未来を考える

2020/03/05

前編はこちらから【未来を切り拓くために “哲学” を知る〜岡本裕一朗氏に聞く哲学入門(前編)】

 

今まで哲学について一般的な話をしてきましたので、これからは実際の問題を見ていきたいと思います。哲学が役に立つのかどうか、具体的に考えてみましょう。

 

倫理学の思考の例

ここで取り上げたいのは、AIを搭載した完全自動運転車の事例で、運転者がいなくても乗員を乗せて走行できるものです。現実にはまだ可能にはなっていませんが、アメリカではすでに公道で実験されていますし、自動運転車開発の目標になっています。

ところが、問題なのは、技術的進化だけでなく、社会制度もまだほとんど整備されていないことです。そこで、次のようなケースを考えてみましょう。

  

思考実験 いずれの会社のクルマを買うべきか?(自動運転車の倫理問題)

私は今まで、自分で車を運転してきたが、家族の送迎を考えて自動運転車に切り替えたいと考えている。いま、A社とB社の二つのクルマを候補に考えているが、それぞれ設計思想が違うようだ。A社は社会的な観点からクルマが設計されているが、B社は「乗員ファースト!」を謳っている。

しかし、違いがよく分からないので、B社に尋ねてみた。担当者は次のように答えてくれた。「要は緊急事態のとき、どのようにプログラムされているかです。たとえば、道路上に5人の歩行者が飛び出してきて、ブレーキでは間に合わないとき、進路を変えて危険を回避する場合があります。しかし、左に曲がると壁に激突し、右に曲がると対向車と衝突するとき、どうプログラムするかが問題になるでしょう。わが社のクルマは、乗員のリスクが一番少ないように設計されています。」

これを聞いても、私は疑問が残ったので、あらためてどう違うのか、聞き直した。そうしたら、担当者は次のように説明してくれた。「まっすぐ進めば、歩行者5人と衝突するかもしれませんが、乗員(1名)は安全です。左に曲がると、歩行者は救えますが、クルマは大破し、乗員は犠牲になるでしょう。また、右に曲がると、歩行者は守れますが、対向車と衝突するのですから、その乗員(1名)とこちらの乗員(1名)が犠牲になります。わが社のクルマは、何より乗員の命を最優先するようにプログラムされています。」

この説明を聞いて、私はいずれの会社のクルマを買うべきだろうか?どの設計思想が「よい」のだろうか?

この場合、あなただったら、どう考えるでしょうか?A社のクルマは社会的観点から設計されているので、犠牲者が最も少なくなるよう(功利主義的)にプログラムされています。この設計では、クルマは左に曲がり、乗員である家族が犠牲になるでしょう。だが、はたして客がそんな車を買う気になるでしょうか。おそらく、家族の命を第一に考えるB社のクルマの方を買いたい、と思うのではないでしょうか。

とすれば、B社の方針が正しいのでしょうか。歩行者の立場から考えてみましょう。たとえば、クルマの乗員が中年の男性一人であり、歩行者が5人の子どもだったとしましょう。このとき、B社の方針でクルマが設計されていたら、社会的に非難されるかもしれません。「子どもの命より、クルマの所有者一人の命を優先した利益至上主義の会社」として、社会的に糾弾されるかもしれません。

そんなこともあって、ある欧米のクルマ会社のエンジニアが、「わが社の自動運転車は乗員ファーストの原則で設計されている」と語ったとき、会社は慌ててこの発言を「個人的な意見」として否定し、会社の公式の見解ではないと強調したのです。しかし、会社の方針が何かは、いまだに明らかにされていません。

では、そもそもどの方針で、自動運転車を設計したらいいのでしょうか。乗員ファーストの原則か、それとも社会的な観点なのか。それとも、それ以外の方針が可能なのか。しかも、その方針はいったい誰が決めることができるのか。会社か、政治家か?それとも他の第3者か?・・・このほか、自動運転車をめぐる問題は、山積していますが、いまだにその原則すら示されていません。これは、問題が解決されているからではなく、単に回避されているにすぎません。しかし、必要なことは、問題を回避するのではなく、それを見すえたうえで議論することではないでしょうか。そしてまさに、哲学が取り組むのは、そうした主張を根本的に検討することなのです。

 

身近な話題を哲学してみる(「自分とは?」)

次は、もう少し身近なテーマを考えてみましょう。この記事を読むのは、就活中の若い人が多いと聞いていますので、それに関することを取り上げてみたいと思います。たとえば就活で、エントリーシートを書いたり、面接を受けたりするとき、「自己分析」が求められることがあります。そんな場合、「自分っていったい何だろう?」とか、「どんな仕事が自分に向いているのか?」とか、さらには「自分は、何のために仕事をするのか?」と悩んだことはないでしょうか。

しかし、いったんこの問いに直面すると、泥沼にはまったも同然で、明確な答えがないことに気がつくに違いありません。こうして、エントリーシートに自己分析を始めると、「ほんとうの自分なんてないのでは?」と考えてしまい、分析欄には「無」と書いてしまいそうです。しかし、これでは、就活がうまくいかないだけでなく、人生にもドロップアウトしそうです。では、どう考えたらいいのでしょうか。

