ジェネリック医薬品、「生活視点」…これからの医療に求められるものとは?武藤正樹先生インタビュー
新薬(先発医薬品)と同じ有効成分、同じ効き目でありながら、価格の安い薬=ジェネリック医薬品。欧米ではシェアが70~90%となっている国もあり、日本政府も「2018~20年度末までのなるべく早い時期に普及率80%以上を達成する」という目標を掲げています。
将来、医療や製薬の世界で働きたい学生さんにとっては、新薬の行方や業界の動向と同時に、ジェネリック医薬品に関するできごとは非常に気になる存在ではないでしょうか。
今回インタビューさせていただいたのは、医療政策や、さまざまな学会、全国での講演活動など、多岐にわたるお仕事をこなしながら、現在も医師として臨床の場に立ち、医療の世界で縦横に活動されている、国際医療福祉大学大学院教授・武藤正樹先生。
その豊富なご経験をもとに、ジェネリック医薬品について、またこれからの医療についてお話を伺いました。「生活視点」が大切というこれから医療の形とは?ジェネリック医薬品や創薬の世界は、今後どのように変わっていくのか?医療・製薬の世界で働きたい、と考える学生さんに向けて、多くのメッセージをいただきました。
取材協力:
国際医療福祉大学大学院教授
武藤 正樹(むとう まさき)さん
1949 年神奈川県川崎市生まれ。1978年新潟大学大学院医科研究科修了後、国立横浜病院にて外科医師として勤務。同病院在籍中1986 年~ 1988 年までニューヨーク州立大学家庭医療学科に留学。1994 年から医療政策の研究を始める。現在は外来診療と、国際医療福祉大学大学院にて大学院生を教えながら、国の医療政策に関わる審議会や検討会の仕事の数々に携わる。全国各地で行っている医療政策に関する講演は、年間50 回以上におよぶ。日本医療マネジメント学会副理事長、日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会代表理事、日本疾病管理研究会会長、他多数。
「ピュアな医学視点なんてない」――留学先での経験が大きな転機に
――武藤先生が医療の道へ進もうと思ったきっかけは?
アメリカのテレビドラマ『ベン・ケーシー』¹ですね。中学生くらいのときに、脳外科医を主人公にしたあのドラマを観て、すっかりシビれてしまいました。われわれ団塊世代の医師には、僕みたいな人は案外多いと思いますよ。みんな言わないだけで(笑)
1 1961~66年放送のアメリカのテレビドラマ。米倉涼子さん主演のテレビドラマ『ドクターX』シリーズで神原所長が飼っている看板猫の名前も、このドラマに由来。
――先生は、外科医として医師のキャリアをスタートされました。現在は医療政策や医学教育にも関わっていらっしゃいますが、どのような経緯があったのでしょうか?
僕が医学生のころは、今のように研修医があらゆる診療科をまわるという仕組みではなくて、外科なら外科だけのストレート研修を受けていた時代です。すごく「ピュア」で、悪い言い方をすれば「限られた世界」だったとも言えます。
僕は大学院を出てから10年くらい外科医として働いていたのですが、1988年に厚生省(現・厚生労働省)のプログラムで、ニューヨークの病院に2年間家庭医療の勉強のため留学しました。この経験が、医師として大きな転機になったのです。
――留学中は、どのようなことを学ばれたのでしょうか?
