最後の開発課題、製剤化。その苦労と世に出す喜び━━社会を動かすイノベーターたちのプロジェクト Vol.6 ポーラ化成工業株式会社(後編)

(前回の記事はこちら)

ポーラ化成工業の原田さんが世界で初めて*解明した「肌の自浄サイクル機能」の加齢や酸化ストレスによる低下。その成果を受けて本木裕美さんは、ポーラの最高級ブランド「B.A」シリーズの新たな美容液開発を進めていく。「常に前の製品を上回るものを生み出す」ことが求められる化粧品の研究開発。そのやりがいと喜びについて、お二人にお聞きしました。

* 2016年ポーラ化成工業調べ

決して妥協できない製剤化、迫るタイムリミット

新美容液「B.A セラム レブアップ」の使用感は「とろぱしゃ」と決まったが、それを実現するためには数々の苦労があったと製品開発部の本木さんは語る。

「化粧品を製剤化するために用いられる基剤の数は、自社が保有するもの、他社から新たに導入するものを合わせて、数千種類にも及びます。求める感覚を作り出すために、どの材料を組み合わせるかが、私たちの腕の見せ所にもなります」

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『B.A セラム レブアップ』の開発でも『とろぱしゃ感』にたどり着くまでには数々の試行錯誤が行われた。化粧品は、植物などから抽出した有効成分、水分、油分、界面活性剤、香料、防腐剤などからできている。たとえ求める感触が実現できても、その組成で化粧品の安定状態を長期にわたって保持できるか、担保する必要がある。使用途中で剤が固まってしまったり、時間の経過とともに有効成分が分離したりしては、商品にならないからだ。

「品質保証期間である3年間は初期から同じ状態を保持できるように、構成成分の界面物性を捉え、分析評価を交えながら製剤を安定化するよう検証試験を何度も繰り返します」
肌に塗った時に有効成分がきちんと内部に浸透し、想定した効果を発揮するよう、肌の水分量に合わせて分子構造を変化させたり、ラメラ構造*を形成する製剤を配合したりと浸透設計を行うのも、本木さんの仕事だ。処方が完成した化粧品は、生産技術部に引き継がれ、工場での生産方法が検討されることになるが、量産に適したレシピであることも必要となる。

※1 水になじみやすい部分と油になじみやすい部分の繰り返し構造

化粧品メーカーにとって、目玉となる新製品を予定通りに発売開始することは経営戦略上、非常に重要だ。そのため本木さんが担当する製剤開発の仕事は、常に「タイムリミット」との戦いとなる。それゆえ特に、ポーラの化粧品の中でも最高ラインである「B.A」シリーズを開発するのは、研究者にとって誇らしい一方で、かなりのプレッシャーを覚えるという。

「製剤開発の研究は、ある程度の事前予測ができるときもあれば、実際に進めてみないとわからないケースもよくあります。自分一人だけでは開発が難しい時には、B.Aリサーチセンターという研究機関に所属する他のスタッフに協力を仰ぎ、実験や作業を分担しながら、期日に間に合うように進めていきます」

そうした苦労を重ねながら、本木さんは「B.Aセラム レブアップ」の開発を進めていった。製品が完成し、2016年8月19日に発売されると、同製品はすぐに美容ジャーナリストの間で大きな話題となった。『MAQUIA』『VOCE』『美的』の美容三大誌をはじめ、多くの美容メディアで大々的に取り上げられ、現在までに、各美容メディアが選ぶNo.1「ベストコスメ」を10媒体で受賞、さらに24の媒体で入賞する結果となった。

 

研究成果がカタチとなり、世の中に届いた価値

発売以来、売れ行きも好調だ。ポーラの最高級ブランド「B.Aシリーズ」の中では比較的求めやすい値段のため、ブランドの入り口として購入する人が多く、確実にファン層を広げている。

B.Aセラム レブアップ

「美容液のようなお肌のベースを作るスキンケア製品は、チークや口紅といったメーク品とは違って、季節や流行などにあまり左右されにくいという特徴を持っています。お客さまも、一度使用してみて自分の肌に合っていると感じたら、ずっと使い続けてくれることが多いので、この商品をきっかけにB.Aシリーズの愛用者が増えてくれたらと願っています」

大学や研究機関などのアカデミックな場ではなく、企業の中で商品を作り出す研究に携わるやりがいとは何なのか。二人に聞いてみると、原田さんからは「何と言っても、研究の成果が目に見える製品という形になることです」という答えが返ってきた。

「とくにこの『B.A セラム レブアップ』は、私がポーラ化成工業に入社してから初めて担当し、その肌理論を解明して、最初に世に出すことができた製品です。それだけに非常に思い入れがあり、発売になったときには、母と姉と祖母に一本ずつ買って、手渡しました。私は製品開発において上流に位置する仕事を担当していますが、実際に店頭に並んで製品が売られるまでには、本木さんたち開発部の方々や、生産管理部、工場のスタッフ、プロモーション担当の方々など、本当に多くの人たちの努力があります。それだけにお店で商品を見たときには本当に感動して、『この開発に自分も関わったんだな』とすごく嬉しく思いました。研究成果が目に見える商品となり、自分の大切な人に手渡すことができる。それが化粧品の研究者にとって、何よりの喜びだと思います」

本木さんは、「化粧品開発のやりがいは、何段階にもわたって味わえます」と笑顔で語る。
「求める使用感が、苦労の末に見出すことができた(=発見した)ときの『やった!』という達成感もありますし、自分の携わった製品が、さまざまな部署の総力で形になったときの喜びも大きなものがあります。製品を使用したお客さまから、『肌の状態が良くなりました』といった感想をいただいたときは、感動と共に本当に『この仕事についてよかった』と充実感を味わえます」

一方で化粧品メーカーの研究者の宿命として、どれだけ素晴らしい製品を開発しても、常に「前の商品を超える、新しいものを開発しなければならない」というプレッシャーもあると、本木さんは言う。
「完成した瞬間に、その製品は近い将来乗り越えるべき『過去のもの』になります。だからこそ、化粧品の開発者は常に社会に目を向け、時代の変化や他社の製品の良いところを学び、新しいものを作り続ける努力が求められます」

 

新たな発想を生み出す、という仕事

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ポーラ化成工業の中には、海洋生物学を専門としていた原田さんのように、さまざまなバックボーンの研究者がおり、それぞれにやりがいを持って働いていると原田さんは語る。
「私の研究チームには、植物の葉の気孔を研究していた者もいれば、糖尿病を研究していた者もいます。むしろ、化粧品の開発とは全然異なる研究経歴の方のほうが多い印象です。そうしたさまざまな視点の持ち主が集まることで、思いがけない新たな発想の化粧品が生まれる可能性もあります。だからこそ他分野の研究者の方に、ぜひ化粧品メーカーの採用試験を受けてほしいと思います」

ただ単に「肌をきれいにする」「にきびを治す」といった機能だけでなく、これからの化粧品には、使用した時に前向きに心を変化させたり、ライフスタイルそのものを充実させるような、総合的な効果が求められるようになると、二人は声をそろえる。化粧品の研究の門戸は、あらゆる分野の研究者に開かれていると言っても過言ではない。「人の暮らしをより良くする、新たな価値を生み出したい」。そう願う研究者の眼前には、多くの可能性が広がっている。

 

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

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