スキルを磨く

2021/08/23

お待たせしました、人気シリーズ「井坂康志さんに聞くドラッカー的仕事術」です。

今回のテーマは、「コミュニケーション」。研究でも面接でも仕事でも、大きな課題として扱われていることは、みなさんが日々体感していることでしょう。ただ、苦手意識がある人にとっては、できれば関わりたくないぐらい、難しいと感じるテーマでもあります。

しかし、ドラッカーのコミュニケーション論は、一味ちがいます。目からうろこ、かもしれません。コミュニケーションに苦手意識がある人、できれば避けて通りたい人にこそ、ぜひ読んでいただきたい記事です。

「博士」と、コミュニケーションが苦手な「若者」の対話篇でお届けします。

▼これまでのドラッカー×仕事術の記事は↓
https://scienceshift.jp/author/yasushi-isaka/

 

コミュニケーションはなぜ難しいか

 

先生、実は結構深刻な悩みがあるんです。

悩み? いいね。そういう話は嫌いではない。どのような内容ですか?

コミュニケーションが苦手で困ります。話すことがなくなったかと思うと、ついべらべらしゃべってしまったりするんです。いつも何か話すたびに自己嫌悪に陥っているくらいです。どうしたらコミュニケーションが上手になるのでしょう。

苦手意識をもっているのですね。それは気の毒です。ところで、幽霊を見たことはありますか?

なんですか、急に。幽霊ですか? ありませんね。

よかった。「毎日見ます」なんて言われたらどうしようかと思いました。
昔の人は、話には聞くけれど、正体を見たことのないものを幽霊にたとえたのです。人づてにいろんな話を聞きますが、実物を見たという人はほぼいない。

 まあ、そうですね。確かに。枯れ尾花が正体なんて言いますから。

コミュニケーションも同じなんです。コミュニケーションについても話には聞きますね。けれども、誰も実物を見たことがない。ドラッカーは一角獣(ユニコーン)にたとえていますが、まあ似たようなものです。

コミュニケーションに実体などはないというのですか。

ありません。断言します。したがって、コミュニケーションに正解などもない。ないものを追求しているのだから、苦手意識があって当然でしょう。むしろ苦手意識があるほうが知性のあり方として健全と言っていい。いつも手探り、実体は見えない。かえってコミュニケーションが得意だとうぬぼれている人のほうがいささか知性に問題を抱えている気がします。

なんだかほめられているような、けなされているような、不思議な気分です。よく大学のゼミとかサークル、バイト先や就活の説明会とかでも、コミュニケーション能力を磨けと言われます。本当にしょっちゅう聞きますよ。一日に何度も聞いている気がします。

あるいは、あの人はコミュニケーション能力が高いからモテるんだとか、友達が多いんだとか、いくつも内定をもらえたんだとか。あれはいったい何なんでしょうか。

私の言うことを聞いていましたか? コミュニケーションに実体などないのです。ならば、コミュニケーション能力にも実体などというものもない。犬がいないなら犬小屋だってないでしょう。言うまでもないことです。もし自分には完璧なコミュニケーション能力があるなどという人がいるとしたら、まあ、いずれ何かの問題に突き当たるでしょう。

そうなんだ。知らなかった。でも、ちょっと安心しました。

では、なぜコミュニケーションに実体がないと言えるのか。つまり、お盆に載せて、「はい、これがコミュニケーションです」と示すことができないのか。なぜなのか考えてみましょう。わかりますか?

僕にはよくわかりません。わかるのは、どうもうまくコミュニケーションができなくてつい重たいため息をついてしまう。それだけです。

ヒントを出しましょう。コミュニケーションの成立に絶対的に必要な条件は何でしょう。

うーん、何だろう。上手な言葉遣いとか、熱心な立ち振る舞いとか? 考えるほどわからないな。

 

「無人の山中で木が倒れた。音はするか」

 

言葉遣いなんて、稚拙でも全然問題ないでしょう。小さい子供でも、コミュニケーションは上手にこなしているじゃないですか。コミュニケーションに悩んでいる赤ん坊なんて見たことないでしょう。

確かに。子供の頃なんて考えたことさえありませんでしたからね。

答えを言いましょう。「一人ではできない」ということです。必ず相手を必要とするということです。

 なんだ、そんなことか。当たり前じゃないですか。

「当たり前」だなんて言ってはいけない。その当たり前のなかの当たり前でないところに視点を与えるのが健全な知性というものです。まずは「コミュニケーションは一人ではできない。相手を必要とする」。これを受け入れてもらわなければ話が先に進まない。
口に出して言ってみてください。

嫌です。みっともない。

口に出して言わなければ私は今すぐ帰りますよ。いいんですか?

わかりました。「コミュニケーションは一人ではできない。相手を必要とする。」

よろしい。どんなに熱烈なラブレターを書いても、相手がいなかったら手紙にすらなりませんよね。当たり前のことです。

口に出していってみたら、なんだか本当にそうなんだという実感が湧いてきましたね。

さて、ようやくドラッカーのコミュニケーション論が出てくるわけです。コミュニケーションとは、相手がいなければはじまらない。言い換えれば、コミュニケーションを成立させるのは自分ではない。相手なのだ。わかりますか?

驚きました。考えてみたこともなかったです。わくわくしてきます。

私もドラッカーの説に触れるまでは考えたことさえありませんでした。彼は禅の考案を例に説明するのですね。
「無人の山中で木が倒れた。音はするか」。こんな考案だそうです。どうでしょうか。音はすると思いますか。しないと思いますか。

うーん、やはり木が倒れるのだから音はするでしょう。

ところがそうではない。「音はしない」が正解です。

どうして? 

