『これまでにないOD錠を作る』~ジェネリック医薬品づくりに関わるプロフェッショナルたちのシナジー 第1回
医薬品において、効果効能はもちろん大切ですが、その飲みやすさも患者さんにとっては大きなポイント。粉状や液状、カプセルなど、飲みやすさを左右する多様な形状の薬がある中、OD錠という新しい剤形が近年注目を集めています。
OD錠とは、水と一緒に飲むことが基本の従来の剤形と異なり、唾液など少量の水分で溶け、水なしでも飲める口腔内崩壊錠という錠剤のこと。外出先での服用や薬を飲みこむのが苦手な子供、高齢者や水分制限がある方などさまざまな場面、さまざまな方に対して、服薬の負担を軽減できる便利なものです。
ただ、その画期的な剤形ゆえに、作り手にとっては悩ましい課題が多い場合も。そんな困難が待ち受けるOD錠の開発に知恵を合わせて挑み、見事に理想形へと作り上げた、2人のプロフェッショナルに開発秘話をうかがいました。
取材協力:
沢井製薬株式会社 製剤研究部 部長(当時は、製剤Ⅳグループ グループマネジャー)
柳 敏宏(やなぎ としひろ)さん
ジェネリック医薬品の沢井製薬で、その要ともいうべき製剤研究を取りまとめるリーダー。今回のテーマとなる新しいOD錠の開発に携わっていた時は、製剤グループのマネジャーとして、次に製品化する原薬・添加剤などの選定や処方設計も担当。難題続きのプロジェクトだったにも関わらず、その困難をも楽しむことのできる、逆境に燃える強さの持ち主。
取材協力:
株式会社ダイセル 新事業開発室 製剤ソリューションズGr グループリーダー
(当時は、新事業企画開発室 兼 総合企画室 主席部員)
平邑 隆弘(ひらむら たかひろ)さん
セルロイドを出発点に医薬品や電子機器、自動車関連品など、幅広い化学原料や化学技術を提供するダイセルで新製品や新事業の開発を担当。研究所出身で、プロジェクト推進時は、新事業企画開発室 兼 総合企画室 主席部員として、医薬品添加剤のチームをわずか3人から立ち上げ、自社ではもちろん、業界でも前例の少ない革新的なプレミックス添加剤の開発に邁進。
OD錠の課題解決への道を開いた、「プレミックス添加剤」との出会い
━━新しいOD錠の開発に着手したのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
柳氏:ここ数年、いくつかのOD錠が発売されているのですが、口の中で溶けやすいけれど錠剤として脆かったり、空気中の水分を吸収して崩れやすかったりと、どこかに問題がありました。沢井製薬の当時のOD錠も、錠剤としては硬くて安定性が高いけれど、溶けるのが若干遅いという課題を抱えており、研究を重ねていました。そんな時、いろんな添加剤を試している中に「これは!」と思うものがあったのです。それが平邑さんからいただいた試作品でした。
平邑氏:まだ本当に試作品レベルのものだったのですが(笑)、「一度評価してもらえませんか?」と。添加剤と添加剤を混ぜて粒にしたプレミックス添加剤という、あまりない形態のものだったので、どうやって薬事を通せばいいか、どのレベルになれば実用化できるかもわからないまま、ラボで作った試作品をお渡ししたんです。
━━今までにない添加剤、初めてそれを見た時はどう感じましたか?
柳氏:OD錠というのは本来、「溶けやすさ」と「(錠剤としての)硬さ」が反比例するものです。以前にいくつか他社のプレミックス添加剤を試したのですが、どれも溶けやすいと脆くなり、硬いと溶けにくい。しかも医薬品への使用前例もあまりなかったので、躊躇するところもあったのです。それが、たまたま試してみた平邑さんたちのものは違っていて、溶けやすいのに硬い。新たな理想形にたどり着けそうな予感がしました。
━━ダイセルさんとしても、それを目標に試作品を開発していたのですか?
