えに近づく一つの手段として、すでに何かを成し遂げつつあるプロジェクト、企業、そこで働くひとたちに聞いてみることは、やはり重要なのではないか?と。
そこで今回、全6回にわたり、社会を動かすイノベーティブな企業やプロジェクトを取材します。
第1回は、「人と地球を健康にする」ことを掲げ、すでにその夢の一部を実現しつつある、株式会社ユーグレナ。その壮大なビジョンに惹かれて入社し、現在研究主任を務める岩田修さんに、研究成果を生み出すまでの道のりについて聞きました。
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「現在担当している仕事は、ミドリムシの「育種」です。わかりやすく別の言葉でいえば、『品種改良』になります。具体的には、ミドリムシから産生する燃料となる『油』の含有量の多いミドリムシを作ることを目的に研究を続けてきました」
そう語るのは、株式会社ユーグレナ中央研究所の研究者、岩田修さんだ。
取材協力:
研究開発部 研究企画開発課 課長 博士(農学)
岩田 修(いわた おさむ)さん
東京大学大学院新領域創成科学科の修士課程を修了後、証券会社に就職し2年間調査業務に従事。その後、東京大学の博士課程に再入学するため退職を決意。博士課程終了後、2013年にユーグレナ社に入社。
岩田さんが研究する微細藻類ユーグレナは、和名「ミドリムシ」と呼ばれている単細胞生物。
「ムシ」と名がついているが、実際はワカメや昆布の仲間である微細藻類だ。体長0.1mm以下のこの小さな生き物は、体内の葉緑体によって植物同様に光合成をしながら、鞭毛を使って動物のように動くことができる「植物と動物のあいだの生物」。
優れた光合成能力によって大気中の二酸化炭素を吸収し、酸素を作り出すとともに、栄養価が高いことから他の微生物やプランクトンなどに食べられることで、約5億年前から地球の環境と生態系を支えてきた。
この微生物ミドリムシの力で、「世界を救う」ことをミッションとしている企業が、株式会社ユーグレナだ。東京大学の研究室から生まれたこのバイオベンチャー企業の設立は2005年。同じ年に、それまで誰もできなかった「ミドリムシの食用屋外大量培養」に世界で初めて成功し、現在は東証一部に上場するまでに成長した。
ミドリムシの力は、確実に社会を動かしつつある
ミドリムシは現在、健康食品や化粧品などの材料に使われており、コンビニの棚などにもミドリムシ入りヨーグルトや飲料が並ぶようになっている。加えて今、大きな期待が寄せられているのが、バイオマス燃料としての用途だ。
ミドリムシから取れる油は、ジェット機の燃料と組成が似ていることから、「日本が長年夢見た国産燃料」になりうるとして注目を集める。ユーグレナ社では現実的な目標として、「2020年にミドリムシ燃料によって飛行機の商業飛行を行う」ことを掲げ、研究開発を進めている。2015年、岩田さんらの研究チームは、「従来より油が多くとれるミドリムシ」の開発に成功するという大きな「成果」を挙げた。
「それまで数年続けてきた研究努力がようやく実り、今までのミドリムシより約4割、油の含有率が高いミドリムシを生み出すことができました。現在は、そのミドリムシ株を研究室内ではなく、屋外で大量培養するための条件を探しているところです」
きっかけは大学近くのラーメン屋
岩田さんはどのようなプロセスを経て、ミドリムシの研究者としての道を歩み始めたのか。岩田さんの東京大学の修士時代の研究テーマは、ミドリムシとは無縁の「血管の細胞」だ。マウスの血管内皮細胞を各臓器から採取し、どのような違いが生まれるかを研究していた。修士を卒業した後は、証券会社に就職し、製薬・バイオ関連企業を対象とした調査業務を担当した。
「しかし、相手先企業の調査をするうちに『調べる側でいるより、自分で研究して新しい何かを生み出すほうが面白そうだな』と思うようになりました。そこで転職することを決めたのですが、研究者としてのバックグラウンドをもっと強化したいと考えたことから、東京大学の博士課程に復学することにしました」
その選択が、ユーグレナへと結びついた。博士課程に在籍中、東京大学の研究室近くにあったラーメン屋に入ったところ、その店でミドリムシを麺に入れた「ミドリラーメン」を販売していたのだ。
「ミドリラーメンとともに、そのラーメン屋にはユーグレナの会社案内も置いてありました。それを見て関心を抱き、会社説明会に足を運びました。今でこそユーグレナの会社説明会は会場も大きいところで行うようになりましたが、当時はまだ社員も40名ぐらいの時代。小さな会議室での説明会で、社長の出雲との距離も近く、とても印象に残っています」
岩田さんはそのとき話を聞いた、ユーグレナ社長の出雲充氏の『ミドリムシで世界を救う』という志と壮大な夢に感銘を受け、入社を決める。
「ミドリムシは食品として優れているのはもちろん、ジェット機をも飛ばせる燃料としての可能性や、化粧品や医薬品、二酸化炭素の削減など、さまざまな活用の方向性があることに魅力を感じたんです」
ゼロから始めた、「ミドリムシの育種」
岩田さんが入社した時点では、ユーグレナ社内にミドリムシの育種を専門とする研究チームは存在しなかった。そのため岩田さんが中心となって3名のチームが編成され、どうすれば効率的にミドリムシの株が育種できるか、実験方法を検討するところから仕事が始まった。
「プロジェクトを任されたときは、先行の研究もなかったため、まったくの手探りで方法を探していきました。育種の第一の目標は、ミドリムシに特異的に含まれる成分の一つ「パラミロン」と呼ばれる食物繊維を多く持つ種を見つけることでした。パラミロンは健康食品の成分としても便通改善に効果が期待されるなど、有効価値が高く、かつユーグレナの油はもともとパラミロンに由来していることもあり、油量の多い株にもつながると考えたのです」
こうしてスタートした岩田さんの研究だが、育種をはじめてすぐに大きな課題に突き当たる。求めるミドリムシを探し当てるには、一匹一匹のミドリムシを観察する必要があるが、社内の研究室にある光学顕微鏡では、一人あたり一時間かけても、数百匹のミドリムシしか観察することができなかったのだ。油量を多く生産するミドリムシを見つけるためには、何百万匹という膨大な数のミドリムシを分析する必要があるため、まったくスピードが足りなかった。
「そこで導入したのが『セルソーター』と呼ばれる機械でした。セルソーターを使うと、細胞を猛スピードで一つずつ分離して観察できるようになり、圧倒的に研究を効率化できるのです」
しかしセルソーターの導入も一筋縄ではいかなかった。導入したはいいが、セルソーターはもともと免疫細胞などの細胞を分離するための機械だったことから、微生物であるミドリムシを分離しようとすると、そのかなりの割合が死んでしまったのである。なぜセルソーターを通過させるとミドリムシが死んでしまうのか。
「その原因がなかなかわからず、原因究明に数ヶ月かかりました。あれこれ調査を続けるうちにようやく、ミドリムシが機械の流路の一部であるチューブを通り抜ける際に、ストレスがかかってつぶれてしまうことが判明しました。ミドリムシは免疫細胞に比べてサイズが大きいので、流路を通過する際に圧力がかかり、それがストレスとなっていたのです」
わかってみれば単純な理由だった。流路の部品を交換した結果、ほぼ100%の生存率でミドリムシを一つずつ分離することができるようになり、実験の効率は1時間あたり数百匹から、数万匹へと圧倒的にスピードアップすることができた。
しかし岩田さんたちを悩ませた課題はそれだけではなかった。