「読む技術」養成講座【第二回:速読…さくさく素早く読む】国立国語研究所教授・石黒圭氏寄稿

国立国語研究所教授の石黒圭さんの「読む技術」養成講座の第二回をお届けします。第二回のテーマは『速読』です。

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「読む技術」養成講座【第一回:精読…きちんと正確に読む】国立国語研究所教授・石黒圭氏寄稿

はじめに

 長い文章はよくない文章でしょうか。最近、金銭問題に関する説明文書を書き、文章が長いということで、世間から厳しい批判を受けた人がいました。その件で、あるテレビ局から文章を読んでコメントしてほしいと依頼されたので、全文通読しました。

 依頼自体は最終的にお断りしたのですが、この膨大な量の文章を読んだ一般の人々の反応にふと興味が湧いて、インターネットで検索してみました。すると、ネガティブな反応が並び、「こんなに長い文章は読めない」「途中で読んで挫折した」という理由で、批判している人が少なくないことがわかりました。

 全文を読んだうえで、無駄な部分が多い、要点がわかりにくいといった理由で低評価を下すのならともかく、文章の内容ではなく長さで、しかも中身を読まなかったにもかかわらず、ネガティブな評価を記す人が多いことに驚きました。

 文章の中身を読まずに批判するのは、大人のすることではありません。評価をする以上、文章を読んで、その内容にたいして評価すべきです。しかし、読まずに批判した人は、実際は文章を読まなかったのではなく、読めなかったのかもしれません。つまり、面倒くさくて読むのをサボったのではなく、そもそも28ページもある論理性の高い文章を読みつづける力量がなかったのではないか。もし長い文章が読めない人が増えているのだとしたら、文章を書いた人物の文章力ではなく、文章を読む側の読解力に問題があるのではないか。だとすると、事態は一層深刻です。

 現代は、「情報爆発」の時代に突入しています。昭和の時代を生きた人たちが目にしていたものをはるかに超える文字量を、私たちは平成の時代に目にするようになりました。そして、令和の時代に入り、コロナ禍によって在宅学習・在宅勤務が定着したことで、さらに膨大な文字量を日々目にすることになっています。

 現代は、目に厳しい時代です。こうした「情報洪水」の時代を生き抜くためのスキルが、今回扱う速読です。速読のスキルを持ちあわせていれば、金銭問題に関する長い説明文書をざっと読んで、その内容に応じた正当な評価も難なくできるでしょう。

 前回の講座では精読について学びました。正確に読む精読の技術は文章理解の基本であり、大事なものですが、速く読む速読の技術もそれと同じか、それ以上に重要です。大学受験で出題される文章は難関校ほど長大で、それを短時間で処理し、問題に解答することが要求されます。また、ビジネスの世界でも速読は必須で、とくに上司と呼ばれる立場になると、部下の提出してきた企画書や提案書を瞬時に読み解く力が求められます。しかし、私たちが速読の技術を学校できちんと教わることは、ほとんどないのです。そこで、今回の講座では速読の技術、すなわち速読法についてご紹介したいと思います。

 速読法は、大きくは次の二つに分かれます。

(1)読む速度を物理的に上げる方法
(2)重要なところを拾い読む方法

 読むという行為は、文字列に沿って目を動かしながら、脳で意味を読みとる行為です。(1)「読む速度を物理的上げる方法」では、目を動かすスピードを上げると同時に、脳を回転させるスピードを上げることで、読む速度を加速させます。一方、(2)「重要なところを拾い読む方法」は、重要そうなところだけを選んで読むことで読む分量を減らし、読む速度を上げる方法で、不要なところを読み飛ばすと言うほうがわかりやすいかもしれません。まずは、(1)「読む速度を物理的に上げる方法」から考えてみることにしましょう。

 

【速読法(1)】読む速度を物理的に上げる

 読む速度に限界をもたらしているのは、目の動きと頭の回転です。頭の回転の速い人は目の動きを速めれば読む速度が上がりますし、目の動きが速い人は頭の回転を速めれば読む速度が上がります。

 文章を読むときの目の動きを視線測定装置で観察すると、文章を読んでいる最中ずっと動きつづけているわけではなく、動いては停まり、動いては停まりを繰り返しています。そのことを踏まえると、目の動きを速くするには四つの方法が想定できます。

