生命に「一番重要」なタンパク質の研究|シリーズ製薬業界・医療業界を変える⼈たちに会ってくる|松原守教授

「薬」について調べていくと、いきつくのはやはり生命の仕組み。そしてその生命の核心にあるのが、タンパク質であるとも言えます。岐阜医療科学大学 薬学部の松原守教授は、そのタンパク質研究の最前線にいます。これからライフサイエンスや製薬の道に進もうと考えている方に向けて、その重要さや面白さについて聞いてきました。世界でまだ誰も知らない生命現象のメカニズムを発見した時、どんな気持ちになるのでしょうか?

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取材協力:

松原 守 さん

博士(薬学)。岐阜医療科学大学 薬学部 薬学科 生化学・分子細胞生物分野 教授。 名古屋市生まれ。名古屋市立大学大学院薬学研究科後期課程修了。薬剤師、上級健康食品管理士、スポーツファーマシストの資格を持つ。 日本学術振興会特別研究員、藤田保健衛生大学総合医科学研究所、理化学研究所、日本オルガノン医薬研究所、カルナバイオサイエンス株式会社、京都先端科学大学(旧・京都学園大学)を経て現職。 専門は「蛋白質科学」「生化学」「分子生物学」「細胞生物学」「創薬科学」「健康食品学」。

今改めて聞く、「タンパク質」とは?

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──松原先生は長年にわたり、「タンパク質」について研究されてきたと伺いました。タンパク質は日常生活でもよく出てくる馴染み深い言葉ですが、あらためてタンパク質は、生物にとってどういう意味を持つ物質なのか、ご説明いただけますでしょうか。

一般的には、タンパク質といえば「栄養素」というイメージがあるのではないでしょうか。お肉やお魚、牛乳や卵に豊富に含まれており、毎日それらの食品に含まれるタンパク質をとりいれることで、私たちは生きていくことができます。

タンパク質は英語でprotein(プロテイン)といい、ギリシア語のproteios (一番重要なもの)が語源です。漢字の「蛋白質」の蛋は卵のことで、白は卵の白身のことを意味することから、もともとは卵に多く含まれる成分として認識されていました。人体の約20%を占めるタンパク質は、体内に水分に次いでたくさん存在します。タンパク質は私たちの体の筋肉や皮膚はもちろん、ツメや髪の毛、鼻水や涙までにも含まれています。人間だけでなく細菌のような微生物から象のような大きな生物まで、あらゆる生物の体はタンパク質によって形づくられているのです。

ミクロな目で見たタンパク質は、20種類のアミノ酸という物質が結合して、鎖のように連なってできた物質です。インスリンのような小さなタンパク質はたった51のアミノ酸からできていますが、筋肉中で大きな輪ゴムのように伸び縮みして働くタイチンというタンパク質は、34,000ものアミノ酸からできています。多くのタンパク質は100〜1,000ほどのアミノ酸から構成されています。

またタンパク質は、生物の体内で他のタンパク質と結びついたり化学変化したりすることで、さまざまな重要な機能を果たしています。タンパク質が担う主な働きとしては、体の構造を支えるほかに(アクチン、ケラチン、カドヘリン)、遺伝子発現の制御(転写因子、RNAポリメラーゼ、ヒストン)、消化などの化学反応を触媒(アミラーゼなどの酵素)、恒常性の維持(ホルモン)、また細菌やウイルスなどに対する免疫反応にも関わっています。人の思考や記憶といった精神の働きにまでも、タンパク質は重要な役割を果たしています。タンパク質はまさに生命活動の中心を担う物質であり、「生命活動の万能マシーン」と言うべき存在なのです。

──タンパク質はあらゆる生命にとって、活動の基本となる物質であるわけですね。先生はとくにタンパク質の「構造」を研究されているそうですが、なぜタンパク質の構造を調べることが重要なのでしょうか?

それは生命活動の主役であるタンパク質の働きを、その構造が規定しているからです。

タンパク質は20種類のアミノ酸がさまざまな順序でつながってできており、さらにそれが複雑に折りたたまれて、立体的な構造をとることで特定の機能を持つようになります。つまり「立体構造の多様性」が、タンパク質の多様な機能を生み出しているのです。

例えば、皮膚をつくる「コラーゲン」は、糸によって編まれた布のような構造をとることで弾力性を生み出しています。また細胞内で別のタンパク質を運ぶ「宅配便」のような役割をしている「キネシン」は、微小管という細胞の道路を歩くために「二本足」を持った形をしています。タンパク質には10,000種類くらいの基本構造があると言われており、その構造によって他のタンパク質や生体物質との関わりが決まります。だからこそ、構造を解析することが大切になるのです。構造に基づくタンパク質の働きを知ることができれば、「生命とは何か?」という疑問の一端を、分子レベルで理解することが可能となるはずです。

またタンパク質研究の成果は、生命の理解を深めるだけでなく、さまざまな産業にも活用されています。医薬品の開発はもちろん、食品、洗剤、繊維、環境などの分野でタンパク質の働きを利用した製品が次々に生み出されています。そうした技術は「タンパク質工学」と呼ばれ、現在の私たちの社会を支える重要な技術の一つとなっているのです。

タンパク質研究のテーマ、その軸は“人の健康”

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──現在、先生がメインに取り組まれている研究テーマについて教えて下さい。

