スキルを磨く

2019/08/14

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人生を楽しむためのプロジェクトマネジメント超入門_第1回
人生を楽しむためのプロジェクトマネジメント超入門_第2回

第一回目、二回目では、プロジェクトマネジメントを「やりたいことを上手くいかせるためのノウハウ」ととらえ、人生や生活に活用可能なものであるということと、「プロジェクトマネジメントの基本的なサイクル」を理解して頂いた上で、若いうちから身につけておくべき習慣をご紹介いたしました。
今回は早く意識すればするほど得をする思考習慣である「本質思考」、その思考習慣を支える力である「本質把握力」をご紹介いたします。

 

早く意識すればするほど得をする思考習慣、「本質思考」とは

物事の本質を常に意識する思考習慣のことを私は「本質思考」と呼んでいます。また、物事の本質を正確に把握する力を「本質把握力」と呼んでいます。
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の授業の中でも時折「クリティカルシンキング」や「ロジカルシンキング」「目的思考」等との違いについて質問されることがあります。それぞれについて完璧に理解できているかどうかわからないので正確な表現はできない可能性もあり、私としては「成し遂げたいことについてはほぼ同じ。内容も似たものであることは間違いない。ただ、それぞれの表現や観点が少しずつ異なっているように思える。違いについて気にするよりも、それぞれの考え方の本質を理解して欲しい。理論は真理に対してある特定の観点、角度から説明し、表現するもので、その先にある「真理=本質」を見てもらいたい。」というように話しています。「本質思考」についても完璧なものとは思っていませんが、私なりに理解しやすいように整理したつもりです。

また、「本質思考」をビジネスの例を使って話すと、「誤解が少ない」、「伝えたいことをストレートに伝える」、「なるべく短時間でお互いが共通認識を持てるようにする」、「迅速で的確な問題解決」ということが前面に出ることが多いです。それはビジネスを進める上で、一般的に重要だと思われているからです。「本質思考」の目的は常にそういうことばかりではありません。例えば、パートナーとの会話においては必ずしも「問題解決」ばかりが目的となることはありません。「共感する」ことが最も大切な時だってあります。
「本質思考」はその瞬間における「最も大切なこと」を意識する習慣と言い換えることができます。

ビジネスパーソンにとっては「誤解が少ない」ことや「迅速で的確な問題解決」はほとんどの瞬間の「最も大切なこと」になります。そのため、どうしても「本質思考」はそういった目的のためと誤解されがちなのですが、必ずしもそれだけではないとご理解ください。裏を返せば、「本質思考」は人間関係などのいわゆる「ウェット」な問題にも活用が可能なのです。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の授業や企業向け研修などで、私はこの「本質思考」、「本質把握力」について講義をしてきました。とても好意的な評価を長年頂いており、少しでも多くの人にこれを伝えるために2019年2月に「本質思考トレーニング」(日本経済新聞出版社)という本を上梓いたしました。この本の中では、誰もがハマってしまう「思考のワナ」を紹介し、それらのワナにハマってしまった時の「脱出法」、そしてワナにハマらないための力を鍛える「エクササイズ」を紹介しています。当コラムではほんの一部しかご紹介できませんが、もし、ご興味を持っていただいたのであれば、ぜひ拙著をご参照頂ければと思います。この「本質思考」、「本質把握力」を早くから意識することで、その後の人生に大きなプラスになると確信しています。

 

会話における「本質思考」

我々は日々、とても多くの会話を誰かとしています。ところが、その全ての会話がきちんとやり取りされているとは限りません。ただ、我々の生活の中の会話は全てがきちんとやり取りされなくても、大きな不具合があるとは限りません。ものによっては「言いたいことを口に出し、相手が聞いていなくても構わない」という「会話」の定義に当てはまらないようなものすらあります。一方、会話によってはほんの少しの誤解があることで致命的な悪影響があるものもあります。日頃、会話をする際にその会話の本質を少し意識するだけで、そういった致命的な問題を回避できる可能性が飛躍的に上がります。
以下の会話は会社でよく見られるものです。違和感ありますか?