聞いている人がいないからです。聞いている人がいてはじめて意味を持つ。木が倒れたとしても、聞いている人がいなければ音波が発生するだけ。音はしないのだという。

なんだかわかったような、わからないような。

まあ、わけのわからないものを禅問答というくらいですから、それくらいで上出来でしょう。
要は、聞き手が受け取って初めてコミュニケーションは成り立つということ。言い換えれば、相手の意味世界に入っていくことができなければコミュニケーションは成り立たない。そうしなければ、せっかくの言葉も雑音になってしまう。チューニングの合わないラジオみたいに。

 

まずその口を閉じよ

 

まだ少しもやもやしていますが、ぼくの最初の質問にまだ答えてもらっていませんよ。ぼくはどうすればコミュニケーションの苦手を克服できるのでしょう。ドラッカーの説くところから導き出せるこつのようなものがあれば、ぜひとも教えてほしいのですが。こう見えてこれからぼくは就職活動だって控えていますし、生涯の伴侶だって見つけなければならない。人生がかかっているんです。真剣なんですよ。

大丈夫です。いくぶん回り道になりますが、いくつかの方法と姿勢を身につければ、苦手だったことを忘れてしまう日がくるくらい、上達します。ほんのささやかなことを身につけるだけです。

それはどんなことですか? ぼくでもできることなんですね。

もちろん。けれども、多少の根気はいりますよ。何しろユニコーンを見つけるのと同じなのですからね。
第一に言わせてください。大切なことです。あなたは、沈黙を友としなければなりません。

沈黙を友? なんだか古臭い表現ですね。

その口を閉じることを学ばなければならないということです。現代は饒舌の時代だ。
ところで、さっきからあなたは、私が話し終える間もなく自分の話を始めてしまっていることに気づいていますか? しばしば私の発言をさえぎるように自分の話をしている。そのことを知っていましたか?

ああ、そうかもしれません。ごめんなさい。無意識なんです。よく母からも言われるんです。お前は人がしゃべっているのをさえぎる悪い癖があるって。

いえいえ。あなたが特別悪い癖をもっているわけではない。誰でもそうなんです。きちんと人の話を聞く習慣をもって生まれてくる赤ん坊なんていません。後から訓練されるものなのです。
さっき私は、コミュニケーションは相手があって初めて成り立つと言いましたね。あるいは相手の意味世界から始めなければ成立しようがないとも言いました。だとすれば、最初に行うべきことは何か。相手に口を開いてもらうことだ。そうしなければ、相手が何に意味を感じているかなんてわかるはずもないでしょう。
ならば、こちらにできることは何か。耳を傾けることです。そうではないですか?

いや、まったくその通りです。自分がべらべら話してしまったら、それはただの大きな独り言みたいなものですものね。

そのとおり。しばしば会話はキャッチボールと言われるように、相手のボールを受け止めて、その後で、自分のボールを相手に投げ返す。その繰り返しだということです。
あなたは、自分の話をしながら、相手の話を聞くことができるでしょうか。キャッチボールでボールを受け取りながら投げるような曲芸のようなことができるでしょうか。自分の好きな映画の話をしながら、相手が話している旅行の話を聞くことができるでしょうか。

できるわけありません。

そうですよね。耳と口は同時に動かない。そういうふうにできている。だとしたら、相手を理解するうえであなたがとるべき行動は、自分の口を閉じることです。おわかりでしょう。あなたは口を閉じて、初めて耳を傾けることができるのです。
沈黙を友とすることです。黙っている人のほうが饒舌な人より賢く見えるというのは、旧約聖書でも語られている太古からの知恵なんです。
どんなふうに相手を論破してやろうかとか、心をつかむトーク術なんていうのは、聞く力と比べたら、安っぽいプラスチック製のおもちゃみたいなものです。
就職活動の面接なども同じですよ。あなたがなすべきは、きちんと面接官の話を聞くことです。その後で、とつとつと自分のことを語り始めて全然遅くはない。グループ面接でも、ゼミの発表でも同じ。相手の世界を理解しなければコミュニケーションは始まらないのです。

 

後編はいよいよ「実践編」。コミュニケーションの扉を開く、「魔法の言葉」とは?

▼ドラッカー的:コミュニケーションの扉を開く魔法の言葉と「対立」について

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

組織論のプロに聞いた、「働く」のいちばん大事なところ
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井坂康志

1972年埼玉県加須市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。現在、ものつくり大学特別客員教授、ドラッカー学会理事・事務局長、早稲田大学法学部非常勤講師。2005年5月、ドラッカーに対してクレアモントにて外国人編集者として最後の独占インタビューを行う。 著書に、『ドラッカー入門 新版』(上田惇生氏と共著、ダイヤモンド社、2014年)、『ドラッカー流「フィードバック」手帳』(かんき出版、2016年)、『P・F・ドラッカー──マネジメント思想の源流と展望』(経営学史学会奨励賞受賞、文眞堂、2018年)、『ドラッカー×社会学──コロナ後の知識社会へ』(多田治氏と共著、公人の友社、2021年) 等。 翻訳書に『ドラッカーに学ぶ自分の可能性を最大限に引き出す方法』(ダイヤモンド社、2011年)、『ドラッカー 教養としてのマネジメント』(共訳、日本経済新聞出版社、2013年)、『ドラッカーと私』(NTT出版、2015年)等。

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