製薬業界を知る

2020/09/25

志村 裕久さんの新連載Vol.3をお届けします。
前回の記事はこちらから。
コロナ時代・見えない不安にどう対応していくか 医療業界研究者が考えるこれからのビジネススキルVol.1
コロナ時代・見えない不安にどう対応していくか 医療業界研究者が考えるこれからのビジネススキルVol.2

 

本連載のテーマは『2030年を生きるためのビジネススキル』です。その2030年は、国連が2015年9月の国連サミットにおいて採択した「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」の目標年度でもあります。最終回は、そうしたことを念頭に置きながら、またこれまでの内容を振り返り、2030年を目指すうえで必要な3番目のビジネススキルについて話していきたいと思います。

 

コロナという見えない恐怖と、サイエンスの果実の扱い方

2020年は、いわゆるCOVID-19(コロナウイルス)という『見えない』恐怖からはじまったといっても過言ではないでしょう。その結果、東京オリンピックが延期、学生にとっては欠かすことができない思い出の一つである卒業式や入学式もなくなり、悲しい思いや悔しい思いをした方も多くいると思います。同時に、いくら人類が進化したといっても、自然の脅威は避けられないということを学んだことと思います。

個人的には、高校生時代に、何らかの書籍を通して、西洋と東洋では自然との向き合い方が違うことを学んだことを思い出しました。西洋では自然を克服する戦いに挑み、東洋では自然との共生を目指しているとの趣旨でした。我々は、コロナウイルスの克服に挑み、その克服する術を得るまで、『見えない』恐怖・不安と葛藤するのか、あるいは、コロナウイルスと向き合いながら、ひとりの人間として、自然を含めた他者への思いやりをもって生きていくのか、それを真剣に一人一人が考える時が来たのかもしれません。

一方で、いわゆるSNSも『見えない』恐怖、不安を生み出しているのはないかと感じることがあります。SNSは便利なツールである一方で、その匿名性といった特徴が人間を死に追いやったことも、記憶に新しいことです。

大学の教員という立場から、学生を観測していると、今いるその場の『見えている』人の評価よりも、スマホの先にいる『見えない』人の評価を気にしている学生が多いなと思う時があります。そして、目の前の人に語りかける時と、SNSで語りかけている時では、人格が違うのではないかと思う場面にも遭遇することがあります。また、SNSで書き残された内容、場合によっては、見知らぬ人のコメントに一喜一憂する学生の姿を見ることがあります。個人的には、果たして「コロナの脅威」と「SNSの脅威」では、どちらの方が今の若者の心をむしばんでいるのだろうかと疑問に思うこともあります。

しかし、コロナウイルスのワクチンの開発はもちろん、多くの医療用医薬品もサイエンスが結実してできたものです。そして、SNSもまた、サイエンスが結実してできたものです。サイエンスは人の味方にもなり、敵ともなりうるのです。つまり、サイエンスの産物に使われるのではなく、サイエンスの産物をどう使っていくのか。第1回でもお話しをした、自分で『考える力』ですが、それは自分のことだけでなく、もし自分がそうされたら自分はどういう思いをするのか、といった他者への配慮を含めた『考える力』ではないでしょうか。

 

「タテ社会」から「ヨコ社会」へ、「ヨコ社会」から「タテ社会」へ

私は、このコロナウイルスによる自粛期間にもう一つの本を紐解いていました。それは、土居健郎氏が書いた「甘えの構造」です。土居氏は、東京大学医学部を卒業後、精神分析を学びにアメリカ メニンガー精神医学校に留学しました。その時に、英語やドイツ語には日本語の「甘え」に相当する言葉が無いことを知り、日本人にとっての「甘え」について考えた内容をまとめたのが、「甘えの構造」です。

そこには、日本では農耕中心生活で集団主義が発達していったが、欧米では狩猟民族であり個人主義であった、との記述がありました。こうした「違う文脈」を意識することも、2回目でもお話しした「複眼的」な捉え方です。

