製薬業界を知る

2020/09/24

志村 裕久さんの新連載Vol.2をお届けします。今回のテーマは、医療制度における「フェア」を考えることから導き出される、私たちに必要な態度・姿勢です。

新型コロナウイルスに関連する、各国のさまざまなデータから見えてくるものは。そしてこれをどう考えていくか。志村准教授の指摘に注目してください。

前回の記事はこちらから
コロナ時代・見えない不安にどう対応していくか 医療業界研究者が考えるこれからのビジネススキルVol.1

【志村 裕久さん過去連載】
・2025年問題のその先を考える━変革する「医療用医薬品サプライチェーン
・医療行政は2025年問題をどう解決するのか?━超高齢社会の医療体制は「地域」がカギ
・過渡期を迎えた製薬企業(前編)〜ふくらむ研究開発費、上がる新薬創出のハードル
・医薬分業からセルフメディケーションの時代へ ドラッグストア業界の変革(前編)

 

 

『フェア(Fair)な医療制度』とは

私が多国籍の生徒の前で医療経済学を教えるときに、いつもする質問があります。それは、「フェア(Fair)な医療制度」とは何か、です。

この「フェア」は、公正とか、公平とか、正当などの意味で訳されている言葉です。日本人を含めて多くの学生は、『フェアな医療制度』とは「誰でも平等にアクセスできる医療制度」であると回答することが多いようです。誰でも平等にアクセスできる医療制度、つまり国民皆保険制度は、個人的にも『フェアな医療制度』だと信じています。

このことは、世界保健機関(WHO)のホームページでも、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」としてうたわれています。(1)すべての人々が、(2)必要とする保健サービスを、(3)支払いの際に経済的な困難に苦しめられることなく、(4)確保している状態と定義されています。

参考までに、同機関が発行しているTracking universal health coverage: first global monitoring reportでは、詳細にユニバーサル・ヘルス・カバレッジの現状について紹介しています。また、以下の図のようにユニバーサル・ヘルス・カバレッジを人口、サービス、自己負担率の3つの側面でフレームワークに基づいて、様々な諸問題や挑戦を解説しています。

図1 世界保健機関によるユニバーサル・ヘルス・カバレッジの3つの軸

出所:世界保健機関Tracking universal health coverage: first global monitoring report

 

『フェア』のもうひとつの側面

一方で、私はあえて別の見方を紹介しています。それは、「患者が必要としている治療などにアクセスできる『自由』がある医療制度」が『フェアな医療制度』だという見方です。『自由』に選択が与えられることが「フェア」であるという考え方です。

この点を深掘りすると、別の問いが浮上してきます。例えば、最先端の医療技術を受けることや、質の高い医療サービスを受けるためには、技術革新や研究開発をサポートする巨額な費用が必要となってくる。いったい、誰がその開発費用等をサポートするのか。

そして、アメリカの保険制度の例を話すことにしています。
アメリカの公的医療保険は、65歳以上の高齢者と障害者などを対象とする「メディケア」と、低所得者を対象とする「メディケイド」の二つのみで、いわゆる現役世代は民間の医療保険が中心となっています。「オバマケア」により保険未加入者が減り、2019年時点ではアメリカ国民の約90%が何らかの保険に加入しています。しかし、保険会社や加入しているプランによって受けられる医療サービスに大きく差があり、富裕層は手厚い医療サービスを受けることができるものの、お金のない家庭はプラン外で受けたい治療を受けることができないなど、ある意味、医療サービスはぜいたく品となっています。一方で、このような自由な制度がなければ、我々が恩恵を受けている様々な医療サービスや薬剤も開発されていない可能性があるのではないかと問いかけをしています。

私が、この記事で述べたいことは、『フェアな医療制度』の定義ではなく、「フェア」という意味は単一でなく、例えば、国民性や個人によって定義が異なるということです。つまり、我々が日常使っている一つの単語ですら、多様な意味や解釈が存在するということを知ってもらいたいのです。

 

改めてコロナによる死亡者数を俯瞰してわかること

世界ではCOVID-19(新型コロナウイルス)によって多くの人がお亡くなりになっています。世界保健機関の発表によると、2020年8月23日時点では、全世界で23,057,288人が感染し、800,906人が死亡しているとの報告があります。

表1が8月23日時点での死亡者数のランキング、人口1000人当たりの死亡者数のランキングです。ご存じのとおりですが、アメリカが最も累計感染者数および累計死亡者数が多く、感染者のうち死亡した患者の割合を比較すると、イタリアが最も高く、13.7%です。ちなみに、アメリカを除く上位20国が何らかの皆保険制度が導入されています。

表1 死亡者数のランキング、人口1000人当たりの死亡者数のランキング

出所:世界保健機関ホームページ

私はこの表を見たときに、先ほど述べた『フェアな医療制度』に関連しているのではないかと直感が働きました。そのきっかけが、先ほど紹介した世界保健機関のレポートにある、2013年時点での医療費に占める自己負担率の図(図2)を思い出したことです。

