「治験」とは?意味と用語を知る|佐藤健太郎さんが解説する製薬キーワード
医薬品業界を目指す学生のみなさん(特に薬学部以外の方)にとって、この世界特有の用語の難しさは大きな壁であると思います。そこで本記事では、特に治験に関する用語について解説していきましょう。
治験とは
細胞や動物を用いた実験によって見つけ出された医薬品候補化合物を、健康な人や患者さんに投与し、その有効性や安全性を調べる試験を「治験」と呼びます。「臨床試験」という言葉も使われますが、正確には少々異なります。臨床試験のうち、厚生労働省から医薬品や医療機器としての承認を得るために行われるものを「治験」と呼んでいるのです。
まだ誰も投与されたことがないものを体に入れる試験ですから、治験には必ずリスクがつきまといます。このため、何かあった時にすぐ対処ができるよう、適切な医療スタッフと設備が整った施設で行われねばなりません。また、不正行為が入り込む余地のないよう、多くの規定が設けられています(後述)。
なお、「研究」と「開発」という言葉は通常あいまいに使い分けられていますが、医薬品業界においては明瞭に区分されます。「研究」は試験管や動物レベルの実験で医薬品候補を創出する段階、「開発」は治験によって人体での薬効や安全性を証明する段階という意味で用いられます。
治験に関する用語
第Ⅰ相~第Ⅲ相
治験は大きく分けて3段階から成り、それぞれ第Ⅰ相~第Ⅲ相と呼ばれます。医薬品候補化合物は、動物実験などで安全性が確認されていますが、人体でも同じように安全とは限りません。そこで第Ⅰ相(Phase Ⅰ、PⅠとも略されます)では、健康な被験者を対象に、少量ずつ医薬品候補化合物を投与して、安全性を確かめます。またこの時、どのように吸収され、体内にどう分布し、いつ排出されるか(薬物動態)などを調べることも行われます。
十分に安全性が確認されたら、患者さんへの投与が行われる第Ⅱ相に進みます。第Ⅱ相は前期と後期に分かれます。前期第Ⅱ相(Phase ⅡaまたはPⅡa)では、患者さんを対象に、薬物動態、適応疾患などの検討、順次容量を増やして適切な投与量を調べるなど、慎重かつ段階を踏んだ試験が行われます。後期第Ⅱ相(Phase ⅡbまたはPⅡb)では、少数の患者さんを対象に、有効率や副作用などが調べられます。
第Ⅲ相(Phase ⅢまたはPⅢ)では、いよいよ多数の患者さんに対して医薬品候補化合物を投与し、医薬としての有効性や安全性の確認が行われます。プラセボあるいは既存の治療薬と比較し、どの程度の薬効があるかが調べられます。
第Ⅰ相~第Ⅲ相までで得られたデータを統計処理して審査を受け、十分な薬効と安全性があると判断されれば、晴れて医薬品としての承認が得られます。ただし、承認を受けて販売されてからも、その医薬品の効能、忍容性、副作用、相互作用などのデータは収集され、監視を受けます。この段階を、市販後調査または第Ⅳ相臨床試験と呼ぶことがあります(第Ⅳ相には、治験という言葉は使いません)。
インフォームドコンセント
当然ながら、治験の実施に当たっては、被験者の安全に対して万全の配慮がなされなければなりません。被験者には、どのような試験が行われるか、どのような薬効や副作用が予想されるかなどを事前に十分に説明しなければなりません。
被験者は、治験開始前に、あるいは途中で治験を降りる権利も保証されており、その場合も一切の不利益を受けないことになっています。また、万一副作用による被害があった場合、補償を受けることができます。
治験の実施者は、これらの事柄を被験者にしっかりと伝え、同意の書類に署名を得た上で治験に参加してもらわねばなりません。これをインフォームドコンセントといい、被験者の人権を守るための重要な規定です。
無作為割付
医薬候補品の薬効を正しく評価するためには、適切な対象と比較する必要があります。実際には被験者を2つのグループに分けて、一方に医薬候補品を、もう一方には既存の医薬品あるいはプラセボを投与して、その結果を比較します。後者のグループを対照群と呼びます。
この割り振りの際、不正が入り込む可能性があります。たとえば、医薬候補品を投与するグループに軽症の患者さんを、対照群に重症の患者さんを割り当てれば、医薬候補品を投与したことで症状が改善したかのように見せかけることができます。