 

 
もし、違和感がなかったとしたら、会話の中で何か大切なものを失っている可能性があります。もしくは今後、そういったことが起こる可能性が高いです。

会話1では、上司らしき人が部下らしき人に先週依頼した契約書についての完成時期を尋ねているようです。実はこの上司らしき人の問いも不完全かつ誤解が起こる可能性のある「イケてない」ものです。これについては後ほどお話しします。部下らしき人はどうも忘れていたらしく、今から取り掛かると返答しています。もし、皆さんが感じた違和感が「忘れていたこと」だとしたら、それは残念です。確かに忘れていたことはビジネスパーソンとしては失格ですがここでは「会話の本質」がテーマなのでそこが問題ではありません。
上司らしき人が欲しい答は「いつ」です。つまり、「何分後」、「何時間後」という表現、もしくは「XX時XX分」が質問に対しての正しい答です。それに対して、部下らしき人の答は「今から」つまり、着手のタイミングであり、上司の欲しい完成のタイミングではありません。ここがイケてない部分です。

では、上司らしき人の問いの何がイケていないのでしょうか?
まず、「先週依頼した契約書」という表現が何を指しているか明確ではないことです。もし、複数の契約書を部下らしき人に依頼していた場合、はじめからすれ違った対象に対して会話がされる可能性もあります。上司らしき人はX社に対しての契約書の話をしており、部下らしき人はY社に対しての契約書のことだと思っていたら、それこそお笑いのすれ違いネタです。
また、上司らしき人の使っている「あがりそう?」という言葉も危険です。この会社の中で「契約書があがる」という言葉の定義が明確にされていればまだしも、この「あがる」が「上司のレビューができる状態にまで草案ができている」を指すのか「上司のレビューが終わり、法務部によってチェックも終わり、社印が押印されお客様に提出できる状態になっている」を指すのかが不明確です。もし、契約書の提出締切日にこのすれ違いが起こっていたら、それこそ致命的です。
近年は中途採用の社員も数多くいます。前職の常識と今の職場の常識が同じとは限りません。
こういった何気ない会話ですら、大きな損失を生み出す恐れがあるのです。

部下らしき人が答えなければいけないのは、まず、「あがる」の意味を確認した上で、その完成予定時刻を答えることです。その時刻が上司の意に合っていないものであれば、上司は少なくともいつまでに完成させてほしい旨を伝えるでしょうし、部下らしき人は、その時刻に間に合わせるためには誰のどういった助けが必要である旨を伝えるでしょう。これこそ、意味のある会話です。

では、会話2はどうでしょうか?
上司らしき人は「対応可能か?」尋ねています。つまり、部下らしき人は「対応は可能」もしくは「対応は不可能」という答を期待されています。しかし、「対応可能」とはどういう意味でしょうか?まず、そこが不明瞭です。Aさんがこの案件に関わることが可能かどうかを知りたいのか、それとも、そもそも〇〇産業の件は会社(もしくはこの部署)にとって対応が可能な内容かどうかを知りたいのかわかりません。恐らくは前者だと想像できますが、決めつけることは危険です。

それに対して部下らしきAさんは〇〇産業についての情報をひけらかしているだけで上司らしき人の質問に答えていません。上司らしき人に自分の知識をアピールしたいのかもしれませんが、上司らしき人は内心イライラしているに違いありません。
意味のある会話における「本質把握力」とは、まずはその会話が何をテーマにしているかを正確に把握する力です。そして、それを常に意識する思考習慣が「本質思考」です。

この会話は「何を対象にどういうことをしたいのか」、これがずれていたら会話は成り立ちません。意味のある会話を成り立たせるためには、質問者、回答者ともに、認識の齟齬がないように努力する必要があるのです。

