製薬業界を知る

2020/09/23

「先が見えない」状況に、どう対応すれば良いか?

……就職活動も転職も、またこの先の生き方を考える上でも、常に「未来はわからない」ものです。さらに今は、新型コロナウイルスという「不確定要素」が目の前にあり、これまでよりなおさら「見えない」状況だと言っていいでしょう。

その対策を、長らくサイエンスシフトの人気記事である「2025年問題のその先を考える━変革する「医療用医薬品サプライチェーン」などの寄稿をいただいた、創価大学 経営学部 准教授・志村 裕久さんに聞きました。

医療業界を深く把握する研究者ならではの視点で、若い方へメッセージをお届けします。

【志村 裕久さん過去連載】
・2025年問題のその先を考える━変革する「医療用医薬品サプライチェーン
・医療行政は2025年問題をどう解決するのか?━超高齢社会の医療体制は「地域」がカギ
・過渡期を迎えた製薬企業(前編)〜ふくらむ研究開発費、上がる新薬創出のハードル
・医薬分業からセルフメディケーションの時代へ ドラッグストア業界の変革(前編)

 

21世紀になってから、世界情勢は内的および外的要因から常に変化し続けています。そして、この原稿を書いている2020年には、COVID-19(コロナ)が発生・流行しています。このコロナの影響により、ステイホームやリモートワーク、オンライン学習といったこれまで経験したことがなかったことに直面したかと思います。また、将来に対する不安を感じて過ごした方もいらっしゃるでしょう。

あるいは、今後の世界がどのように変化していくのか、熟慮する時間も増えたかもしれません。私も、今回のコロナの影響で、リモートワークとオンライン学習を提供する立場で、通勤時間こそは無くなりましたが、様々な対応で多くの時間を費やしてきました。一方で、これまでの当たり前だと思っていたことが通じなくなる「新しい日常」とはどんな世界になるのだろうかと、このコロナ自粛期間に、リモートで大学のゼミ生や友人と話す機会を自ら課して、考える時間を費やすことをしました。

しかしながら、これまでの枠組みで考えるだけでは、自分が納得いく正解は見出すことはできません。一方で、正解がないことを考えることが好きな私には、ある意味、充実した時間でもありました。そして、これから10年先を見据えて、今後必要となるビジネススキルとは何かを考え抜きました。その考えた内容を今後3回に分けて、紹介したいと思います。

 

中世期のヨーロッパから学べること

私が「Withコロナ」、「新しい日常」を考えるときに、最初に浮かんできたことは、14世紀のヨーロッパで猛威をふるった疫病、ペストでした。諸説ありますが、奇しくも、中国の雲南省地方に侵攻したモンゴル軍がペスト菌を媒介するノミと感染したネズミを中世ヨーロッパにもたらしたことによって大流行したものであるという説が有力のようです。実に約2000万から3000万人前後、当時のヨーロッパ人口の3分の1から3分の2が死亡したと言われています。

私が最初に手に取った本が、学生時代に読んだことがある、イタリア人の作家であるジョヴァンニ・ボッカッチョの『デカメロン』でした。イタリア文学の古典と『2030年を生き残るためにビジネススキル』を結び付けることは無謀だと思われるでしょう。しかしながら、昔から歴史は繰り返されるといわれている通り、時間や文化を超えても、人間の本質的なことは変わりません。

さらに、私は、常日頃から、『歴史はロマンだ。そして、未来を語るにはロマンが必要である。そのためには、しっかりと歴史を勉強すべきだ。』と思っています。医療経済と人間主義経営を研究分野としている私にとっては、ペストへの特効薬がない時代に、どのように人々は生き抜いたかを調べることで、何らかの示唆を得られるのではないのかと思い、30年以上前に読んだ本を再び紐解きました。

 

皮肉にも多くの人々が亡くなったペストが流行した中世時代には、多くの文学上の名作が生まれました。誰もが知っているペストがもたらした悲劇の名作があります。それが、シェークスピアの『ロミオとジュリエット』です。ジュリエットの手紙を運ぶはずの修道士がペストにかかった町人と一緒に閉じ込められ、ロミオには手紙が届くことがなかった。そして、二人は互いに自害する結果となったのです。まさに、ペストがもたらした悲劇のひとつでしょう。

そのペストが大流行した時代背景を述べたのが『デカメロン』です。この当時、ペストの流行のことを『死の舞踏』とも言ったそうです。身分や貧富の差に関係なく、ある日、突然死が訪れ、死の恐怖を人々が半狂乱になって踊り続けることから、その名の由来が来ているようです。歴史の時間での『死の舞踏』の記憶を思い出しながら、『デカメロン』について簡単に説明しましょう。

『デカメロン』は、ペストから逃れるため引きこもった男3人、女7人の10人がそれぞれ恋愛話や失敗談10話ずつ、つまり全部で100話を語った物語です。大半が喜劇ですが、迫りくる死の恐怖のなかで、閉ざされた社会の奥に心満たされぬ思いを持ちながら、どう生きていったのか、あるいは、生き抜くべきなのかを示唆に富んでいる小説です。

この本の冒頭を引用してみましょう。

『一日に数千人もが発病しました。誰も介抱してくれず、なんの助けもありません。救いの道は閉ざされたも同然です。みんな死にました。昼も夜もです。通りで亡くなった人も相当おりました。もちろん屋内で息絶えた人はもっと多かったのです。腐敗した死体の悪臭でやっと死んだということが隣人にもわかりました。いたるところこうした死人やああした死人で町中が満ちました。』

