医療業界から見た、製薬業界の可能性とは 〜メドピア代表 石見陽氏インタビュー・後編
前編では医師の3人に1人が登録しているというオンラインコミュニティを運営するメドピア社の代表であり、現在も診療を続ける石見陽先生に、会社設立の経緯や医師を志したきっかけについて教えていただきました。
後編では医療と製薬業界が今後どのように変わっていくのか、求められる人材像はこれまでとどう変化していくのかを伺っていきます。
IT化が遅れた医療・製薬業界が変化するには?
──現在も紙カルテの診療所が多かったり、お薬手帳もオンライン化されておらず実際の冊子であったりと、製薬や医療業界は他業種と比べてIT化がゆっくりとした印象があります。
そうですね。医療従事者側の、心理的な抵抗感が強いのかもしれません。実際にデータ化した場合に影響を受けるのが、医師だけではなく看護師や医療事務まで及ぶためではないかと考えています。切り替えについて国からインセンティブがついたら切り替えが進むのではないでしょうか。レセプト¹の請求をオンライン化した時には、インセンティブがついたからこそ一気に切り替わった経緯がありました。医療や製薬業界では、ITに関する成功体験がないので、全てが本当にこれからというところです。
¹レセプト:診療報酬請求明細書の通称。病院や診療所が、医療費の保険負担分の支払いを公的機関に請求するために発行するもの。
──その一方でMedPeerのオンラインコミュニティに関しては、かなり順調に現場への浸透が進んでいるのではないでしょうか。
利用者は増えていると思うのですが、「MedPeerならでは」の部分ができているかというと、まだ改良しなければならないところは多いと感じています。医療の現場でMedPeerを利用することで医療のクオリティが飛躍的に向上し、逆に言えばMedPeerが無いと医療がストップしてしまうくらいの、そんな必要不可欠なサービスにまで創り上げていきたいと考えています。
医師にとってMRの存在価値とは?
──医師の方の近くにいる存在として、MRという職種があるかと思います。プロモーションコード²の変更があり、以前とは関わり方も変わってきたと聞きますが、実感としてはいかがでしょうか?
²プロモーションコード:医療用医薬品プロモーションコードの略称。製薬企業が、自社製品のプロモーション活動(情報の提供・収集・伝達活動すべてを含んだ総称)を行う際に、守るべき行動基準を示したもの。
これまで何度か、コードの変更がありましたね。僕は現在では週1回の非常勤で臨床をしているので、それほどMRの方と密にコミュニケーションを取るわけではありません。ただ周囲からは、以前とは異なり事前のアポがないと病院に来てはいけないという話を聞きました。昔はアポがなくてもMRの方が、医師の診療が終わるのをずらっと並んで待っていたりしていましたよね。あとは接待に関しても規制がありますし。
──以前の売り込み方が通用しなくなった今、活躍できるMR像とはどんな人でしょうか。
接待が一番多かった時代は見ていないのですが、毎週末医師とゴルフに行ったり、とにかく側にいることで契約を取る……というような活躍のスタイルからは、間違いなく変わっていくでしょうね。逆に、医師が必要としている薬剤の情報や症例、より医療に即した意見交換がタイミングよくできる人はさらに活躍できるはずです。
──実際に先生がお話されたMRの中で、印象に残っている人はいますか?
3タイプくらいの人が印象に残っています。まずは1999年に僕が医者になったばかりの頃、ちょうど接待に関する規制が厳しくなる間にMRをしていた人。その人はとにかく接待が好きで、去り際に毎回社名や製薬名を耳うちして帰っていくような感じです(笑)。一年目の医師相手には効果がある営業方法だったと思います。
その次の方は、非常勤先の病院に来ていたMRさん。とても真面目な方で、僕もエビデンスについて詳しく勉強しだしていたところでしたが、顔を合わせた時に調べてほしいことを伝えると、翌週にはちゃんと文献を揃えてきてくれました。彼女は自分でかなり勉強をしてくれていたと思います。もちろん、その文献を見ることで僕もとても学びが大きかった。このようなMR像が、理想的である気がします。
最後の一人は経験豊富な年上の方で、必要となる情報や資料を先んじて手配してくれる方でした。その方はやはりとても仕事ができたので、その後それにふさわしい役職についたと聞いています。
──旧来のありきたりなMR像ではなく、先を読んで動ける人がこれからは活躍できるようになるのですね。
MRだけに限らないとは思いますけどね。さらに言えば、数年前まで、MRという職業自体がなくなるのではないかと言われていたことがありました。けれど、僕は絶対にそんなことはないと思っています。AIの発達などによって、一部の業務は置きかわるかもしれませんが、医師が必要としている優秀なMRのきめ細やかさは当面は人工知能ではカバーできないと思っています。
製薬業界には、他のどの業界よりも変化とチャンスの可能性がある
──今後医療や製薬業界は、どのように変わっていくと思われますか?
まず、医療についてはこれまでのような「先生にお任せします」と患者さんが丸投げしてしまう、父権主義的な状態はなくなっていくと考えています。いわゆるパートナーといいますか、健康に関するコンサルティングができる人としての役割が大きくなるのでは、と考えています。実際に体感として、若い医師たちのコミュニケーションスキルが高まってきていると感じます。今後はパートナー的な関係性の診療が、より一層進むのではないでしょうか。昔は医師にはさほどの社交性は求められていなかった時代がありましたが、今後は人と関わることが苦手だと、患者さんの求める質に、応じられなくなってしまう可能性があるかもしれません。
製薬業界は、多くの生活習慣病の薬は開発され尽くされているので、今では難病や癌などニッチな方向で新薬の開発が進んでいます。とある製薬メーカーさんは「ビヨンド・ザ・ピル」とスローガンを掲げて、ピル(記者注:いわゆる錠剤様の薬、もしくはこれまでの医薬品の観念をさす)を超えるんだと言っています。きっと今後は医療業界よりも、大きな改革が起こるのではないでしょうか。組織の構造も変わるかもしれませんし、開発部やマーケティング部もとてつもない影響を受けるでしょう。ただ、そういった変化の時は必ずチャンスがあります。
学生さんが製薬業界に興味を持ったなら、「製薬とは何だろう?」というところから考えてみるといいかもしれません。自分の働く業界を知ることと、やはり「患者さんのため」にヘルスケアに関わることが、一番やりがいも感じられ納得できる結果が出るはずです。