また、質問者は「なぜその質問をするのか」の背景説明をすることによって、より回答者が適切に答えられる可能性を高めます。それがわかることによって、回答者はより適切な質問に変えてもらうように提案することも可能になります。本来ならば上司は部下よりも業務についてより高い知見を持っていて欲しいものですが、現実は必ずしもそうとは限りません。そう言った場合、上司の質問が的外れなことがあります(実際、結構あります)。しかし、質問をする背景説明もされていると、より情報を持っている部下が上司に対して、「それはXXをするために必要な情報なんですね。であれば、質問をこのように読み替えても良いですか?」という形で返すことができます。何かをするために質問するわけですから、その目的により合致した質問に読み替えることは双方にとって有益なはずです。もちろん、上司の顔をつぶすことは目的ではありませんから、上司の顔をつぶさず、効率的な会話をするように表現に気を付ける必要があります。

 

 
 

「面倒くさい奴」になることを恐れない

上司の曖昧な質問に対して「それはどういう意味ですか?」と聞いたり、「それは何をするための質問ですか?」と聞いたりすると、時には「面倒くさい奴だなぁ」と思われる可能性があります。本来ならば、上司がきちんと質問すればそういった心配はなくなるのですが、全ての上司がそうなるとは限りません。残念ながら「面倒くさい奴」と思われるリスクは否定できません。しかし、私はその心配のせいで曖昧な質問をそのまま放置することはオススメできません。ビジネスにおいては「誤解がない」こと「迅速で的確な問題解決」をすることは重要であり、曖昧なまま、推測で行動することは、上司、あなた両方に大きな損害をもたらす可能性があります。そういった誰も幸せにならない状態にならないようにすることはお互いにとって大切なことなのです。

一方、「一緒に仕事をしたくない位、すごく面倒くさい奴」というレッテルが貼られてしまい、その後の仕事が円滑に行かなくなることもお互いにとっての損失です。

つまり、ここで気をつけなければいけないことは、「一緒に仕事をしたくない位」の面倒くさい奴までにはならずに、曖昧な質問を明確な質問にし、正しく回答することです。少々の「面倒くさい奴」は恐れる必要はありません。それに曖昧な質問を責める必要はありません。今、大切なのは質問の意図を明確に理解し、正しい質問を得ることです。相手の顔をつぶすことは目的ではありません。

「私の理解が正しいか確認させて下さい」と前置きすることで、相手を責めているのではなく、自分の理解が足りないかもしれないので確認させて欲しいという表現をすることで、より円滑なコミュニケーションになる可能性は上がると思います。

こうした適切な質問方法を考えるのも「本質把握力」です。この瞬間に何が大切なのかを把握する力です。曖昧でものわかりの悪い上司をやりこめることが大切なのではなく、誤解無く正しい質問を得、正しい回答をすることが大切だと理解することです。

ここで『「面倒くさい奴」になることを恐れない』と言っているのは、正確には「少々の面倒くさい奴になることは恐れない」という事です。「一緒に仕事をしたくない位の面倒くさい奴」にならないことは、お互いにとって意味のあることですから。

 

本質的問題解決を妨げる9つのワナ

最後に拙著「本質思考トレーニング」の中でとりあげている本質的問題解決を妨げる9つの思考のワナについてご紹介します。紙面の都合で一つ一つの詳細な説明は残念ながらできませんが、どういったものがあるかだけでも知っておいて頂きたく思います。