濃い紫になればなるほど患者の負担する医療費の負担率が高く、経済的な格差が生じる。つまり、私が先ほど述べた『フェアな医療制度』を、医療費の自己負担で説明できるのではないかと考えたのです。ただ、医療費に占める自己負担率だけでは、ロシアやインドなど比較的自己負担率が高い国の説明はつきますが、死亡者が最も多いアメリカでは自己負担率が15%以下となっており、別の尺度がないかと考えることにしました。

図2  2013年時点での医療費に占める自己負担率

出所:世界保健機関Tracking universal health coverage: first global monitoring report

そこで、私が考えたのが、もうひとつの「フェア」の定義でした。つまり、医療サービスはぜいたく品であり、支払う能力がある人が、医療サービスを受けられると考えた場合、『貧富の差』がこの死亡者数や死亡者率に関係があるのでないかと思ったのでした。もちろん、ランキングで上位20国の多くが、OECD加盟国であること考えると、果たして、OECD加盟国での『貧富の差』があるのかという懸念も生じました。

このことを念頭に、社会における所得の不平等さを測る指標であるジニ係数で比較することにしました。ジニ係数は0 (各人の所得が均一)から 1 (一人が国のすべての所得を独占)までの値に収まります。先ほどの死亡者数のランキングでの上位20か国と日本をハイライトしたのが図3です。南アフリカ(オレンジ:0.62)、メキシコ(赤:0.46)、米国(紫:0.39)、イギリス(黄:0.37)が所得の再配分にばらつきが多いことが確認できるでしょう。(日本は右から5番目、紺:0.34)

図3 主要国のジニ係数

出所:OECD (2020), Income inequality (indicator). doi: 10.1787/459aa7f1-en (Accessed on 24 August 2020)

また、貧富の差を見るうえで、貧困ギャップ(Poverty Gap)を見てみましょう。貧困ギャップは、貧困層の平均所得が全人口の世帯収入の中央値の半分である貧困線を下回る比率であり、『貧困の程度』を計る指標です。つまり、このギャップが大きいほど、『貧富の差』があるといえるでしょう(図4)。

図4からは、累計死亡者が多いアメリカが『貧富の差』4位、同じく累計死亡者数で6位のイタリアが『貧富の差』では2位、また、累計死亡者数4位であったメキシコが『貧富の差』では3位となっており、新型コロナウイルスの死亡者数と『貧富の差』が関係していることが示唆されている印象を受けました。もちろん、これはまだ新型コロナウイルスが収束しておらず、これらの数値がコロナ発生時との同時期でないため、学術的な結論はできませんが、『貧富の差』が、何らかの示唆を与えたと感じました。

図4 主要国の貧困ギャップ指数

出所:OECD (2020), Poverty gap (indicator). doi: 10.1787/349eb41b-en (Accessed on 24 August 2020)

 

『貧富の差』という『見えない』恐怖が問題になる可能性

また、前回の記事で紹介した『見えない』恐怖や不安は、今回のコロナの影響で、『貧富の差』が広がるのではないかという懸念を生んでいます。一例を挙げれば、飲食やアパレル業界が大きな経済的な打撃を被り、一方で、オンライン通販やゲーム業界などは、いわゆる巣ごもり現象で経済的な恩恵を受けています。

アメリカでは、2020年4月の失業率が14.7%と労働省が2020年5月8に発表し、統計開始(1948年)以来の多さとなりました。また、月に過去最大の6,867千人が失業保険を申請しており、新型コロナウイルスによる経済活動の大幅縮小で、米産業界では一時的に従業員を帰休・解雇する「レイオフ」が広がったことがわかります。

一方で、アメリカの株式市場では主にハイテック株で構成されているNasdaq指数と、米国で時価総額上位500社から構成されるS&P500株価指数もそれぞれ史上最高値を更新しています。

図5 失業率の推移

図6 S&P500株価指数とNasdqa指数の推移

つまり、一部の人は仕事を失い、苦しい生活を余儀なくされています。その一方で、政府から支給された補助金を株に投資することで、株価が上昇したとの分析もあり、株価市場の参加者の20%が個人投資家であるともいわれています。このような結果を鑑みると、アメリカの『貧富の差』が広がるだろうとの見方もできるでしょう。

これはあくまでも一例ですが、今後は、アメリカのみならず、世界的に『貧富の差』の拡大という『見えない』恐怖が問題になるのではないかと懸念しています。

もちろん、ここでいう『貧富の差』とは、金銭的なものだけでなく、知識、そして、倫理観も考えられます。例えば、「ワクチンナショナリズム」です。どの国がコロナ対策のウィルスの開発を成功させるのか、成功した国が他国へどのような価格で輸出するのか。また、ワクチンを必要とする国が全国民分のワクチンを備蓄するだけの経済的な余裕があるのか、そのワクチンを接種する国民の優先順位をどうするのかです。