そうしたものの見方で今の世の中を見てみると、これまでの企業や学校などをベースとした日本の「タテ社会」ではなく、欧米の階級社会のように「ヨコ社会」にもシフトしているようにも思えます。あるいは、2回目でも話した「ワクチンナショナリズム」をはじめ様々な国際問題で見られるように、世界は「ヨコ社会」から「タテ社会」へシフトしているかもしれません。

 

政治的、経済的な競争から、人道的競争へ

私が、これからの世界がどのように変化していくのかを考える上で、最も参考にしたのが、牧口常三郎氏が1901年に著した『人生地理学』でした。

牧口氏は、2度の世界大戦がはじまるころから、軍事的、政治的、経済的競争から「人道的競争」への転換を呼び掛けています。著書が発刊されてから1世紀以上が経ちますが、グローバル化が進んだ今日でも軍事的、政治的、経済的競争が世界各地で激化おり、残念ながら人道的競争への流れはできてないないように思います。

軍事的、政治的競争はどちらかといえば、『目に見える』ことが多々あります。例えば、軍事的競争では保有する軍事力を、政治的競争では領土や派閥などを数で測れることもあります。経済的競争は、国、企業などは統計データなどから比較可能です。しかしながら、個人レベルになると、その個人がどの程度経済力があるのかは、やや『目に見えなく』なっているのではないでしょうか。

人道的競争とはどういうことなのかを考えてみましょう。それは、他と共生しながらより良い社会の構築に向けて競争すること、つまり、人道的な貢献をもって競争する社会だと思っています。このような人道的な行動は地道で『目に見えにくく』、かつその成果が表面化するのに長い時間が必要となります。人道的な行動の重要性については、国際社会でも広まりつつあり、国連が目指している「17の持続可能な開発のための目標(Sustainable Development Goals)」、いわゆるSDGsにもつながっています。

 

最初の勇気ある一歩が、未来を創り上げる


2030年に向けたSDGsゴールの達成に向けた行動は、さまざまな方面から進化していくでしょう。もちろん、ますますグローバル化が進み、これまでとは違った考え方や評価方法、つまり、『考え方のパラダイムシフト』が必要となってくる、と捉えられます。

しかし現状では、人道的競争が目指す『連携』ではなく、これまでの考え方が生み出す、いわゆる一般的な競争、強いて言えば、軍事的、政治的、経済的競争がもたらす『分断』を印象づける行為が日々のニュースなどで報じられています。これに嫌悪を感じるのは私だけではないでしょう。しかしながら、『考え方のパラダイムシフト』を実践するには、まず、「ありのままの姿を受け入れる」こと、つまり、2回目にも述べた『多様性』を養い、受け入れることを始めるべきだと考えています。

最初の一歩は、勇気が必要なことも多いでしょう。また、自分の一歩では、社会を変革することができないとあきらめる時もあるでしょう。7本の苗木の植樹から始まった「グリーンベルト運動」を主導し、ノーベル賞を受賞したケニアのワンガリ・マータイ女史は、このように述べています。

「未来は未来にあるのではない。今、この時からしか、未来は生まれないのです。将来、何かを成し遂げたいなら、今、やらなければならないのです。」

 

3番目のビジネススキルは目に見えないところでも『努力する』こと

では、2030年を生きるために必要な3番目のビジネススキルとは何でしょうか。

それは、目に見えないところでも『努力する』ことです。私は、今回のコロナウイルスの流行で何が一番恐怖なのか、不安なのかを考えました。そして出た結論は、見えなかったものが『見えた時の自分』でした。つまり、私が考える最も怖い『見えない』恐怖・不安は、これまで、『見えない』ことを理由としてやらなかった自分が、どれだけの未来へ貢献できたか、自分が立てた目標にどの程度到達したかということです。

言い方を変えれば、これまで『見えなかった』ことが『見えた』時に、これまで誰にも『見えない』ことを理由にして、これまでやったこと、あるいは、やらなかったことが『見える』ことだと言えるでしょう。

例えば、コロナの影響により、リモートワークによって、これまでは『見えなかった』業務が明確となったり、個人の作業量や作業の質などがより明確になったりしたことで、個人の成果主義の導入や業務の見直しによる人員削減などにつながってくることが考えられます。これまでのやり方が通じなくなり、仕事を失う可能性が高いかもしれません。