そうした場面だけでなく、「ほんとうの自分とは?」と考えて、「自分探し」をする人がいますが、たいていは「ほんとうの自分」なんて見つけられず、絶望することが多いようです。しかし、よくよく考えてみると、これは「ほんとうの自分」という考えそのものに、問題があったのではないでしょうか。

もともと人間は、生まれてこの方、たえず他人とのかかわりのなかで、自分のあり方を決めています。たとえば、家では子どもとして親に接し、学校では生徒として教師に接し、友人には友だちとしていっしょに遊ぶ、というように。こうした他人との関係のなかで私たちはさまざまな役割を演じ、使い分けて生きています。そのため、こうした他人との関係や役割を離れて、「ほんとうの自分」を考えてみても、最初から捉えようがないのです。

だとすれば、「自己分析」するときも、どんな場面で、どのような人間関係のなかで、自分の役割をうまく演じることができるのか、考える必要があります。そう考えると、自己分析をそれほど悩む必要はなさそうです。どんな会社にエントリーするかで、自己分析も変わってくるでしょう。その会社で自分に何が求められ、その中でどんなことができそうであるか、まさにそうした想像力が問われているわけです。「自分とは何か」と思い悩んで「無」と書くよりは、会社のなかでどのような仕事ができるのか、具体的に述べる方が、会社にとっても自分にとっても生産的だと思います。

こうした「自分とは何か」という問題は、哲学ではギリシア以来問われ、現在でもさまざまなアプローチが提出されています。ひと昔前は、この問題を考えるとき、自分の内面性を探求するという方法が取られてきましたが、最近はむしろ、他者との多様な関係性のなかで自分のあり方を考えることへシフトしています。もし興味をもたれたら、『哲学の世界へようこそ』を読んでみてください。

 

哲学に興味を持ったら?

ちょうど今、言及しましたので、最後にこの本の活用法として、哲学的思考を具体的にどうトレーニングしたらいいか、書くことにします。

受験生であれば、たとえば例題や類題を解いて、やり方を身につけたり、過去問を解いて実践力を高めたりしていくのは、勉強するときの常識になっています。ところが、哲学では、今までそうしたテキストがなかったのです。

たいてい、古典的な本を直接読んで、何となく体得するという方法がとられてきました。これだと、哲学科志望の学生には有効だとしても、一般の人々や、哲学を少し学んでみたいという人には、ハードルが高かったと思います。その点を解消するために、身近な題材をもとに、どのようなステップで思考していくのか、本書で示しています。

このとき重要なことは、どのような問題でも、自分自身の直感を大切にすることです。自分がどう感じるか、それをもとにして、その根拠を探ったり、対立する考えを批判したり、さらには自分の考えそのものに検討を加えたりしながら、自分なりの結論を暫定的に出してみることです。注意したいのは、たんなる理想論を述べるのではなく、現実に即した形で、戦略的な思考をすることです。そのためはどうすればいいのか、4つのステップに分けて具体的に論じています。

もっと哲学の基本的な問題を考えたいという人には、トマス・ネーゲルの『哲学ってどんなこと?』(昭和堂)をおススメします。私が若い時に友人と翻訳したのですが、原著を読んだとき哲学入門に最適だと思ったからです。この時の印象は今でも変わりません。ネーゲルは現存するアメリカの著名な哲学者ですが、その本では哲学者の名前を一切出さずに、哲学で論じられる根本的な問題をとてもクリアに語っています。たとえば、「他人の心をどうやって知ることができるのか?」という問題は、ほとんどの人に興味あるテーマですが、ネーゲルの説明を読むとハッとさせられるはずです。

最後に、古典をひとつ紹介しておきます。哲学入門として、哲学の面白さを知っていただくには、プラトンの対話篇が最適だと思います。文学作品のように読めて、しかも哲学的な思考が示されるので、ファースト・ブックとしてはイチオシです。その中でも、『メノン』をおススメします。皆さんもご存知の、ピタゴラスの定理について、その知識のない少年と対話しながら、彼自身が理解を生み出していくという話が中心になっています。本では、ツッコミを入れたり、ボケを演じたりしながら進んでいくので、結構楽しめる本になっています。

 

おわりに

ここまで記事を読んでいただきありがとうございました。最初にも述べましたが、現代は答えのない時代になって、今までの常識や考えが変化しつつあります。そのため、新しい発想やアイデアが強く求められているのですが、これはとても面白い時代と言えるのではないでしょうか。こうした状況で、今までにはない新たな思考や行動を、若い人々がどのように生みだしていくのか、私はとても楽しみにしています。

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。
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岡本裕一朗

玉川大学名誉教授。1954年生まれ。九州大学大学院文学研究科終了。博士(文学)。西洋の近現代哲学を専門とするが、興味関心は幅広く、哲学とテクノロジーの領域横断的な研究をしている。著書『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)は、21世紀にいたる現代の哲学者の思考をまとめベストセラーとなった。他の著書に、『フランス現代思想史』(中公新書)、『哲学の世界へようこそ』(ポプラ社)、『世界を知るための哲学的思考実験』(朝日新聞出版)、『ヘーゲルと現代思想の臨界』(ナカニシヤ出版)等がある。

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