留学先の病院は「ニューヨークの下町」といわれるブルックリンのど真ん中にありました。いわゆる「スーパーローテーション」という仕組みで、ER、精神科、小児科などあらゆる科をまわりましたね。在宅医療も、そこで初めて経験したのです。
あるとき、こんなことがありました。ひとり暮らしのおばあちゃんがバスルームで転んでしまったので、お宅を訪問したのです。バスルームは電球が切れて薄暗い。すると、一緒に訪問した老年医学の専門医が僕にこう言うのです。
「この電球を交換するのは50セントで済む。でも、転んで大腿骨を骨折したら治療にいくらかかる? 1,000ドルだ。どっちが安いかわかるな?」
他にも、冷蔵庫の中を見て何を食べているのかチェックしたり、薬をちゃんと飲んでいるか聞いたりと、生活のあらゆる面をケアしていました。
もう1つ印象に残っているのが、ソーシャルワーカーの女性の言葉です。往診はいつも彼女と一緒に行くのですが、彼女の口癖は「ピュアな医学視点なんてない」。つまり、ソーシャルな視点、生活に基づいた視点で患者を診ることが大切だということですね。
こういう勉強を日本ではしてこなかったのでとても新鮮でしたし、「患者さんの生活のために医療がある」ということに気づくきっかけになりました。
「生活のための医療」とは、患者さんのためをまず考えること
――「生活のための医療」という視点は、当時の日本ではなじみのないものだったのでしょうか?
そうですね。医学部の教育の仕組みも問題があります。ルネサンス以来の伝統で、今でも医学生はまず解剖学を学びます。つまり「死体」からスタートするのですね。
でも、医学は何のためにあるかというと、生きている人のためにあります。もっと言えば「もとの生活に戻す」ためにある。たとえば、患者さんにとってがん治療の目的は「がんを治すこと」じゃない。もとの仕事や生活に戻れるようにすることです。臓器を切除していくら「がんが治った」といっても、チューブだらけになってしまっては、患者さんは「生活」に戻れませんよね。
特に高齢化が進む今、この本質を見誤ってしまうと患者さんのための医療になりません。僕はこの点を見直したい、「生活のための医療」の重要性を伝えたいと考えて、医療政策や医学教育にも関わるようになったのです。
患者さんにも社会にも、メリットが大きいジェネリック医薬品
――先生はジェネリック医薬品の推進にも尽力していらっしゃいますが、ジェネリック医薬品に注目したきっかけは何だったのでしょうか?
病院管理研究所に所属していた1998年に、インドネシアへ医薬品の調査に行きました。当時はタイ・バーツの暴落に端を発したアジア経済危機の真っただ中。経済危機になると、医薬品を輸入に頼りがちな途上国の多くが医薬品不足という問題に直面します。日本もインドネシアなど各国に援助をおこなっていて、そのフォローアップ調査でした。
そこで驚いたのが、インドネシアはこの危機をジェネリック医薬品で何とか乗り越えていたことでした。インドネシアは当時からジェネリック医薬品を積極的に推進していて、国内で生産や流通をおこなっていたのです。
ジェネリック医薬品には、経済危機になっても国民の健康を守る力がある――そう気づいたわけです。
――ジェネリック医薬品のメリットについて、あらためて教えてください。
患者さんにとって最大のメリットは、同等の効果の薬を安く入手できることです。
生活習慣病を患って薬とともに生活せざるを得ない患者さんにとって、月々の薬代は切実な問題です。薬の種類にもよりますが、ジェネリック医薬品なら薬代を半額近くまでおさえられることもあります。
僕は今も外来で臨床の現場に立っていますが、たとえば年金で生活されている患者さんなどが、薬代の節約のため毎日飲むべき薬を2日に1回にしてしまう、いわゆる「間引き飲み」をしてしまうことがあります。ジェネリック医薬品で薬が安くなれば、こうしたリスクを減らせるでしょう。
社会的なメリットも大きいです。薬価をおさえることは、国として問題になっている膨大な医療費をおさえることにつながります。
――ジェネリック医薬品を使うデメリットはあるのでしょうか?
患者さんにとってのデメリットは、基本的にありません。
強いていえば、まれに患者さんから「ジェネリックに変えたら効きが悪い」と言われることはあります。承認を受けたジェネリック医薬品の有効成分は先発医薬品と変わらないので、これはおそらく「安い薬=効かない」というイメージからくる「プラシーボ効果」のせいでしょう。
実際、海外の実験では、全く同じ薬を「高い薬」「安い薬」として飲んでもらったところ、「安い薬」の効きが悪いと感じた人が多かったというデータが出ています。
日本でのジェネリック医薬品普及を阻むのは何か?
