調べるための読書術【第1章 読む前に】〜『実践 自分で調べる技術』著者・上田昌文氏寄稿〜

 調べものをするときに、あなたはどのような手法を使いますか?

 大学生や大学院生なら、レポートの作成や論文執筆を行うために、たくさんの本や論文を読まなくてはならず、面倒だな…ダルいな…と思ったことがある方も多いのではないでしょうか。研究や仕事において、自分で課題を設定し、調べるという過程では、読むものを選ぶ段階で、何を選べば良いかわからず、途方に暮れてしまう、ということもあります。

 ですが、調べるための読書にも実は方法があるとしたらどうでしょうか。
効率的に調べものをすることができるとしたら、その技術を身につける方法を知りたいですよね。

 そこで今回は、『実践 自分で調べる技術』の著者・上田昌文さんが実際に行っている読書術をご紹介いただきました。
「調べることのプロ」である、上田さんの読書の技術は、調べることはもちろん、考えるためにも必要な技術です。本を読む、調べる、自分の頭で考えることはサイエンスシフトでも力を入れている内容です。学生の間だけではなく、社会人になっても使える力をぜひつけていきましょう。

 

快適に読むための、身体と環境のこと

 読書は、時に、何事にも代えがたいほど楽しい。その楽しさはどこから来て、どう持続できるのだろうか。

 誰しも寝食を忘れて本を読みふけった経験はあるだろう。音楽を聴いたりテレビや映画を観たりゲームをしたりしても、同様のワクワク感、ゾクゾク感を味わうことはあるが、読書には他のどれにもない一つの特徴がある。それは、受け身では成立しない行為だ、ということ。読むという行為には意志が要る。その証拠に、BGMとして音楽やおしゃべりを流すことはあっても、「朗読」を流し続けるというわけにはいかない。注意深くその文なりその語りなりを理解しながら追い続けなければならない。自発的な能動性を発揮して何らかのゴール―例えば「読み切る」こと―を達成するという点で、読書は登山やスポーツに似ている。登山やスポーツの意志力は身体から来る。読書もまた身体とは無関係ではあり得ない。

 あなたは立って本を読んだことがあるはずだ。ただそれは満員電車で立たざるを得ない時だったりするわけで、普段は座って読むことが多いだろう。だが「座って」するデスクワークの習慣は、それが長時間であればあるほど、健康へのリスクが大きくなるらしいことがわかっている。背中もついつい曲がりがちで、よろしくない。ならば、読書する姿勢を「座って」「寝転がって」「立って」と変化をつけてみようではないか。筆者は、その3つの姿勢を、およそ1対1対1で、切り替えながら―これが同時に気分転換にもなって―あまり疲れを感じないで、それなりに長時間の読書とデスクワークを日々こなしている。机は「立つ」用と「座る」用の2つ、そして「寝る」用には、「ヨガマット+座布団(2つを使って敷布団がわりに)」「ハンモック」の2種類を、交互に使っている【写真】。作業のためのPCは「立つ」用の机にあり、したがってこの原稿も立って書いている。

 もちろん、これら以外にも、トイレで読む、風呂で読む、といったこともある。トイレと風呂は、「読んだり考えたりするには意外と集中できる場所」と多くの人が感じているだろう(それにはじつは生理学的な理由がある)。トイレは毎日のことだから、一気読みに適さないもの、例えば、覚える必要がある外国語の例文集や単語集、専門分野の用語集、百人一首のような断章を束ねた古典などを、少しずつ読むのに適している。風呂は、好きな本を湯に浸かりながら読むとリラックスできて最高の気分になれるのだが、筆者は調子に乗りすぎてのぼせて命を落としそうになったことがあるので、おすすめしない。

 本を読む時は、手で本を持ち続けるという負担をできるだけなくし、ページを繰る時にだけ手を動かす、というのが理想だ(寝ながら本を手に持って開くと、しばらくすると肩や腕が痛くなる)。そこで登場するのが書面台だ。机に向かう場合は、むろん市販の書面台を使えばいいのだが、「寝る」用はそうはいかない。特にハンモックでは使えないだろう。そこで自作することになる【写真】。詳しくは述べないが、やってみたい方は写真を参考にしてもらえれば、と思う。

