日本で5人に1人*、糖尿病人口の苦痛を「涙」で減らせ!━━社会を動かすイノベーターたちのプロジェクト Vol.5 株式会社PROVIGATE(前編)

画期的な発明や製品開発など、社会を動かすイノベーターにお会いし、話を伺う当企画。5回目となる今回は、東大発ベンチャーとして2015年に設立し、「糖尿病患者の苦痛をやわらげる」ための一つの研究成果を今まさに世に出そうとしている会社です。なぜやるのか、どのようにやるのか。好きから始めたものが後につながり、研究人生を切り開いていく研究者としての姿に共感する読者も多いかもしれません。

*糖尿病で現在治療を受けている人は約300万人、糖尿病と認定されている人が約950万人、予備軍が約1,100万人。予備軍も含め、PROVIGAEがターゲットとする糖尿病人口は日本で5人に1人となる。

【これまでの記事はこちら】
Vol.1 株式会社ユーグレナ
Vol.2 WHILL株式会社
Vol.3 株式会社マンダム
Vol.4 株式会社メタジェン

取材協力:株式会社PROVIGATE 

最高研究開発責任者 加治佐 平(かじさ たいら)さん

2009年、東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号(農学)を取得。東京大学在籍中は野球部に所属し、投手としてプレーしていた。卒業後は新卒で大手企業へ入社。その後、2014年より東京大学大学院工学系研究科にて共同研究員。2015年2月、株式会社PROVIGATEを設立し、最高研究開発責任者に就任。

身体の内側を可視化する

毎日を健康に過ごしたい――。それは、多くの人が抱く切実な願いだろう。
だが、自身の健康状態を把握することはそう簡単ではない。特に、痛みや自覚症状を伴わずに病気が進行している場合、身体の変化に気づくのは困難だ。手軽にかつ正確に、自身の健康状態を把握する。健康維持のためにはそれがまず重要だ。

東大発ベンチャーの株式会社PROVIGATE(以下、PROVIGATE)は、この近くて遠い身体の内側を可視化する装置を開発中だ。それは、体内に存在する多種多様の生体分子の状態を読み取り、健康状態を判定するバイオセンサだ。生体分子は生命活動にさまざまな影響を与えている。それを簡便に読み取ることができれば、多くの人の健康に寄与することになるはずだ。

加治佐平(かじさ たいら)さんは、2015年3月に設立された同社の創業メンバーのひとり。当時から最高研究開発責任者を務めている。

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「生体分子を計測できる装置や技術はすでに存在していますが、その多くは血液に含まれる成分を検査するものです。当然、そのためには人体に傷をつけて血液を採取する必要があります。採血の必要がない装置へのニーズは高く、そこに私たちの技術の意義や、事業としての可能性があると考えています」

PROVIGATEが目下、開発に取り組むのは、涙に含まれる糖(ブドウ糖、グルコース)の値を測定する装置だ。個人が手軽に持ち運びできるよう、手のひら大に収めることを目指している。

「製品化に向けて超えるハードルは高く、医療機器としての認証を得るには、涙を採取するときの安全性や涙中の糖を正しく検出できるか、血糖値との相関が正しく取れているかを明らかにしなければなりません」と加治佐さん。

涙に含まれる糖には、血液中の糖濃度と相関関係がある。研究自体は1950年代から行われていたものの、正確な測定値を得る技術の開発が難しく、実用化に向けた研究報告が複数なされたのは2000年代に入ってのこと。

PROVIGATE設立前の2012年、文部科学省START*にプロジェクト(非侵襲型診断医療に向けた半導体バイオセンシングの実用開発研究)が採択され、加治佐さんが参画したのが2013年、翌2014年には、Googleが涙に含まれる糖を測るコンタクトレンズの開発に着手したことを発表した。涙は、血液を採取することなく血糖値を測る手段になるのだ。

*文部科学省STARTとは:大学発新産業創出拠点プロジェクト。民間の事業化ノウハウを活用し、大学の次世代技術の研究開発による新産業・新市場の開拓を目指すもの。革新的な技術シーズの事業化や国際展開を積極的に進めるため文部科学省が一体的に支援することで、持続的な仕組みとしての日本型イノベーションモデルの構築を目指している。

 

糖尿病患者が抱える苦痛

なぜ血糖値を測るのか。それは、糖尿病の治療に必要だからだ。

糖尿病とは言うが、現代で問題とされるのは尿に含まれる糖の値ではなく血糖値だ。血液中の糖分は、全身の細胞が取り込んでエネルギー源にするため、生きていくために必要だが、過剰な血糖は身体にさまざまな不具合を引き起こす。慢性的な高血糖は、血管を傷つけて心臓病を誘発し、失明や腎不全などにつながりかねない。また、急激に血糖値が著しく上昇した場合は、それだけで昏睡することもあるという。

血糖値は食事を取ると上昇し、空腹時には低下するのが一般的だ。健康な人の場合、食事後でも血糖値が高くなりすぎないよう調節機能が働いている。血糖値が高くなり始めると、膵臓からインスリンが分泌され、それを合図に細胞が血液から糖を取り込むのだ。
糖尿病の人は、このインスリンが十分に働かなくなることが原因で、血糖値が上昇する。膵臓からインスリンが分泌されない、あるいは分泌量が減ることなどが、その根本の原因だ。日本人は遺伝的にインスリン分泌量が少ない人が多く、糖尿病になりやすいとも言われる。

糖尿病と診断された場合、食事療法、運動療法、薬物療法などの治療がスタートする。治療効果も血糖値で確かめるため、治療中は患者さん自身が指先から採血し、食前、食後を中心に1日何回か血糖値を測るのが通常だ。重症患者においてはインスリンを注射して血糖値をコントロールするが、この注射のタイミングが重要だ。注射したインスリンの量が多すぎたとき、低血糖のリスクがある。

「インスリン注射のタイミングを確認するために、糖尿病患者は事前に血糖値を自己測定する必要があります。そのための装置も出回っていますが、ほとんどのものは採血が必要です。採血に手間や苦痛を感じている人は多く、血液ではなく涙で血糖値を測定することで、患者さんが抱える苦痛を軽減したいと思っています」

日本では、糖尿病の治療を受けている患者が316万人を超えると推計されている(厚生労働省「平成26年(2014)患者調査の概況」)。

別の統計では、「糖尿病が強く疑われる」有病者は約1,000万人、「「糖尿病の可能性を否定できない」予備群も約1,000万人と推計されている(厚生労働省「平成28年(2016)国民健康・栄養調査」)。

「予備群の方々の血糖値管理が容易になれば、糖尿病予防への一歩にもなりえます」

世界でも糖尿病患者は2億人近く、有病者は4億人を超えているとの報告*もある。PROVIGATEは、世界が直面する大きな課題に真っ向から挑んでいる。

*糖尿病ネットワーク(http://www.dm-net.co.jp/calendar/2015/024448.php)より

この、世界の苦痛を減らす装置は、東京大学大学院工学系研究科の坂田利弥准教授が開発した技術が核となっている。加治佐さんも、坂田研究室で研究開発に取り組んでいた。次回の中編では、その技術の概要と、開発の道のりを紹介したい。

(次の記事へ続く)

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

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