どう考え、どう行動するか? 新型コロナウイルスによる大きな変化に向き合うために
人気連載「バイオテクノロジーの世界」の岐阜医療科学大学薬学部 松原 守教授による緊急寄稿をお届けします。
松原さんは、薬学のプロフェッショナルであり、新たな環境でチャレンジを繰り返してきたスペシャリストであり、また、日々若い人々と接している、サイエンスシフト読者にとって心強い先達。今、この困難の時代をどう乗り切るか、その考え方をお聞きしました。
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当事者として、未曾有の状況を前にして
まさに、未曾有の状況、と言っていいでしょう。
2019年12月に中国湖北省武漢で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、この数か月であっという間に世界に蔓延し、2020年5月半ば現在、感染者数が約450万人、死者数は30万人を超えています。
多くの国で都市のロックダウンや外出自粛要請が出され、世界の人々は自由を失いました。東京オリンピックをはじめ、日々行われていた文化、音楽活動が延期や中止となり、多くの施設が閉館になっています。経済活動は鈍化し、1930年代の世界恐慌以上の大不況がくるともいわれ、これまで経験したことのない状態に世界は大きく変化してしまいました。
学びの現場では、卒業式や入学式さえ行われず、学校自体が閉鎖されているところも多いでしょう(※執筆時:20年5月1日)。授業は対面ではなくオンラインになり、右も左も分からない新入生のみならず、教職員や在学生においても、不安から生じる相当なストレスが溜まっている状況であると想像します。まだまだ先が見えない中で将来の夢すら持てないと悲観する人もいるかもしれません。
実は私自身も、この4月から新しく開設された薬学部に異動し、1期生となる新入生らと共に夢と希望をもってスタートをする予定でした。しかし、未だに新入生の顔も見ておらず、完全に出鼻をくじかれた状態です。
このような未曾有の状況、大きな環境変化を目の当たりにして、私たちはどのように考え行動すればいいのでしょうか?
このような特別な状況でなくても、これから社会へ出ていく中で新しい環境に身を置くことはたくさん出てきます。そのような時に自分の考えや行動規範を持つというのは重要なことでしょう。私自身は、これまで何度も転職しキャリアを積んできたのですが、その環境変化の際に自分なりに心掛けてきたことや考えてきたことがあります。もちろんその考えがすべての人に当てはまることではありませんが、この機会に少しでもヒントにしていただければ嬉しい限りです。そして、今回の新型コロナウイルスの影響で我々の考え方も変わっていくかもしれません。皆さんと一緒に考え行動することで、この慣れない不安な状況を乗り切ってもらいたいと願っています。
正しい情報を伝える、という役割・学び
メディアから流れてくる、さまざまな情報を見たり聞いたりしていると、時に何が真実なのか分からなくなることがあります。今の皆さんもそんな状況ではないでしょうか。そんな時に私が心掛けていることは、日々の研究のように科学的、論理的な思考で考えて物事を判断していくことです。
こういう時には、世の中が感情論に満ちフェイクニュースなどが蔓延しがちです。そういうものに騙されることなく、出来るだけ一次情報(ソースとなる論文、オフィシャルサイトの情報など)を探し、それを読むことで真実の情報を得るように努力することが重要です。そういう作業をしていると何が本質かが見えてきます。是非皆さんも他人の情報に惑わされることなく、できるだけ一次情報をチェックするようにしてください。
そして、その情報を身近な方々に分かりやすく情報発信していきましょう。そのことによって医療・医薬分野での知識が高まってきます。今回の新型コロナウイルスの問題で、様々な医療・医薬関連の内容が流れています。感染症対策はもちろんのこと、公衆衛生、臨床検査技術、医薬品開発に関することなどキリがありません。例えば、PCR検査や抗体検査の意義については、一般の方々には理解しにくく誤解されやすい内容です。科学の疎い身近な人々にその内容を正確に伝えることによって一般の方々の不安や誤解を取り除ければ、社会に対しての大きな貢献となり得ます。これまで学んできた科学的な知識とともに、まさにアップツーデートで得られた知識が確実に生きることになり、皆さんの自信にもなるでしょう。
こんな時だからこそ、どう自分を生かすか考える
新型コロナウイルスの出現によって世界の環境が大きく変わり、我々はこの先どうなるのかということも不安要素の一つです。こういうマインドというのは、新しい環境に身を置くときの不安にも似ています。そんな時にどのように克服していけばいいのでしょうか。