――日本は2000年代からジェネリック医薬品の普及に本腰を入れ、2015年に政府は「2018~20年度末までのなるべく早い時期に普及率80%以上を達成する」という目標を打ち出しました。けれど2015年9月時点の普及率は56.2%と、なかなか進んでいない印象です。なぜ日本ではジェネリック医薬品の普及率が低いのでしょうか?
要因として大きいのは、医師や薬剤師の「抵抗感」でしょうね。
年配の医師の中には、1980年代にジェネリック医薬品が出始めたころのイメージを根強く持っている人もいます。確かに当時は認証基準がまだ低く、イメージも悪いものもありました。今はそんなことはないのですが。
――欧米ではすでにジェネリック医薬品のシェアが70~90%を超える国もありますが、なぜそこまで普及したのでしょうか?
アメリカはジェネリック医薬品の普及率が90%を超えています。基本的に民間保険であるアメリカでは、各保険会社が自社の「推奨医薬品リスト」にジェネリック医薬品をたくさん入れたのです。リスト以外の薬を使うと患者さんは費用を自己負担しないといけないので、ジェネリック医薬品の普及には効果が大きかったようです。
普及率が75%を超えているフランスでは、薬の「参照価格制度」を導入しています。これはジェネリック医薬品を基準にして、それより高価な先発医薬品を使いたい場合は、差額を患者の自己負担にするという仕組みです。新薬のブランド性を新幹線のグリーン車のような扱いにしたのです。
日本もこの制度の導入は長いこと検討しています。今後もし80%を実現できても、残り20%はこうした「ブランド」として新薬が残るでしょうね。
ジェネリック医薬品は、よりグローバルなビジネスへ
――日本でもっとジェネリック医薬品が普及するためには、どのような課題がありますか?
医療従事者や一般の方の理解を進めることと同時に、医薬品業界と政府が調整しつつビジネスモデルを変えていくことも必要でしょうね。
参照価格制度にしても、たとえばドイツの場合、厳しい基準で制度を導入したところ、新薬開発メーカーがこぞって国外へ流出してしまいました。フランスの場合はその点でうまく対応したと思います。
また、ジェネリック医薬品のもともとのミッションとして、薬価をおさえて途上国での医療に貢献するということがあります。ジェネリック医薬品は本来、グローバルなビジネスモデルの商品なのです。
日本国内ではジェネリック医薬品のマージンが新薬より少ないことから、長期収載品といわれる特許の切れた先発医薬品の受託生産に力を入れているジェネリック医薬品メーカーも多いのが現状です。しかし「80%目標」に本気で取り組むならば、今後は製薬業界全体もグローバルな方向へシフトしていくでしょう。
スーパーコンピュータ、ビッグデータ、「育薬」……製薬業界は今後もっと面白くなる!
――製薬業界全体として、今後どのような変化や可能性がありますか?
創薬の面では、これからの中心はバイオ医薬品、がん治療などの中分子医薬品でしょう。日本はこれらの創薬で充分強みを発揮できると思います。
既存薬の適用拡大、いわゆる「育薬」も注目されています。同じ薬が、別の病気にも効果があるといった発見ですね。
スパコンやビッグデータの活用で、創薬のプロセスも変わってきています。「育薬」も含めて、これまでは治験中心でしたが、今後はビッグデータの活用が重要になってくるでしょう。
――製薬業界を目指す学生に伝えたいことはありますか?
これから医療の道を志すなら、「生活視点」と「コミュニケーション」を大切にしてください。
薬剤師やMRなら、専門知識をもとに医師とコミュニケーションをとることで、お互いのメリットが大きくなります。患者さんに対しては、相手の生活を想像しながら「相手が何を聞きたいのか」「本当は何を伝えたいのか」をすくい上げて、自分の持っている専門知識をわかるように変換してあげることが大切です。
こうした「医療コミュニケーション」は、実はベテランの医師にも難しい。学生さんなら、まずはその難しさや大切さに気づくのが第一歩でしょうね。