これを防ぐため、被験者が2つのグループのどちらかに偏ることのないよう、ランダムに振り分けられることになっています。こうした措置を「無作為割付」と呼んでいます。無作為割付は、治験の公正さを保つためには欠かせません。
二重盲検試験
人間心理とは不思議なもので、たとえ小麦粉の玉を飲んでいても、それが本物の薬だと信じていたら、実際に何かしらの効果が出てしまうことがあります。これがプラセボ効果で、科学的にもその存在は実証されています。裏を返せば、自分が飲んでいるのはプラセボだと知っていたら、この効果は現れないことになります。
先ほど、被験者は医薬候補品投与群と対照群の2グループに割り振られると述べました。しかし前述のように、もし被験者が、自分が飲んでいるのがプラセボだと知っていたら、試験の結果に影響が出てしまう可能性があります。これを防ぐため、どちらのグループに属しているか、被験者には知らされないことになっています。
また、治験を実施する側の担当者がグループの割り当てを知っていたら、意識的あるいは無意識に、データに手心を加えてしまう可能性があります。というわけで、治験の実施者にも、グループの割り当ては知らせずに試験を行うことが望ましいといえます。
いわば、管理者側も被験者側も、目隠しをした状態で試験を行うわけです。こうした試験方法を、二重盲検試験(ダブルブラインドテスト)と呼んでいます。二重盲検試験は、臨床試験の方法として最も信頼性が高いと考えられています。
GCP(医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令、Good Clinical Practice)
厚労省は「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(略称GCP)を発しており、治験を行う者はここに定められた規定を遵守する必要があります。
GCPでは、下記のようなことが定められています。
- 製薬会社は、「治験実施計画書」(医薬候補品の服薬量、回数、検査内容・時期などが記載された文書)を厚生労働省に届け出ること。計画書は、治験を担当する医師が合意したものであること。
- 治験審査委員会で治験の内容をあらかじめ審査すること。
- 同意が得られた患者さんのみを治験に参加させること。
- 重大な副作用は国に報告すること。
- 製薬会社は、治験が適正に行われていることを確認すること。
医薬品医療機器総合機構(PMDA)
治験実施計画書の審査や、副作用などの報告を受け付けるのが、医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency、略称PMDA)です。PMDAは厚生労働省所管の独立行政法人という位置づけで、医薬品の副作用による健康被害の救済や、医薬品の安全性情報提供などの業務を行っています。
治験で得られたデータを審査し、医薬品として承認を与えるのもPMDAの任務です。このためにPMDAには薬学、医学、獣医学、理学、生物統計学などの専門知識を持ったメンバーがおり、様々な角度から治験データを調べ、確認します。また、外部の専門家との協議も行い、より専門的な見地からの審査も行います。
その他、医薬品メーカーの製造体制の調査、ベンチャー企業や大学などからの戦略相談、アカデミアとの連携体制の構築、日本薬局方の原案作成など、PMDAの事業範囲は多岐にわたり、日本の医薬品研究開発を広くサポート・監督しています。
医薬品開発業務受託機関(CRO)
治験は、製薬会社だけが行うわけではありません。製薬会社などから委託を受けて、治験にかかわる業務を行う機関があり、医薬品開発業務受託機関 (Contract Research Organization、略称CRO)と呼ばれます。自力で治験を行う組織を持たないアカデミアやバイオベンチャーなどが、CROに治験を委託するケースがよく見られます。また、大企業といわれるようなところも、業務の効率化を求めてCROに治験をアウトソーシングすることが増えています。
日本では、CROは1990年代に登場しました。現在では国内に30社ほどが存在し、2020年の合計売上高は1867億円に達しています(日本CRO協会による)。世界的には、CROの市場規模は409億ドル(2020年)にも及んでおり、今後も年間6%以上の勢いで成長すると予測されています。