まさに悲惨な状況です。この当時を綴っている歴史書には『ペストが流行するのは、神からの試練だ』と解釈されて、ドイツでは鞭打ち苦行者の宗派が復活したり、ユダヤ教徒がペストによる犠牲者が少なかったのは井戸へ毒を投げ込んだからだ、などのデマが広まり、ユダヤ教徒が虐殺されたりしました。

 

ヘルスケア業界は、患者の『目に見えない恐怖』克服への戦いの歴史

医療が発展した21世紀には、このような『現実逃避』、無謀な『犯人探し』などはないかもしれません。しかし本質的な面では、なぜか現在と似ているような気がしました。

私が感じた共通点を一つ挙げるとしたら、それは、『目に見えない』恐怖や不安との戦い、という点です。そして、ある種の刹那主義的な考え方の蔓延かもしれません。

『デカメロン』の中には、このムードを象徴する、こんな一節もあります。

『誰も彼も、毎日、今日は死ぬかと待っているかの如く、家畜や土地の未来の成果や自分たちの過去の勤労の成果を考えたりしないで、ただ現在、蓄積してあるものを消費することにありったけの智慧を絞って遺憾なからんとするのみでありました。』

21世紀に生きる我々にも示唆にとんだ内容ではないでしょうか。

今、この現実の世界に目を戻せば、実は製薬業界も、様々な疾病からもたらす『目に見えない』恐怖と不安に闘いながら、これまで治療が難しいとされていた疾病と闘ってきました。

ヘルスケア産業の歴史を紐解けば、初期の感染症のよう、目に見える疾患や傷を治すことから始まりました。日本では、1980年から現在の医薬品の承認制度が始まりました。この当時は、日本発の革新的医薬品が数多く開発されることとなり、セファロスポリン系抗生物質が数多く発売され,その後も、合成抗菌薬領域においても数多く医薬品が開発されました。

例えば、1990年から94年で日本企業が開発した新薬数は74品目と米国の49品目よりも多かった時代でした。この当時の日本は、感染症領域では最も開発が進んでいた国でありました。

図1 1990年から2004年までの新薬品目数の比較

出所:The Pharmaceutical Industry in Figures 2005, European Federations of Pharmaceutical Industries and Association.

今では高血圧や糖尿病などの生活習慣病や、がん・抗うつ剤などの向精神薬など、他人からでは疾患を抱えていることが分かりにくい「見えない疾病」との戦いへと移り変わってきています。また、『自分の健康を自分で守る』といったセルフメディケーションやサプリメントなどにもヘルスケア産業は広がりを持ってきています。近年では、アップルウォッチに代表されるようにヘルスケアとITとの融合も、我々の身近な生活に根付いてきており、患者のアンメット・ニーズの解決に向けて、日々進歩しています。

 

2030年を見据えたビジネススキルとは『自分で考え抜く力』

前置きが長くなりました。先に結論を述べましょう。今回、私が考えた2030年を見据えたビジネススキルとは、『自分で考え抜く力』、いわゆる『クリティカルシンキング』です。

『目に見えない』恐怖や不安を克服するには、その対象を理解し、冷静に考えることが重要ではないかと考えました。
そもそも、『目に見えない』とはどういうことでしょう。
自分や周りの人が『目に見えない』ことに対する恐怖や不安なのか、それとも、他人の『目に見えない』から、いずれ何とかなるといった考え、いわゆる刹那主義からの惰性に流れている自分自身への恐怖や不安なのでしょうか。

克服したい恐怖や不安とは、一過性なのか、あるいは恒常的なものなのかを理解して分類し、恐れている理由を熟慮することが重要になってくるでしょう。
新型コロナウイルスを例に挙げると、ワクチンや特効薬が完成すれば緩和される恐怖や不安もあれば、アフターコロナやウィズコロナによる生活様式の恒常的な変化への恐怖や不安などがあります。
『自分で考え抜く力』を養うためには、表面的な問題を考えるだけでなく、一つのことについて、『なぜ』を繰り返し考え、問題の本質が見えるまで、考えぬくことが大切です。

これは現在のコロナ禍に限ったことではなく、例えば就職活動や新しいことにチャレンジすること、また冒頭に述べたように、「先が見えない」といわれるこれからの現代社会を生きていくために必要な、ある種の「姿勢」だと考えます。

 

すべての原因は自分にある

感じている『目に見えない』恐怖や不安を分類し、『自分で考え抜く力』を身に付けることができれば、それは未来を生き抜く上で十分な力になるでしょう。
一過性の恐怖や不安はサイエンスによって解決策をもたらすことができますが、恒常的な変化に対応することができるのは自分自身の力なのです。

ボッカッチョの『デカメロン』は『人曲』ともいわれています。同じく中世ヨーロッパで有名なダンテが書いた有名な作品である『神曲』に対応する呼び方です。このダンテの言葉を通して、2030年に必要なビジネススキル、第1回を終えたいと思います。

『現代世界が方向を見失っているならば、その原因はあなたの中にある。あなたの中にこそ、その原因は求められるのだ。』(ダンテ『神曲』より)

 

第二回へ続きます。
コロナ時代・見えない不安にどう対応していくか 医療業界研究者が考えるこれからのビジネススキルVol.2

 

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

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志村 裕久

創価大学経営学部准教授。米国モンタナ州立大学にてコンピューターサイエンス分野での工学修士を取得、東京大学大学院にて薬学博士を取得。また、米国公認会計士、日米の証券アナリストの民間の資格を取得。専門は医薬品および金融における産業分析、医薬品流通制度、データ包絡法、コーポレートガバナンス等。著書に、『2025年の医療サプライチェーンの将来像とあるべき姿』(薬事日報社, 2017)や、後発医薬品の浸透率、製薬企業のビジネスモデル、製薬企業を対象とした研究開発生産性と業界再編に関する定量的分析を行った学術論文等がある。

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