平邑氏:はい。今までのOD錠は、圧縮を軽くしたり、錠剤の中に唾液が染み込む隙間を作ったりすることで溶けやすさを実現しているものが多かったと思うのですが、それらに頼らず崩壊する仕組みを作りたいと考えていたのです。硬くて割れにくいのに崩れやすい。唾液の水分では崩壊するのに、空気中の水分では崩壊しない。なんて、無茶な難題みたいですが(笑)。実は、開発のパートナーだったニチリン化学工業さんの原料にその難題をクリアできそうなものがあって、使いやすいようにと4種類の添加剤を混合・造粒したのが試作品でした。
製品化までに待ち受けていた課題の数々
━━そんな画期的な添加剤との出会いがあって、理想のOD錠ができたのですね。
柳氏:と言っても、そこからがなかなか難しくて(笑)。まずプレミックス添加剤と原薬粒子を均一に混ぜるのが難しかったのです。通常の添加剤は粒子の細かい粉なので、原薬と一緒に練ることで混ざりがいいのですが、プレミックス添加剤は粗くてなかなか均一に混ざらないのです。
平邑氏:粒子の大きさが違うことで苦労しましたね。添加剤だけで固めて、ある程度の粒になっているので、混合が難しい。これもプレミックス添加剤の弱点というか、難しい課題です。
柳氏:さらに味も問題。ジェネリック医薬品は形状だけでなく、飲みやすい味や食感も大切。今回の原薬は苦みがあったのでコーティングしていたのですが、せっかく抑えた苦みが、添加剤と混ぜ合わせると酸っぱくなったり、味が変わったりすることもあるのです。幸い今回使ったプレミックス添加剤は、味が変わらなかったのは助かりました。
ただ、苦みが出ないようコーティングしているので原薬粒子は濡れにくくて、プレミックス添加剤は早く溶かすものなので濡れやすい。そんな相反する性質のものは混ざりにくくて、最終的には原薬粒子に工夫を加えて、やっと完成したというところです。
平邑氏:でも今、実際に病院で処方されて飲んでみると、食感のよさに驚きますよ。「あのプレミックス添加剤がこうも飲みやすい素晴らしいOD錠になるのか!」と(笑)。プロの製剤技術の高さを思い知りました。
最終関門は、新しい医薬品添加剤としての承認審査
━━形状、味、混合状態、と何重にも苦労を重ねて、やっと完成ですね。
平邑氏:それが、また別の大きな課題がありました。ややこしい話になりますが、今の日本のルールでは、一つ一つの添加剤は実績のあるものでも、それを混ぜたら新しい添加剤としてみなされるのです。しかも、固めて粒にしているので製剤のルールも関わってきて・・・。とにかく薬事申請は大変でした。なにしろ前例が少ないので、コンサルタントに聞いてもわからない。沢井製薬さんのさまざまな部門の方に相談させていただいて、なんとかクリアできました。それがなければとても実用化はできませんでしたね。
柳氏:ウチとしても絶対完成させたかったので、そのプレミックス添加剤が必要でしたからね。例えば成分を教わったところで同じ添加剤はできないし、ダイセルさんの製造ノウハウがあってこそ実現できたことです。とはいえ、当初としては初の試みだったのでどういう審査を受けるかわからず、承認まで大変ではありました(笑)。
平邑氏:新しい添加剤として使うからこそ審査が厳しいことは予想されたので、理論武装としてかなり分厚いレポートを用意して待ち構えましたよ。試験方法も自分で作るしかなくて、滴定法とか吸光度分析とか、分析法だけでもA4用紙何枚に渡ったことか。
━━それほど苦労をしてでも続けたのは、すごいものができるという確信があったから?
平邑氏:確かに、そこまでしてプレミックス添加剤として実用化する価値があるのかと自問自答したこともありました。我々も提供するのが難しいし、使う側の沢井製薬さんも何手間もかかる。プレミックス添加剤が広く普及していない理由がそこにあるのです。よほど素晴らしいOD錠ができないと、受け入れられないだろうと感じていましたね。沢井製薬さんの社内でも、柳さんが方々説得してくださったとお聞きしましたよ。
柳氏:そうですね。分析部門や申請部門など、いろんな部署に交渉しました。「リスクはあります」と。でも、それほど難しい試みだからこそ画期的なものができると確信していたし、他社に大きく差をつけられると信じていたんです。
厳しいルールをくぐり抜けて新しいことをやる。ものづくりの醍醐味
━━他の製品と比べて、開発時間は長くなりましたか?
