バイオ燃料の未来をつくる━━社会を動かすイノベーターたちのプロジェクト Vol.1 株式会社ユーグレナ(後編)
「スーパーミドリムシ」を発見し、さらに“見える化”に成功。一つの大きな研究成果をあげた岩田さんが、その後取り組んでいることとは。研究者としてどのような考えかたで課題に向き合うことが、岩田さんを動かしているのだろうか。
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再検証を重ね、確証をつかむ
従来の個体より、約4割も油の産生量が多い「スーパーミドリムシ」の発見が本当に確定するまでは、それから数カ月の期間を要した。
「研究者は全員そうだと思いますが、いざ期待する成果が実験で得られても、『これは本当に正しいだろうか?』と自分に疑いの目を向けます。何か作業の手順に誤りがあったのではないか、誤差ではないか、そんな風に考えるのです。5月の発見のときも、その後数ヶ月は、チームでの再検証の期間となりました」
チームで何度も検証実験を繰り返した結果、2015年の8月になって、ようやく間違いないことがわかった。ミドリムシから取れる油の質を解析しても、組成はまったく変わらず、量だけが増えていることも判明した。
「実験結果を上司に報告すると、『それはすごい! すばらしい! でももっと多くとれる株は見つからないかな』と言われました(笑)。私たちもこの結果に満足しているわけではなく、さらに多くの量を生み出すミドリムシの開発を続けているところです」
課題解決のその先へ
ユーグレナは現在、三重県多気町に屋外の培養プールを建設し、そこで燃料用ミドリムシの培養を行っている。同プールの隣には、中部プラントサービス社の保有するバイオマス発電所があり、発電所から出た排熱を利用してミドリムシを培養しながら、発電にともなって発生した二酸化炭素をミドリムシの光合成で吸収させるという、エネルギー循環型社会の実現に向けた研究を進める。
ユーグレナが燃料用ミドリムシの培養を行うプールは三重県のほかに、沖縄県の石垣島にもある。将来的には、外国の砂漠地帯など、日本とまったく環境条件が違う地域でもミドリムシの培養が求められる可能性があり、岩田さんが作り出したミドリムシも、それらのプールで培養した時に同じ性質が保てるか、検証を行う必要がある。
「現在は見つかった『スーパーミドリムシ』の株を三重県のプールに持っていき、油の大量生産につながる屋外培養の実証実験を開始することを目標において、研究を続けています。弊社の強みは、栄養価が高いためコンタミネーション(外来微生物による汚染)が非常に起こりやすいミドリムシを、屋外で大量培養する技術を世界で初めて確立したことにありますが、今回とれた株も、実際に屋外培養できるかどうかの検証はこれからです。また発見したミドリムシは、油の取れる量は4割多くなったのですが、増殖のスピードが従来のものよりも多少遅くなってしまいました。増殖スピードが従来同様か、さらに早くなり、なおかつ多くの油がとれる株を作り出せればと考えています」
ミドリムシでつくるバイオ燃料の未来
ユーグレナ社は2015年12月に、国産のバイオ燃料で商業フライトの実現を目指す「国産バイオ燃料計画」を横浜市、千代田化工建設、伊藤忠エネクス、いすゞ自動車、全日本空輸の協力の下発表している。そして、2017年6月、神奈川県横浜市にある旭硝子京浜工場内の空き地に、バイオマス燃料を生産する工場の建設を始め、国産バイオジェット・ディーゼル燃料の生産と実用化を目指している。すでに2014年7月からは、いすゞ自動車の藤沢工場と湘南台駅の間を、ミドリムシから生産したバイオディーゼル燃料を入れて走るバスが運行しており、「夢の国産燃料」実現への道のりを、着実に一歩ずつ進めているところだ。
「当社の掲げる『2020年にミドリムシ燃料を使ったジェット機の商業飛行』は、会社としての公約であり、全社で取り組んでいます。日々の研究をしながらも、その『夢』は常に自分の頭の片隅にあります。国内や海外の学会に行ったとき、他の研究者と話すなかでも、自分の研究のゴールはどこなのか再認識する機会がよくありますね。目の前の実験ひとつひとつに集中しながらも、いま自分のやっている研究が将来、誰の役に立つのか、どう世界を変えるのか、その思いが研究のモチベーションの基礎になっていると感じています」
この研究の魅力について岩田さんは、「もともとこの世に存在しなかったものを、自分たちの手で作り出すことに、何より面白みとやりがいを感じます」と語る。
「ミドリムシはジェット機を飛ばす高エネルギーの燃料を取り出すこともできれば、人々の健康に役立つ食品にも、医薬品や化粧品の材料にもなります。発電所や製鉄所から生まれる大量の二酸化炭素を吸収させることで、地球温暖化を防ぐことも期待されています。何十億年も前から地球にいる微生物が、未来にわたって人類が直面するさまざまな課題の解決に役立つことができる、というのがたまらなく面白いですね」
研究で世の中を動かす
岩田さんのこれからの研究目標の一つは、「海水で培養できるミドリムシ株の発見」だ。現在、ユーグレナではミドリムシの培養のために淡水を使用しているが、自然界には海の中で生きるミドリムシもいる。まだ世界で、海水中のミドリムシの培養に成功した研究者はいない。もしも海水でミドリムシを大量培養できるようになれば、将来、淡水が充分に手に入らない水資源の乏しい地域にも培養プールが設置でき、大幅に産生量を増やすことができる。
「大学や研究機関でなく、企業のなかで研究者として働くことの面白さは、自分の研究成果を通じて世の中を良い方向に変えていくことを、間近で実際に見ることができることだと思います。物事の根本を解き明かす基礎研究も面白いですが、自分にとっては成果が目に見えるミドリムシの育種のような応用研究のほうが、性に合っていると感じますね」
最後に、岩田さんに「これから何かを成し遂げたい、と思う学生に対してアドバイスはありますか」と尋ねた。岩田さんは少し考えて、次のように答えた。
「自分の専門以外の、まったくの異分野にもできるだけ関心を持ち、いつもアンテナを立てておくことが、非常に重要だと実感しています。私たちのミドリムシ研究も、小関先生との出会いによって、ラマン顕微鏡に導かれたことで可視化することに繋がりました。他の分野の学会に顔を出してみたり、大学の友だちの研究室を覗いてみたり、それだけでなく海外旅行で異国の人と触れ合ったりするのも、自分の知見を広げてくれると思います。自由な時間がたくさんある学生時代に、できるかぎり視野を広げておくことが、きっと社会に出てから役立つはずです」