「生産性」現代ならではのもう一つの面とは|ドラッカーに学ぶ生産性の高め方(後編)
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前編はこちら:「生産性」現代ならではのもう一つの面とは|ドラッカーに学ぶ生産性の高め方(前編)
前回の記事では、「生産性」という言葉に隠された、もうひとつの重要な要素を知りました。後編では、「いかに自分の生産性を高めていくか」、その具体的な方法を聞きます。ドラッカー自身も、何十年と続け、その効果が確かめられている技法です。
目標を活用する
―――ただ、経験との相乗効果によって強みが生きるという側面もあるのではないですか?
そう思います。ドラッカーも、大学の学生には、「まずはつべこべ言わず社会に出なさい」と助言していました。考えるべきときと動くべきときがあります。あるいは考えながら動くべきときもあります。はじめから自分が何者かわかっている人などほとんどいないのですから、大学あるいは大学院を出た後に、まったく成り立ちの異なる新しい学校に入学するつもりで社会に出る、現実という最高の教師に教えていただく、その発想が大切なのでしょうね。知識社会では、企業は最高の大学あるいは大学院なのかもしれません。
学校時代は、基本的には与えられた範囲で、過去の経験値をもとにやっていくことができます。けれども、社会人になると、いったん過去の経験値が役に立たない局面を誰しもくぐり抜けることになる。リーチを越えたところで自分を展開する必要に迫られます。今まで付き合ったことのない年代や価値観の人たちとときに活動をともにしなければならない。誰でも状況は変わりません。これは人を半ば強制的に成長させてくれる得がたい一時期です。
自分の強みや自分にできることがわかるようになるのに、揺らぎの中に身を置くことが必要なのだと思います。ドラッカーも自分が何者かわかるようになったのは30歳を越えたあたりだったと書いています。このことは多くの人々の実感にも合致していると思います。
―――生産性を高めるうえでの基本的な方法があれば教えてください。
生産性を高めるためには、まず自分のやり方、自分の価値観を知ることだと思います。
誰か別の人になろうとしてもうまくいきませんから、自分のやり方、自分の価値観を知る必要があります。
そのために、フィードバック分析とドラッカーはいうのですが、すでに起こったことをクールに振り返り内省する大切さを説いています。たとえば、今まで、定期試験や受験勉強のときなどに、どんなところでどんな方法で勉強するとうまくいったかなどを思い出してみるといいかもしれません。どんなときにホームランを打ったか、そのときの手の感触を丹念に思い出していくことです。成功体験を内省していくと、自分がどんな場所で、どんなスタイルで、どんな方法で強みを発揮できるかが見えて来ることも少なくないと思います。
―――なるほど。何かツールになる考え方はないでしょうか。
目標を活用することです。ドラッカーは目標を考えるプロセスをとても重視しています。というのも、目標を考え抜くことそれ自体が、自分の強みを体系的に展開していく上での基本活動そのものだからです。釣りで言うところの釣り針にあたるかもしれません。
外交官で政治学者のE・H・カーという人が、『危機の二十年』で述べていることですが、医学、工学、物理学など、知識が体系化され進化していく中心にあったのは、「これをなしとげたい」という目標だったというのです。考えてみればその通りだと思うのですね。漫然と考えていたら、結果的に医学が体系化されていたなどということはないわけです。たまたま散歩していたら富士山の頂上に登っていたということがないのと同じかもしれません。
ですから、目標をどう立てるかは、生産性向上のまさに要と言っていいと思います。目標を考え抜くプロセスに意味があるのです。自分が何をなすべきかを徹底的に考えるわけですから。目標を考え抜くプロセスは、意思決定にも役立ちます。
フィードバック分析を使う
―――何か体系化された方法などはありますか。
晩年の著作『明日を支配するもの』で紹介されているフィードバック分析がセルフマネジメントの方法としては代表的なものです。組織についてのものは、1954年の『現代の経営』で展開されている目標管理という手法があり、基本原理は同じですが、セルフマネジメントは個人でできるシンプルなものですので、少し紹介してみたいと思います。ドラッカーはこんなことを述べています。
「強みを知る方法は一つしかない。フィードバック分析である。何かをすることに決めたならば、何を期待するかを直ちに書きとめておかなければならない。そして9カ月後、1年後に、その期待と実際の結果を照合しなければならない。私自身は、これを50年続けている。しかも、そのたびに驚かされている。これを行なうならば、誰もが同じように驚かされるにちがいない」(『明日を支配するもの』)
―――本当にシンプルですね。
はい。原理はシンプルなのですが、実践した方の多くは、「頭脳の筋肉をねじり上げられるような苦しみであった」と言います。簡単に見えるものほど簡単ではないのですね。
そもそも目標を考え抜くこと自体が、とてつもない知的負荷をもたらします。自分のことなのに、いかに何も知らないかを実感させられることもあります。けれども、目標の方向性が見えてくると、何度も繰り返すうちに、何を行うべきかとともに、何をするとうまくいくかも見えて来るようになります。やってみれば、できるかできないかははっきりしてしまうわけですから、現実ほど雄弁な教師はいないということもわかってきます。
ドラッカー自身も、生涯フィードバック分析を活用して、自分の強みを研ぎ上げていきました。フィードバックを継続すると、これまで気づかなかったいろんな情報が耳や目に入ってくるようになります。もちろん耳に痛いことや、目を背けたいこともたくさんありますよ。ふれたくないということは、そのなかにいくぶんの真実が含まれているということですから、やはり現実こそが最高の教師なのですね。外部からの情報に合わせて自分自身を変革していくと、どんどんフィードバックが回り始めます。学習回路がフル稼働してくるのです。
