先駆者たちが考える、これからの製薬業界に求められるもの「ジャパンライフサイエンスウィーク」レポート セミナー編
製薬・医療の世界では、どのような企業活動が行われているのか?
その最先端の情報を得るために、今回編集部が足を運んだのは、1,200社以上の企業が集まるライフサイエンス総合展・「ジャパンライフサイエンスウィーク」。学生の皆さんにとっては少々専門的な内容もあるかもしれませんが、業界の今をのぞいてみることで、その世界をより身近に感じられるはず━━。早速、「ブース紹介編」「セミナー編(当記事)」の2記事から、当日の様子をお届けします!
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2017年4月19日(水)~21日(金)、東京ビッグサイトにて、製薬・医療機器・化学業界のための国際的なイベント「ジャパンライフサイエンスウィーク」が開かれました。
当イベントは、12テーマの展示会から構成されており、全部で1,200社以上の企業が国内外からブースを出展する日本最大級のライフサイエンス総合展。医薬品や医療に関するさまざまな展示とともに、会場内ではセミナーも同時開催され、企業や大学の有識者たちが講演を行いました。当記事では、製薬業界に関するセミナーを3つピックアップしてご紹介します。
ITを駆使した創薬技術で、新薬上市の困難な道を切り拓く
初めに、「スマート創薬による、スーパーコンピューティング、人工知能、Mixed Realityと生化学実験の連携が拓く創薬」というテーマの、ITと生化学実験の両方を組み合わせた創薬技術に関するセミナーに参加しました。登壇者は、東京工業大学 スマート創薬研究ユニット・ユニットリーダーの関嶋政和氏。10年以上製薬企業と関わってきた視点から、製薬企業におけるこれからの創薬の在り方を語りました。
約2年前まで、1つの新薬を上市する(新商品が市場に出回る)のにかかる年月は10年、費用は500~1,000億円と言われていました。しかし現在では、上市するまでに12~14年、費用にして3,000億円はかかると言われています。というのも、単純な標的分子はすべて調べつくされ、これからは生命・細胞システムの熟慮が必要な難しい標的分子を対象としていかなければならないからです。製薬企業が行ってきたこれまでの創薬研究が限界を迎えている今、新たな創薬研究の在り方が求められています。
そこで関嶋氏は、候補化合物探索のためのバーチャルスクリーニングやディープラーニングなどの機械学習によるIT創薬と、従来の生化学実験を組み合わせることで、効率的な創薬を目指すことを提唱しました。また、製薬企業では企業間の情報交換などが盛んではないことから、創薬技術のオープン化を目指したプラットフォームを開設したり、IT創薬技術の底上げを狙った「IT創薬コンテスト」を開催したりもしています。
IT創薬は、コンピュータを用いて標的の化合物に対して薬効のある化合物を予測するバーチャルスクリーニングを使ったもので、アプローチの手法はStructure-based Drug DesignとLigand-based Drug Designの2つ。Structure-based Drug Designではシミュレーションを行うため、新規化合物を得られることが多い一方で予測精度は低く、Ligand-based Drug Designは新規化合物が得られることは少ない代わりに予測精度は高いという特徴があります。
関嶋氏の研究室では、タンパク質の体内で起こる構造変化をも解析したうえでバーチャルスクリーニングを実施し、多様な構造に対してシミュレーションを行うことで予測精度を上げています。会場ではそのシミュレーションの過程が実際に見られたほか、Mixed Realityと呼ばれる最新のIT技術を組み込んだメガネを使って、3Dのタンパク質を現実世界に投影し、その周囲を囲みながら構造について議論する様子も紹介されました。
テクノロジーで変化する、製薬企業のコマーシャルモデル
続いて、「Post-MR時代の医薬品コマーシャルモデル-外部環境変化と製薬企業に求められる変化の方向性」というテーマのセミナーに参加しました。ここでは、デロイト トーマツ コンサルティング ライフサイエンス&ヘルスケア 執行役員の西本悟朗氏が、人工知能(AI)などのテクノロジーを活用したこれからの製薬業界の営業モデルについて話しました。