  1. 思考のショートカット:最もよく見られるワナ。成功体験、常識、通説、世論、権威などに安易に従ってしまったり、考えることなく決めつけてしまったりすること。目の前の現象や表現などに惑わされて、それがなぜ起こったかを考えずに、原因を決めつけてしまうこと。得られた情報を正しく解釈できず、そこから得られる印象で誤った判断することも含まれる。
  2. 現状黙殺:現状を正しく把握できていないがゆえに、問題解決に至らないワナ。意外に多いのが、現状を表す数値などがあっても、自分がそれを素直に認められないようなケース。
  3. 浅い分析:計画(理想的な状態)と実績(現状)の差、つまり予実差異が把握できたときに、その原因の追求が不十分だったり、予実差異自体が問題の本質と勘違いしたりすることで適切な問題解決につながらないワナ。
  4. 安易な手段:問題の本質までたどりついたのに、その解決手段の選択を誤ってしまうワナ。よく見られるのが、手近にある手段で満足してしまうケースです。また、自分の裁量を超えた解決策の可能性まで探らずに自分の裁量内だけで解決策を検討した結果、最適な解決策に至らないケースもあります。自分の裁量を超えた解決策を検討すること自体は問題ではないはずです(実施するにはきちんと承認は必要となりますが)。
  5. やりっぱなし:最適な手段にたどりつき、施策としては実行することができても、その実行自体に満足してしまい、最終的に問題解決されたかどうかを計測・確認せずに、問題解決した気になってしまっているワナ。
  6. 怒りの代償:感情の起伏によって、長い目で見た時に明らかに損な選択肢をしてしまうワナ。
  7. 脳のクセ:行動経済学などで取り上げられている様々なバイアスによって引き起こされるワナ。人類が長い進化の過程で得てきた脳のクセによって引き起こされる。
  8. 他人事シンドローム:そもそも本質的な問題解決をするつもりがなく、問題の本質を理解するつもりもない。目の前の嫌なことから逃げるために、自分の意思とは関係なく、やらなければいけないことをただ実施する事だけしか考えていない。最も深刻かつ抜け出すことが難しいワナ。
  9. 解決済みなのに気づかない:過去に直面した問題の解決は既にされているが、それに気づいていないために、本来不要なはずの対策コストや心理的ストレスを感じ続けてしまっている状態。

 

 

皆さんのこれからの人生をより豊かに、より楽しむためにも、「本質思考」、「本質把握力」を身につけることを強くお勧めします。

 

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

「考えるプロ」による、アタマの使い方・いちばんたいせつなトコロ
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米澤創一

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特別招聘教授。 プロジェクトマネジメントコンサルタント、人材育成コンサルタント、コーチ、メンター。 元アクセンチュア株式会社 マネジングディレクター。 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科設立の2008年から非常勤講師として教鞭をとっており、2017年より現職。プロジェクトマネジメントと心理学等を融合させ、より人間中心のプロジェクトマネジメントを追究している。また、より豊かで幸せな人生を送るために、プロジェクトマネジメントスキルを実生活にも活用することを提唱しており、その講義は人気講義として定着している。さらに物事の本質を把握する「本質把握力」、それを常に意識する思考習慣である「本質思考」を身につけることにより、誰もが陥ってしまう思考のワナを回避し、本質的な問題解決に導くという講義や「自律型組織におけるリーダーシップ」等の講義も圧倒的な支持を受けている。 これらの講義をもとに「プロジェクトマネジメント的生活のススメ」(日経BP社)、「本質思考トレーニング」(日本経済新聞出版社)を上梓。 約27年のアクセンチュア社でのキャリアのうち13年半の間、マネジングディレクターを務め、日本におけるプロジェクトマネジメントグループの統括、SAPプラットフォームの統括、教育責任者、品質管理責任者、グローバルのSAPプラットフォームにおける教育責任者などを歴任し、国内だけではなく、グローバル組織のリーダーシップの役割も務めた。 プロジェクトマネジメント、システム開発方法論・ソフトウェア工学などの専門性を活かした大規模かつ複雑な難易度の高いプロジェクト・プログラムのマネジメント、組織運営、組織開発、組織として取り組むべき技術の選定、アライアンスとの関係強化、教育体制の強化、品質保証体制の確立など数多くの実績がある。 アクセンチュア社での数多くの経験と慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科での研究をもとに、より幸せになるための極意を追究し続けている。 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科での活動以外にも、講演、セミナー、プロジェクトマネジメントコンサルタント、人材育成コンサルタント、経営者から若い世代に至るまで幅広くメンター、コーチを行っている。 美味しいお酒(特に日本酒、ワイン)、美味しい食事が大好き。自身で料理や燻製作りを行う。ゴルフ、ダーツ、映画鑑賞、音楽鑑賞、読書、美術館・博物館巡り、ボードゲーム、クイズ・パズル、カラオケなど非常に多趣味であり、凝り性。 「教育と日本文化の振興を通じて50年後の日本をより良くする」、「縁ある人々をできるだけたくさん幸せに導く」というのが自身のミッションステートメントであり、「人生の目的は幸せになること」、「縁を大切にする」というのが信条。

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