平邑氏:開発を始めてから、お渡しできるプレミックス添加剤の試作品ができるまでが1年。
柳氏:そこから一緒に製剤化の研究開発を始めて、製剤の試作品が完成し、申請するのに1年ぐらい。大変なことばかりでしたが、開発期間としては特別長くもなかったですね。
━━短い時間に苦労がギュッと詰まっているんですね。
柳氏:その時は大変だったのでしょうけれど、今思えば面白かったかな(笑)。いつも何かしら大変ですし、新しいこと、やったことがないことをやるのは面白いので。
平邑氏:私も本当に貴重な体験をしました。私の開発人生の中でも一番印象に残る製品ですね。自己満足かもしれませんけれど、いろんな人が携わって生まれたその薬には、ドラマが詰まっているようにも思えます。
━━実際に完成した時の感想は?
柳氏:自分の中では最高レベルのものができたと思います。営業部から、「沢井製薬のOD錠は飲みやすくて、薬局での扱いやすさまでよく考えられている」と先生に褒めていただいた、なんて聞くと本当にうれしいですね。新薬メーカーはどちらかというと製剤工夫というより有効成分が重要というところがあるかもしれませんが、ジェネリック医薬品にとって製剤技術は要で、そこには自信がありますから。
平邑氏:化学メーカーのわれわれとしても、今回のプレミックス添加剤が製品化できたのは本当にうれしいです。他社の添加剤を資材とし、それらの混合を工夫して別の新しい添加剤を作るという、本来ライバルである会社と協力し合うという醍醐味もありましたし。添加剤は脇役なのですが、特殊な流通形態で今回の新プレミックス添加剤が完成し、業界内で新しいモデルケースが生まれる機会にもなったと思います。
━━大変だった分、喜びもひとしおですね。
柳氏:そうですね。承認が取れた時点でも手ごたえはあったし、工場で製品として生産された時もうれしかったですね。新しい添加剤の承認を通すなんてことも、なかなかできない経験です。理想のOD錠ができて、結果的にはすべてよかったと思っています。
平邑氏:本当ですね。苦労したからこそ、次からプレミックス添加剤を使いやすくなりましたからね。ダイセルはこのおかげでプレミックス添加剤に特化した、ちょっと変わった添加剤メーカーになりました。
━━お互いの強みが相乗効果を発揮したのですね。今後それぞれに期待することはありますか?
平邑氏:今回のプレミックス添加剤について、性能については自負しているのですが、それでも万能ではなくて、研究を続けるうちに弱点も見つかってくる。その情報をいただけるのはありがたいし、改良したものをまたご提供できるようにしたいですね。
柳氏:ジェネリック医薬品は多数出ていて、技術も落ち着いてきているので、何か新しいものを見つけないと差別化しづらいのが現実。今後とも新しい材料を期待しています。
違う分野に目を向けられる好奇心が大切
━━最後になりましたが、製薬業界を目指す学生さんにメッセージをお願いします。
柳氏:自分で決めたものが工場で生産され、病院で処方されて患者さんの手元に届く。ジェネリック医薬品は、仕事が形として目に見える、達成感のある分野です。実感するのは好奇心の大切さ。例えばOD錠がラムネ菓子をヒントに生まれたように、違う世界に目を向けられることは大事。ただデータの数字を見るだけじゃなく、その数字の理由を推察でき、いろんなことに興味を持てる人が向いていると思います。困難を楽しめ、逆境に燃えられる人ならなおよし。どんどん好奇心をもってチャレンジしてほしいですね。
平邑氏:製薬会社といっても、クリエイティブに研究開発する人もいれば、クールに分析する人や、隙のない申請をおこなう人、計画的にマネジメントする人など、さまざまな志向の人がおられます。理学・薬学だけでなく、違った専門性を持つ人が活躍の場として選ぶのもいいと思いますね。