 この時、とても大事になるのが、照明だ。明るすぎず、暗すぎず、自然光に近いソフトな光がよいと思うが、最近は手頃な値段で、調光が可能なよい電灯がたくさん売られている。

 読書のための肝心要の器官、『目』を守るためには、照明に限らず、目に関わるあなたの環境と習慣をチェックし、よりよいものに整えていくことが必須だ。メガネは本当に度の合ったものを使っているか。本を読む時に目との適切な距離をとっているか。そして時々本から目を離して遠くを見るなりして目を休めているか。PCやスマホの画面で文書や、場合によっては小説を読むのもあたりまえになっているが、目への負担が大きくなりがちな、そうした機器の使用頻度が高ければ高いほど、目を守ることへの配慮はますます必要になる。眼科での白内障や緑内障などのチェックも、機会をみて行っておきたい。

 歳をとってからでも快適に読書できる目や身体を持っていることは、言葉に尽くせないほどの人生への恵みになるだろう、と筆者は思っている。

 

「読みたい」と「読める」を叶える技術3選

 繰り返すが、読書は意志力である。だが、意志力だけでピアノが弾けるようになったり、美味しい料理が作れるようになったりするわけではないように、夢中になれること、夢中になるなかで自ずと技が身についていくこと、があってはじめて、意志力が空回りしない生きた推進力となる。ピアノや料理のように「習うもの」ではないだけに、「技」があるとは思えないかも知れないが、「いや、そうではない、技はある」というのが筆者の考えだ。

 その技は、多岐にわたっていて、しかも自分の置かれた状況に応じて何が適しているかが違ってくるので、定型化しづらいのだが、「読む前」のことで言うと、次の3つのそれぞれに技がある。

(1)読みたいという意欲を作ること
(2)読む時間を作ること
(3)本を手に入れること

 それを順にみてみよう。

 

(2)読みたいという意欲を作ること

 これは、すでに幼少期より読む習慣が身についている人には、克服済みの問題であろう。10歳代で乱読に溺れた経験がある人は幸いなるかな。「この世には、到底読み尽くせないけれど、とんでもなく面白い本がごまんとある」ことを実感した人は、以後、その感覚を失うことはなく、自分にとって面白い本の世界を探検し続けることになる。成人して「仕事で読まなければならない」本は、自身の探検の対象にはならないのが普通だが、それでも、その種の本を読む際にも、それまでに身につけたなんらかの勘のようなものが働くだろう。読書の習慣が身についていない人に比べて、それがある人は、仕事をこなすことにおいて、予め優位に立っていることになる。

 読みたいという気持ちが常に自分のなかに生まれるようにするのが、読書の習慣化につながるのだが、ここで確認しておきたいのは、次のことだ。

 「読む」という行為で受容するのは、モノとしての本ではなくて、その本に文字という伝達可能な記号で記された「物語」や「情報」や「思考」や「思想」の“内容”であり、それと不可分なそれぞれの“語り方”である。したがって、この世界の森羅万象のうちのなんらかの事象の、内容や語り方に好奇心を持ち、自分なりにさらに知りたい、味わいたい(感じ取ってみたい)という気持ちさえ持てれば、その気持ちに応えてくれる、何らかの本なり、文章なり、書き手なりに行き着けるはずなのだ(それほど「言語」で築かれてきた本の世界は広く奥深い)。

 そこで、「読書の技術」の筆頭に来る事項(Tips)は、

●好奇心を研ぎ澄ませ。自分が今一番気になること、知りたいことは何かを明確にしよう。それに応じてくれるような、本や文章は何か、そしてその書き手は誰か、を探そう。

 となる。

 ここで言う「好奇心」はもちろん、例えばゴシップ記事に向けられるような類のものでない。自分のなかで生まれた、疑問、違和感、不思議だと思えることを鋭く意識化し、言語化してみることを指す。好奇心を研ぎ澄ますには、いろいろなやり方があると思うが、例えば筆者は、次のようなことを自分に課している。

