メタデータ・野村直之氏に聞く “AI・人工知能時代の働き方” 前編

二足歩行ロボット、介護用ロボット、巧みなコミュニケーションを行う接客ロボットなど、さまざまなロボットの実用化や自動車の自動運転技術の開発、将棋や囲碁のプロ棋士に勝利するコンピュータやビッグデータに関する話題、Googleの翻訳機能の向上など、意識するしないにかかわらず、あなたも毎日のようにAI(人工知能)に関連するニュースに接しているのではないでしょうか?

現在は80年代の第2次ブームに続く、第3次AIブームのまっただ中にあると言われています。なかでも、これから社会に出ていく学生にとって気になるのは、「今から10年ないしは15年後に、AIによる大失業時代がやってくる」「仕事の半分はAIやロボットに取って代わられる」といった説ではないでしょうか。

実際、AIは私たちの暮らす社会に大きなインパクトを与えています。とはいえ、本当にAIは人間の脅威となるのか。仕事の現場ではどういう影響をもたらしているのか。そういった疑問にはっきりと応えてくれる記事は多くありません。

そこで、今回は30年以上、人工知能研究に携わってきた第一人者であり、『人工知能が変える仕事の未来』(日本経済新聞社)という著書を出版されたばかりのメタデータ株式会社の代表・野村直之さんにお話をうかがいました。

テーマは「AIによって、これからの社会や働き方がどう変化していくのか、そして私たちは、どう働いていくべきなのか」。前編では、まず「AIとは何か?」について深く語っていただきます。

取材協力:

メタデータ株式会社

代表取締役社長 野村 直之さん

NEC中研、MIT人工知能研究所等を経てジャストシステム、法政大、リコー、再び法政大で社会人MBAの卵達にITと経営の関わりの勘所を教えつつ、メタデータ(株)を創業。SNSやお客様の声を経営に生かす「AIポジショニングマップ」や、学習済みディープラーニング販売、超高速マッチングエンジン「xTech」などのAIソリューションを提供中。
近著に、 『人工知能が変える仕事の未来』(日本経済新聞社)

 

なぜ今、「AI」なのか、どこまで進歩しているのか

━━ここ最近、AIに関するニュースが一気に増えているのはなぜですか?

かつて1950~60年代と80年代の2度にわたり、AIブームがわき起こりました。そして、ここ数年の状況は第3次AIブームといえるでしょう。

現在のブームを支えているのはAI冬の時代や、それ以前の時代の長年にわたる地道な研究です。それが一気に花開いた背景には、大きな2つの要因があります。

 

1:大量のデータ(ビッグデータ)が発生、流通し、手軽に使えるようになった

2:計算機のパワーが前回のAIブーム時の何千倍、何万倍にもなった

 

その結果、2012年に「ディープラーニング」(深層学習)と呼ばれる技術的ブレイクスルーが起き、AIの「認識・認知能力」は飛躍的に高まりました。例えば、膨大な量の猫の写真の中から、特定の種類の猫だけを選り分けるといったことができるようになったのです。

こうした高度な認識・認知能力を持ったことで、AIはさまざまな産業に応用可能な「使える技術」になりました。それが、今のAIブームの根底にあるものです。

ちなみに、「なぜ、ブームが起きるのか?」という疑問については社会心理学の研究分野で、「ティッピング・ポイント」という説が有名です。興味のある方は検索してみてください。

 

━━AIが人類を超えることは? 最新のAIはどこまで進化しているのでしょうか?

メタデータ野村氏インタビュー前編1

ブームというのは加熱するもので、ニュースを見ていると「将来的にAIが人間から仕事を奪う」「2045年までに人間の能力を上回るいわゆるシンギュラリティ(技術的特異点)が訪れる」など、AI技術のすごさを強調するあまり、危機感をあおる言説が目につきます。大切なのは、こうした扇動的な説に流されず、実態を見極めることです。

例えば、AIがいつ人間の能力を超えられるかということを議論する人がいます。しかし、この命題自体、あまり意味がありません。というのも、あなたは、重量挙げの金メダリストとパワーショベルが持ち上げられる重量を競い合うことに意味があると考えるでしょうか?私は6メートルの高さの木になっている実に手が届きませんが、5メートルの棒を使えば簡単に落とすことができます。微積分の公式をプログラムされたコンピュータは、半世紀以上前から、その専門能力で人間を超えています。

つまり、AIに限らず、世の中にあるあらゆる道具は、専門性においてすでに人間の能力を上回っているのです。

学生のみなさんに私から言えるのは、2045年に機械の知性が人類を追い越すとされる第一のシンギュラリティは訪れないということ。今後10年、20年、30年で、知的なソフトウエアやロボットは着実に普及していくでしょうが、AIは徹頭徹尾、道具に過ぎません。

現状、世界中どの研究現場を見渡しても、道具を超えたAI的なものは1つもありません。また、本当の意味での知能を持ったAIも存在しません。これはおそらく、大学生のあなたたちが就職し、定年退職するまで変わらないでしょう。当然、すべての仕事がAIに取って代わられることもありません。まずは安心してください。

 

改めて、AI・人工知能とは

━━では、AIとはどういうものだと捉えればいいですか?

