「化学者たちの感動の瞬間」「企業研究者たちの感動の瞬間」|佐藤健太郎さんお勧め!製薬/化学の読んでおきたい本

「世界史を変えた新素材」や「すごい分子~世界は六角形でできている」など、最新の著書も大人気のサイエンスライター、佐藤健太郎さんが、サイエンスシフトに戻ってきてくれました!

今回の連載は、前回とは少し違う角度で。テーマは、知的能力、研究能力を高めるための「土台作り」と言える、読書です。研究や化学の仕事で成果を出すのに役立つ本をピックアップ&解説していただきました。

連載2回目となる今回は、「化学者たちの感動の瞬間 興奮に満ちた51の発見物語」「企業研究者たちの感動の瞬間 ものづくりに賭けるケミストたちの夢と情熱」をご紹介いただきます。「研究者になって / 研究をやって良かった!」と思ってしまう2冊です。少し古い本で、なかなかみなさんのアンテナに掛かりづらいかもしれません。しかし、佐藤さんがどうしても紹介したい、意義深いものとなっています。

書籍紹介

「化学者たちの感動の瞬間 興奮に満ちた51の発見物語」

著:有機合成化学協会 (編集)

出版社:化学同人

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「企業研究者たちの感動の瞬間 ものづくりに賭けるケミストたちの夢と情熱」

著:有機合成化学協会 (編集), 日本プロセス化学会 (編集)

出版社:化学同人

<詳細はこちら>

「研究の仕事は一度やったらやめられない」という人がいます。正確には「研究の感動と興奮を一度知ったらやめられない」というべきでしょう。

筆者は研究生活の中で、残念ながら人に誇れるような大きな成果は挙げられませんでしたが、それでも毎日必ず大小の喜びと感動がありました。思い通りに狙った化合物を合成できた、作った物質がきれいな結晶になった、分子のデザインを工夫することで、思い通りの性質を引き出せた、苦労して書いた論文が受理された――などなど、ガッツポーズしたくなること、小躍りしたくなることがたびたび起こるのが、研究という仕事の特質です。他の仕事では、なかなかこうは行かないのではと思います。

しかし研究生活の中で訪れる最も大きな感動は、まだ世界の誰にも成し遂げられていない発明や発見を、自分の手で実現することでしょう。滅多に訪れる瞬間ではありませんが、これを一度味わうと、もう研究はやめられないとしたものです。

 

驚きの発見物語の連続である「化学者たちの感動の瞬間」

ここで紹介する二冊は、まさにその「感動の瞬間」を、有機化学分野の研究者自身の筆で書き下ろした本です。1冊目の「化学者たちの~」の方は初版が2006年発行ですので、少々手に入りにくいかもしれませんが、大学の図書館などには備え付けられているのではと思います。

この本には、ノーベル賞受賞者3氏(鈴木章、根岸英一、大村智)を含む51名の化学者たちの発見物語が収録されています。ジャンルは反応開発、天然物化学、全合成などバラエティに富んでいますが、「感動の瞬間」もまたそれぞれ異なっていて、いずれも読み応えがあります。

内容的には、30年から40年も前に行なわれた実験が多く、最新の合成手法を学ぶような性質の本ではありません。しかし、よく使っているあの反応はこうやって生まれたのかと驚くことが多く、古い内容だからといって価値がないなどということは決してありません。北原武先生の項目にある、反応の際にうっかり溶媒を入れ忘れ、基質同士だけで反応を行なってしまった(!)結果、優れた反応性が発見されたという話など、びっくりするような話も満載です。

植村榮先生の「ホスゲンを吸って死ななかった話」などのような、笑ってしまっていいものかわからないような失敗談もあれば、中西香爾先生による重みのある回想も収められています。山本尚先生の格調高い文体で書かれたハーバード大学留学記などは、科学者による名エッセイのひとつに数えてもよいのではと思えます。

全体を通して、こうしたセレンディピティと悪戦苦闘、知恵と勇気と努力の積み重ねにより、現代の科学は出来上がっているのだということを、改めて実感します。探し出して読む価値のある一冊と思います。

 

実際的な内容をまとめた「企業研究者たちの感動の瞬間」

一方の「企業研究者たちの~」の方は、ぐっと実際的な内容です。製薬企業のメディシナルケミスト、プロセスケミストの他、重合触媒や新規溶媒の開発、色素や農薬、合成中間体の研究など、内容は化学工業全般にわたります。

企業での研究は、大学のそれに比べて表に出にくい傾向にあります。まして、どのような点に苦労があり、どのような思いで研究が行なわれているかなどといった情報は、なかなか目にする機会がありません。その意味で、多くの分野の研究内容を知ることができる本書は、非常に貴重な存在といえるでしょう。冒頭には、「企業が大学の学生に何を求めるか」のコラムもあり、ここだけでも参考になる点が多いと思います。

たとえば、製薬企業において医薬化合物の量産化検討を行なうプロセス化学は、その重要性に比して陽が当たりにくいジャンルです。素人目には単調な仕事なのではと思えてしまいますが、実は非常にクリエイティブで、化学の根本を深く知る者でなければできない仕事であることが、本書を読めば知れるでしょう。

研究というものは、うまくいかないことが当たり前であるとはいえ、やはり失敗続きというのは苦しいものです。そうした時期を先人はどう乗り越えたのか、華やかに見えるサクセスストーリーの陰には何があったのか。置かれている立場により、さまざまな読み方ができる書籍であると思います。

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