①音読から黙読へ:心のなかの音読をやめる

②視野の拡大:一目で捉えられる範囲を広げる

③移動距離の短縮:視線の移動距離を短くする

④停止時間の短縮:目が停まっている時間を短くする

 ①「音読から黙読へ」は、心のなかで音読する習慣をやめることです。一人で文章を読むとき、声に出して読む人は少ないと思いますが、心のなかでは声に出して読んでいる人が少なくありません。それ自体は悪いことではなく、文章の校正などではむしろ精度が上がりますが、心のなかの音読は、文字列を音声に変換してから意味を理解しているぶん、目の動きを遅くする要因となります。文字を音声に変換せず、文字と意味に直接変換することで、文章理解のスピードアップにつながります。

 ②「視野の拡大」は、一目で捉えられるまとまりを広くすることです。一目で捉えられる最小の単位は文字ですが、1文字1文字捉えるよりも、語という意味の単位で1語1語捉えたほうが速くなります。さらに数語の意味のまとまりである句、主語と述語がセットで含まれる節のように、より大きな単位を一目で捉えられたほうが意味の処理は速まります。英文読解の授業で、/in the kitchen/のような、チャンクと呼ばれる意味のまとまりで文章を捉える練習をした人もいると思います。日本語の文章でも同じことです。

 ③「移動距離の短縮」は、視線の移動距離を短くすることです。②「視野の拡大」で述べたように、もし1語1語を追うならば、読み方は左から右へ1行ずつ「Z」に沿って読みますが、もし1行1行を一つのチャンクとして一目で捉えられるならば、読み方は上から下に一気に読めることになり、視線の移動距離は大幅に短縮できます。

 また、英文を読むのに慣れていない人は、英語と日本語では語順が違うため、文章を行ったり来たりしながら読みますが、反対にアメリカ人や中国人が日本語を読むときも、慣れるまでは文字列を何度も往復しながら読みます。日本人が日本語を読むときは、何往復もしたりはしませんが、文章を読み慣れていない人は試行錯誤の回数が増え、文の構造が長く複雑なところでは読み返しが出てしまいますので注意が必要です。

 ④「停止時間の短縮」は、目が停まっている時間を短くすることです。視線の動きが停止しているところでは、意味を読みこんでいることが多いので、意味への変換処理速度を速くする必要があります。そのためには、書かれている内容について見当をつけることが重要です。文の意味を一連の文字列から組み立てていると、どうしても時間がかかります。しかし、意味の見当がついていると、その見当が合っているかどうかを問題にすれば済みますので、一から考える必要がなくなり、時間短縮につながります。

 (1)「読む速度を物理的に上げる方法」では、速読を「紙面に印刷された文字列すべてに、いかに速く漏れなく視線を走らせつくせるか」という作業だと考え、そのために目の動きを効率化させることを考えます。

 

【速読法(2)】重要なところを拾い読む

 (1)「読む速度を物理的に上げる方法」は手を抜かない方法でしたが、(2)「重要なところを拾い読む方法」は、手抜きをする方法です。文章すべてに目を通している時間的余裕がない場合、大事でなさそうなところは読まずに済まし、大事そうなところだけを選んで読む方法です。読まずに済ますところが増えれば増えるほど、読む速度は上がります。しかし、この方法では細かいところは読んだフリをするだけなので、細部の理解はおろそかになりがちです。しかし、文章の全体構造や、筆者の言いたいことは意識的に理解しますので、文章の意図や主張にたいする本質的な理解はかえって深いことも少なくありません。

 この(2)「必要なところを拾い読む方法」では、どこが大事そうなところ、すなわち文章の要点なのかを見抜く作業がキモになります。そのときに使う処理は、トップダウン処理と呼ばれるものです。トップダウン処理(概念駆動型処理)とは、私たちの頭のなかにある知識を使って、文字列の内容を読み解く方法です。反対は、ボトムアップ処理(データ駆動型処理)と呼ばれ、文字列から得た情報を使って、頭のなかで内容を組み立てていく方法です。