①どんな情報や知識も、鵜呑みにするのではなく、自分なりに本当に納得できるかどうかを、できる範囲で、いつも自問自答してみること(反証や異なる見方を想像してみること)。

②本や雑誌に掲載された情報や意見でも、とりわけネットに出るものでは、出典や根拠が示されないままのものが少なくない。そのようないい加減な載せ方をしている著者や出版社のものやネットのサイトは二度と見ないようにするか、あるいは見るにしても、それとは異なった(反対の)意見や情報をあえて探して、距離を置いて見ることができるようにすること。

③ある言説やデータの根拠が見出せない、思いつかない場合は、その言説やデータの意味するところが自分にとって大切だ(あるいは社会にとって大切だ)と思える場合は、自分で調べるしかない、と覚悟を決め、できる範囲で実行すること。

 この③については、「サイエンスシフト」でも取り上げていただいた『実践 自分で調べる技術』(岩波新書)に、そのやり方を系統立てて詳しく述べた。参考にしていただければと思う。

 

(2)読む時間を作ること

 一般的に言って、「暇」「金」「相手」の三つのどれが欠けても恋愛はなかなか成立しないが、読書はそうでない。暇がなくても、金がなくても、読書はできる。「相手」は図書館や書店にほぼ無数にいて、接近しようとするあなたを拒むようなことはない。本に対する恋慕にも似た熱い気持ちは、失恋に終わることはないのだ。

 「読む暇がない」というのは常に嘘である。「食う暇がないから食わない」という人はいないだろう(決して好ましくない「早食い」で済ませている人はいるだろうけれど)。食うことと同様に、「飢え」、つまり、「何が何でも読まずにはおられない」という精神状態が、読むことでは起こり得る。ないのは、暇ではなくて、読むことへの熱烈な意欲なのである。それはもちろん、本へのフェティシズムではない。知ること、想像の世界に遊ぶことの楽しさを満喫しようとする、生きることそのものへの意欲だ。

 ウォークマンや携帯電話が世に出るはるか以前から、持ち歩いてどこででも読める文庫本が誕生し、本は図書館と書斎に閉じ込めておくものではなくなった。筆者も海外への旅行や出張のたびに携えたさまざまな文庫本があり、その本を手にするとそれぞれの土地での記憶が蘇ってくる。寸暇を惜しんで夢中で読むことになればなるほど、不思議なことに、それを読んだ街での経験の記憶がその本に深く刻まれてしまうようなのだ。

 読む時間は常にある。とはいえ、それは、その時間を作り出すある種の技があってのことかもしれない。現代においてはその技の一つは、じつに単純なことなのだが、本当に読みたい本があり、それを読む時間を確保したいのなら、テレビを、そしてスマホでネットを、なんとなく眺めたり、覗いたりすることを止めてみてはどうか、というものだ。情報や物語を受け取るという意味では、テレビやスマホも本と変わらないではないか、という意見もあるかもしれないが、筆者はそうではない、と考えている。本を読むという、精神の能動的で持続的な集中でしか得られない、何かがあるのだ。

 そうしたわけで、筆者が考えるその技の項目(Tips)の第二は、

●どんな細切れの時間でも、すぐ取り出して読むことのできる本を、常に1冊か2冊持ち歩こう。漫然とスマホやテレビに費やしている時間があるとすれば、それを止めて、その時間を読書にあててみよう。

 となる。

 

(3)本を手に入れること

 読む意欲もあり、読む時間も確保することができているとして、では自分にとって「読んで良かった」と心から言えそうな良い本をどう選択するか、が問題になる。

 調べたいことの焦点が定まっている場合は、すでに読んだ本で言及されていたり、参考文献に挙げられていたりするものから、めぼしいものを選んで、ということになるだろう。だがそのような場合でも、数多い文献のなかから必要なものをうまく絞り込むことはけっこう難しい。国会図書館サーチなどを活用して、調査の目的にかなった本をどう見つけるかは、『実践 自分で調べる技術』でも詳しく紹介した。ここでは、「調べるため」だけにとどまらず、自分の知的視野を広げることにもなる良い本―面白くかつ自分を鍛えてくれるような本―を選び出せるようになるための、日頃の工夫について述べてみたい。