AI(Artificial Intelligence)の定義は、研究者によってまちまちです。

私なりの解釈をお話しすると、そもそも知能とは「未知の問題、初めて接した状況に対処し、問題を解決できる能力」となります。でも、その意味において「知能を持ったAI」は現時点で存在していませんし、つくられる見通しも立っていません。

とはいえ、それでは話が進まないので、現状のAIを定義にするなら、それは「知的なふるまいをするソフトウエア」となります。その定義に当てはまるAIは数多くありますが、私はさらに「強弱」「汎用性」「知識・データ量」の3つの軸で分類しています。

1つ目の「強弱」のうち、「強いAI」とは「人間の脳と同じふるまい、原理の知能を作る」ことを目指すAI研究のことを指します。一方、「弱いAI」は「人間の能力を補佐・拡大する仕組みを作る」ことを目指すので、必ずしも人間の脳の構造や、機能さえも解明する必要はないということになります。

2つ目の「汎用性」は、「専用AI」対「汎用AI」という軸です。例えば、チェスしかできない機械と、チェスも将棋も囲碁もできる機械を比べたら、後者のほうが汎用的だと言えるでしょう。

ただし、AI研究の世界ではもっと次元の違う汎用性、知識を新たに自分でその場で獲得しながら使いこなしていけるという学習能力を持ったAIのことを「汎用AI」と呼ぶことが多いようです。

3つ目の「知識・データ量」は、「大規模知識・データに基づくAI」対「小規模知識・データで動くAI」という軸になります。

シンギュラリティを語る方々が想定しているのは、「強いAI」で「汎用的」で「大規模知識・データ」を備えているAIです。もし、そのようなAIができれば、人間のような認知、理解、学習も全部できた上で、人間が苦労してプログラミングして教え込むことなく、何千種類もの専門家の知識を急速に自分で獲得して、全知全能であるかのように振る舞う機械となるでしょう。しかし、先ほど申し上げた通り、そうした機能を持ったAIの目処がついたという話は聞いたことがありません。おそらく今世紀中に「強いAI」ができあがることはないでしょう。

一方、実際に私たちの身近にある「人間の能力を補佐・拡大する役割を持つAI」は、「弱いAI」や「専用AI」がほとんどです。超高速計算や丸暗記と100%正確なその再現など、本来機械が得意だった能力を、もっと人々が活かして使いやすくするためのアプローチで研究が進んでいます。こうしたAIは、すでにあなたの使っているスマホの中にも入っていますし、お掃除ロボットのルンバも「弱いAI」です。

ルンバはMITの人工知能研究所所長を務めたロボット工学の権威ロッド・ブルックス博士の基本設計によるもので、センサーで障害物を察知して避けるだけでなく、部屋の形状や家具の配置を頭の中に作成し、ムダの少ない経路を考え、二度と同じところを通過せずに効率よく掃除していきます。

部屋の地図、モデルを作成してしまうあたりは汎用的な処理をしますが、果たすタスクは掃除のみ。専門的な「弱いAI」だと言えます。

ただ、「弱い」という言葉こそ付いていますが、強力な計算パワーを持つ「弱いAI」は人間の能力を拡大し、問題解決を助ける強力な道具なのです。

 

AIによって、人の仕事は変わるのか

━━5年後、10年後、30年後、AIによってなくなる職種、業界はありますか?

メタデータ野村氏インタビュー前編2

人間は、目の前で他の人が注射針でチクっと刺されるのを見ていたら、相手の痛みを想像して、感じることができます。質問の答えになるかどうかわかりませんが、現時点で、そういう人間の持つすばらしい能力を備えたAIを作れる目処は一切立っていません。人と人とのコミュニケーションは、膨大な知識と常識に支えられて、「あなたが私について、私があなたについてこう思っているであろう」ということを想像しながらやりとりが進んでいきます。これは強く汎用的で大規模知識・データを備えているAIであっても、再現不可能なことです。

たしかに、過去には機械化によってなくなってしまった職業があります。例えば、かつては大勢の女性が電話交換手として働いていましたが、現在ではほとんどが交換機に置き換わって自動化されています。しかし、どの職種、どの業界、どの業務にも、さまざまなタスク、フロー、フェイズがあり、それぞれの局面で人間にしかできないコミュニケーション能力が必要とされます。

例えば、コールセンターに着電が重なり、人手が足りず、隣の部署のリーダーのところに行き、2時間だけスタッフを2名貸してくださいと交渉する。こちらからの提案に満足していない顧客から、細かな要望を聞き取り、齟齬を埋めていく。こういった交渉事を見事に成功させるAIはありません。そして、そういった業務は医療、製薬に限らず、どんな職種、業界でも必要で、人と人が仕事をしていく上で欠かせない能力です。つまり、どれだけAIが浸透しても、人にしかできない仕事は残ります。繰り返しになりますが、AIは道具に過ぎないからです。

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

メタデータ・野村直之氏に聞く “AI・人工知能時代の働き方” 後編 に続きます!

 

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