デロイト トーマツ コンサルティングは、一般的には会計監査を行う企業というイメージですが、ライフサイエンス分野において会計は扱っておらず、さまざまな経営課題の解決に当たっています。
製薬企業はこれまで、MRが医師に会い、薬の情報提供をすることで営業を行ってきました。ところが、最近では製薬企業を取り巻く環境が変化しつつあり、医師の情報収集スタイルが多様化してMRだけに頼らなくなってきていることや、製薬企業のプロモーション活動に対する規制、施設への訪問規制など、MRを使った営業活動には限界が出てきました。この多様化する環境下でも変わらず情報提供を行っていくために、製薬企業はこれまでのMRに頼ったコマーシャルモデルからの変化を余儀なくされています。
製薬企業ではこのような状況に対応するためにMR数の削減などが行われる一方で、医療現場からはMRの質のさらなる向上が求められているという現状もあります。そこで、AIなどのテクノロジーを使ってMRの業務効率化やスキル面をサポートしようという取り組みが注目され始めました。
例えば、医療・学術トピックや市場価格などの各種情報収集、医師要望資料の送付など事務的な業務はテクノロジーが代替し、効率化。専門知識の補完、プロモーション効果の分析など高度な業務もテクノロジーで補完して高付加価値化します。可能な部分はテクノロジーを活用することで、MRの業務の質をこれまで以上に高めることができるのです。
西本氏は、テクノロジーの活用がすでに可能になった業務の一覧を提示しながら、「これから始める取り組みとして見ているのではなく、今からテクノロジーが適用できる業務も結構あるということを知ってもらいたい」と述べていました。
各国の市場ニーズに合わせた、戦略的アプローチを考える
最後に参加したセミナーは、「アジア10ヵ国における消費者のセルフメディケーション行動、価値観とニーズ―弊社実施10ヵ国消費者調査から」というテーマで、アジア10ヵ国で行った調査結果から各国における価値観とニーズを導き出し、今後の製薬ビジネスの方向性について考察した内容でした。登壇者は、医療・ヘルスケア関連のマーケティングリサーチを行っているアンテリオの取締役である佐々木岳氏です。
調査対象は、日本、韓国、台湾、香港、中国、タイ、ベトナム、フィリピン、インドネシア、シンガポール。調査では32の質問を行い、400サンプルを回収しています。質問は、食・健康・美容に関するものから、病気の予防意識の高さ、過去1年で経験した症状など、幅広い内容でした。
食事の栄養バランスへの配慮など食生活についての意識に関する調査では、日本や台湾、韓国などの先進国よりも、タイ、ベトナム、フィリピンなどの東南アジア諸国の方が気を遣っており、意識が高いという結果が出ました。また、病気の予防意識も東南アジアの方が先進国に比べて高いという結果に。これは、東南アジアの病院は混雑していて待ち時間も非常に長いことから、病院にはあまり気軽に行けないという背景があると言います。自分の健康は自分で守らなければならないため、病院に行きやすい先進国よりも、予防意識が高いようです。
また、身体の異変を感じた際に市販の医薬品(OTC)を購入して、自分で対処するセルフメディケーションへの意識も、東南アジアの方が情報感度、OTCの購入率ともに高いという結果でした。OTCで対処することの多い症状は、先進国、東南アジア諸国どちらも共通で風邪、アレルギー性鼻炎(花粉症)、胃痛などで、風邪はOTCへの満足度も高いそう。
一方で、先進国、東南アジア諸国ともに肉体疲労や顔の肌トラブルを感じている人は多いのですが、その治療のために病院へ行ったりセルフメディケーションをしたりしている人は少ないという結果が。OTCの充足度も低いことから、ビジネス面では伸びしろのある分野と言えます。
このように、アジアの中でも各国の市場ニーズが異なるため、これからの製薬企業にはそれぞれの国に合わせた戦略的アプローチが求められていきそうです。
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以上、「セミナー編」をお届けしました。紹介した3つのセミナー以外にも、製薬業界を取り巻く、さまざまな分野のプロによる講演が行われていました。各プレーヤーは互いに協力し、人々の生命、暮らしに役立とうと努めています。このようなグローバルかつダイナミックな世界を知ることでも、製薬業界で働くことの意義を再確認できるかもしれません。