 私たちの頭のなかにあるどんな知識を使ってトップダウン処理を行うのかという観点から、ここでは速読を三つに分けて考えます。

①背景知識の使用:文章の話題から書かれている内容を推測する方法

②構成知識の使用:文章の構成から要点が書かれている箇所を推測する方法

③表現知識の使用:文章の表現から要点が書かれている箇所を推測する方法

 ①「背景知識の使用」は、その文章が扱っている話題から、そこに盛りこまれているであろう内容を推測する方法です。私たちが文章を読むとき、初めての話題であることはほとんどありません。すでに知っている話題について新たな情報を部分的に加えるだけです。だとすれば、私たちが知る必要があるのは、今回加わった新たな情報の部分だけで、それ以外は頭のなかにあるわけです。したがって、私たちは自分の頭のなかにあるその話題の知識を呼びだし、新たな情報の部分だけを使って知識の更新をすればよいのです。

 もちろん、文章の話題が何かについては、私たちは最低でも知っておく必要があります。そのときに役立つのが、「タイトル」「見出し」「目次」「媒体」「筆者」などの文章の外にある手がかりです。こうした手がかりがあれば、書いてある内容について文章を読む前に予想をつけることは比較的容易です。

 ②「構成知識の使用」は、文章の全体構成から、要点が書かれている箇所を推測する方法です。文章構成は、ジャンルによってだいたい決まっています。新聞記事の構成、ビジネスメールの構成、学術論文の構成などは、暗黙のテンプレートに従って書かれていますので、どのような文章構成になっていて、文章全体のどの位置にどのようなことが書いてあるか、推測可能です。そうした文章構成は、段落や複段落(章・節・項など)によって仕切られていますので、ブロックごとに把握することもできます。さらに、段落の内部構成においても、重要な情報があるのはだいたい段落の最初か最後です。そうした知識を活用すれば、効率よく文章のアウトラインを知ることができます。

 ③「表現知識の使用」は、文章の個々の表現から、文章の構成から要点が書かれている箇所を推測する方法です。とくに役に立つのは接続詞で、段落の先頭にある接続詞を見るだけでも、文章の要点はかなりわかります。「しかし」「だが」のような逆接の接続詞、「したがって」「よって」のような順接の接続詞、「つまり」「要するに」のような言い換えの接続詞、「以上」「このように」のようなまとめの接続詞などのあとに、筆者の主張は来るものです。一方、言いたいことが文末に来る日本語の構造上、文末表現を参考にするのも有効な方法です。「のである」「のではないか」のような「のだ」表現、「必要だ」「肝要だ」などの重要表現、「と思われる」「と考える」などの思考表現、「べきだ」「ねばならない」などの当為表現などが、筆者のメッセージを含むことを示すマーカーとして機能します。こうした手がかりを活用すれば、筆者の意図を見抜くことができます。

 以上、速読法を、ボトムアップ処理を生かした(1)「読む速度を物理的に上げる方法」、トップダウン処理を生かした(2)「重要なところを拾い読む方法」の二つに分けて見てきました。前者は視線の動きを効率化して速く読む方法、後者は無駄な情報を読まずに済ませて速く読む方法です。この二つの方法が身につけば、長い文章にたいする拒絶感が薄まり、読む速度も上がりますので、読むのが楽になります。
 ただ、速読法には弱点があります。無理に速度を上げようとすると、肝腎の内容の理解度が下がることです。時間がない状況で大意を把握したい場合は速読を選択する、時間がある状況で細部まで正確に理解したい場合は精読を選択するというように、目的に応じて読み方を変えられる柔軟性が肝要になるでしょう。

 最終の第三回は「熟読」についてお届けします。

 「読む技術」養成講座【第三回:熟読…じっくり深く読む】国立国語研究所教授・石黒圭氏寄稿

 

【書籍紹介】

「読む」技術~速読・精読・味読の力をつける~

著:石黒圭(光文社新書)

日本語を研究してきた石黒さんが、読む技術をまとめたこちらの書籍。
本書では、化石化した自分の読みに揺さぶりをかけ、新たな読みを自分で開発する力をつけるための、八つの戦略(ストラテジー)を紹介。読むという行為をとらえ直し、読み方の引き出しを増やし、実生活での創造的な活動に結びつけることを目指します。

 

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

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