まさに、一国が『フェアな医療制度』を提供するには、ワクチンを開発するための知識や能力、そして、海外諸国から購入するならば財政基盤があるのかということが問われることになるかもしれません。ますます、複雑さを増す世界になっていくことで、『貧富の差』という『見えない』恐怖や不安にどう対処するかも追加的な大きな課題となってくるでしょう。

 

単眼的な思考から複眼的な思考が必要な社会へのシフト

さて、新型コロナウイルスによって、日本でも自粛期間がありました。その自粛期間で気になったニュースをいくつか目にすることがありました。そのひとつは、パチンコ店活況のニュースでした。一昔前の日本であれば、「政府が自粛しろと言えば、国民が全員おとなしく家で自粛したはずだ。」と思われる人が多いかもしれません。また、アメリカではマスクをつけることに関して、あるニュースでのインタビューでは、強制的にマスクをつけることは自由を奪われることだとの意見も多くありました。

このようなニュースの背景は、単眼的な思考を持つ国民性と複眼的な思考をもつ国民性に起因しているとも考えられるでしょう。つまり、極端な単眼的な思考を持つ国民であれば、例えば政府などの命令は絶対であり服従しなければなりません。また、極端に複眼的な思考を持つ国民であれば、個人の自由を尊重され、個々の行動は自己責任を持つことが前提で行動します。

世界の国々が単眼的な思考から複眼的な思考を重視しつつあり、複眼的な思考となってきています。そういう意味では、日本もより複眼的な思考が求められてきているのではないでしょうか。単一的な価値観で縛られることなく、多種多様な価値観を持つことが必要な時代へと変わったことを、日本でも証明されてきたことかと思います。しかし、複眼的な思考が根付く一方で、これまでの思考方法に固守したり、偏った考え方がクローズアップされることもあります。世論の分断も加速し、個人のもつ価値基準が異なるため、ある意味納得のいく判断を決めることは難しくなってきているかもしれせん。

同じようなことは会社や個人でも当てはまるかもしれません。一昔前までの価値基準といったものは常に変化しており、個人や社会が期待する水準が高まったと仮定すると、その個人や企業が努力するものとの乖離が広がってきており、昨日までは許容範囲であったことも、今日では個人や社会がそれでは満足した内容とは言えなくなってきているのかもしれません。

社会がより複眼的な思考へと変化することによって、これまで以上に考え方が異なった人が増えて、その人たちの期待に応える必要があるからではないでしょうか。今後、このような複眼的思考が停滞するのではなく、複眼的な社会へのシフトのスピードはますます加速していくと考えられます。

 

今後必要なビジネススキルとは、『多様性を受け入れること』


それでは、今後必要となる「ビジネススキル」とは何でしょうか。前回の記事では『考え抜く力』が必要と述べました。なぜを5回繰り返していくことで、物事の本質に近づくこと、つまり、『クリティカルシンキング』が必要となると述べました。

そして、今回は、「多様な考え方を受け入れなければならない複眼的な社会においては、これまでそうだったからとか、これはこうあるべきだという思い込みをなくすことが必要となってくる」、ということを述べたいと思います。

そのためには、『違うことを批判する前に、まずはそういうものであると受け入れる』ことが必要でしょう。これは、今後懸念している『貧富の差』という『見えない』恐怖や不安への対処法となるとも考えられます。つまり、ダーウィン的な発想である、「力があるものではなく、賢いものではなく、環境の変化に対応していくことが生き残る」という発想にも近いものです。

当たり前が当たり前でなくなる世界では、『考え抜く力』と『クリティカルシンキング』との知的に自己防衛する力も必要ですが、社会の一員として生活している以上、様々な『見えない』恐怖や不安があるでしょう。そして、変化する環境の中で、自らが環境に対応しなければなりません。

そのうえで、変わらないものがあるとしたら、それは、『人間としての倫理観』ではないでしょうか。「自分さえよければよい」といった利己主義ではなく、他人との共生を考えるべきでしょう。そのためには、まずは、これまでの先入観を捨てて、『違うことを批判する前に、まずはそういうものであると受け入れる』といった、多様性を受け入れるスキルが必要であると思います。人をうらやむことではなく、人を思いやることで、より住みやすい世界になる。私はそう考えています。

 

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

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志村 裕久

創価大学経営学部准教授。米国モンタナ州立大学にてコンピューターサイエンス分野での工学修士を取得、東京大学大学院にて薬学博士を取得。また、米国公認会計士、日米の証券アナリストの民間の資格を取得。専門は医薬品および金融における産業分析、医薬品流通制度、データ包絡法、コーポレートガバナンス等。著書に、『2025年の医療サプライチェーンの将来像とあるべき姿』(薬事日報社, 2017)や、後発医薬品の浸透率、製薬企業のビジネスモデル、製薬企業を対象とした研究開発生産性と業界再編に関する定量的分析を行った学術論文等がある。

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