調べるための読書術【第3章 読んだ後に】〜『実践 自分で調べる技術』著者・上田昌文氏寄稿〜

 上田昌文さんの読書術、最終回をお届けします。
 本を読み終えた後、私たちができる読書術とは。

【連載はこちらから】

読書は旅である


 

 読書はどこか「旅」に似たところがある。

 見知らぬ土地を初めて訪れる旅もあれば、何度か通って馴染んでいる土地に再び足を運ぶ旅もある。

 前者では、これまで取り組んだことのない分野がテーマの本や、あるいは、名前くらいは知っているものの読むのは初めてという著者の本を読み始める時に覚える期待感が似てはいないだろうか。後者では、気に入っている本を再読・再々読する際の安心感と、再読であるにもかかわらず新たな気付きが得られることの面白さに、共通のものがあるような気がする。

 旅はまた、目的に縛られない、ぶらりと散策する気ままな旅もあれば、何かを見聞し、聞き取りや撮影を重ねていく、「調べるための」旅もある。前者は、何時始めて何時終えるのも自由な、楽しみのための読書にそっくりと言えるし、後者は、まさに「調べるための読書」に通じるだろう。

 旅は一度では終わらない。無数にある「行ってみたい所」から、その都度「今の自分にふさわしい旅先」を選び、(ある程度の)計画を立て、実際に訪れる。その経験を積むと、次第に、どんなところをどう訪れるのがよいかが、自分なりに見えてくる。そしてまた、旅を重ねることで自分の内面が豊かになれば──そうなれるようにある程度の手間暇をかけることを厭わなければ──訪れた土地から受け取るものもやはり、より味わい深く豊かなものとなっていく。

 旅で訪れる土地が「書物」であり、旅することが「読書」であるとみなすなら、恵みある旅をもたらす何かは、また、恵みある読書をもたらす何かに通じているのではないか。このアナロジーは、第1回、第2回で扱った「読む前」と「読む時」にあてはめてみても、それぞれに照応するものがあり、それ自体興味深いが、ここではこのアナロジーを用いて「読んだ後」の技を考えてみたい。

 今終えたばかりの旅を、より恵みあるものとするために、あなたにできることは何か──それと同様に、読書、とりわけ調べるための読書では「読んだ後」にどんな技を使うのがよいのだろうか。

 

「読書地図」を描く

 旅をふりかえるのに誰もが行うのは、アルバム作りだろう。旅中のその時々の印象を「思い出」として留めるのに、これほど簡便な方法はない。ただ、当たり前だが、自分が足を運んで観た所は写真に撮れるが、そうでない所は撮れない。旅のふりかえりは、訪れた所だけでなく、「どこを訪れなかったか」もじつは大きな意味を持つ。また旅の奥深さを決める大きな要素に、その土地の地理歴史的な背景の把握があるが、撮ってきた写真を並べればそれができるというものではない。写真に切り取られた風景は、そうした背景に気づくきっかけを与えてくれはするけれど。では、旅のふりかえりには何がもっとも有用なのか?

 それは、地図である。地図は単なる道案内ではない。一枚は、自分の歩いた跡が辿れるような、適度な縮尺の地図を用意して──旅先で得た観光マップの類でもよい──、自分の気づいたことを、できれば旅行中に、短い言葉で書き連ねる。そしてもう一枚は、その街全体の地形や土地利用(住居、田畑、河川等々)などが一望できるような一般的な地図で、先の地図を横に置いて照らしつつ、自分の歩いた場所を再度辿ってみる。

 この作業だけでも、旅全体が俯瞰できて、その旅の自分にとっての「意味」を深めることができるし、また、地図を眺めながら新たな気付きや発見があったりすると、それが次の旅を有意義なものとする手がかりにもなる。

 読書でみると、小さな地図への書き込みは、第2回で述べた傍線や付箋のマーキングに相当するものだが、その後に照らし合わせることのできる「大きな地図」に相当するものはあるのだろうか?