私自身はこの4月の異動を含めると、これまで5回の転職をしました。その度に新しい環境への不安を抱えながらも、それぞれの場所でキャリアを積んできました。その際にいつも考えていたことは、何が自分の強みで、どうやったら組織の中でその強みを生かし、その組織に貢献できるのだろうかということでした。そして、そのような強みのおかげで大きな環境変化による不安を無くしてこられたといえます。個人の強みもそうですが、社会全体にも強みがあれば、今回のような世界が危機的な状況にも対応できるのです。
ここでいう強みというのは、われわれの分野では専門的な知識・技術や経験です。例えば、化学分析に関しては誰にも負けない知識と技術を持っている。あるいは、がん治療薬の開発では多くの経験をしてきた。そういった自分の強みとなるようなものがあれば、新しい環境に行く際の自分への後押しにもなります。もちろん強みは専門知識だけではなく、ICT能力、外国語能力、人間力など様々なものがあります。強みが多ければ与えられた難しい仕事や課題に対応できます。土の中に埋もれた見えない宝物を探すのに、一つのツール(強み)しかないよりは様々なツール(強み)があったほうがその宝物をすぐに見つけることができます。自分にとっての最適なツール(強み)を身に付けることが重要になります。
強みの中には、自分の努力だけではどうしても得ることのできないものがあります。そういう場合は、それを持っている専門家から直接学ぶことが一番です。私の最初の転職のきっかけは、どうしても研究に必要な技術を手に入れたいという思いからでした。その技術を持っていた最高の専門家がいる組織に移り、直接学ぶことで自分の強みにしました。その際、その専門家に認めてもらえるような努力や覚悟がいるのは言うまでもありません。そして、その強みを自分のものにして最終的に結果を出すことで、信頼を得ることにもなります。また、その時の経験が自分の未来の道を広げることにも繋がります。
新型コロナウイルスの影響でこれまで以上に自分を見つめる時間があります。自分はこれから何を強みにしていくのかを考え、それに基づいた将来のビジョンを設計していくプロセスはとても楽しいものです。それによって今抱いている不安も消え去ってしまうのではないかと思います。
ポストコロナの世界を想像しよう!
新型コロナウイルスが流行する前(プレコロナ)と後(ポストコロナ)では、世界はどのように変化するのでしょうか? それに伴い我々はどのように考え行動すればいいのでしょうか?
プレコロナでは、当たり前のように人が会ったり集ったりして、様々なコミュニケーションが生じ、多くの経済活動が行われていました。ネット環境の進歩でオンライン的な要素はその時にもありましたが、新型コロナウイルスが世界中に拡がり、人々は不要不急の外出はできず、仕事においてはテレワークが当たり前の社会に急変してしまいました。私の身近でいうと、プレコロナでは必ず集まって行われていた会議は、今ではほぼすべてがWeb会議になり、それでも十分機能するのだということが分かりました。皆さんの身近では大学の授業がオンライン化になり教育のあり方も変わってきています。
それ以外にも、ポストコロナの世界では、いろいろな側面で人々の価値観が大きく変わってくるのではと考えます。我々が関係する医療、教育分野でも大きな変化があるでしょうし、今はやりたくても出来ないことに対する価値観も変わるでしょう。例えば人と人が会ってコミュニケーションするということでさえ、今とは重みが違ってくるのではと私は思います。そういう中で新しいビジネスが産まれるかもしれませんし、消えてしまうビジネスも出てくるでしょう。皆さんもポストコロナの大きく変わった世界を想像してみてください。その中で自分はどのように生きていくのかを考えるのは、まさに今なのです。
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付け加えるならば、私は薬学部を卒業し30年経った今、また薬学部で勤務することになりました。そしてその年に新型コロナウイルスによる感染症の問題と向き合っていることに何か運命のようなものを感じています。だからこそ、自分に出来ることは何なのかと模索しています。これは自然に湧き上がってきた使命感でもありますが、同時に、そういったモチベーションを持つことによって今の不安な気持ちから逃れるきっかけになるのではないかとも考えています。
同様に、今回の未曽有の状況を前にして、あらためて医療、ヘルスケア領域の重要性を感じた読者の方も多いのではと思います。私自身も薬や治療法が無いということがどれだけ大変なことなのかを再認識しました。更に、フロントラインで懸命に働いている医療従事者や様々な業種の方々の献身的なサポートをみて、あらためてこの分野で働くことの意義を感じています。
この大変な時期を乗り越え成長した皆さんと、いつか一緒にお仕事ができることを夢見ています。最後に、早く新型コロナウイルスが終息して、世界の人々が不安なしに平穏に過ごせることを願っています。