これと似た言葉に、CRAとCRCがあります。これらは組織ではなく、治験にかかわる職種の名前です。CRAはClinical Research Associateの略で、「臨床開発モニター」を意味します。CRAは製薬会社の依頼を受け、治験がルールに則り適正に行われているかの監視を行います。
またCRCは、Clinical Research Coordinatorの略で、主に医療機関に在籍します。製薬会社と被験者の間に立ち、治験がスムーズに運ぶように業務全般をサポートする役割を負います。資料の作成、医師への打ち合わせや報告、被験者へのケアや説明、データのチェックなど、治験に関する多くの業務を取り仕切る役割です。
医薬品規制調和国際会議(ICH)
今から20年ほど前、医薬品に関して「ドラッグ・ラグ」が大きな問題となりました。海外で利用されている医薬品が、日本ではなかなか承認されず、利用開始までにタイムラグが生じてしまうことを指します。
これは、すでに海外で臨床試験を通過した医薬でも、日本で改めて一から臨床試験を行わねばならなかったために起こりました。こうした不必要な遅れが生じないように設置された国際会議が、医薬品規制調和国際会議(International Council for Harmonization of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use)で、ICHと略称されます。
ICHは、日米欧の医薬品規制当局が集まり、1990年に発足しました。日本からは、前述のPMDAがメンバーとして参加しています。ICHの目的は、新薬承認審査の基準を国際的に統一し、動物実験や臨床試験の実施方法やルール、提出書類のフォーマットなどを標準化することで、不必要な試験の繰り返しを防ぎ、承認申請の効率化を図ることです。
ICHは数年ごとにガイドラインを公表し、各国の製薬会社はこれに従って治験を行うようになっています。こうした取り組みや、前述のCRCなどの活躍により、ドラッグ・ラグの問題はかつてよりも大きく改善されています。
リアルワールドデータ(RWD)
一般に、臨床試験(治験)は外界から切り離された施設の中という特殊な環境で、決められた集団を対象として行われます。確実性の高いデータを得るためではありますが、現実に医薬が用いられる環境とは、だいぶ異なっていることも事実です。
そこで近年、実際の生活の中で得られるデータ、すなわちリアルワールドデータ(略称RWD)が注目を浴びています。以前であればこうしたデータを収集することは考えられませんでしたが、スマートフォンなどのモバイル機器、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスの発達と普及により、実生活の中でデータを得ることが可能になってきました。また、手軽にデータが整理できる電子カルテ・電子レセプトの普及も、RWDの活用には大きな追い風です。
治験で得られるデータと異なり、RWDは正確性・信頼性が保証されておらず、収集基準もありません。また、統一的なデータベースのようなものもなく、非常に曖昧模糊としたデータ群です。ただし、医薬が用いられる実地の環境に基づいたデータが、莫大に得られるというメリットがあります。要は、RWDは医療版ビッグデータということができるでしょう。また、RWDの収集から得られたエビデンスを、「リアルワールドエビデンス」(RWE)と呼ぶことがあります。
RWDは、たとえば前述の市販後調査において威力を発揮します。臨床試験ではわからなかった、併発疾患や他の薬との飲み合わせなどのデータが豊富に得られるため、副作用リスクの早期発見にもつながります。また、意図していなかった疾患への効用が発見されるようなことも期待されます。
すでにICHでも、RWDを用いた薬剤疫学解析を開始する動きがあり、データ形式や用語の統一・共通化の検討が行われています。RWDは、今後の医薬品開発における重要なキーワードになりそうです。
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以上、治験に関するキーワードについて解説してきました。医薬品の創出において、治験は非常に大きなウェイトを占める段階です。よく新薬の開発には巨額の費用と10年以上の歳月がかかるといわれますが、その大半は治験の段階に費やされます。このため製薬会社にとって、治験の戦略こそが生命線です。これを担う開発部門は、非常に責任とやりがいのある部署といえるでしょう。