 そんなあたかも世界地図のような巨大な図書目録は存在しないし、あっても使えるものとはならないだろう。じつはポイントは「自分が歩いた場所を再度辿る」というところにある。とても簡単なことなのだが、「読んだ本」をリスト化して、マッピングしてみる、という技がそれにあたるのだ。

 読んだ本は一定の時間とエネルギーを費やした自分の人生の足跡の一部である。書名だけでかまわないので、そこに読了した日付を添えて、例えば、PCアプリとして普及しつつある「マインドマップ」を使って、そこに一項目を書き込む。もし余力があれば、読んだ感想を一言記す。また、自分が調べているテーマや問題をめぐって、これまでに読んだ何冊もの本のどれがどう関連するかを、マインドマップの機能である(枝分かれする)線や囲みを利用して、自分なりにマッピングしてみる。

読書地図イメージ

 読み終わって1、2分でできるこの操作を欠かさず続けていけば、自分があるテーマや問題をめぐって、どんな旅路を歩んだか、この先どんな旅に赴けばいいか、が多少なりとも見えてくる。読んだ本の一つ一つについて、例えば「読書日記」のような形で、感想を書き連ねるのは、大半の人にとって荷が重く、続かないだろう。その点、この「読書地図」は簡単で、次の読書への促進剤になる効果を持つ、有用なやり方ではないかと思う。

 

 読書の技の項目(Tips)の第八は、本を読んだ後に使うもので、

●読書は、旅同様の、自ら赴いて辿った人生の足跡の一部だ。それを自分なりに記録に留めないのは惜しい。読んだ本の書名を、PC上でマインドマップを使って書き加えていく、「読書地図」を作ってみよう。

となる。

 

付箋と傍線を次に活かす

 観光やリクリエーションとしての旅はそれ自体を楽しめればそれで目的を達したと言えるが──ただそうだとしても地図を用いた上記のふりかえり作業は有用だ──、「調べるための旅」となると、むしろ、旅先で収集した種々のデータを旅の後でどう整理して自分なりに「使える」ものとしていくかが決定的に重要となる。

 「調べるための」読書もまったく同じであり、読書で得たデータ・情報・知見を、自分が持つ疑問を解いたり、自分なりの仮説を創ったりそれを裏付けたりするのに、どううまく活用するか、が肝心となる。

 読書のみならず、フィールドワークや観察・計測・実験など、踏み込んだ調査で得たデータを、例えばどう論文作成につなげていくかは、『実践 自分で調べる技術』の第5章「データ整理からアウトプットへ」で、カードやKJ法など使った具体的手法を紹介しているので参照してほしい。ここで紹介するのは、その一歩手前の、読書しながらマーキングした傍線や付箋を、どう手っ取り早く、次の知的活動に生かせるようにするか、という技である。

 筆者は

  • 傍線:「この部分、後で自分で使いたい」「!」という感じで傍線を引く。
  • 付箋(+該当部分の囲み):「この部分、後で自分で調べたい」「?」という感じで付箋を付ける。

 で使い分けている。

 後者の付箋は付けたままにしておかない。事典や辞書類で調べて「これでわかった」という箇所があれば、そこに付け替える。あるいは、PCでネット検索して、その疑問が解けたという場合も付箋を外す。PCの場合はその疑問(例えば「◯◯とは何か?」)をタイトルにしたフォルダを一つ作って、ネット上の役立ったページなどをPDFファイルにして放り込んでおく(Evernoteのようなアプリを用いるのもよい)。事典類に残された付箋は、後々時間のある時にそれが貼られた箇所を読み返すと、知識の復習になるし(大体覚えていたら、剥がしてしまうこと)、「疑問フォルダ」に収集した文書は、自分が何かを論じる際の資料として使えることがあり、有用だ。

 傍線は、それを引いた箇所を丁寧に書き写してカード化したりデータ化したりする人もいるだろうが、筆者はそこまで手間をかけない。傍線部はあくまで自分の新しいアイデアを創り出すためのとっかかり(トリガー)だと心得ている。なので、一冊の本を読み終えた段階で、傍線部を音読しながら、思いついたことを次々にPC上にメモしていく(思いつかなれば、すぐ次に進む)。この時には、『実践 自分で調べる技術』でも紹介した、IdeaFragment2などのアプリが役に立つ(アイデアの関連付け、系統化が容易にできるので)。もちろん、こうしたアイデアの中心には、「自分が今明らかにしたいこと」があるわけで、調べるための読書(読む前→読む時→読んだ後)は、その中心に向けてデータと思考を組織化する作業の一環であるはずなのだ。