二つあります。一つは「がん、脳神経疾患に対する分子標的治療薬の開発」です。私たちヒトを構成する無数の細胞は、外からの刺激を受けとると、「伝言ゲーム」のように情報を伝えて、さまざまな機能を維持することで健康が保たれています。その伝言ゲームを「シグナル伝達系」と呼び、タンパク質が重要な伝達の役割を担っています。しかしこのシグナル伝達系がどこかで破綻すると、細胞は異常をきたし、がんをはじめとするさまざまな疾患の原因となるのです。したがって、シグナル伝達系の異常のメカニズムを解明することが、病気の治療法や予防法の解明につながります。

多くのがんでは、細胞内シグナル伝達系の特定のタンパク質に異常が見られます。またパーキンソン病やアルツハイマー病、統合失調症なども脳内の細胞のシグナル伝達系が乱れることから発症することがわかっており、それらの原因タンパク質を標的として働く治療薬の開発につながる研究を進めています。

タンパク質というのは、細胞のなかで「リン酸」や「脂質」がその一部にくっつく(修飾される)ことで機能が変化します。細胞ががん化するときにも、タンパク質の修飾が重要な役割を果たしていることがわかっています。私の大きな研究成果の一つに、「ミリストイル化」と呼ばれるタンパク質の脂質修飾が、これまで考えられていた細胞膜との相互作用のみならず、タンパク質間同士の相互作用にも直接関与することを突き止めました。ミリストイル化タンパク質が相手のタンパク質の真ん中に空いた「トンネル」のような構造の中に入りこむ様子を世界で初めて解明することができ、その知見を新たな分子標的薬の開発につなげることができないか、検討を続けています。

もう一つの私の研究テーマは、タンパク質の知見を生かした「機能性食品の開発」です。その背景には、急激に進む日本の高齢化社会があります。いま日本は世界トップクラスの長寿国ですが、実際の寿命と、健康に暮らすことができる「健康寿命」の間に、10年ほどのギャップがあります。多くの高齢者が天寿を迎える前に数年間、寝たきりになったり、認知症や生活習慣病の悪化で苦しんでいたりするのです。そうした事態を防ぐためには、病気になる前に、しっかりとした科学的エビデンスに基づく「予防医療」を進める必要があります。

具体的には、高齢になって筋肉量が減る「サルコペニア」と呼ばれる症状を予防するために、摂取することで筋肉がつきやすくなる機能性食品を開発したいと思っています。運動した時と同じようなメカニズムで細胞内に働きかける運動機能性食品の探索をしており、これまでにいくつか候補物質を見つけています。現在もすでにプロテインや各種アミノ酸などのサプリメントが販売されていますが、高齢者向けに分子レベルでエビデンスを確かめることで、安心して摂取してもらえるようになるはずです。

──タンパク質研究において、近年大きな話題になったトピックは何かありますでしょうか?

近年もっとも世界のタンパク質研究者を驚かせたのは、米国の巨大IT企業・グーグル傘下の「ディープマインド社」が2018年に開発した「AlphaFold(アルファフォールド)」というAIです。ディープマインド社は、「アルファ碁」という囲碁AIを開発し、世界最強の棋士を破ったことで有名になりましたが、その技術をもとに、「タンパク質の構造を予想する人工知能」を開発したのです。

タンパク質は「生命の設計図」である遺伝子の情報をもとに作られます。遺伝子の並びが決まれば、それに従ってアミノ酸の配列も決まるのですが、それが生体内で鎖状に折りたたまれたあと、どういう立体構造をとるかは、よく分かっていなかったのです。既に分かっているタンパク質のアミノ酸配列は数十億ありますが、自然界に存在するタンパク質の構造は10万種類ほどしか解明されていません。もしもアミノ酸の並びから立体構造をコンピュータを用いて推測できるようになれば、創薬をはじめとする技術に革新がもたらされます。

そんな背景から生み出されたアルファフォールドは、既に判明しているタンパク質のアミノ酸配列と構造を大量に機械学習することで、DNAの配列(アミノ酸配列)から精度高くタンパク質の立体構造を予想することを可能にしたのです。アルファフォールドは、2022年中に1億以上のタンパク質の予測を行うと発表しています。さらに開発が進めば、「特定の機能を果たすために、必要なアミノ酸配列の設計」を人工的に行えるようになる可能性があり、医薬領域だけでなく、生命科学全般にインパクトをもたらすかもしれません。

生命科学の世界はわからないことだらけ、だから挑戦してほしい

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──最後に、これから医療やライフサイエンスの道に進もうと考える若い方々に向けて、伝えたいことを教えて下さい。

学生に対していつも言っていることですが、研究というのは誰も知らない世界初のことをするので、その意義を感じてどんな小さな発見でもいいので学生時代に経験して欲しいと思います。私自身の経験でも、自分でも想像しなかったミリストイル化タンパク質の新たな機能に関する構造を世界で初めて発見したときのことが忘れられません。夜中の2時ぐらいの研究室で、ぽっかりとタンパク質に空いたトンネル構造の中を、ミリストイル化タンパク質が通り抜ける様子を画像で確かめたのですが、そのときの興奮は今でもはっきり覚えています。その喜びは、例えていえばスポーツ選手が世界新記録を達成したのと同じような感覚だと思います。研究者を目指す学生さんには、ぜひその大きな喜びを味わってほしい。生命科学の世界は、まだまだわからないことだらけです。

例えば我々はなぜ眠って、起きるのか。それも究極的にはタンパク質レベルで解明できるようになるはずです。人間のような高次の生命体がなぜ生まれたのかはもちろん、細菌やウイルスですらその機能の全貌はまだぜんぜんわかっていません。これから生命科学の世界に飛び込む学生さんには、自分たちのアイディアをもとに起業したり、社会に大きく貢献できたりする可能性があります。生命科学の未来を作るチャレンジに、ぜひ多くの方に挑んでほしいと思います。

 

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

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