 まずは、興味を持っているテーマや領域での動向を、本という現物に触れることを通して、体感しておくことをすすめたい。

 現物を手にすれば、「まえがき」「目次」「あとがき」「著者のプロフィール」などの全部を、ものの1分か2分で読めるし、パラパラとページをめくってみて、なんとなくその本が今の自分に好適かどうかの感触を得ることができる。これを一気にかなりの量の本について行えるのは、なんと言っても大型図書館であり、ついで大型書店であろう。筆者は、仕事上の調べをすすめる上で、詳しくは知らない領域のことをざっと把握するのに、都立中央図書館や神奈川県の「ものづくり情報ライブラリー」に半日こもって、この作業をすすめることがよくある。新刊を中心に、ということでは、大型書店めぐりも楽しい。最近はカフェなどを併設した店舗も増えていて、腰掛けて新刊の本に目を走らせることができるのがありがたい。

 それなりの規模の大きな古書店や古本市を訪ねてみるのもおすすめだ。とうの昔に絶版になり、図書館からも廃棄されたにもかかわらず、類書がないがゆえに、今でこそかえって大きな示唆を与えてくれる、という本に、筆者は古本市で何度出会ったかわからない(それに恐ろしく安い値段がつけられていたりして、二重に嬉しいことがある)。「へぇー、こんな本(を書いた人)があったんだ(いたんだ)」という発見は、その本が著された当時の文化への自分なりの参入になっている気がして、じつに興味深いのだ。

 もちろん、新聞の書評、出版社のPR誌(岩波書店の『図書』、新潮社の『波』などがあるが、最近は休刊したりウェブに移行したりするものが相次いでいる)、ネットではアマゾンのレビューや書評専用のサイトやコーナー、読書愛好家が書いているアクセス数が多い様々なブログなどから、役立ちそうなものを選んで、随時目を通すのもいいだろう。YouTubeの動画で本の紹介をしているものも次第に増えてきている。

 選択肢と判断材料は広がる一方だが、こうしたなかで大切なのは、自分の問題意識と合致した信頼できる評者、本の紹介者を見つけることだろう。特に、自分の好みや趣味性が大きく効いてくるテーマや分野では、「この人のセンスは非常に自分に訴えてくるものがある」と感じられる人物は、自分にとってのこの上ないガイド役になる可能性がある。ネットの時代になってそうした出会いの機会が大いに高まったことは、幸運だと言わざるを得ない。

 こうして、本の現物に、そして本を論じて紹介する情報に、触れる機会を活かしながら、いよいよ本を選び、それを買ったり借り出したりして、手にすることになる。ただ、時間と金の節約の面からも、一つだけ守って欲しい原則がある。それは「ベストセラーには手を出すな」ということだ。あなたはあなた独自の、本の世界の探検にでかけたはずだ。他のたくさんの人が今読んでいるから、というのは、その探検の指針にはなり得ない。ベストセラーに手を出すことは、むしろ、あなたがその探検にまだ踏み出せていないことを示すものではないか、と筆者には思えてならないのだ。

 そこで読書の技の項目(Tips)の第三は、

●ベストセラーに手を出すな。たくさんの本に一挙にふれることができる、書店、図書館、古本市となじみになろう。自分の問題意識やセンスに一番近い、信頼できる、本の案内人を見つけよう。

 となる。

 次回は「読む時」の読書の技術を論じる。
調べるための読書術【第2章 読む時に】〜『実践 自分で調べる技術』著者・上田昌文氏寄稿〜

【書籍紹介】

実践 自分で調べる技術(岩波新書)

著者:宮内泰介 上田昌文

調査の設計から、文献・資料の扱い方、聞き取りの方法、データの整理、発表や執筆まで、練習問題を交えながら、調査を意義あるものにする手順とコツを詳しく解説している。学生の論文執筆や小中高の探求学習にも活用できる入門書。

 
※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

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