IdeaFragment2スクリーンショット

 読書の技の項目(Tips)の第九は、読んだ本を次の知的探求につなげるためのもので、

●わからない、調べなければならない箇所に付けた付箋は、調べたら外せ(調べるまで外すな)。何を調べたかが後からわかるようにしておこう。「これは使える」と傍線を引いた箇所は、読み終わったら一気に辿りなおして、それに触発されて思いつくアイデアをどんどんメモしてみよう。

となる。

 

知の共同性に向けた促し

 旅する人は「対話する人」である。旅する人は一人旅であっても、風景と、その土地の人々と、そしていつもとは違う特別な時間を過ごしている自分と、常に対話する。読書もまた然(しか)り。読者は、著者と、著者が描き出す世界の住人と、その住人とは違う世界にいる今の自分と、常に対話する。読書という孤独な行為は、時空を超えた対話を通して、自分とその書物に媒介された他者との間の精神のつながりを作り出し、自分がそれまでに了解してきた世界が違った世界としてあり得ることに気付かせてくれる。それはじつは、孤独とは対極の、自己の制約を解き放つことに向けた共同の行為なのだ。

 読書という行為が必然的に抱えることになる「対話性」を、「読者と著者」の二項的枠組みからさらに広げてみることが、おそらく、読書をより楽しく、世の中全体にとっても、より有用にしていく術であろう。

 改まって紹介文や書評を書いたりしなくても、ちょっとした感想を周りの人に伝えることで、他の人からの問いかけに誘われて、対話が生まれ、その本を読んだという自分の経験の意味合いが、いくらか深化する。著者が言いたかっただろうことを反芻し、自分の言葉に置き換えて伝えることで、それまでの理解が、やはりまた、いくらか多面的になる。

 それが、自分で何かを調べるために読んだ本であり、その本の何が有用だったか、そうでなかったかを語るのだとすると、その語りを通して、自分がその本から引き出せるものが何であるかが、より明晰に自覚できるようになるだろう。

 読んだ本について語ることができる場とチャンスは、その気になれば、いくらでも作ることができる。またそうした語りを実践している人たちに巡り合う機会も、ネットの浸透のおかげで、飛躍的に高まっている。調べることに重きをおいた読書では、とりわけ、読書で得た知見を、自分なりに咀嚼して、それをどう評価できるか、どう生かせるかを、同じような関心を持っている人たちとしっかり議論して、自分の考えを鍛えていくことが求められる。自分で勉強会を立ち上げるのもよし、他のそうしたグループに参加してみるのもよし、自分なりにとことん調べた後で著者に質問メールを送るのもよし、いろいろな関連する学会に足を運んでみるのもよし。議論の機会を自ら作り出していく意気込みを持ってほしい。

 調べるための読書は、このような、知で結ばれた新たな共同性の構築に向かうことを促すものなのだ。

 読書の技の項目(Tips)の第十は、読書という開かれた精神の営みに応じるもので、

●身近な人に読んだ本のこと、読んで調べてわかったことを語ってみよう。調べたことを活かすには、同じ問題関心を持つ人たちと議論する機会を作ることが欠かせない。著者本人や関連する専門家にも、じっくり調べてみた上での疑問なら、臆することなく、ぶつけてみよう。

となる。

 3回の連載で10個の「調べるための読書」の技を披露した。一つでも実際にあなたに使ってもらえるものがあると嬉しい。

 あなたの読書の旅の幸運を祈る。

【書籍紹介】

実践 自分で調べる技術(岩波新書)

著者:宮内泰介 上田昌文

調査の設計から、文献・資料の扱い方、聞き取りの方法、データの整理、発表や執筆まで、練習問題を交えながら、調査を意義あるものにする手順とコツを詳しく解説している。学生の論文執筆や小中高の探求学習にも活用できる入門書。

 
 
※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

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