私は常日頃から、ゼミ生に対して言っていることがあります。それは、『努力する癖』、『逃げない癖』をつけること、そして、『報恩感謝』です。自分が人間として自立するための『努力する癖』、『逃げない癖』はとても大事です。しかしながら、他者への思う気持ち、感謝の気持ちがなければ長続きしないし、目標を見誤ってしまうことがあるからです。

つまり、なぜ「努力するのか」、「逃げてはいけないのか」を考え、行動する上で大事なものは、自分を支えてくれる家族、周りの友人や先輩、あるいは上司などに対しての感謝の気持ちではないかと思います。アフリカのことわざで「早く行きたければ、ひとりで行け。遠くへ行きたければ、みんなで行け。」というものがあります。身近な人に感謝して、自らが決めた目標に向けて努力を忘れなければ、どんな状況や環境に置かれても、『負けない自分』を支えてくれる友人がいます。そして、その友人の輪が、人道的競争の大事な役割を果たしているのではないでしょうか。

 

ペスト恐怖の後に訪れたルネサンスのように、人間が主体への時代を幕開けに


ルネサンスは「再生」「復活」を意味するフランス語で、14世紀にイタリアで始まり、やがて西欧各国に広まりました。イタリアを襲ったペスト大流行の第一波は14世紀中頃からでした。ルネサンスの巨匠であるレオナルド・ダ・ヴィンチが誕生したのが1452年なので、ペストの発生がルネサンスの誕生に直接的な繋がりはないかもしれません。しかしながら、ルネサンスの別名である『人間性の復興』という意味を踏まえたとき、2020年こそ全人類を思いやれる『人道的競争』への起点となる年、新しいルネサンスが開始された年にすべきだと思っています。

そのためには、『深く考え』、『多様性を受け入れ』、『他人への思いやり』をもつことが大事です。短期的には『見える』成果が得られない、出口が『見えない』かもしれません。しかし、長期的な視点に立って、自分が目指したゴールに向けて、『逃げることなく』、誰が見ていなくても『努力をする』ことが、肝要ではないでしょうか。誰が見ていようがいまいが、『努力をする』こと、そしてその『努力をする』ことを諦めなければ、必ず、その努力が結実する日が訪れます。

 

最後に

この原稿を書いている2020年9月は、残念ながら、未だコロナウイルスの終息が見えていません。しかしながら、イギリスのことわざの『夜明け前が一番暗い』の通り、沈黙と暗闇に包まれた闇は必ず、夜明けとともに去っていきます。これまでとは違った常識が新しい常識となり、『考え方のパラダイムシフト』に挑戦し、様々な厳しい環境変化に打ち勝つ自分になるためには、『感謝』の心、日々『努力する』こと、そして『逃げないこと』を忘れないでください。最後に、ルネサンスが生んだ巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチの童話を通して、『2030年を生きるためのビジネススキル』を終わりにします。

「火うち石に、 いきなり あたまを たたかれて、 
石は、かんかんに おこってしまいました。 

けれど、 火うち石は、にっこり わらって いいました。

『がまん、 がまん、 がまんが 大せつ。これが がまん できたら、 わたしは、 あなたの からだから、 すばらしい ものを ひき出して、あげますよ。』

そう いわれて、 石は きげんを なおし、 たたかれるのを じっと
がまん して いました。

すると、からだから きれいな 火が、 ぱっと うまれたのです。」

出所:レオナルド・ダ・ヴィンチの童話

 

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

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志村 裕久

創価大学経営学部准教授。米国モンタナ州立大学にてコンピューターサイエンス分野での工学修士を取得、東京大学大学院にて薬学博士を取得。また、米国公認会計士、日米の証券アナリストの民間の資格を取得。専門は医薬品および金融における産業分析、医薬品流通制度、データ包絡法、コーポレートガバナンス等。著書に、『2025年の医療サプライチェーンの将来像とあるべき姿』(薬事日報社, 2017)や、後発医薬品の浸透率、製薬企業のビジネスモデル、製薬企業を対象とした研究開発生産性と業界再編に関する定量的分析を行った学術論文等がある。

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