そうなるとフィードバックすればするほど、いろんなことが学べるようになる。同時に、何をすればうまくいくかもわかってきますから、強みも磨かれていきます。何をなすべきでないかも見えてきます。
予期せぬ成功を利用する
―――何かこつのようなものはありますか。
そうですね、「予期しなかったもの」に目をとめよというのがあります。思いもしなかったことや、期待していなかったことが起こったとき、そこに利用すべき機会があるという考え方です。「予期せぬ成功」と呼ばれています。
思いもかけぬことで人にほめられて驚いた経験は誰にでもあると思います。フィードバックのなかには、「人が話していることを聞きなさい」というものがあります。とくに、人が自分に対して言うことの中には、何かしらの意味があります。口にする人にはその人なりの理由があって言っているのです。
たとえば、「電話の受け答えが丁寧ですね」「字が綺麗ですね」「いつも気持ち良く挨拶してくれますね」「先日の会議の司会、とてもよかったよ」など、あえて指摘されていると言うことは、それが当たり前ではない、固有の強みである可能性を示していると考えたほうがいいのです。
同じことは、失敗についても言えます。意識していなかったことがふとした人の指摘で気づかされることは日常生活のなかでは頻繁に起こります。チャンスというものは、「私はチャンスです」と名乗らないのですね。多くの場合、一見するとトラブルであったり、愉快とは言いがたい経路から来ることが多い。後から振り返ると、あのときが大きな機会のはじめだったのだと気づかされることが多いものです。
それらに耳を傾けて、利用するという考え方が大切かと思います。
まとめれば、下図のようになります。自分が行おうと思ったことを書き留め、実際の成果と比べ、うまくいったことを利用し、弱みを廃棄し、結果としてより豊かな実りを生んでいく、というイメージです。
このフィードバック分析をご自身の知のアーキテクチャに組み込んでしまえたら、とても強いと思います。
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①何かをしようと考えたとき、期待する成果(目標)をただち書き留める。
②9~12か月経ってから、期待と実際の成果をクールに照合、内省し、うまくいったものと予期せぬ成功を探し、うまくいかなかったものを廃棄する
③できたことをさらに展開するための次の目標を考える。これを繰り返す。
◆ ◆ ◆
―――ドラッカーが読まれ続ける理由がわかった気がします。初学者にとってのお勧めの本を教えていただけますか?
セルフマネジメントでは、『プロフェッショナルの条件』だと思いますね。若い方に手にとってほしい本です。ふだん漠然と考えている問いに対する一つの道筋が、明晰な言葉で書かれているのに驚くと思います。フィードバック分析のことも詳しく書かれています。
さらに関心が出てきたら、『マネジメント【エッセンシャル版】』、--『もしドラ』の主人公が最初に手にとった本です--がマネジメントの中核がコンパクトに書かれているので、ご覧になるといいと思います。
ドラッカーはやや用語や言葉遣いに独特なものがあるのですが、慣れてくるとかえって、あれもこれもわかってくるようになります。ですので、経営書やビジネス書と言うよりも、教養を身につけるくらいの気持ちで手にとるとよいのではないでしょうか。実際に、ドラッカーの書物は最高の教養書です。世界に対する見方をぐんと広げてくれます。
ある程度年を重ねた方が、しばしば「もっと早く読んでおけばよかった」と言うのを耳にします。若いときにドラッカーを手にできたら、それはとても恵まれたことかもしれないと思います。
―――最後に、メッセージがあればお願いします。
繰り返しになるのですが、新しい学校に入るつもりで、現実という先生に弟子入りするつもりで、社会人をスタートしてみるのも、一つの考え方かと思います
マネジメントの語源は「手綱を握る」というところから来ているそうです。変化の速い時代ほどに、手綱をしっかりと握っておく必要があります。そうでなければ、ただ翻弄されるだけです。そのなかで、利用できるものはすべて利用するくらいのしたたかな知性がなければなりません。「利用する」のです。置かれた環境も、人間関係も、変化も、すべてを自身のプロとしての成長に利用する。そうして、育っていくことが、ひいては所属する会社や社会への貢献になっていきます。
現実の世界は人間の頭脳で処理できるほど単純ではないのですから、あらゆることを論理的に計画しようとしないで、まずは現実というピッチャーの投げるボールをしなやかに打ち返す気持ちで、バッターボックスに立ってみるのも一興ではないでしょうか。世阿弥の言葉に、「してみてよきにつくべし」というのがあります。やってみてうまくいけばどんどんやってみるのがよいという意味に私は解しています。常識にとらわれないのも一つの知性の働きなら、常識にあえてとらわれてみるのも一つの知性の働きなのですから。そのときどきで、うまくいきそうなものを追求すればいいと思います。
ドラッカーは、未来についてわかることは二つしかないと言っています。一つは、「未来はわからない」ということ。つまり、「未来は知りえない」ということがわかっている。もう一つは、「未来は現在とは違う」ということです。常に変化し、流転していく。
ならば、自分で未来をつくることも十分にできるわけです。たとえば、日記を書くことはフィードバックのための強力な行動になると思いますが、今日から日記を書き始めたら、それだけで自分の未来は確実に変わってしまうのです。人生の手綱をしっかりと握り、未来をつくっていくために、今できるささやかなことから始めてみてはいかがでしょうか。